2-2 『回想』

「ぼくの将来の夢はお母さんみたいな占い師になることです」


 下書きもなしに油性ペンで小さい紙にでかでかと書いた夢。小学生の頃からずっと言い張り続けてきた僕の生きる意味。小さい頃から追い続けてきたから、その夢をまだ願うことは僕の誇りにもなっている。それは、高校生になっても変わらない……


『宿題を出します。将来の夢について。原稿用紙2枚、書いてきて下さい』


(あれ……?)


 変わらないはず……なのに、どうしてか原稿用紙に文字が埋まらなかった。



「うーん……」


 現在時刻、深夜0時。日付が変わってしまった……本来なら寝る時間だが、僕は宿題に追われていた。内容は、作文一個。


(何をこんなに悩む必要があるんだろうか……)


 書き出しは『将来の夢 秋山美里。

 僕の将来の夢は占い師です。なぜなら、僕のお母さんは超一流占い師で、僕はそれに憧れているからです。僕はお母さんの様に人の本質を見抜き、前向きになれる様な占いをして、人を喜ばせたいです。』


 これが僕の夢のテンプレート。幼い頃はがむしゃらに母に憧れていて、なんて言い張っていたけど……今は違う。お母さんはどこか遠くの場所にスカウトされてしまった。もう3年以上、会っていない。今はもう高校2年生。すっかり大人の階段を登っている気になっている僕には、もう別の世界の人間に見える。でも、僕の心に火をつけてくれる人がいなくなってしまった寂しさは口だけでも母への憧れを語る。

それも、もう終わりか____


(もう冷めてしまったんだね)


『僕の将来の夢は、占______』


 消しゴムで僕のテンプレートを消していく。簡単に消していく自分がなんだか自分じゃないみたいだ。僕にはこれしかなかったというのに。大人になって、よく遊んでいたおもちゃを必要ないからと捨てる様な……なんだか心に穴が空いた気分。


 はぁ____ ため息がもれる。この宿題は、もうやる気がしない。そもそも、今日が提出日でもない癖に何を熱くなっているのやら。


 かすれた『占』の字が中々、消えない。どんだけ濃く書いたんだよ……ゴシゴシと雑巾で汚れを落とすように力を入れる。ぐしゃり。あー!もうイライラする!


 なんだか嫌な気分になってきた。

 ネガティブ思考は駄目だって、誰かが言ってたんじゃないか。寝よう寝よう!寝れば忘れる!


 部屋の電気を消して、布団にもぐる。カレンダーは4月だけども、春はまだやってこない。少し残る冬の寒さを羽毛布団で温まりながら、僕は眠りについた。


 ウー、ウー、ウー……

パトカーのサイレンの音を耳に残しながら……



「そんな状態で寝れる訳ないだろう!!」



 気づけば、ピヨピヨと小鳥がさえずる静かな朝。ようやく寝れたと思ったのに、サイレンの後はアラームで起こされた。


(嫌な事を思い出した……)


 昨夜は大騒ぎだった。こんな田舎でカーチェイスが行われていたらしい。ウーウーとサイレンが近づいては遠くなり近づいては遠くなるの繰り返しだった。

 少なくとも時計の短針が30度動くまで鳴っていた気がする……バッキャロウ!おかげさまで僕は全然眠れなかったぞ!


 現在時刻、8時10分。朝礼は8時15分。

 遅刻待ったなしである。


「うわぁぁぁぁぁ!!遅刻!!」


 歩いて10分なら、走れば5分で着くのか……!?

 選択肢は一つ。考えるよりも足が動く。いずれにせよ、学校に向かわなければならないことは一緒なのだから。


「この遅刻は、もう僕のせいじゃないからな!」


 焦りか腹が立っていたからか、ドアをバン!と勢いよく閉まる音を背に、僕は登校した。





 僕は赤が嫌いだ。

 血が出れば、痛いし。パトカーのサイレンは、街の平和が乱れたことを知らせる。

 だけど、一番嫌いなのは、いまにも遅刻しそうだと言うのに僕を止める信号機の赤だ。

 そんな横断歩道の前で足踏みすることしかできない僕に話しかける物好きが一人。


「おはよう。今日も元気だね、美里ちゃん」


「元気ィ?こんな遅刻しそうで焦っている女子高生を元気と呼ぶとは中々、度胸があるね。ミカヅキさん。」


「学校?ああ、美里ちゃんは学校に行っているんだったね。」


 はぁ??

