第6話 訓練開始
「コンコン」と、気持ち強めにノックする。
「おう!入れ!」
ドアノブを右に回す。
「よく来たな。待ってたぞ」
おっさんの声が聞こえてきた奥の部屋へと移動する。
入ると、壁に掛けてある大仰な剣が目に飛び込んできた。
「あーこれか?両手剣だよ」
「おっさんにこれ振れるのか?」
「失礼な奴だな。振れない剣をこんな立派に飾っておくと思うか?」
「いや、ただの置物かもしれない」
「置物か...」
腕を組んで空を仰ぐ。
「これはな、俺の仲間の剣だ」
「ふーん...。で、今その仲間はどこにいるんだ?」
「死んだよ」
「そうか...」
少し前まで戦争をしていたし、有り得ない話ではない。
「勇者に斬り殺された」
「!?」
「新しい剣の試し斬りってことでな。俺は4人でパーティーを組んでいた。その内の1人に『フィーデス』って奴がいてな。そいつが最初に殺された。」
「それは惨いな...」
「あぁ...。こいつは真っ先に人の為に動く奴でな。給料を稼いだら度々孤児院に寄付していた。自分の食い扶持を減らしてでも...な」
「へーいい奴なんだな。そいつ」
「あぁ...」
瞳に雫が溜まっているように見えた。
私は咄嗟に目を逸らす。
「他の2人は?」
「当然激昂してな、勇者に挑んだ。で、結果はお察しの通り」
「おっさんは戦わなかったのか...?」
「...。俺は戦わなかった」
「なぜ?」
「俺には勝てないと思った。丁度、アンゲルスでのお前みたいにな。ただ、お前と違うのは、俺は怯えて影でこそこそ見ていただけだった」
「今なら勝てると思うか?」
「分からない。ただ、俺とお前でなら勝てる可能性は0ではないと思ってる」
「そうか...。だが、本当に勝てると思うか...?」
「これは『勝てるか』という勝算の問題じゃない。俺らは『勝つ』という義務がある。死者の無念を晴らす為に」
「うん...」
「まぁ、直接対峙するまでに確固たる決意が固まれば良い」
「確固たる決意か...」
「お前自身の為でもあるが、お前の父親の為にも固めなくちゃならん」
「うん」
「そろそろ剣の特訓を始めるか。こっちに来い」
そう言って指で指したのは階段だった。
「地下室でやるぞ。後、2階には死んでも行くな。入った瞬間、お前との師弟関係は終わりだ」
「わかった」
「行くぞ」
「スタスタ」と階段を下りる。
私もそれに続く。
地下だからであろうか、多分に湿っぽい。
「チャラチャラ」と4本の鍵が付いたキーケースを取り出す。
「えーと、これか」
「ガチャリ」と、地下室の扉を開けた。
「キキキィ...」と重厚な鉄の扉だ。
地下室の内部は至ってシンプルなものであった。
部屋の中心にはダミー人形が1体鎮座。
くたびれており、剣によって斬られた跡が無数にある。
傍らには、3本の剣が専用の台に突き刺さっていた。
全長は短い物から目測で「50~60cm」「80~90cm」「100~110cm」程度である。
「お前はこれを使え」
その中で1番短い剣を渡される。
「これはリーベリタスっていう、突き刺す用途で使われることが多い剣だな。どうだ使ってみろ」
「スルリ」と鞘から剣を抜く。
これは中々手に馴染む。
「どうだ?」
「使いやすい。このダミー人形で試して見てもいいか?」
「あぁ」
ダミー人形を中心に捉える。
『リーベリタス』を両手で強く握りこみ駆ける。
結果、数cm人形に刺さり、反動で両腕が痺れる。
「いてぇ...」
「まぁ慣れるしかないな」
「これを毎日か?」
「あぁ...そうだな。応用よりも先ずは基礎を積まなきゃならん。今回の場合の基礎ってのは、慣れるってことだな」
「わかった」
「取り合えず、限界までやってみろ」
先程と同じく、剣をダミー人形に突き刺す。
50回程目に差し掛かったとき、手に酷い痛みが襲ってきた。
「まぁ、こんなもんだろう。とりあえず、飯にするぞ」
そう言って鍵を鍵穴に挿す。
いつの間に移動したのだろうか。
私には一瞬で移動したように思えてならなかった。
「早く来い、閉めるぞ」
私は急いだ。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、「肉のロースト」「豆のスープ」「パン」が手際よく机に並べられる。
恐らく、訓練中に用意していたものだろう。
これらの料理は鼻孔をくすぐり、異様なくらい空腹であったことに気が付いた。
「これは今日だけだ。祝いも兼ねてってことだな」
「ありがとう」
「良いってことよ。まぁ普段はパン1個が限界ってところだな」
戦争が終了したとは言え、未だ安定的に食料が供給されているとは言い切れない。
今いる『アウィス』はまだマシな方で、田舎に行けば行くほど、悲惨なことになっているらしい。
搾取に続く、搾取の連鎖。
パンが食えるだけ有難い。
(訓練をつけてくれるのは有難いが、何時までこれを続けるのだろうか。早く技術面を磨きたい。)
そう思いながら、目の前にある料理を貪り喰らった。
「号外!号外!」
外から雄叫びが聞こえた。
「王暗殺!クイーンクェ騎士4人死亡!ノービリス右腕切断!現在気絶!」
瞬間、動悸が起こる。
(まだ、戦争なんかちっとも終わってなんかないじゃないか。)
何時まで人殺しを続ければ気が済むんだ?
道徳なんてものはとうに消え失せてしまったのか?
それとも元々幻想だったのか?ただの理想にしか過ぎないのか?
「また世の中が乱れるぞ」
「そうだな...」
悲哀を想った。
フォールティアの情報によると、王は既に暗殺されたと聞いていた。
暗殺されたゴタゴタで勇者も暗殺するという腹だった。
偽情報に騙されたのか?
若しくは騙したのか?
アンゲルスに潜入していた仲間から情報を受け取っていたのはフォールティアだった。
それならば、当然情報を揉み消すことも可能だ。
ただ、何の利益があるんだ?
騙されたと考えるのが妥当か。
「王が暗殺されたっていう話は何時頃から出ている?」
「大体半年ぐらい前だな。暗殺されたというよりも殺害予告に近いが」
「殺害予告?暗殺されたという話ではなく?」
「脚色なんてのは奴らの十八番だろ。奴らはそれで飯を食ってる」
「誰がやったかは分からないのか?」
「分からない。まぁ分かった時点で殺されているだろうな。それか既に殺されているのか」
「うむ...」
「まだ命があるだけマシなのかもしれないな」
「そうだな...」
ここ最近で「幸福」の定義がぐっと押し下げられた。
勇者に魔王領が滅ぼされたので復讐します! TOMY@ @tomy_kakukaku
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