短編

農民ヤズー

美少女戦士の守護霊は、少女を揶揄うために実況する

「——ここね。随分寂れたところ。埃っぽいし、なんだか嫌な臭いも……終わったら水浴びしたいわね」


 荒廃した大地の中を少女が独り言を口にしながら進む。

 少女の言ったように、この場所は周辺に何もなく、風が吹けば砂埃が舞うような場所だ。

 加えて、周囲には何某かの生き物の骨らしき残骸が晒されている。それも、ひとつふたつではなく無数と言っていいほどに。

 おそらくはこの地で多くの命が失われたのだろうが、そのためまとわりつくような淀んだ空気が流れているように感じられる場所となっていた。


「さあさあやってまいりました『古の古戦場』。古と古戦場という、なぜ『古い』という言葉を重ねたのかわかりませんが、それはきっと名付けた人の趣味だったのでしょう。センスがないとしか言いようがない!」


 だが、そんな場所を進むのは確かに一人の少女のはずなのに、少女以外にも声が響いている。

 いや、一人ではない。確かにこの荒廃した大地を歩いているのは少女一人ではあるが、その背後を浮遊しながらついていく一つの球が存在している。金色に輝くその球には模様が書いてあり、その模様がなんなのだと言われれば『眼』だと答えることができるだろう。


 少女の側に浮遊する『眼』。これは少女にしか見ることができず、また、その声も少女にしか聞くことができない。

 通常であればそんな無駄なことと話していればこの地にいる敵に襲われそうなものだが、襲われることなく進めていることが何よりの証拠だろう。

 この『眼』の声は周囲の誰にも聞くことができないのだ。たった一人、この大地を歩いている少女を除いては。


 しかし、少女はその声が聞こえているはずであるにも関わらず、声を無視してどんどん先へと進んでいく。

 声の主は少女の後を追うようにふわふわと進むが、その最中も『眼』はこんな場所であるにもかかわらずいやに楽しそうに、ふざけた調子で言葉を紡いでいぐ。


「そんな古の古戦場。かつては日差しが暖かく見渡す限りの大自然ではありましたが、現在ではご覧の有様! かつての日差しは消え失せ、空にはこれでもかというほどに分厚い雲に覆われ、目に映るのはここで死んでしまった無数の人! しかしその人影は全て動いているだけの死体——つまりは魔物だというのですからさあ困った。今回はこの場所に現れる化け物退治を一人の少女が行うということなので、その実況と参りたいと思います。わたくし、元異世界人で、現在はとある少女の守護霊をやっております鍵崎改め、ケイが実況させていただきます」


 己のことを実況だケイだなどと称したこの『眼』。実は元は人間だった。鍵崎とはその時の名前だ。どこぞの世界で生きて死に、そして今の『眼』の姿で少女の傍に寄り添うこととなったのだ。

 ある意味生まれ変わったと言っていいかもしれないが、この状態ではできることなど何もない。この『眼』の姿ではものに触れることはできず、他者に認識されることもない。ただ少女だけに見えて聞こえるだけであり、雑談相手にしかならないのだ。

 加えて『眼』は少女から遠くに離れることができず、本当にただついて行くことしかできない。


 だが、ただついていくだけでは暇なので話をしたいのだが、今は危険地帯を進んでおり、話しかけて気を逸らさせてはならないと気遣った結果、こうして少女の行動について実況を行なっているのだ。

 それが誰に聞こえるわけでもないのだが、それだけ暇ということなのだろう。

 もっとも、この少女には聴こえているので、話しかけられなくとも気は逸れてしまうものではあるのだが……少女にとってそれも今では慣れたものだった。


「この少女、名前をミリエルミ・ミミオルと言います。何度『ミ』を使いたいんだ、という名前ではあります。見た目は可愛らしく愛らしい十八歳という歳の割に若く、いや幼く見える見た目ではありますが、うっすらと赤みがかった金の髪を靡かせ進む姿は強者そのもの! 鎧は嫌いなのか、胸当てをメインとした簡単な防具を身に纏い、腰には二本の剣を下げて進んでいきます。通常この場所は、複数名で挑むような場所ではありますが、この少女はその通常から逸脱した存在! たった一人でもなんら問題なく敵を倒すことのできる真の猛者、真の英傑! その実力は天下一! 言いすぎました。天下一ではありません!」

「別に天下一のままでもいいのに……」


 ミリエルミ——ミミは自身に対する評価を聞いて緩く口元に笑みを浮かべたが、最後にケイが自身の言葉を訂正すると、少し不満げに唇を尖らせて不満を口にした。


 だが、そんなミミの態度を知りつつも、内心でニヨニヨと笑みを浮かべ、反応することなくそのまま様子を見続ける。だって不満そうにした様子を見せているミミが可愛らしいから。


 実際のところ、この実況はケイにとって確かに暇つぶしという面もあるではあるが、それ以上にミミの反応を楽しむために喋り続けたら実況という形に落ち着いたというだけのことなのだ。

 ケイはミミのいろんな表情を見るために揶揄おうと喋り続け、今もその反応を楽しみながらミミの後をついて進んでいく。


「さあ、そうして話している間にも、少女が古の古戦場へと進んでいきます。その足取りはしっかりとしたもので、怯えや怯みはなく、怯懦な様子を見せることもありません。あるのは依頼をこなすぞという明確な覚悟だけ! その覚悟の宿った刃が斬るのは果たして敵か、味方か!」

「味方を切ったらダメでしょ。それに、そもそも味方、いないし……」


 すでにいつなにが起きてもおかしくない状況。そのため、ミミはすでに自身の武器である剣を抜き、普段よりも幾分か慎重に進んでいた。

 だが、ケイの言葉に対する言葉は、どこか力のない悲しげなものとなっているのは気のせいではないだろう。


 そして、危険地帯に入ってからしばらくすると、ついにミミが刃を振るうに値する存在——敵と接近した。


「おっとここで少女が敵に遭遇した! 敵はどうやら武装した人間のようだが、どこか人間にしてはおかしいか!? 敵も敵で少女のことを認識したようで一目散に襲いかかってくる! 迫り来る敵の群れに、少女はどう対処するの——おっと! 襲いかかってくる敵の群れに対し、むしろこちらから襲ってやると言わんばかりに飛び出した! すごいすごい! すでに死んでいるとはいえ、彼らはこの地で死んでいった戦士達! それも、それぞれが名を馳せた凄腕の戦士だ! それをいとも簡単に避け、切り裂いていく!」


 かつて戦場だったこの地に残っていた死体。それらはその時の状況が悪く、私して尚動く魔物と変じてしまった。

 そんな動く死体達は、近づいてきたミミを処理すべく、生前体に染み付いた動きをもってミミの事を狙い始めた。


 だが、こんな危険地帯に一人でくるだけあって、ミミは弱くない。むしろ、強いとさえ言える。

 かつては凄腕と呼ばれた者達も、そこらの雑兵と変わらないとばかりにどんどん切り捨てていく。


「切って切って切りまくり、敵の数はだいぶ減ってきた。この後はどうする? 敵の攻撃を待つのか、それとも再びこちらから攻め込んでいくのか!?」


 周囲には千以上の敵がいたはずだが、ひとまず自身の周囲にいる敵については排除することができた。まだまだ全滅には遠いが、これだけでも十分な成果と言えるだろう。ここで引くのも、アリとな考えだ。


 だが、ミミは逃げることはしない。それは意地になっているからだとか、何か特別な理由があるとかではない。ただ純粋に、まだこの程度では疲れていないというだけのことだ。

 疲れていないのだから退く必要はなく、戦えるのだから戦うだけ。


 しかし、敵を侮って無茶をするような失敗はしない。どうせ待っていれば敵から接近してくるのだから、と武器を構えながら隙なく周囲を観察して待機する。


「どうやら少女は待つことを選んだようだ。慎重に慎重に、敵を侮ることなく注意深く観察し、攻め時を測る! その姿はまるで獲物を狩る女豹の如く! しかしこの少女、女豹の如くとは言ったが、実は一年前に片思いの相手に告白し、見事に玉砕している!」

「っ!?!?」


 突然の暴露話に、ミミはそれまでの警戒を一瞬で霧散させ、バッとケイへと振り返った。

 その目は限界まで見開かれ、まるで「どうしてお前が知っているんだ」とでも言わんばかりの様子だ。


「獲物を狙い、調べ、ストーキングまでしたというのに、いざとなったら失敗し、それ以降は牙の抜けた獣として覇気のない生活を送っていました。女豹として魔物を狩ることはできても、男を狩ることはできなかった哀れな——」

「なんで知ってんのよ!」


 しかしミミの態度を無視して喋り続けていると、ついに我慢できなくなったのか、戦闘中であるにもかかわらずミミはたまらず叫び出した。


 だが、ミミに怒鳴られようとなんのその。ケイはなんら堪えた様子もなく実況を続けていく。


「哀れすぎて何やら虚空に向かって叫んでおりますが、大丈夫でしょうか? もちろん頭の心配ではなく、敵の攻撃です。今も油断した少女を襲おうと——飛びかかった!」

「邪魔!」


 ミミがいきなり振り返って叫んだことで、隙だと思ったのだろう。襲いかかってくる者がいたが、一瞥し、剣を振るっただけで容易に首を刎ね飛ばされてその敵は動かなくなってしまった。。


「あーっと残念。過去には歴戦の強者だった彼らも、所詮は死後の姿。抜け殻である彼らには少女の服一枚破ることすらできませんでした。その程度で強敵感を出さないでほしい。死んで鍛え直してから挑みに来い。その時は少女の服を破ることができるくらい強くなっていることを期待しております」

「そんな期待しなくていいから!」


 止まることなく続けられる実況に対して文句を叫びながら、ミミは敵を斬っていく。

 斬って斬って、そうしてようやく周囲にいる敵をあらかた片付けたところで、ミミは小休止のために近くにあった瓦礫へと腰を下ろした。


「っていうか、いい加減その無駄な語りやめてよ! 邪魔でしょうがないんだけど!?」


 ここは敵地であるということは理解しているため、いまだに警戒は解いていない。だが、それでも幾分か気が抜けているようで、ミミは先ほどまでよりも感情を露わにしてケイへと叫んだ。

 そして、それと同時に掴み掛かろうとしたが、姿と声だけで実体を持っていないケイに触れることはできず、掴むために伸ばした手は空を切った。


「……ここで実況は一時中断としましょう。みなさま今しばらくお待ちください」


 この辺りにしておくか、と判断したケイは、あらぬ方向を向きながらそう口にすると、ころころころ、とまるで空中に見えない板でもあるかのようにミミの前を横切りだした。


「そもそもさぁ、それ誰に話しかけてるわけ?」

「特に誰でもないが?」


 ミミの目の前を転がりつつ、先ほどまでとは雰囲気を変えて話し始めたケイ。どうやらここからは実況ではなく普通に話すことにしたようだ。普通に、と言っても、真面に話すつもりはないようで転がるのをやめようとはしないが。


「じゃあなんで喋ってんのよ」


 目の前で鬱陶しく転がり続けるケイを追い払おうと、指を伸ばして突いてみるミミだが、やはり触れることはできないようでその指は空を切った。


「いや、そりゃあだって暇だし? 守護霊って言っても触れないし他人には見られないしで、じゃあやることってご主人たまとの会話しかないわけだけど、戦闘中は喋ってくれないだろ?」

「当たり前じゃない。戦闘中なんだもん。っていうか、『ご主人たま』ってなに? 守護霊っていうのも、私にとっては厄介な悪霊なんだけど……」


 実体がなく、触れることもミミ以外と話すこともできないケイにとって、やることなどなにもない。ただミミのそばを漂っているだけだ。

 それでも戦いが終われば話し相手をしてくれるのだから、それはそれでありがたいことだ。

 だが、それだけではつまらないと感じてしまうのも事実であり、ミミにとってある程度の戦いはそれなりに余裕があるものだと理解していたために、暇つぶしとして話しかけていたのだ。


 もっとも、根が真面目なミミとしては、依頼の最中であり、かつ戦闘中に雑談をするのは受け入れ難いようで、ケイが声をかけても答えてくれない。

 では仕方ないとばかりに、ケイは一人で勝手に喋り続けることにし、その行き着いた先が実況という形だった。


 だが、ミミとしても、ありがたいと思っている面があるのだ。

 ミミは真面目ではあるが、真面目すぎて友達がいなかった。話し相手などろくにおらず、本来ならばチームで受けるような今回の依頼を単独で受けているのも、そのあたりの事情からである。

 そんな中にあって、飽きることなく話しかけてくれるケイの存在は、ある種の救いとなっていた。

 今だって、依頼の最中ではあるがあまり真剣になりすぎることもなく、戦闘の間に適度に気を休めることができている。


 とはいえ、ミミはそんな感謝の言葉など、言うつもりはなかったが。だって、言ったらそれを弄られることを知っているから。


 だが、お互いに感謝の言葉を言わないが、お互いに相手が感謝しているのは理解しているし、自分も感謝している。それが二人の関係だった。


「あ、もう。まだ出てくるの?」

「おっと、倒したと思った敵が再び現れた! 休む間もなく戦いを強いられる少女は果たしてどんな選択をするのか!」


 そうして無駄に話をしながら休んでいると再び地面の下から敵が湧き出し、ミミは武器を構え、ケイは実況を再開した。


「あー、もう! うっさいうっさい!」

「うるさいとはどうしたのでしょうか? ついに幻聴でも聞こえてきたのでしょうか? こんなに叫ぶほどはっきりと聞こえるということは、そろそろ病院へ行ったほうがいいかもしれません。おそらくは治らないでしょうが!」

「あんたのせいでしょ!」


 ミミにだけ聞こえる声で実況を続けるケイと、それに文句を言いながら剣を振るい敵を斬り捨てていくミミ。


 二人はこれまでと同じように順調に敵を倒していったのだが、しばらくすると異変が起こった。


「おっと? なにやら雲行きが怪しくなってきたぞ? 出てきたのはでかい! でかい敵です。これは巨人族でしょうか!? 巨人族の戦士、名をエルガンと言います! 今回の討伐依頼の対象であります!」


 そう。今までミミが倒していた敵は所詮前座。このエルガンと呼ばれた化け物を呼び出すために処理していたにすぎない。

 仲間を倒され危機感を得たのかは分からないが、ともかくこれで依頼達成のためのスタートラインに立つことができたことになる。

 つまり、今回の依頼はここからが本番とも言えるのだ。


「このエルガン。かつては巨人族の中でも歴戦の勇士であり、当時の巨人の王国の次期国王と名高かった人物であります。しかし、英雄色を好むというように、このエルガンもその例に漏れず大の女好きでした。しかもその対象が自身よりもはるかに小さい人間だというのだから驚きだ。これではロリコンなどという生易しいものではありません。手のひらに収まるサイズの婦女子を握り締めて動かす様は、まるで大人のおもちゃを使って自慰をするかのようでさえあったと言います。そのようなことになってしまえば、いかに鍛えた者だとしてもまともに生きていられるかは分かりません! そんなエルガンに立ち向かう少女の運命やいかに! 個人的にはエロスチルの一枚でも見ることができれば嬉しいのですが……」