 イラついた感想を送りたいこのおじさんは、ミカヅキさん。顔が整っていて、周りからチヤホヤされている人生勝ち組だからこそ怒りが増す。

 その大人びた顔がよく見えるぐらいに爽やかに切られた金色の短髪。しかし、出会った頃は女の人以上にその髪を伸ばし、地面を引きずっていた。

 この人はだいぶ、常識外れなのだ。なんでも、記憶喪失らしい。けれど、どこか大人びた雰囲気があるミカヅキさんは、その記憶喪失はなんとなく……うさんくさい。だから、僕は他の人みたいにミカヅキさんに優しくしない。


「そのからっぽな頭、僕と一緒に何か知識を詰め込んだらどうです?」


「それはいいかもしれないね。僕に色々と教えてくれよ、美里ちゃん」


「普通は立場が逆なんですけどね」


 カッコー。カッコー。

 歩行者信号が青になったようだ。小鳥のさえずりに似た機械音が聞こえる。僕は、白線を飛び出して向こう岸へ走り出す「あっ、ちょっと待って」あー!!もう!!普通、信号が青になってから、呼び止める人いる!?


「なんですか!急いでるんですけど!!」


「だからだよ。急いでる時こそトラブルに遭いやすいからね。もし、美里ちゃんがトラブルに遭った時……事前に情報を聞いていると対応が結構変わってくるだろう?」


「前置きはいいから!!遅刻するから!!」


 ミカヅキさんは空気を読まない。いや、空気を知らない。記憶喪失のせいか、そんな当たり前のことすら忘れてしまったらしい。


「ごめんごめん。昨夜、警察の人がスピード違反のバイクを追いかけてたんだけども、突然、姿を消しちゃってね。まだ見つかっていないから、猛スピードで走るバイクには気をつけるんだよ。」


「はぁ……、朝のニュース速報どうもありがとう……。それじゃあ、さようなら。」


 何かと思えば、防犯パトロール気取りらしい。

 あきれた。彼の悪い癖だ。ミカヅキさんの信念は『命に関わることは最優先事項。事件や危険な箇所のニュースは最速で人に知らせるべきだ。だから、テレビは素晴らしいよ。災害時にはラジオで情報を得る。危機感があるのは良いことだね』とのことだ。その信念が行動に移され、モテてるんだろうけれど……、ミカヅキさんの背景を知らない僕は余計にうさんくさく見える。


 横断歩道を渡る僕を見送るミカヅキさん。まだ何か言いたげだったが、「気をつけてね~!」と大声で手を振る。いつも、ミカヅキさんはおおげさだ。




「はぁ……、もう間に合わない気がしてきた。」


 現在時刻8時14分。マジでチャイムが鳴る1分前。1分と言ったら、玄関から教室に入るまでの猶予として欲しかった時間だ。この時点で学校にたどりつけなかった僕の敗北が決まっている様な気がする。


「ひええ……チャイムの音が恐ろしいよ……」


 後、30秒だろうか。多分そろそろ聞こえるだろう。チャイムの音を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。そんなことをしたって、周りの環境音が聞こえてくる時点で無意味なのはわかる。が、気休めだ。こういう無意味なことをして、気を紛らわせたかった。


 畑に囲まれて車通りの少ない道。橋の下に吸い込まれていく川の音。ブロックの下で反響する川の音は耳を塞いでも、大きな音で鼓膜を揺らしてくる。好都合だ。これなら、チャイムの音も聞こえない。


 8時15分まで、後 3、2、


(1……!)


 スマホの画面は8時15分を映した。ジャバジャバ……橋の下で反響する水の音。なんだ、案外聞こえないもんだな。チャイムって、どのくらいの時間、鳴るんだろうか。きっと1分だ。1分もあれば終わるだろう。


 ジャバジャバ……『タスケテ……』

 ? よくないモノが聞こえたような……


 ジャバジャバ……『誰か……タスケテクダサイ…』

 ふむ。聞き違いじゃないようだ。川の反響する音と一緒に、女の人の声が聞こえる…………!


 大変だ!!


 いつからそうなっていたかわからないけど……幽霊とかじゃない限り、ここで学校に向かえば、まるで僕が見殺しにしたみたいじゃないか!ここで見捨てるほど、非情な性格はしていない!


 スマホのライト機能で、橋の下を照らす。一本の木にもならない高さは、僕にでも降りることは可能そうだ。暗い橋の下……、そこにはタイヤが見える。何のタイヤか……、よく目を凝らすとその姿が見えてくる。


 倒れたバイクだ。暗がりの橋の下。その黒いボディは背景と同化していた。


(誰かが捨てたのかな?)


 川の下にバイクを捨てるとは……中々度胸のある人だな……『ブルルルル!!』


「うわぁ!」


 バイクがエンジンを震わせ、タイヤを回す。横たわるタイヤから、水しぶきがあがる。人は乗っていない。人が触ってすらいない。なのに、バイクは必死にエンジンをふかせてタイヤを回す。____まるで、人の呼吸みたいに。


『助けてください!!』


 !!

