第59話 セイレーン
二人がホテル前の広い砂浜に到着した頃には、フェリシアが感じた気配の正体が姿を現していた。
気配の正体は、くすんだ青色の布を身にまとった女性だった。背中からその布とほとんど同じ色の翼が生えていて、空中に浮いている。とは言っても、翼は飾りのような気がするが。
そしてその女が手をかざした場所に爆発が起こり、生徒たちを襲っていた。
一応全員一定以上の魔法は使えるので、まだ大事には至っていない。だが、それもいつまで耐えられるかわからない。
「あれ何……? フェリシア」
「多分……セイレーン。聖獣の一つ」
「聖獣!?」
「うん。最初はあたしに向かってきたと思ったんだけど、狙いはこっちだったみたいだね。何したんだろ、一体」
「何したって?」
「セイレーンは海の聖獣だから、何か気に触れることでもしたんじゃないかって」
「なるほど……」
前のドラゴンみたいに送り込まれたものかと思っていたが、それなら真っ直ぐフェリシアに向かってくればいい話。そこをわざわざ生徒の方を狙ったということは、ただ怒らせただけなのではないかとフェリシアは思った。
だが、まだ送り込まれたという線もある。このクラッチフィールド王国はアリアノール領で一番大きくて栄えている国で、その国の権力者の子息たちを殺してしまうのも有益になると敵が考える可能性もある。もちろんそれはフェリシアを狙って送り込むという前提の元だ。生徒たちを狙えばフェリシアは必ず現れるだろうし。
フェリシアはどちらの可能性も頭に置いておき、戦闘モードに気持ちを切り替えた。
「ウィル、とりあえず全員避難させて。動けない人はあたしがどうにかするからそのままにしておいて」
「わかった」
そしてウィリアムにそう指示すると、フェリシアはいつの間にかいつも通りの服装に変わっていて、完全に戦闘モードになっていた。
隠していた魔力を解放し、セイレーンを睨むと、セイレーンもフェリシアに気付いたようでフェリシアの周りで爆発を起こして威嚇する。
「そんな程度か」
全てどこに来るかフェリシアにはわかっているし、爆発まで一定の時間があるから避けられる。とは言ってもそれはフェリシアだから避けられる間であって、現に怪我人も出ている。
リード、来てくれるかな……
リードさえ来てくれれば、フェリシアは戦闘に集中できる。正直、一人で逃げられない人を庇いながらだと、大きな魔法は使えないし、ずっと注意を引き付けていないといけない。
「フェリシア様」
「リード、ちょうどいいところに」
フェリシアがリードのことを頭に浮かべたとほぼ同時に、リードが砂浜に到着した。
「すみません、遅くなって」
「大丈夫。怪我した人、適当に治して避難させて。できるだけ早く」
「わかりました。転移で一気に避難させます」
「頼んだ」
これでフェリシアは戦える。
それからすぐにリードは一か所に怪我人を集めて、転移魔法で消えていった。
「よし……ここからはあたしが相手だ。セイレーン」
フェリシアはそう呟くと、セイレーンと同じ高さまで飛び上がった。
そこを撃ち落とそうとするかのように、セイレーンはフェリシア目掛けて魔法を乱れ撃つ。
セイレーンの魔法は、空気が揺さぶられるような波動砲とも言えるものだった。
セイレーンに関する過去の記述によると、セイレーンの歌声を聞いてはいけないという言い伝えがあり、魔法も音に関する仕組みをしているのだろう。その魔法自体は特に強いわけでもない。少なくとも聖獣の中では最弱とも言える。だが状況によってはそうでもなく、戦闘状態にならなければ知らない間に面倒くさいことになっていることが多いので強い。聖獣とされているのもわからなくはない。
そして波動砲のような魔法は、その音を扱う能力によるものだろう。爆発も、空気を揺らして激しい振動を起こし、それが爆発のように見えただけだろう。砂浜なのも影響していたと思う。
ここまでの分析を、フェリシアはセイレーンの魔法を避けながら考えていた。
結局のところ、ただ戦うだけなら強くない。
「ほら、来いよ。そんなもんじゃないだろ?」
フェリシアがそう挑発すると、セイレーンはさらに速い速度で魔法をフェリシアに放つ。
咄嗟に膜を張って、激しい空気の振動から身を守るが、威力は確実に上がっていることが感じられる。これを受けて、踏ん張ることができない空中ではバランスを崩しかねないので、できれば撃ち落としたいと考えていた。
「じゃあ、こっちのターン」
フェリシアはそう呟くと、一気にセイレーンとの距離を詰める。セイレーンが放った咄嗟の魔法を軽々とかわすと、フェリシアは近距離で光線を放った。
さすがにこの距離ではかわすことができず、セイレーンは狙い通りに墜落していった。
落ちたところは水の中。まだ浅瀬だからすぐに浮き上がってくるだろうと思っていた。セイレーンは空を飛ぶこともあるが、水の中を泳いで移動することもある。だが急浮上してくる気配がなく、かといって死んだわけでもない、そんな静寂が少し訪れた。
不審に思ったフェリシアは一旦地上に降りて、セイレーンがどうなったのか確認しようと足だけ水の中に入った。
その瞬間、急に強くなった引き波に足を取られ、フェリシアは水中に引き込まれた。
そ、そういうことね……
このまま水中にいれば、フェリシアは溺死してしまう。セイレーンはそれを狙っていたのだろう。
だが、そう簡単に殺されるわけにはいかない。
フェリシアは魔法で上手く自分が脱出できるように水の流れを変えた。それによって拘束は解け、フェリシアは勢いよく空中に飛び出した。
その後を追うように、セイレーンも水中を飛び出す。
セイレーンは真っ直ぐフェリシアを追いかけてきていて、水中からだといつもより勢いがつかなかったフェリシアに、もう手が届きそうな距離まで来ていた。
「うぁぁぁぁ!!」
セイレーンがそんな唸り声を上げながら、フェリシアの足に手をかけようとする。
だがフェリシアはそこで膝を曲げて足を体に引きつけ、セイレーンの手がフェリシアの足に届くことはなかった。
そこで一瞬でもできた隙に、フェリシアは魔法で雷撃を落とし、今度こそセイレーンは撃ち落とされてしまった。
落ちた先は、今度は水中ではなくフェリシアが魔法で区切った結界の底面だった。硬い底面に叩きつけられたセイレーンは、先ほどよりもダメージを負っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます