2-4 『回想』

『どうも、恩返しに来ました。チャリオットです。』


「チャリオットさん……!」


 喋るバイクで交通法をぶち破って猛スピードを走ったアウトローな彼女。今回も2階だというのにどこからか飛んできてガラスをぶち破っての侵入。

 だけど、今回は彼女に感謝しかない……!


『感謝するのは、サテライト26号機です。熱光線コマンドしか設定してなかったのに、的確にパラドックスの頭を打ち抜くとは。おかげで、彼女に怪我はないようですよ』


『26号機、お褒めにあずかり光栄です』


 衛星くんの緑の光から煙があがっている。

 目の前には、首がもげた女子高生の身体。僕の服には青い液体がぶちまけられている。それは、生温かい血のようで……グロテスクな怪物の中身を連想させた。助かったのはいいけれど……目が痛くなるほど異常な光景。


『大丈夫ですか?現代人には信じがたい光景です。気分を害する行動に出てしまい申し訳ないです。』


 緩やかにタイヤが転がった。手を差し伸べることができない代わりに、隣に来て僕の背を寄りかからせてくれるチャリオットさん。


「いや……チャリオットさんが来てくれなきゃ、僕は助からなかった。ありがとう。」


『いえ。恩が一つ返せて良かったです。では、サテライト26号機の護衛任務は私が引き継ぎましょう。どうやら、この街はもう侵略されているようですし。』


「侵略……?」


 現代人。侵略。聞きなじみのない言葉。

 喋るバイク。あちこちに飛び交うドローン。最先端の技術……いや、それよりも上を疑う機械の群衆。

 僕は、この国はそう言うモノを作れるようになったんだなと素直に受け入れていたが……何かが違う。焦っていた頭はいつの間にか冷やされていた。



「チャリオットさん。あなたは何者なんだ?」


 ようやく、僕は疑う。このバイクは、僕が知らないうちに発展した技術ではなく、僕たち人間が知らない技術で作られてたモノじゃないかと。


『やっとですか。

あなたは抜けているのか、気遣いがうまいのかわかりませんね。


私は未来からやってきた者。チャリオット。我々は、この時代から全てのパラドックスを排除をするために来ました。』




 ガッガッと揺れるチャリオットさんの車体。道の悪い森の中で走る彼女はその二輪でバランスを崩すことなく、先頭を走り続ける。

 僕らはチャリオットさんの主がいるであろう『タイムマシン』へと向かっていた。


『タイムマシンと呼ぶべきモノ。通称フォルトゥナはこの先にあります。』


「こんな森の中にあるのか……」


 タイムマシンが人目につかない所にあるとは思っていたけれど、まさか学校の裏山だったとは……。確かに裏山は最近、蛇の目撃情報により人が近づかなくなったけれど、毎日のように学校へ通っている身としては全然気づかなかったことに驚きを感じる。

 振動どころか物音を感じさせないということは、サイズは小さめ?それとも、ワープで来たからそんな音すら出ないのか?

 僕にはまるっきり未知の世界だった。


「ちなみに僕は着いてきて何かできるとは思えないけれど……、何か僕にしかできないことがあるの?」


 あの後、僕はチャリオットさんから事情を聞いた。

 未来の地球はさっきの化け物ことパラドックスによって、人類は滅亡の危機に陥る。そのパラドックスは進化を続け、人類の手に負えるものではないため、人類は過去へ遡り……パラドックスを過去で滅亡させようと『タイムパラドックス』を起こす手段に出た、と。チャリオットさんはマスターさんと一緒にパラドックスを倒す役目を背負っているとのことだ。


 SF小説にも負けない設定と、その使命。信じがたいことかもしれないけれど、真剣さはひしひしと伝わったし、なにより僕がその怪物を目の当たりにした。目にしたことは信じるしかないけれど、僕には手も足も出るような相手には見えなかった。

 自信がないんじゃなくて、ほうっておけないけれど僕みたいな一般人には手に負えないモノだと悔しさではなく他人事のように思っていた。


『マスター・秋山美里。あなたには、私の現・メインユーザーであるZゼットに会っていただきたいのです。』


「ゼット……」


 ローマ字ひとつで表される名。チャリオットさんの日本語設定からして、日本人なのか。または外国の人なのか……。あんな化け物と戦うんだ、軍人のようなたくましい男の人が想像できる。


「いやでも、化け物と戦うんだし、警察の人とかに協力を仰いだ方がいいんじゃない?」


『それはもう検証しました。その結果が昨夜の逃亡劇です』


「あ……」


 実物をみないとやっぱり信じられないのか。喋るバイクにタイムスリップしてきたと言われたら、普通の人間は信じるか。難しいな……どういう経緯かチャリオットさんは猛スピードで逃げることになった訳だし。

