9月の遠雷

栄三五

9月の遠雷

陽気な音楽で目が覚めた。

イヤホンからはミックスリストに入れていたEarth,Wind&FireのSeptemberが聞こえていた。


窓から差し込む鋭い光に思わず目を細める。どうやら無事雲の上に出たらしい。

飛行機が離陸したときは気流の乱れで機体がガタガタガンガンと揺れていたのだ。

あまりの揺れに不安になった私は大音量で音楽を流し、居眠りを決め込んだのだ。


不安になったから見ないふりをする、というのも我ながらどうかと思うが、忘れることができるのは人間の長所だろう。

そんなことを思いながら窓の外を見遣ると、眼下の雲が所々光っていた。


雷だ。


雲間から覗く不規則な明滅は、私に雷雲に突っ込まなくてよかったという感想と共に、昔の記憶を思い起こさせた。



もう10年以上前、私が小学生高学年の頃、台風で学校が休校になった。

たしか9月も終わりの頃の話、今にして思えば遅い時期の台風はそれほど勢力の強いものでもなかっただろう。


しかし、当時の私は母と二人暮らし。

母が仕事に行くと、一人で留守番しなくてはならない。


窓にたたきつけられる雨風に、カーテン越しに映る雷と追い打ちをかけるように轟く雷鳴は子供の私を怯えさせるのに充分だった。

幼い私は布団に包まり、ひたすら嵐が過ぎるのを待っていた。


そうやって何時間かたった頃、玄関から母の能天気な声が聴こえてきた。


「ただいま~、あんた何やっとんの?」


布団に包まってミノムシみたいになっている私を見て母は着替えながらカラカラと笑った。

笑われたことが不満な私がぶう垂れていると、着替え終わった母がやってきて私を抱えて膝の上に座らせた。


「さ、何弾こっか?」


母が座っているのはキーボードの前。

私が機嫌を悪くすると母は決まって私を膝の上にのせてキーボードを弾いた。


「この前映画でやってたやつにしようか。あんた好きやったやろ」


母が弾いたのがSeptemberだった。

何という映画だったか、博物館で恐竜の化石やファラオといっしょに踊っているときに流れていた陽気なダンスミュージック。


嵐の夜には場違いな曲のはずだったけど、母がキーボードを弾き始めると、これまで怖くてたまらなかった雨音は博物館の蝋人形の足音に、稲光はミラーボールの光に思えて全く怖くなくなった。


「な、楽しい音楽聞くと嫌なこと忘れてまうやろ?」


母は笑いながらキーボードを弾き続けた。

嵐が止むまで、2人で歌っていた。



外れそうになったイヤホンをつけなおそうとして左手が首に巻いた真珠のネックレスに触れた。

意識を現実に引き戻す。

持ち物はさしてないため膝の上に置いたままだった。

寝ている間に持ち物を落としていないか確認する。

コート、バッグ、バッグの中の数珠等々…よし。



記憶の中の母はいつも笑っていた。

晴れていようと嵐だろうといつも同じ調子でカラカラと笑って歌って踊っていた。



そうだ楽しい音楽を聴こう。歌って踊っていれば嫌なことはそのうち忘れるだろう。


大切なことは音楽と一緒にまた流れてくる。



私はイヤホンから流れてくる歌詞を口ずさんだ。


Do you remember?


The 21st night of September?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

9月の遠雷 栄三五 @Satona369

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