2-3 『回想』

 4月の始業式から1週間後。クラスメイトと打ち解け、和気あいあいとした空気を通学路から学校に運ぶ浮かれた生徒達。新学期も始まったばかりで、勉学もそれほど苦でもないのに……


「あれ……?今日って日曜日?」


 がらんとした無人の建物がそこにはあった。




 今日は平日だ。昨日も学校に来て、『また明日ね』と言ったクラスメイトがいるはずだ。朝のホームルームで皆、教室にいるだけかもしれない。朝の集会で体育館に皆、退屈な話を静かに聞いてるだけかもしれない。後者は最悪だけども!

 人のぬくもりも感じられない冷たい鉄。玄関のドアに手をかけた。


(普通に開いた……)


 コツ……コツ……

 開けた玄関にローファーの心地よい音が木霊する。ここまで人の気配がないと、まるで盗人みたいな非公式に入ってきた人間みたいで嫌な気分になる……。いや、僕はバイクを助けた善良な市民ですよ~。


 下駄箱を見ると、上履きがずらりと並んでいる。上履きが必要ないということは、外にいるってこと?体育の気配もなかったけどな……


 あ。

 一人、ローファーがしまわれている箱がある。同じクラスだし、話を聞いてみよう。


 びちゃ。

……靴下が濡れたままだった。仕方ない、今日は素足か。湿った足で上履きを履くわけにもいかず、ひたひたと廊下を歩いた。



(にしても、今日はなんでこんなに人が居ないんだ……)


 宇宙船の中みたいに続く廊下。果ては見えるけれど、そこまではかなり遠く見える空間だ。いつもは意識しないんだけれど、今は自分の教室までの距離が気になる。通るまでのガラス越しの教室が怖い。それは…


「結局、ついてきちゃったよ……」


 僕の周りをふよふよと回るドローン。衛星くんだ。今、名付けた。緑色の光を放ち、カメラ機能の熱暴走でキュイィィィンなんて音を出している。


「ちょっと、、その音なんとかならない?後、カバンの中入ってくれると大変助かるんだけども」


『ピコーン!!』


 ひぃぃぃ!!大きな音を出さないでくれええ!!


『すいません。チャリオットが知らない情報だったので調査データ収集のための機能を使いすぎたようです。以後、控えます。


カバンの中。それは拒否します。それではサテライトのカメラアイがカバンの中だけになり、調査に支障が出るだけでなく、戦闘機能にも支障が出ます。』


「わかったわかった!!音、出さないで!!」


 かわいい忠犬かと思いきや、言語が扱えるようになった動物アニメの飼い主気分だ!一つ違うことと言えば、『ごまかしがきかない』ことか!

 ああああ!!もうそこの教室から顔を真っ赤にした先生が出てきてもおかしくない!


「えっと、これは……捨てドローンを拾ったと言いますか……」


 シーン……

 怒鳴り声どころか喋り声も聞こえない廊下。人の息も感じられないひとりぼっちの世界。

「……今日は平日だぞ?休校でもない限り……」


 誰もいないと過信しきった僕は、スマホを開く。そういえば、朝に送られたメール。消していたメールの通知。あれは、なんだったのかと、メールボックスを開く。


『宙島高校、休校のお知らせ』


 え……、    なんで?

 天候が悪い訳でも、なにか特別な記念日でもない。先生もまた明日って、皆が『また明日』って、当たり前のように明日も学校に来るように言っていた。つまり、誰も予定してなかった休校。


 何が起こったって言うんだ!

 僕は学校が好きなわけではないが、その言葉を言われるとまた明日も会いたくなる。お母さんがいない寂しさを埋めてくれる皆が好きだったから……こんな風に、急に会えなくなるのは嫌だ。

 力のこもった親指で画面をスクロールする。


『宙島高校、休校のお知らせ


 本日4月17日はA山市で起きている切削工具殺人事件の防犯のため、休校となりました。先日、我が校の生徒が2名、帰宅していないとの連絡を受け、現在も捜索中です。我が校の生徒がターゲットとなっている可能性があるため、本日は休校という形をとらせていただきました。今後は警察の方々の協力を仰ぎ、事件解決・対策を練ろうと思います。連絡が遅くなり、申し訳ありません。』


 切削工具殺人事件。A山市で起きている殺人事件だ。被害者は身体に大きな風穴を開け、発見されると言う……。その外傷はドリルのようだということで切削工具殺人事件。

 僕はこの事件について、あまりに現実味がなくて身近なモノだと信じられなかった。だって、こんな派手な事件……犯人なんてすぐ見つかるだろ?

