第14話 歩み続け、寄り添う二人
ブラッディ公爵家が
アリスとヴェスターの二人は、修道院にいるメアリーの元を訪れていた。
「まったく。こんな私のために随分と無茶をして……」
世俗から離れ、女神に祈る日々を過ごしていたメアリー。彼女は娘たちがしていたことを聞き、ハァと重い溜め息を吐いた。
だが目尻には涙が浮かんでいる。そしてメアリーの手には、自分の名が付いたスープの入ったカップが握られていた。
「でもおかげで、陛下や枢機卿が『神罰』は無かったことにしてくれたのよ? だから
「そうですよ。ほら、アリスもこう言っているんですから」
「ヴェスター。貴方まで一緒になって……」
諦めたように溜息をついたメアリーだったが、スプーンを手に取りゆっくりと口元に運んだ。
「――美味しいわ。優しくて、温かい。心までポカポカするようだわ」
「本当!?」
「えぇ、本当よアリス。……ありがとう」
その一言が聞けて、アリスは本当に嬉しかった。アリスは思わず感極まって、メアリーを抱きしめた。
メアリーは少し驚いた様子を見せたが、「本当に可愛い子ね」とアリスの頭をそっと撫でた。
「――二人の気持ちは嬉しいけれど。私は、この修道院に残るわ」
「えっ?」
「ど、どうしてだよ母さん!」
予想外の返答にアリスとヴェスターは動揺を隠せなかった。
メアリーはそんな二人を見て、静かに微笑んだ。その笑みは慈愛に満ちた母親のものだった。
メアリーはアリスとヴェスターの手を握り、真っ直ぐな瞳で彼女たちを見つめた。
「ここでの暮らしはそこまで悪くないわ。それにこの修道院には孤児院も併設されていてね。親のいない子供たちがたくさんいるの。その子たちに色々と教えてあげるのが、今の生き甲斐なの。それに――」
そこで言葉を切ったメアリーは、アリスとヴェスターを順番に見やった。
「貴方たちはもう一人前よ。私が教えることなんて、何もないわ」
「お母様……」
「……」
アリスは目に涙を溜め、唇を噛んだ。
ヴェスターは黙ったまま、拳を強く握りしめている。
「離れていても、貴方たちが私の大事な子供であることには変わりないわ。そうでしょう?」
修道院からの帰り道、アリスとヴェスターは馬車乗り場まで並んで歩いていた。
いつもなら軽口を叩きあっている二人だが、今日に限ってはどちらも黙り込んでいた。
アリスは隣を歩く彼の横顔を見た。その表情は何かを決意した男の人のそれだった。
「僕さ、ずっと考えていたことがあるんだ」
「……何をかしら?」
「どうしたら親孝行ができるのかって」
黒髪の彼は立ち止まり、空を見上げた。
彼に
「僕はまだまだ青臭くて頼りないし、ジェリック父さんたちみたいな腕っぷしも無い。だけどいつか必ず、メアリー母さんが自信をもって自慢の息子だって言ってくれるような……そんな男になりたいって思ってた」
「……うん」
アリスは小さく肯いた。
彼が言いたいことは何となく分かった。自分もメアリーになにか恩返しをしたいと思っていたところだ。
「アリス」
「なに?」
「僕は君のことが好きだ」
アリスは驚いて、反射的に彼を見上げた。
そこには頬を真っ赤にして、照れくさそうにしているヴェスターがいた。
「本当はもっとカッコよく告白したかったんだけどさ。でもいざとなると緊張しちゃって」
「う、嘘……。てっきり
「そんなことないって! ……いや、確かに最初はそういう気持ちもあったけど。今は純粋にアリスの事が好きなんだ」
「え、えっ!?」
アリスは驚きのあまり、言葉が出なかった。まさか自分が彼に想われているとは思わなかった。
いや、家族として好きという意味かもしれない。でももしかしたら……。
アリスは胸が高鳴るのを感じた。鼓動が早くなり、全身が熱くなる。
「アリスは僕のこと、嫌いか……?」
「き、嫌いじゃないわ」
「そっか、良かった。ならまだチャンスはありそうだな」
予想だにしない展開に、アリスの頭は混乱していた。
嬉しい。素直にそう思った。だけど同時に、どうして親孝行の話から告白の流れになったのか分からず、余計に困惑してしまった。
だからどうしても素直に「自分もヴェスターが好き」とは言えなかった。
「僕はアリスと結婚したい。きっと母さんもそれを望んでいる」
「……うん」
直接的な言葉では言わないが、メアリーはきっと、アリスとヴェスターが結ばれることを望んでいる。
孤独な子供たちが本当の家族になれたら、親にとってこれ以上に嬉しいことはないから。
「でも、僕は孤児だ」
「…………」
アリスは俯いた。
貴族は貴族と結婚する。それが通例だった。
例外もなくは無いが、アリスとヴェスターの婚姻を快く思わない者は大勢出てくるだろう。
今回の瓶詰の一件で、良くも悪くもアリスはブラッディ公爵家の人間として認識されてしまった。これからは彼女の頭脳を欲した貴族から、縁談が舞い込むかもしれない。
アリス自身もそれは理解している。だからこそ、アリスは何も言えなかった。
「アリス。だから僕は神饌の儀で勝ち抜きたい。栄誉を得て、爵位を貰う。そうしたら平民出身の僕でも、アリスに
「……え?」
「もしアリスと結婚できるのであれば、僕は貴族に成り上がってみせる。生涯アリスの傍にいて、君を守れるだけの力を身につけたいんだ」
ヴェスターは真剣な表情で、アリスに宣言した。
「――だから待っていてほしい。絶対に僕は君を手に入れてみせるから」
「……ッ!」
その瞬間、アリスの心臓が大きく跳ねた。
まるで魔法にでもかけられたかのように、身体が
アリスは咄嵯に手で顔を覆ったが、指の隙間から隠しきれないほどに赤く染まっているのが丸分かりだった。
(ちょっとヴェスターったら! それってもう、プロポーズじゃない!)
アリスは心の中で呟いたが、否定はできなかった。むしろそうであってほしいと願っていた。
アリスは顔を覆い続けながら、「私だって、ヴェスターのことが大好きなんだから!」と胸中で叫んだ。
「分かったわ。なら私も今まで以上に全力を尽くすわ。持てる知識を使って、絶対に神饌の儀を勝ち抜くわよ」
「あぁ、頼りにしているよ」
恥ずかしさを誤魔化すように、わざとらしくそっぽを向きながら話すアリス。そんな彼女を愛おしく思いながら、ヴェスターはニッコリと笑った。
そんな二人の様子を、神域にいる女神が覗いていた。
「私が与えた使命も忘れないでほしいのだけれど――まぁ、いいでしょう。料理を発展させる上で、その使命も自然と果たしてくれるでしょうから」
現段階でも、アリスは女神の意図を
とはいえ瓶詰は決して万能ではない。法整備や工場の管理など、課題は盛りだくさんだ。賞味期限や衛生という概念が普及するのも、まだ時間がかかるだろう。
つまりアリスに与えた知識には、まだまだ活かせる余地があるということだ。
「ふふ。これからも私のために、しっかり頑張ってくださいね。そしてアリスさんとヴェスターさんに、幸あらんことを――」
微笑む女神の視線の先で、一組の男女がもどかしげにしながらも手を重ね合わせた。
二人は身も心も寄り添わせながら、いつまでも幸せそうに笑っていた。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!
中編コンテストの規約につき、これにて第一部完となります。
まだまだ書きたい内容は盛りだくさんで、本格的に異世界に衛生知識を広めるネタはたくさんあります。
受賞できるように面白かったら是非、★★★評価やレビューをどうかよろしくお願いいたします!!<m(__)m>
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