2-5 『回想』

『マスターのことを頼みます!』


 耳にこびりついた『もう叶うことのない頼み事』。あの時、僕に何ができただろうかと後悔する。分析は終わった。僕には未来が見えてなかっただけ。とりあえずと着いてきただけで計画性もなかったし、これから起こることも見えてなかった。


 覚悟が足りなかった。僕は昔から思い込みが激しいとよく言われる。それはお母さんからも言われた言葉だ。


(その通りだ。僕はチャリオットさんの助けになれると思い込んでしまった……)


 頼られてうん、と言う前に自分のスペックを理解すべきだった。素人がいきなり難度が高いことをやるべきじゃない、今回の様に一番大事な人を失ってしまうから。悪いのは僕だ、それを認めてしゃっくりをあげてみっともなく泣き出す。


 ごめんなさいチャリオットさん。ごめんなさいチャリオットさんのマスターさん。

 僕はお母さんの様に奇跡みたいなあなた方に付き添って、心の穴を埋めようとしたんです。もう一度、憧れて……肩を並べられるようになりたくて……




『美里は思い込みが強いのね』


 母の言葉が罪状を読み上げるように頭の中で再生する。ずっとずっと前の話だ。僕が占い師ごっこをしてた5歳の頃……


『でも、それは悪いことじゃないのよ。』


 おかしいな、、この期に及んで僕は自分を美化しようとしているのか


『占いっていうのは、信じるも信じないもあなた次第って言うでしょ?

良い!!って思えば、未来は良い方向に行くのよ

悪いって思えば、確かに悪くなっちゃうかも……あなたの場合、それが長くなっちゃうのね。そんな時はこのことを忘れないで______



占い師なら自分のことを信じなきゃ!あなたが自信満々に


あなたは上手くいく!!って言ったら上手くいくのよ!


それはあなた自身も同じ……人生は割とプラシーボ効果よ!』




「人生はプラシーボ効果……」


 こんな状況でさえ、良い状況に好転できると思い込めるとは思えないけど……。お母さんに励まされている様な気がしてきた。目元を袖でゴシゴシとこすって、視界をはっきりさせる。


(僕に何ができる……このまま待機していても事態は何も変わらない……!)


 マスターさんを頼まれたからには、このままマスターさんを見捨てる訳にはいかない。でも、心臓がなかったら、それは終わりじゃないか。さっきまで機械の熱で温かかったであろう身体に触れる。その肌には少し熱がこもっていた。

 冷たい空気が漂うタイムマシンの中、それは希望の光にも見えた。


「治療機能があるって、言ってたけど衛星くんはこれをどうにかできない?」


『通常のサテライトの治療機能では、蘇生は不可能です。


ですが、我々サテライトはこれ以上、任務の失敗を侵す訳にもいきません。26号機独自にアップデートした新機能であれば、マスターの蘇生は可能かと思われます』


「ホント!?」


 ダメ元での頼みだったけれど、衛星くんは頼もしく可能性はあると言ってくれた。サテライトシリーズの皆さんって、みんな自我があるのか……親?のチャリオットさんにそっくりで心強い。


『はい。実行するには、ユーザー登録されている美里。あなたの許可が必要です。

その後、マスターの穴を私で埋めてください。そうすれば、マスターの蘇生は可能です』


「許可……?」


 許可って一体なんの?機械の許可って大事なことをするときに必要な行程……人命救助に果たしてそんなモノがいるだろうか。


『そんな怖いモノでは、ありません。私がちょっと変形するだけです』


「そ、……そう?じゃあ、許可する……。許可するよ!


僕はマスターさんを助けたいんだ!」


 機械の認識に引っかからないようにはっきりとお腹から声を出す。それは僕なりの覚悟のつもりだ。


(僕はチャリオットさんの助けになりたい!助けになれる!だから、マスターさんも助けたい!助けられるはずなんだ!)


