第58話 恋

 翌日、難なく補習を終えたフェリシアは、ウィリアムとホテルのロビーで待ち合わせていた。


「おまたせ、ウィル」


 フェリシアは普段ではあまり着ないような白いワンピースに鍔が広くて白い帽子を被っていて、足元は網目状になっているサンダルを履いている。リゾート感は漂ってくるし、デートのような雰囲気も感じる。


「今来たところだから、大丈夫」

「そっか」

「じゃあ、行こう」


 そして二人はウィリアムが見つけたという穴場の浜辺へと向かった。


 その場所はホテル近くのビーチとは少し離れていて、辺りに人気はない。プライベートビーチのような場所だが、一応そうではなく一般に開放されている場所みたいだった。


「本当に誰もいないんだね」

「うん。言ったでしょ、穴場って」

「でもちょっとはいると思った」


 穴場と言われたので、フェリシアは人があまりいない場所というものをイメージしていた。


 それから二人は砂浜を踏みしめて、海を眺める。


「……大変だったみたいだな、ドラゴン」

「まあ……ドラゴンだし」

「今はもう大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫」


 フェリシアは何で今更ドラゴンの時のことを聞いてきたのかと疑問に思ったが、すぐにウィリアムとあれ以降話していなかったことに気づいた。


「意識が戻ったっていうのは聞いたけど、会いに行っていいかわからなくて……悪かった」

「別にいいよ。父上があたしのドラゴンソウルを怖がって、そういう命令をしてたわけだし。躊躇するのもわかる」

「でも、意識戻ってからは自由に動けてたんだよな?」

「うん。最初はさすがに体が自由に動かなかったけど、部屋に閉じ込められてたりはしない。そこまであたしのことを虐げてたりはしないよ」


 ウィリアムは少し後悔しているようだった。


「そういえば、その間何してたんだ?」


 その間、というのは意識が戻ってからこの卒業旅行までの間のことだろう。もう今までのように狩りに出かけたりできないような話は聞いていたから、ウィリアムは気になっていた。


「さっきも言った通り、最初は体が重くて……結局一日中寝てた。それからは増えた魔力に慣れさせて、ドラゴンソウルについて調べて……って感じ。もう大分慣れてきたし、わかってきた」

「そっか。さらに強くなったんだな、フェリシアは」


 そう言うと、何を思ったのかウィリアムは海に入っていく。くるぶしくらいまで水に浸かったところで立ち止まり、ウィリアムはくるっと後ろを振り返る。


「俺を置いていくなよ、フェリシア」


 ウィリアムはそう言いながら、手で水鉄砲を作ってフェリシアに水をかけた。


「うわっ、やったな?」


 咄嗟に反応して魔法で防いだフェリシアは、そう言って魔法で水の球体を作る。


「ちょ、本気でやるなよ!?」

「あたしは待たないからね? 置いて行かれたくなければ追いついてこい!」


 フェリシアが放った球体を、ウィリアムはなんとか交わす。


「危なっ……」

「これくらい、避けられるでしょ? 本気じゃないし」

「まあ、これくらいなら」


 その回答を聞いて、フェリシアはにこっと笑った。


「やっと笑った」

「え?」

「フェリシア、卒業旅行で笑ってないでしょ?」

「確かに。でも、当たり前でしょ。仲良い人もいないし、気が張り詰めて、それどころじゃない」

「でも、ここなら大丈夫じゃない?」

「……そうだね」


 フェリシアは、ウィリアムがここを選んだ理由を理解した。ここでなら、普段通りのフェリシアでいられる。もちろん、ウィリアムに見せている姿も本来の姿かと言えばそうではないが、王女としてのフェリシアよりは数倍もマシだ。


「ありがと、ウィル」


 そう呟きながら、フェリシアはウィリアムに水を蹴りかけた。


「当然だよ。俺はフェリシアのこと、好きだから」


 ウィリアムはそう言ってフェリシアに水をかけ返す。


「好きって、どういう?」

「え?」

「その……どういう好き?」

「えっと……本気の好き」

「そっか」


 許婚なんてもっとドライな関係だと思っていたが、案外そうでもないかもしれないとフェリシアは思った。


「フェリシア、俺と付き合ってほしい」

「え……? 付き合うも何も……」

「ちゃんと言ってなかったから」

「確かにそうだけど……」


 ちゃんと話をした記憶は無かったが、正直フェリシアは恋人くらいには思っていた。


「親が決めたから、じゃなくて、好きだから結婚したい。俺のわがままだけど、受け取ってほしい」


 真面目な顔をしてそう言うウィリアムを、フェリシアは少し笑う。


 そしてフェリシアはウィリアムの頬に手を当てて、唇を触れ合わせた。


「あたしはウィルのこと、もう恋人だと思ってたんだけどなー」

「そう……なの……?」


 ウィリアムは恥ずかしいと呟きながら、頬を赤らめる。


「結婚するなら、ウィル以上の人はいないよ。リード以外の男で一番あたしのことわかってくれてるのはウィルだし。リードはそういう関係っていうより、相棒……みたいな」

「フェリシア……」

「改めて、よろしく。ウィル」


 フェリシアはそう言ってウィリアムに手を差し出した。ウィリアムはその手を掴み、フェリシアを引き付ける。そしてそのまま二人は少しの間抱き合った。


 両者共に初めての感覚だった。フェリシアは友達と呼べるのもウィリアムだけだったし、ウィリアムも人気者ではあったが恋をしたことはない。お互いの身分も障害となって、恋に落ちる関係にはならなかった。


 でもこの二人なら、そんな障害はない。お互いに理解し、認め合い、理想的とも言える関係。互いに意識し合って、でも少し気まずくて、もどかしい。気付けば、その人のことを考えていたりもする。


 そんな感覚を忘れないように、脳に刻み込んだ。


「なんか、変かも」


 少しして、フェリシアがそう呟く。


「そうだよな……なんか、ごめん」

「いや、そうじゃなくて」

「え?」


 ウィリアムはあのやり取りのことを言っていたのだが、フェリシアはどうやら違うようだ。


「なんか、変な気配が」

「変な気配……?」

「やっぱりあたし、狙われてるのかな」

「えっ……それってどういう……?」

「とにかく、移動しよう」


 フェリシアはウィリアムに詳しく説明しないまま、どこかへ走っていった。

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