 被害者の特徴はバラバラ。通り魔殺人と言われているんだけど、ドリルなんてモノを使うなら音でバレるし、大きなドリルの所有者なんて工事現場の人ぐらいじゃないか。でも、犯人らしき人物は見つからない。


 こんなにド派手にやっておいて、犯人が見つからない。

 ドリルという人類の技術を使って、姿を隠すのは怪異並に得意だなんて……矛盾してるなぁ。そもそも、学校の生徒は通学路を使うし、ドリルなんて使ったらすぐわかる。どこかの不良生徒が帰ってこないだけじゃないのか?


(ってか、このメール7時40分に送信されてる……。

早めに登校する生徒だったら、もう到着してるよ)


 僕は寝坊したけど、メールは確認しなかったからここにいるんだが。じゃあ、もう一つのローファーの人は、僕と同じ休校メールを確認せずに来ちゃった人か……。職員室に先生はいなさそうだし、その人に今日は休校ですよって伝えられるのは僕ぐらいか。

 あれ?職員室の先生がいないのに、なんで学校の鍵は開いてるんだろう……


「あのー!!誰かいますかーー!!」


 廊下に響き渡る僕の声。すると、ガタン!と扉が揺れた教室があった。あれは……僕のクラスだ。下駄箱も僕と同じクラスだし、間違えて来た人で間違いなさそうだ。


『警告!!矛盾ー パラドックス ー反応を検知!!パラドックス反応を検知!!』


「え?」


 衛星くんが急にうなり始めた。ビービー!!と警告音を鳴らして、赤色のランプを点灯させる。そうして、教室の扉の前でぐるぐると右往左往し始めた。まるで、この先には入るなというように。


 パラドックス?なんだそれ?何を指しているんだ?教室のガラスは一人、生徒の後ろ姿を写すだけだ。なんだ、なにも変わらないじゃないか。

 ガラガラ……

 警告を無視して、教室の戸を開ける。いや、無視していた訳じゃない。僕はそれをただ一人のクラスメイトとして話しかけようとしただけなんだ。


 教室の中は、いつもと変わらない。あちこちからする木の香りが古くささを感じさせ、窓からは白く眩しい日の光が差し込む、爽やかな教室。

 でも、今日は違う……

 鉄くさいというか、焦げ臭い……工業っぽい匂い。でも、教室でそんな匂いがするのはおかしくないか?だって、工業系統の作業をするなら技術室にでもいけばいい。


「あの、今日は休校みたいですよ」


 目の前でそっぽを向き続ける生徒に話しかける。長髪の女の子で大和撫子を感じさせる身長の高い子だ。ゆらゆらとスカートをなびかせて、ずっと窓を見つめ続ける。黄昏れているのかな……なんだか、話しかけてはいけない空気だった……?


『警告!!警告!!パラドックス反応を検知!パラドックス反応を検知!!』


 衛星くんはうなり、衛星くんは赤いランプを点灯させ、女子生徒の上でぐるぐると回る。目の前の女子生徒を指し続ける。黄昏れているのだかわからないけど、こんなおもちゃで邪魔されたらたまったもんじゃないかも……!