「エロスチルってなんなのよ! そんなこと、なるわけないでしょ! っていうか、こいつそんな変態だったわけ!?」

「なお、これまでのエルガンに関しての説明は全くの嘘であります。はるか過去の人物なのですから、そのような性癖が知られているわけがありません。信じたものはよほど純粋なのか、はたまた単なる考え足らずか」

「こ、のっ……!」


 だが、いかな強敵を前にしたところで、この二人の態度は変わらない。

 変わらずに莫迦みたいに喋り続け、それに応えるかのように文句を言う。それがこの二人であり、だからこそ強敵であっても怯むことも臆すこともなく挑んでいける。


「しかし、エルガンの性癖に関しては全くの嘘でありましたが、その実力、歴戦の勇士だったというのは事実です。さあ、そんな過去の英雄を、牙の折れた女豹はどのようにして倒すのでしょうか!」

「その呼び方やめてくれる!?」


 ケイの実況にミミは怒ったように叫ぶと突如として走り出し、接近。そして、その怒りを込めたかのように力強く剣を振るった。


「まずは一撃! しかし……これはあまり効いた様子がないか!」


 だが、これまで敵を処理してきた剣戟は、巨人エルガンにうっすらと傷を残しただけで致命傷には程遠かった。


「なら、効く場所を探すだけよ」


 ミミはそう言い放つと勢いよく駆け出し、エルガンの周囲を飛び跳ねながら全身を切りつけていった。


「凄まじい連撃! 巨人はその体に相応しい重厚さというべきでしょうか、動きが鈍い! 大して少女の方は常に動き回り、巨人の全身に斬撃を浴びせていく! 一度喰らえば大怪我間違いなしではある巨人の攻撃も、当たらなければどうということもないと言わんばかりに駆け回る!」


 エルガンの攻撃をかわしながら逆に攻撃を与え続けているが、いまだ急所と言える部位を見つけることはできていない。基本的に生物の弱点である頭部を狙えば攻撃も通るだろうとミミは考えているが、流石にそこまでは攻撃が届かない。

 届かせることもできるが、その場合は大きく隙を作ることになってしまうだろう。

 今はそんな危険を冒す必要はないと判断し、効果が薄いと知りつつも全身を切りつけ続けた。


 しかし、そんな攻撃も無意味ではなかった。


「そして——おっと! ここで巨人が膝をついた! いかに巨人の戦士といえど、あれだけの連撃を浴びせられたらたまらないか! そして少女は膝をついた巨人の背後に回り込み、その背中に乗った!」


 急所に攻撃を当てることはできずとも、全身を切り付けられたことで傷をつくり、何度も同じ場所を切られ続けたことで筋や神経といった、体勢を維持する何かに傷がついたのか。エルガンはついにその巨体をゆらがせて膝をついた。


 まだ倒れてはいない。だが、明確な隙だ。エルガンを倒しに来たミミが、そんな隙を見逃すはずがなかった。膝をついたエルガンの背に脚をかけ、その巨体の上を走り出す。


「そのまま羽が生えたような軽やかな走りで駆け上がっていき、天高く飛び上がった! 少女は人の背よりも高い巨人の頭のさらに高所から流星の如く落下し——貫いた! 見事な貫通! 少女の剣は巨人の頭部を見事に貫いた! だが、それで終わりではないと言わんばかりにもう一本の剣を首へと——叩きつける! これには巨人もたまらずにダウン。今まで数多くの挑戦者を屠り、ついには高額の報奨金をかけられた巨人も、これにてその人生に幕を下ろすこととなりました」


 自分にだけ聞こえる実況を聞きながら、エルガンを倒したミミは着地しながら満足そうな表情を浮かべた。

 普段は実況がうるさいだのなんだのと口にしているが、こうして自身が勝利した時にそれを讃えるかのような、明確に勝ちを告げるかのような言葉があるというのは嬉しいものだった。