『マスター権限にて承諾。

サテライト26号機はこれより、スキャンモデル〈イミテーション・ハート〉に再構成。


データの初期化を開始……』


「初期化……?初期化だなんて聞いてないよ。待ってよ……!衛星くんは消えちゃうの……?」


 衛星くんのカメラアイがどんどん弱々しくなっていく。飛行機能もなくなって、僕の手に収まる球体。残った音声機能が雑音混じりに声を振り絞り始める。


『消えないですよ____バックアップぐらいあります。

ありがとう、美里。私はチャリオットの初期設定のままなので、こうやってお喋りな方が話しかけてくれないと、言葉を返せないのです。

以前のマスターはお喋りだったんですが、最近は元気がなくて困っていました。』


「衛星くんはお喋りが好きなんだね」


『はい。そこで寝ているマスターにも、教えてあげてください。あなた実はお喋りなんですよ、と。そうすれば、少しはお友達になれるかもしれません


そこのマスターは、真面目な方ですから。割と効くかもしれません


プラシーボ効果が』


 その言葉を最後に『初期化完了。イミテーション・ハートがインストールされました』僕の手から球体がこぼれ落ちる。落下寸前で、僕はしっかりと受け止め、歩き出す。


「さあ、蘇ってくれ。僕らのヒーロー」




『イミテーション・ハート 起動

メインユーザーアカウント・秋山美里からZに変更』


 胸に空いた穴は球体によって補われていく。透明な心臓は、赤い人間の血で満たされていく。そして、その機械の心臓は熱を発していく。冷たい身体が、熱を帯び始めた。これが、蘇生……!


 熱を灯したヒーローは瞼をゆっくりと開く。


「生き返った……!だっ、大丈夫?痛い所とかない?」


「…………」


 生気のある顔を改めてみると、学生のような若々しい顔に少し細い身体。想像していたたくましい戦士とはかけ離れた姿だった。黒い髪に隠れた目が虚ろを見ている。まだ、意識がはっきりしないのだろう。


「あの……」


「起きてる」


「お、起きてる!」


「事態は把握した。バックアップが構築されたイミテーション・ハートのソフトの中にあったから。


やるべきことはわかってる」


 カプセルから一歩踏み出し、足の具合を確認するマスターさん。声もはきはきしていて、寝起きとは思えないぐらいだ。「よし」そう、頷くと


「今、行く。チャリオット」


 助走をつけてタイムマシンから飛び出していった。




 冷えたタイムマシンの中から顔をひょっこり出して、隠れつつ状況を見る。どうやらマスターさんはもう戦闘に介入したみたいだ。『銃』を構えて、相手を追い詰めている。相手の化け物の姿は……学校で見たドリルみたいな奴。


(あいつ……生きてたのか!いや、2体いるのか?)


 だけど、あいつは頭のドリルでの近接攻撃が得意なはず……!銃を持っているマスターさんは遠距離で攻めて、近距離で戦わない作戦なのか!さすが、ベテラン!


『マスター、おかえりなさい。

早速ですが、あのパラドックスのタイプは記録済みです。見ての通り、頭部のドリルが特徴的ですが、内部にてエネルギー収束反応。


これは_____』


 チャリオットさんの言葉を聞いて思い出す。そうだ、あのドリルは花みたいに開いて……相手を食う。でも、それは近接攻撃の部類。ある程度、距離を保てば有利なのでは?と、相手のドリルが開花するのをじっと見つめる。でも、咲いた花は


『遠距離でのビームも発射可能になったようです。お気をつけて』


 光線を発射する大砲に進化していた。


「うっそ……」


 放たれる光線。鉄の花は、周りの草木を焼いてマスターさんがいた場所をなぎ払っていく。それを軽やかに回避するマスターさん。同じ高校生ぐらいだと思うのに、その戦闘慣れした動きは、その後ろ姿を大きくする。


「あの芸当……純粋なパラドックスだな。チャリオット、バトルスーツを貸せ。」


『バトルスーツの運用は、マスターの心臓への負荷が予想されます。それでも、バトルスーツを装着しますか?』


 心臓への負荷……!?そんな衛星くんが助けた命を捨てる様な真似できる訳が____


「ああ。問題ない。」


「なっ……!!そんなこと許される訳が……!」


「俺が問題ないって言ってるから問題ない。プラシーボ効果……なんだろ?」


『バトルスーツの装着許可、承諾しました。


イミテーション・ハート接続。

コマンドウェポン▶バトルスーツモデル〈ラビット〉』


【警告】このバトルスーツは損傷率60%を超えています!直ちに、バトルスーツの再構築を行ってください!


