第60話 三つ目のソウル

 さっきのことがあったから、セイレーンに近付いて行ったりはしない。だが、やはりまだ死んだようには見えないので戦いが続くと思って、フェリシアは少し身構える。


 その予想通り、セイレーンは立ち上がり、急に高く飛び上がった。


 あっという間にフェリシアの上を取ると、セイレーンは甲高い雄叫びを上げる。


 その瞬間、セイレーンの周りに何かがもわっと広がり、そこから強い気配を感じた。


「何かわかんないけど、とりあえずソウル持ちってことね」


 このセイレーンも何かのソウルを持っていることがわかった。何を持っているかはわからないが、何かしら持っているということは話が変わってくる。


 不意打ちでなくても、普通の戦闘でも十分に戦えるようになってしまうだろうし、ここまで気付かなかったということは発動することによって効果を発揮するようなタイプ。つまり、今までとは比べ物にならないほど強くなる可能性もある。


 あくまでも可能性で、最悪の状況を考えるとそう考えるしかない。


 雄叫びが一通り響き渡ると、フェリシアはセイレーンと目が合った気がした。


 その直後、もうセイレーンはフェリシアとゼロ距離の場所に来ていた。


「……っ!?」


 これから何が起きるのか、フェリシアがそんなことを考えている間に、セイレーンはフェリシアの耳元で何かを囁いた。唱えた、いや、歌った。


 そう理解すると同時に、フェリシアは急な眠気に襲われる。


 思考が停止し、魔法の維持も一時的に途絶える。


 このままだと死ぬ。


 それだけは避けたいフェリシアは、咄嗟に自分のドラゴンソウルを解放し、その衝撃で眠気をかき消した。


 解放したことによる効果はほとんどない。ただ威嚇するくらい。でも、体に流れ込んでくるものが違う。より生き生きとした魔力が送り込まれ、その差によってフェリシアは眠気から解放されて、大事には至らなかった。


 今のセイレーンの歌は、セイレーンが持つ魔法の一つだ。セイレーンの攻撃は音を利用する。元は歌を聞いた人が死ぬだとかそういう効果だ。眠気を誘う効果があってもおかしくないし、まだ優しい方だとフェリシアは思った。おそらく、最初から殺す魔法ではなくわざわざ眠気を誘ったのには何か理由があるとも思った。


「危なかった……な!」


 フェリシアは一連の魔法を分析しながら、超近距離にいたセイレーンを結界の底に蹴り落して、そこに雷撃を落とした。


 セイレーンはフェリシアの速度についていくことができずに、成す術無く、されるがままに落ちていった。


「あったまってきたよ? そんなもんなの? ソウル持ちの聖獣のくせに」


 ドラゴンソウルの影響か、フェリシアの気持ちは魔力増強剤を飲んだ時のように高揚していた。まあフェリシアにとっては久しぶりの戦闘だし、やっと調子が出てきたと言ってもいいくらいか。普段通りのフェリシアなら、あそこで水中に引き込まれたりなんてしないだろう。


 フェリシアの煽りに反応したのか、セイレーンは苦しそうに立ち上がり、フェリシアを見上げた。


 それからセイレーンは目を瞑り、何かの魔法の詠唱を始めた。直後、空気が大きく振動し始め、フェリシアを襲う。


 バランス感覚がおかしくなるし、殴られたような攻撃が当たったような衝撃を感じる。


 これはまずいと思ったフェリシアは防御膜を張って攻撃から身を守る。膜を張っても若干の威力は感じるし、ソウルのこともあってその威力はかなりのものだった。


 ここまでよりさらに強い魔法。詠唱は同じように歌う形で……必殺技のようにも感じる。あくまでも聖獣なので、文献に書いてあったことを参照すれば戦い方はなんとなくわかる。


「あ……そういうこと……!?」


 文献を思い出したフェリシアは、すぐにセイレーンの方に飛んでいった。


 セイレーンの必殺技といえば、『死の歌』とよばれる魔法だ。その魔法の効果は名前の通り、聞いた者を死に至らせる魔法だ。格上じゃなければ必ず殺すことができる必殺技だが、残念ながらドラゴンソウルを含む三つのソウルを持つフェリシアには通用しない。仮にそのような相手に使った場合、セイレーンは即死するという効果も持つ。これは、相手に自分のソウルを与えないための自殺魔法でもある。


 フェリシアにとって、せっかく聖獣と戦ったのにソウルを得られなかったというのはリターンが小さすぎる。これ以上ソウルを集めるなといったことを色々言われているが、フェリシアはどうしても気持ちを抑えられない。


 あとは、持っているソウルによっては、死亡時に周りを巻き込むような効果もあるかもしれない。それは次にソウルを引き継ぐことによって防ぐことができる。何かあったらそう言い訳しようと決めて、フェリシアはセイレーンに突っ込んでいった。


 突っ込んでいくのは危険が伴うが、魔法の詠唱が終われば死ぬということがわかっているので、魔法が終わる前に確実に仕留めるには、電撃などよりも突っ込んでいって直接手を下すのが最善だった。


「待て……!!」


 フェリシアはどこかからナイフを取り出し、おおきく振りかぶって、落下の勢いを利用してセイレーンの胸を一突きした。


「やった……?」


 倒れたセイレーンを見下ろし、フェリシアはそう呟いた。


 それから少しして、セイレーンの体が消え去り、フェリシアは体の中にソウルが流れ込んでくるような感覚を感じた。


「うっ……」


 何だか、今まで感じたことがないような感覚だった。まあ、今までソウルを獲得した時にまともに意識があった記憶がないので、あまり比べるものもないが。


 でも、これで聖獣のソウルが三つ揃うわけで、また別の反応があってもおかしくない。


「はぁ……」


 なんとか落ち着いて、フェリシアは改めてセイレーンのことを分析した。


 文献に書いてあったことは大体合っていた。実際、普通に戦ったなら強くはない。結局必殺の魔法もフェリシアには効かなかったし、あっさりと刺されてしまうほど隙がありすぎた。


 今思えば、最初から近くにいたわけではなく、急に現れて、その瞬間に生徒を襲いだしたという印象をフェリシアは持った。


 そのことを考えると、生徒が何かしたから怒って攻撃してきたという野生生物に対してよくあることがこの発端だとは考えにくいかもしれない。


 やはり、この前のドラゴンのように、どこかの聖王がフェリシアを狙ったのかもしれない。


 仮にそうだとすると、これだけで終わるはずがない。


 誰か、もっと強い刺客が来るはずだ。


「……来た」


 その予想通り、フェリシアの元に、殺意に満ちた気配を持つ誰かが現れた。

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魔法の天才と呼ばれる第一王女は、王じゃなくて冒険者になりたい。 月影澪央 @reo_neko

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