第2話 巫女としての教育

 竈の巫女の中では、ステラはもっとも幼い新参者だ。先輩の巫女たちが、ステラに巫女としての仕事を教えてくれる。実際には巫女は複数いるので、すぐに竈の女神との交流が持てなくても問題は起こらない。

 もっとも神の声を聴き、神の声を告げることもできる巫女がその集団の中でも最上位にいた。名前をベルタと言い、巫女の中では比較的下級貴族の生まれではあったが、彼女は侍女に頼ることなく、自分自身の霊能力で女神と交流することができた。さらには人々の真意を見抜く力にもたけており、時流を読む力にも、人の心をつかむ力にも長けていた。実質的には、政治は彼女のお告げによって行われていた。


 竈の女神はその性質上、人間同士の関係性にはあまり興味を示さない。権力闘争、色恋沙汰、それにまつわる争いにも興味はなく、人々の感情の在り方にも興味はない。竈の女神の願いはどこまでも、家々の竈の火が絶えることなく人々に食物が供給されることであった。そして、食物の供給のために国家の安泰が必要とされる、ということなのだ。

 国家は安定して栄えており、家々の竈から火が消えるようなことはなかったが、退廃と腐敗はそこかしこにあった。つまり、国家の安泰が優先され、個々の人間の尊厳が顧みられないことはあった。だがそれでも、竈の女神の神殿の火はともされ続けていた。

 竈の巫女たちのもっとも大切な任務は女神の火を絶やさないことであった。神殿の中央で絶えることなく燃やされ続けている火は、巫女たちの館だけでなく、市民からも見えるところにあった。その火は女神の加護が続いていることを示し、市民ひとりひとりの平和が続くことを示すものだった。

 ベルタは、その火をゆるがすもの、つまり国家の安泰をゆるがす出来事について、正確に言い当てることができた。問題はつねに芽のうちに摘み取られる。女神の火は絶えることなく燃やされ続けていた。


 ステラの教育がはじまった。教育は、霊能力を持っている侍女たちと一緒に行われる。教育は集団で行われる。ステラでなくても、侍女の誰かがその能力を身につけられればそれでいいのだ。

 教育は多岐に渡る。巫女として、市民の声に応えるための礼儀作法もあり、神殿の浄化を含めた整理整頓や清掃もあり、この国の歴史、政治や文化のあらゆる形態についての教育もあった。もっとも大切なことは、女神の火を絶やさないためのあらゆる努力だ。女神の火に薪をくべる、という単純なことから、女神を称えるための詩や音曲の奉納。女神と交流するための霊能力の教育。女神の火の前で、瞑想や集中力、霊視、予言や千里眼などの訓練が行われた。

 ステラは、霊能力の才をもっていないことがすぐに明らかになった。その才があったのはアメリアだ。もともとモノの気を読むことができたアメリアは、すぐに女神の火の動きから、女神の伝言を読むすべを身につけた。

 だが、モノの気を読めるアメリアは、ステラには違う才があることに気がついた。神殿にある女神のための聖なる品、金や銀、宝石などでできたそれらの品は、ステラに手入れされると変容する。ステラが優しく触れたり、丁寧に磨き上げたりすると、モノの気が変わるのだ。とげとげしい争いの気を持ったモノが優しくふんわりした気で包まれる。冷たく閉じていた物質でしかなかったモノが、輝くエネルギーを発するようになる。高価な宝石で作られたものはツンと取り澄ましたような気を放っているが、ステラに手入れされると穏やかな柔らかい気を発するようになる。

 だが、残念ながらステラ自身はその違いを見分けることができなかった。ステラにはモノの気を変容させる力はあっても、霊視の力は備わっていなかった。逆にアメリアにはモノの気を変容させる力は備わっていなかった。巫女の長であるベルタは、アメリアとステラのそれぞれの才に気づいていた。


 ベルタは、自分の次のリーダーにステラとアメリアの組み合わせを考え始めていた。ベルタはそろそろ高齢と言われる年齢にさしかかろうしている。自分が引退するときに、次の竈の女神の伝言を託す巫女を探していた。ほかの巫女たちに、ステラとアメリアの組み合わせを超える才を持っているものはいなかった。数年たてば、また次の巫女がやってくるだろうが、その巫女がどんな才を持っているかはわからない。ベルタが次のリーダーを託すには、ステラとアメリアはちょうどいい年回りだった。

ふたりが大人になり、冷静な判断力で巫女としての仕事を果たせるようになるまで、自分は生きて、二人を導くことができるだろう。

 

 ステラとアメリアは仲良く暮らしていた。アメリアはステラが触れるモノたちの変化を見るのが楽しかったし、ステラはアメリアが話してくれるモノの気の話が楽しかった。ふたりはいいコンビだった。

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