 そのため、勝利したことと、その勝利を告げられたことで二重に嬉しくなったミミは、自慢げに笑みを浮かべたまま、少しだけ気取ったようなポーズをとって格好をつけるのだった。


「しかし帰るまでが遠足というように、このエルガン退治も帰って報告するまでが依頼です。予期せぬ事故に遭わないよう注意しなければなりませんが、少女はそのことを理解しているのでしょうか?」


 これだけの今日敵を倒したのだから、その後に格好をつけたい気持ちはわかるのでポーズそのものに言及はしない。

 だが、ポーズをとった行動については茶化すように実況を続け、それを聞いたミミはピクッと体を小さく震わせてから何事もなかったかのようにエルガンの死体の元へと向かっていった。

 その際、「わかってるもん」と小さくつぶやいていたが、ケイはそれを聴こえていないふりをして見逃してやることにしつつ、うんうんと頷くように球体の体を上下に動かしてミミの跡を追っていった。


 そうしてエルガンを倒した証拠として身につけていた武具を剥ぎ取り、回収を終えると後は帰還するだけとなったのだが、ここで再びケイによる実況が入った。


「おっとここで朗報か!? 戦いを始める前に水浴びをしたいと言っていたように、この後は水浴びをするのでしょうか。であれば! であればですよ? この後はみなさまには良い映像をお届けすることができ——」

「できるわけないでしょ! バカ! 水浴びなんてしないから!」

「えっ……流石に水浴びしないってのは不潔だぞ」

「急に素に戻らないでよ……う〜、あんたが見てない時に入るから平気よ」


 ケイの言葉に、ふんっと拗ねたようにそっぽをむいて帰路についたミミ。

 だが、その足は数歩進んだところで止まることとなった。


「——うっ!? なに、これ……」


 突如、ミミの全身に怖気が走った。


「どうした? おい、女豹?」

「その、名前は、やめてよね……」


 あまりにも強烈な感覚に、思わず両肩を抱きしめながら膝をついたミミ。

 自身の体がないためにその感覚を理解することのできないケイだが、ミミの様子から異常が発生しているのはすぐに理解できた。そして、その程度を確認するためにミミにふざけた声をかけたのだが、返ってきたのはつっかえながらの弱々しい声。


 そして、ミミはその言葉を最後にパタリと意識を失ってしまった。

 ケイは急いで確認したが、幸い呼吸はある。まだ死んだわけではないと理解するとホッと息を吐き出し、だがその安堵はすぐに消えることとなった。


「裏ボス登場か? いや、これが本来のボスか」


 ケイが視線を向けた先には、先ほどのエルガンに比べればはるかに小柄な……小さいとすら言ってもいいほどの大きさの人物が立っていた。

 だが、『人物』と言ったが、それは人型ではあっても『人』ではなかった。


 身長は二メートル程度だが、全身が異様なほど細く、筋肉などかけらもないような体。

 だが筋肉がなくて当然だ。何せそれは全身を骨だけで構成した化物なのだから。

 その手には農夫が使うような大鎌が存在しており、足は地面に付かず宙を浮いている。


「死神か。なるほど。この場所で戦争があったから〝死〟が溜まりやすいんじゃなく、そもそも〝死〟を集める存在がいたってわけだ」


 この地に出てくる敵は、全て過去に存在した人物達がなんらかの理由で魔物となり動き回ったもの。つまりアンデッドと呼ばれる存在なのだが、アンデッドが発生するにはいくつかの条件がある。

 まずは大量の命が消費された場所。そして強い負の感情を抱いたまま死ぬこと。最後に、他者を死へと誘う存在がいること。

 これらいずれかの条件を満たせばアンデッドが発生するが、この地にはどういうわけか死神が居座り続けたということだ。だからこそ、過去に英雄と呼ばれたような人物までもがアンデッドとしてこの地に囚われ続けていた。


