39.死なず
殺意と言う物を感じる時、そこにあるのは鋭さのみ。
個人差、個体差などあまり感じた事はない。
憎悪が混じっていたり、怒りが混じっている事はあるのだろうがそれでも殺意と言う奴を感じる時に私は鋭さのみを感じていた。
そう、それが常の筈だが、どういう訳かこの殺意には覚えがある。
そして、そいつを放った相手は殺したはずだ。
奇妙にもそんな事を考えている間にも、殺意の主は迫って来ていた。
ロズワグンの手を借りるまでもなく立ち上がれば、私は迫る殺意の主と相対するべく剣を鞘より抜いて待ち構えた。
覚えがある殺意、そしてざらついたような歪な感覚。
恐ろしいと言うよりは、奇妙な感覚を覚える。
開け放たれた四方の門、その一つから姿を見せたのは半ば腐りかけたジェイズと呼ばれた教団の司祭。
額から腹まで裂けた傷は縫い留められたのか一応くっ付いているが、その縫合跡からは体液がにじみ出ておりその周辺は腐敗の色が濃くなっている。
人の姿でありながら異形と呼ぶよりほかないその姿は哀れにも思えたが、当の本人は淀んだ瞳で私を睨んでいる。
生気が無いようにも思える瞳から放たれた殺意は生者のそれと何ら変わりがない。
「なんじゃ、あ奴は」
ロズワグンが呻くように告げる。
おおよそ死霊術師の使う死人とは違い、腐りかけていながらもしっかりと歩んでくる様子は操り人形ではなく異形の怪物めいている。
「アレが死なない騎士とやらか?」
私は小さく呟くも、アレでは到底、王侯貴族の護衛などで人前に出せる存在ではない。
腐敗した存在が闊歩する状況を南の地で受け入れられるとは思えない。
いや、例え北の地であってもそれに変わりないだろう。
「魔……力……なしぃ……呪……われろ」
粘着質な声で私を呪うジェイズだったが、正直に言えばそこまでの恐怖は感じない。
死霊術とはまた違う冒涜的な魔法、魔術の類で奴は意識を持ちながら動いているのだろうが、一度は破った相手。
過度に恐れる意味はない。
ただ、問題があるとすれば……奴が真の不死である場合だ。
不死性がどの程度の代物なのかは分からないが、殺しても即座甦るようであるならば非常に厄介だ。
「呪……われろ」
「貴様の様にか? ごめんだな」
私が笑って言葉を返すと同時に、ジェイズは吼えて駆けだした。
そして握りしめた大剣を力任せに振るった。
怒りに任せた一撃は以前よりもはるかに力強く早く、そして雑だった。
その雑さ、粗さが命取りだ。
如何に速かろうとも狙った所に寸分たがわず振るえてこそ速さは意味を持つ。
私はまずは下がってジェイズの一撃を避けながらも、そう評価を下した。
これでは五体満足だったころの奴の方がマシだ。
術の影響なのか何なのかは分からないが、こんな物かという失望にも近い思いが過る。
だが、そうだからと言って教団に与したこいつを生かしておく意味はない。
再び剣を振るおうとするジェイズに向かって私は一歩踏み出すと、掲げた剣を振り下ろした。
縫合跡をなぞる様に、いやそれ以上にまた先まで斬り裂いた私の一撃は地面を指し示して止まった。
何らかの超常の力で反撃するのだろうと残心を示している私を尻目に、ジェイズの身体は左右に分かたれてひしゃげるように崩れ落ちた。
……そして、二度と甦ることは無かった。
「……これは死なずの騎士ではないな」
私が小さく呟くとジェイズがやって来た方角に微かに煌めきが過る。
視線をそちらに向けると銀色の胸甲を身に着け、籠手や具足を纏った年若き剣士が立っていた。
髪の色は銀色で整った顔立ちをしていたが、どこか剣呑さを感じさせる。
……こいつが本命、か。
ジェイズはいわば囮役、私がどんな剣を振るうのかを見るためだけの捨て石。
「話には聞いていたが、魔力もないのに大した剣だな」
年相応の語り口だったが、その言葉には私の背筋を粟立たせるに十分な凄みを感じた。
こいつがそうなのだろう、死なない騎士。
「四司祭は超越者のように振舞いお前たちを見逃した。だがそれは驕りだ。国が亡ぶは驕りからとも聞いている。今の王に未練はないが国が亡んでも困るんでな」
そう告げながら年若き騎士は剣を抜く、一般的な、兵士が良く用いるような長剣だったがその事実がより目の前の相手が脅威である事を示していた。
普通の得物でここまでの威圧感を出せる者は少ない。
私の感想をよそに若き騎士の剣に異様な力の
魔力を四肢にではなく剣に集中させるタイプなのだろう。
剣に込められた魔力はどの様に作用するのか、見定めを失敗すればあの世へ旅立つのは私と言う事になりかねない。
私が若い騎士の出方を伺っていると、騎士はまだ遠い間合いであるにもかかわらず剣を振るって大地を叩いた。
水面に石を投げた際に生じる波紋のように、周囲に魔力による衝撃波が放たれた。
戦場ならば多くの武勲をあげられそうな技だ。
迫る衝撃波を裂ぱくの気合を放ちながら剣を振り下ろして相殺する。
この程度の石つぶてで我が心の水面は揺るぎはしない。
衝撃波の余波を身に受け、腕や顔に傷を作りながらも私は踏み込むと若き騎士に向かって剣を振るう。
銀色の胸甲を断ち切ると同時に命を奪ったと確信できる確かな手応えを、ジェイズを屠った時のような確かな手ごたえを感じると同時に、若き騎士はずずるとジーカの石畳に崩れ落ちた。
だが、ジェイズの時とは明らかに違い、崩れ落ちた若き騎士はびくびくと蠢いたかと思えば突如後方へと飛び退った。
メキメキと音をたてて自身の体に胸甲の破片を食いこませながらも、時を戻すかのようにその断たれた肉体が再生していく。
……非常識な怪物であり、厄介な敵だ。
「これが再生か……くそ……鎧など着ていると足かせになりやがる」
断たれた鎧の破片を巻き込んでの再生は五体満足には程遠いのだろう。
憎々しげにつぶやきながら、若き騎士はそれでもしっかりとした足取りで撤退を始めた。
「見た、そして喰らった。次は破る!」
告げるとぽたぽたと赤い血を垂らしながら死なずの騎士は逃げて行く。
「何たる非常識……」
ロズワグンがそう呆れたように呟いたが、私は強敵の出現を確かに感じ取っていた。
本気を出さねば討てぬ相手だが、斬れば斬るだけ私の技な覚えられていく。
ああして逃げるのにも頓着がない様子から、いずれは私を超えるかもしれないと言う危惧を抱きもした。
……奴に時間を与えるのは危険であろう、早急にジーカでの所用を終えねばならない。
<つづく>
異世界転移して約十年、もうおっさんになった私だが幼き娘を守るために無双の剣を振るう キロール @kiloul
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