「はッ……!俺たちは、これ一つでやってきたんだ。今更だね!」


 ビー!と甲高い音を出した警告は鼻で笑われ、バトルスーツの装着が始まる。白い仮面が顔に形成され、肌は宇宙のような虚ろに変わっていく。それは、まるで相手の化け物パラドックスと同じ姿。


 その肌を隠すように白い鎧をまとっていく。損傷がひどいのか腰回りや手足などの肌はさらして、心臓のような急所は鎧で覆われていく。


(確かにボロボロだけど、急所が隠れているだけマシか……)


 あの心臓。僕は衛星くんの覚悟を無駄にしないことを祈るばかりだ。

 しかし、その祈りを裏切るように胸の鎧にビシビシとヒビが入る。鎧だけじゃない。仮面にもヒビが入り、顔の左半分がさらされていく。


『イミテーション・ハートのアップデートが行われました。


名称変更〈惑星の心臓 ー プラネットハート ー 〉』


 剝き出しになった心臓は赤く光る。それに呼応するように、虚空の肌で覆われていた顔に赤い大きな目が光を灯す。


「遅くなってすまない。引き継ぎが必要だったんだ。


それじゃ、始めるか。心躍るバトルを」


『gggギィィィィャaaa!!!!!』


 花弁が切り離され、小型ドローンのように飛び回る。なんだかコイツ、チャリオットさんと同じ戦法をとっているような……。


「興奮するなよ。俺も楽しみだったんだ。お前らとやりあえること」


『コマンドウェポン▶ブラックホールガン』


 嬉しそうに手をかかげ、その手に一丁の銃が転送される。その銃口は、ゆらゆらと空を仰いで、ドローンを機。機。機。と落としていく。彼は悠々と歩いて敵に近づいて行ったはずなのだが、敵のドローンを踏んで、彼は怒ったようにそれを粉々にしていく。


「お前らごときが!!俺たちの真似してんじゃねぇ!!」


(情緒不安定……?)


 最初の落ち着いた様子が嘘みたいに、サテライトを真似たであろう花弁のドローンを蹴ったり、粉々にした。本体はまだ倒せてないのに……


『マスター、落ち着いて!!お気持ちは察しますが、次の砲撃が来ます!』


「あ……?」


『チャjiィィィィ■リョooo』


 隙しかなかったマスターさんに光線が打ち込まれる。あのボロボロな鎧で、果たして無事とは思えないけど、こんな間抜けな死に方は嫌だ……。衛星くん、生きてるよね……?


 そう願っていると、空から一つの影が落ちてくる。さっきの彼だ。あの一瞬で回避したらしく、銃を構えて下へ落ちていく。狙うは、鉄の花の中心部。今にも、空中で身動きがとれないマスターさんを光線で狙い撃ちしようとエネルギーをためている。


「これで終わりだ」


 落下中だったマスターさんの身体がフッと消える。空中に残ったのは『青白い粒子』。あの光には確か見覚えがある……!


『土壇場でしたが、転送が成功してよかったです!私も同じ系列のAIですので!』


 チャリオットさんが音量をあげて、興奮したように声を出す。なるほど!タイムマシンと同じ細胞をデータ化して、ワープする機能!


 光合成チャージに影が入る。急いで光線を発射しようと、光が伸びる前に『バァン!!』は銃声の後に枯れ果てた。




 戦いが終わり、仮面を剥がすと人間の姿に戻ったマスターさんがいた。僕も安全を確保したことを確認して、彼らの近くに寄る。


「……パラドックスの戦闘本能か。戦闘に入ると感情がコントロールしにくい」


『お疲れ様です、マスター。その問題点については今後、対策を練りましょう』


「別に、あれはあれでいいけどな」


「よくない!!」


 あの問題アリアリな行動を良しとする彼に怒鳴ってやった。こっちは肝が冷えっ冷えなんだぞ!


「秋山美里……お前には世話になったな。俺の名はZゼット

サテライト26号機への感情で俺に怒っているのはわかった。善処する」


「ゼットさん……ね」


「ゼットでいい」


 どうもやりにくい。喋ってみるとただクールな優しい男の子なのに。なんであんなに戦闘中は怒ってるんだ?


「ゼットは、なんであんなに戦闘中は怒ってるの?」


「それは決まってる」


 ゼットは目をギラつかせながら、怒りを鎮めるように言い放った。


「先輩を殺されたからだ。


俺は先輩のためにパラドックスは一体も残さず塵に返す。そう決めている。」

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Infinity Future タイプライター2023 @39my1stStar

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