「格はさっきの巨人なんかより上だな。でも——」


 ケイのことが見えているのかいないのか。死神はケイのことを無視し、倒れているミミの元へと進んでいき、その手にあった鎌を振り上げた。


「やらせねえよ」


 だが、その鎌がミミへと振り下ろされることはなかった。


「守護霊がさわれないなんていつ言った? 主人を守るから守護霊なんだよ」


 つい数秒前までは宙に浮かぶ球体だったはずのケイ。だが、現在の姿は、半透明ではありながらもしっかりとした人型をしていた。


 ベースは金色に輝いているが、見方によっては七色に変わる不思議な髪をした青年。歳のころは二十前後と言ったところだろうが、顔立ちが日本人のように幼く見える造りをしているので、人によってはもっと若いと判断するかもしれない。


 裾を引き摺るほどの長いローブで身を包み、周囲にはさまざまな色の光が漂っている。


 そんなケイの姿を、死神は宙に浮き直しながらじっと見つめている。

 だが、よく見れば死神が震えているのが見てとれただろう。その震えは、恐怖というよりも、畏怖の方が正しいだろう。


 先ほどまでの姿はなんだったのか。どうして先ほどまでは死神にも見えていなかったのか。なぜ物質に触れる事ができるのか。


 もしこの場でミミが起きていたら、そんな色々な問いを投げかけたことだろう。

 しかし、実際にはミミは寝てしまっているので、何も見られることはなく、何も聞かれることはない。

 だからこそ、ケイはこの姿を見せたのだ。


「こいつの道の邪魔をしたんだ。精々俺の実験体として役にたて」


 畏怖から動くことのできない死神に向かって手を伸ばし、たった一言だけを口にする。


「——《ドラゴンブレス》」


 一度放たれれば触れた全てを滅ぼすと言われているドラゴンの一撃。それを再現するために試行錯誤を重ねた魔法。

 放たれた一撃は、その魔法が作られた目的通りの効果を発揮し、先ほどまで威圧感をまき散らしていた敵を一瞬で葬り去った。


 神の遣いとすら言われ、歴戦の強者であっても死を覚悟する存在である死神。

 そんな死神から畏怖され、容易く屠る事ができるケイは何者なのか。その正体は、精霊である。

 ただし、ケイの場合は精霊とは言っても通常のものとはかけ離れた存在ではあるが。


 本来精霊とは、自我を持たずにただ定められた行動をとる魔力の塊でしかない。多少の意識はあるが、それとて明確に言葉となるようなものでもなく、嬉しい、悲しいといった簡単な感情だけだ。


 そんな魔力で構築された体を持ち、特定の波長の合った人物にしか姿が見えない自然の化身。それが精霊であり、その意味で言えば死神も精霊の一種であり、ケイと同じ存在だと言えるだろう。

 だが、宿した力の規模が違う。


 普通の精霊の力を一とするのなら、死神は千。そしてケイは百万。それぐらいの差があるのだ。

 あえてケイのことを呼ぶのであれば、精霊王。その名が相応しいだろう。


 そんな神に近いとすら言える存在が、なぜミミのような一般人のもとにいるのかと言ったら、ただの偶然だ。たまたま死んで、たまたま生まれ変わり、たまたまミミという自分のことが見える少女の元に出現した。『たまたま』が続きすぎていると思うかもしれないが、世の中そんなものだ。