 チャリオットさんはしっかりしてる風に見えるのに、できないこともあるんだなと少しかわいらしく見えた。


『なので、あなたが必要なんです。秋山美里。

あなただけがこの時代で未知の我々の存在を信じてくれる人間。我々と協力し、パラドックスという脅威を身の回りに浸透させつつ、マスターの友人になっていただきたい。』


「友人?」


『さて、着きましたよ』


 僕の問いは帰ってくることなく、目標物の話題へと切り替わる。僕もそれに反論することなく、それに釘付けになった。


 辺りの草木は倒れ、何かに覆い被さっている。森の中で少し差し込んだ日差しが眩しく反射する。鉄だ。この緑一帯の森の中に似合わない鉄の塊がある。

 それは地面にかなり食い込んでいるはずなのに、二階建ての家ぐらいはあった。丸い形状に、ボディの下部分と思われる所にはスカートみたいなパーツ。


 UFO。そこには、テレビや映画でしか見たことない空想が確かに存在していた。


「これが、タイムマシン?」


『そうです。この様な倒れている状態では、私では入れませんがあなたでしたら侵入が可能かと。

マスターは中にいます。私には安否の確認もできないので、確認だけしていただきたいのです』


 入り口は天を仰ぎ、バイクのチャリオットさんでは入れないぐらいに倒れていた。その角度、ピサの斜塔のごとく。

 安否の確認だって?横になっているUFOから出てこない時点で、無事ではないんじゃないのか……。少し怖くなる。


「え?これ無事なの?」


『サテライトは医療機能もあるので余程の怪我でなければ対処可能です。26号機をつれていってください』


 そうチャリオットさんが言うと、どこからか衛星くんが飛んできて、僕の周りをぐるぐると回って、UFOの中に入っていった。


(後に続けってことか……)


 命の恩人の頼み事は断れるわけがない。僕も入り口に広がる暗がりに飛び込んだ。




「いったぁぁ!!」


 飛び降りて中に入ることなどあまりにもないため、とりあえず飛び込んでみたが、固い床が僕の尻を痛めただけだった。尻をさすりながら、辺りを見渡す。中は、かなり斜めった床に、青い光。難しそうな配線が並んだ壁と人が一人入れそうな縦型カプセルが目についた。


「マスターさんは……どこなんだろう」


 人の気配はどこにもない。衛星くんも辺りを照らしてくれているが、影も見えない。そもそも、機械だらけのせいか冷気が漂うUFOの中は人にとって良い環境とは言えない。その中で熱を発する機械が一つ。


(タイムマシンじゃなくて、タイムカプセルってこと?)


 大きなカプセルは近くに居ても、多少の熱を感じる。透明のカプセルの中は、青白い光が収束して、人の形を編んでいる。間違いない、この機械は活動している……!


『フォルトゥナ接続。現在の転送状況を表示します。』


 衛生くんが、コードを伸ばして小難しい配線の群れから情報を取ってきてくれたらしい。ホログラムのスクリーンを写し出し、『■■■:98%。■■■:79%』と転送状況を教えてくれる。数字的にはあと少しみたいだ。なんで2つも表示されているかはわからないけれど……。


 カプセルの近くに腰を下ろす。チャリオットさんのマスターってどんな人なのか、これからパラドックスに対して僕ができることはないかとか、色んなことを考える。


『あなただけがこの時代で未知の存在である我々を信じてくれる人間』


 この言葉はちょっと嬉しかったな……。絵空事を信じがちな僕の幼稚な心を救ってくれたみたいで。信じるだけで頼られるというのも変な話だけど、頼られたからには僕にできる勢いっぱいのことをやろうと思う。


『データ読み取り100%。転送を開始します』


 そうこうしている内に転送が完了したみたいだ。立ち上がって、カプセルと面と向き合う。中の青白い光は徐々に肌を形成していく。骨格の良い両手から細い腕へと徐々に肩の方へ受肉されていく。生命の誕生ではないけれど、人の身体が光によって形成されていく光景は美しかった。その形成されたばかりの手に触れようとカプセルに手を伸ばす____


『警告!!パラドックス反応を検知!パラドックス反応を検知!』


「え?」


 衛星くんが警告を始める。この音は学校で聞いた忌々しい音だ……!また、あの化け物みたいな奴が出てくるに違いない……。光の粒が転送装置より外に集まっているのを見て、目をつぶって身構える。


『ggギyaaaaaァァァ!!!』


 人間とは思えない機械音じみた金切り声。隠れる場所もない暗がりで伏せることしかできなかったが、恐ろしい声の後に『ガシャン!!』という機械に衝撃が加わる音で僕はハッとしてやっと現状に目を向けた。


『エラー発生!!エラー発生!!転送装置、緊急停止。


緊急転送を開始します』


 姿を見るまでもなく、化け物はタイムマシンから勢いよく出て行き、辺りにはエラーの吐いた機械が白い煙を充満させている。目を細めて見れば、あの配線だらけの壁が大きくゆがんでいた。


(あれが、チャリオットさんのマスター?いや、そんなはずはない……今のカプセルの外から出てきたよな?)


 それじゃあエラー発生っていうのは、カプセルの方の転送装置か!煙を祓いながら、カプセルがあったであろう場所に近づく。転送が完了しているせいか光はなくなり、入口から入る逆光が嵐を過ぎ去った静けさを祝福していた。


 耳鳴りがうるさくなるぐらいの静音。僕はただ呆然としていることしかできなかった。


『チャリオットから通信です』


 隣で衛星くんの声が聞こえた。


『マスター、いえ。美里!!大丈夫ですか!美里!

先程パラドックス反応を探知し、現在戦闘に入っています!


無事でしたら、そのままそこで待機していてください!


マスターのことを頼みます!』


(マスター?ああ、いま僕の目の前にいる人か。)


 煙が晴れて、開封したカプセルに逆光が差し込む。歴史的瞬間。人類の夢であるタイムトラベルが行われた瞬間にふさわしい光景なはずだ_____ただ一つを除いて


 これはただの不幸な事故か。化け物共々、未来から来てしまったのが悪かった。転送というシステムは人間の細胞一つ一つをデータにして、過去に持ってくるものだったらしい。79%、あれがマスターさんの最低限転送できる細胞。残りの21%は、まだ手足とかだったら、まだ生きれたかもしれない。


「ない……、心臓がない……!」


 チャリオットさんのマスター。彼女の大事な人はその使命をやり遂げる前に死んだ。 

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