「ごめんなさい!衛星くんは、ただのおもちゃなんです!ただ……壊れちゃって!」


『……g』


「え?」


 その女子生徒は振り向き、顔がやっと露わになる。露わになるけど……おかしいじゃないか。その顔は血に染まっている。でも、地面にはしたたる様子はない。どこか虚空を見つめる女子生徒。僕のクラスメイトにこんな奴はいない。だって、

 こんな人間味のない非常識は……人間社会にいるわけがない。


「えっと……転校生かな??あははは……すごい血だし、病院行く?」


『g……ギyuいイイィeeeeeee!!』


「……!」


 明らかに人の口から出る言葉じゃない!その音は、まるでドリルを起動して、一瞬にして高速回転へと切削する音だった。

 くらりと目眩がした。都市伝説や怪異の被害者になった様な気分だ。体験したことない驚きが恐怖に変わっていく感じ。ふと、誰かの言葉を思い出した。


『もし、トラブルに遭った時、事前に情報を入れておくと対応が変わってくるだろ?』


 ああ、ミカヅキさん。あなたの情報はただの善良なバイクのだったけど。切削工具殺人事件、最先端の技術で作られたバイク、チャリオットさんが危機に駆けつけると言った……まるで、バトル漫画の様なセリフ。なんとなくわかった気がした。


 長い長い日本人形の様な髪が女子高生の眼前で糸の様に編まれて行く。それは、無理矢理髪の毛を引っ張った様に張って、それをねじらせ……ドリルの形にしていく。黒い髪は、鉄の銀髪へ。


 もうそこには、髪の長い女子高生ではなく、人の頭だけをドリルに変えた怪物がいた。


「ひいぃぃぃ!!!」


 情けない声が口から漏れる。滑るワックスがけの床を転がりそうに走って、いくつもの机をなぎ倒す。しがみつく様に戸を開け、廊下を走る。


『衛星- サテライト -

オートバトルモードに移行。迎撃を開始します。』


 気づけば、衛星くんが消えている。あの教室に取り残してしまった。あの浮遊しているドローンであれば、回避はたやすいかもしれないけれど……僕には祈ることしかできない。

 ボコッ。後ろの戸をドリルが貫通した音がした。わかる。追いつかれたら、僕も切削工具殺人事件の被害者の様になる。体に大穴を開けて……テレビにも載せられないような。

 想像しただけで足がひきつる。ただでさえ、遅刻だ遅刻だと走り続けて無駄に疲れた足は、咄嗟のことで走ることがうまくできない。相手は歩いてるから、追いつかれはしないと思うけれ……ど。


「え?」


 ボコッ。穴が開いた音がした。それは上から。

 天井の破片がパラリ……と落ちてくる。天井の大きな穴からは……回っているドリル先端が見える。足音がしないから、歩いてるのかと思ったら、ショートカットをしたらしい。

 天井は回るドリルで穴を広げ、人がひとり通れるサイズになった。女子高生の華奢な体はするりと穴をすり抜け、簡単に僕への奇襲は成功した。


「うっ………」


 馬乗りになって、ドリルを向けてくる怪物。なんでか、そのドリルは僕を殺さず向けてくるだけだった。それでも、その尖った先端が……とても怖くて、体がカタカタと震える。それが気に触ったのか、両腕をガッシリと掴まれた。華奢な体なのに、力は男の人以上だ。そんな力がある人の手なのに、それは冷たい機械のようで。


「すいませんすいませんどうかいのちだけは」


 か細い声で咄嗟に出てきたのは命乞い。自分でもびっくりするほど情けなかった。その声を聞いた怪物は、その凶器を僕の顔にすりよせて口を開く。口を開くというのは、僕でも驚いた行動だ。ドリルの先端が花が開花するように開く。


『gggg……』


 花が開花して見えたのは女子高生の顔ではなく、ただの虚空だった。人間としての顔の輪郭はあるのに、目も鼻も口もない!開花した花がその花弁で僕を包み込もうとする。

 ああ……ぴったりな表現がある。こんな現代社会ではあまり使わない言葉。弱肉強食。僕は、獅子に食われるウサギのようだ。

 捕食される。ぎゅっとまぶたを閉じて、その瞬間を待った。きっとそれはものすごく痛い……。それなら、ドリルで貫かれた方がずっとマシだったかも____


『私のご主人に手を出すなあああああ!!』


 バリーンとガラスが破れる音がした。どこか聞き覚えのある温かな女性の声。力を込めてつぶったまぶたを開けて、ためていた涙がこぼれる。

 そこには、さっきまでの暗闇はなく日の光に照らされた


『どうも、恩返しに来ました。チャリオットです。』


黒いバイクの彼女がいた。

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