 だが言い換えるのならば、それは運命と呼ぶこともできるだろう。


「さて、目が覚める前にどっかに移動させるか」


 先ほどの魔法を放ったため、斜線上にあった全ては消し飛び、直接触れていないはずの地面までもが大きくえぐれて線ができている。

 流石にこんな状態を見せればミミも騒ぎ出すだろうし、そもそもこのままここに寝かせておくのは衛生的にも疲労の回復的にも良くない。


 そう判断したケイは、寝ているミミを両手で抱き上げ、近くにある水辺まで運んでいくことにした。


「あれ? 私……ここは……?」

「おっと、少女はどうやら目が覚めたようです!」


 それから程なくしてミミは目を覚まし、それに気づいたケイは再び実況風の語りを始めたが、この時には既に人型から球体へと戻っていた。


「そういうのいいから、ここどこなの?」


 ミミが周囲を見回すと、記憶が途切れる直前までいたはずの荒れた大地ではなく、緑あふれる大地と泉があり、ミミ自身はその水辺にある木陰で寝ていたのだと理解した。


 だが、直前までの光景とあまりにも違いすぎているもので、何がどうなったのか今ひとつ受け入れ切れていないようだ。


「ん? 覚えてないのか? 多分疲労が溜まったのかあの場所の〝気〟に当てられたのか、急に話も碌にできずにふらつき始めて、なんとかここまで歩いたと思ったらぶっ倒れたんだぞ」


 ケイはさも自分は何もしていませんよと言わんばかりに気楽な様子で話をしながら、内から外へと向かう渦を描くようにくるくると宙を移動する。


「そう、だったっけ? ……ごめん。なんかよく覚えてないや」


 そんなケイの動きを目で追いながらも、ミミは片手でで頭を押さえてその時のことを思い出そうとする。

 だが、少し間を置いてから首を横に振り、思い出せないのだとため息を吐いた。


 しかし思い出せないのも当然だ。何せ、実際にはミミはここまで運ばれてきただけで、歩いてなどいないのだから。


 唯一真実を知っているケイは、そんなことはおくびにも出さず話を続けた。


「大変だったぞ。いや、大変って言っても俺なにもしてないけど、いつ目が覚めるのか気を揉んだよ」

「そう……ごめんね。でも、見守っててくれてありがと」


 ケイには何もできないと思い込んでいるミミだが、それでも自分のことを見守り続けてくれたことに心強さや暖かさを感じ、柔らかく微笑みかけながら礼を言った。


 ……ここで終わっていれば良い話で終わったのだろう。大変だったが、なんとかなってよかったね、と。

 だがそうはいかないのがこの二人。


「どういたしまして、だ。……ああでも、気を揉んだと言ったが、胸は揉んでないから安心しろ。そもそも触れないしな」

「っ! そ、そんなことしたら絶交だから! 怒るんだから!」


 ケイの言葉で、咄嗟に胸を隠しながら少し子供っぽくなった口調で怒りを表すミミ。

 まだ寝起きだということと、突然の言葉だということで少し混乱しているのだろう。


 そんなミミのことを暖かい眼差しで見つつ、ケイは近くにあった泉へと目を向けた。


「とりあえず、そこに川があるし水浴びをしたらどうだ? そうすれば意識も切り替わるだろ」

「……うん。そうする」


 爽やかな風が吹き抜け、日差しはあるものの木陰にいたことで心地よい眠りの時間を過ごしたばかりのミミは、目覚めたと言ってもまだ完全に目が覚めたわけではなかった。


 だからだろう。ケイがそばにいるにもかかわらず、無防備に服を脱ぎ始めたのは。

 ミミは今回のように荒事をこなしているが、だからと言って筋肉質というほどではない。

 無論筋肉もついていないわけではないのだが、程よい肉付きと言ってもいいだろう。出ているところは出ており、しまっているところはしまっている。

 そして容姿は同年代に比べても平均を上回っており、そんな少女が目の前で脱ぎだしたのだからこの男が反応しないわけがない。


「少女はそう頷くと徐に立ち上がり、周りの視線を気にする様子を見せずに服に手をかけ一気に持ち上げ、その柔肌を——」

「見るなバカー!」


 再び実況が始まったことで見られているのだと理解したミミは一瞬にしてそれまでの眠気が吹き飛び、すぐさま叫びながら泉の水をケイへとかけた。が、実体を持たないケイにはなんの意味もない。


 慌てながら水をかけてくるミミに対し、やれやれと言いたげな様子で球体を左右に振ったケイは、次はどう揶揄おうかと考えながら離れていくのであった。

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