 バッ、バイクが……


「しゃっ…喋った!!」





「うへぇぇ……」


 川へ降りて、バイクを起こした僕。靴はびしょびしょ。学校に行く気がなくなる。が、これを見た先生は何かあったと察し、僕の遅刻の罰は軽くなるだろうという魂胆があった。


『助かりました。あなたは命の恩人です。私はバイクなのでタイヤが地に着いてないと冷静さをかいてしまうのです。』


「おっ、おお……」


 スマートフォンに搭載された女性機械音声の声。最初はカーナビに搭載されたAIかと思ったけど……。

 それは違う。流暢に話すバイク。そして、タイヤが地についていないと落ち着かないという自分の身体がバイクであることを自覚している口ぶり。まるで、人の感情があるみたいだった。


(すごい……生きるバイクだ……!)


 神秘的な光景を見ている。最先端の技術だ!こんな町中で……平然と生きているバイクがいたなんて!こんな神秘は


(まるでお母さんの占いみたいだ……!)


 信じられないことを予言のごとく当ててしまう。最初は皆、信じられないというが……外れたことはない。それはまるで魔法のよう。

 予言者とも言われた僕の母さんの占いは非現実的な技術だった。幼い頃からそれを見てきた僕は怪異などの非現実的なことを信じる思考回路になり……皆からそれはそれは馬鹿にされた。

 でも、僕はいま改めて知った。神秘は存在するって!


 僕は目の前の奇跡に気を取られる。だけども、彼女は神秘だがバイク。人によって作られた乗り物だ。人の力があることを前提としている。

 だから、川からあがる時も人の手が必要なはずだから呼ばれていたんだろうけども……今回は僕一人では無理だ。


「クレーンとか呼ばないと上がれないよな……」


 こういう時って、警察の人なのかな?スマホを取り出すと


『待って下さい。実は私、きのう現地の人に追いかけられていたんです。それはそれはすごい数の赤いランプを灯して、私を追いかけてきました。さすがの私でもスピードを出し過ぎてしまい、この橋の下にダイブしてしまったんです。

なので、やめてください。』


「あっ、はい」


 チャリオットさんがさっきよりも声量を大きくして自身の経験談を語る。話を聞くぶんに、昨夜の猛スピードで走るバイクはチャリオットさんらしい。バイクだから、走ってないと落ち着かないのかな?

 けれど、ここからどうやって川からあがるっていうんだ……?僕はお手上げだ、と言うように両手をあげる。


 すると、チャリオットさんから別の機械音声が流れる。今度は機械音声ナビゲーターでも、男性の様な声。


『衛星 ー サテライト ー 26号機

指定コマンドウェポン ▶グラビティコントロール』


「へっ?」


 暗がりな橋の下から、緑色の光が飛んでくる。ドローンだ。球体のドローンが、素早くこちらに向かってくる。それは、夜に飛び回って捕まえられない蛍みたいだった。


 ドローンは、超音波信号だろうか?空気を揺らがすビームをこちらに放ち


「おっ……おお!!おおおおお!!」


 僕らの身体を浮かした。地面に足がつかないというのは、少し不安だが……下を見ると例のドローンがビームを放ち続けている。下から上に向かって、重力操作で浮かしているということを認識した僕にそれほど怖さはなかった。


 やがて、ゆっくりと地に足が着く。


『これで問題ないですね。ありがとうございます。

あなたが私の身体を起こしてくれなければ、どうなっていたことか。

あなたは優しい現代人なのですね。


私の名前は、チャリオット。お礼にあなたをユーザー登録します。ユーザー名を教えて下さい。』


 チャリオット。黒いバイクの彼女は言う。なんだか勇ましい名前に聞こえる。その名は戦車を意味するモノだったかな。でも、それは人間らしい感情表現をする彼女にふさわしくないようにも思える。チャリオットさん……名付け親はどういう思いで名付けたのだろうか。 


「僕の名前は秋山美里だけど……ユーザー登録すると何か良いことがあるの?」


『先程、使用した衛星ー サテライト ーを1機、プレゼントします』


「ええ!?大事な物じゃないの!?いいよいいよ!そんな貴重なモノ、いただけないよ!」


『大事なモノではないとは言えませんが、大丈夫です。先程のは26号機。他にも衛星はいます。そして、衛星は私の手足の様なモノ。あなたが危機に陥った時……恩返しとして、あなたの元へ駆けつけたいのです』


 ふよふよと、さっきのドローンが僕の周りを飛び回り始めた。それは、円を描くように僕の周りを飛ぶ。まるで興奮して飼い主の周りを走る犬のようだ。


(かわいいな……)


 さすがチャリオットさんの手足。機械なりの感情表現は言語化できない代わりに行動で示す。


 おっと、、見とれている場合じゃない。こんな高価で最先端の技術、もらえないよ!えっと、何か良い言い訳……バレないように真実味のある言い訳……


「そんな大げさな……僕は他の誰にでもできる手助けをしただけだよ。チャリオットさんの声を聞いていたのが、他の人だったら他の人でもそうしたと思うし」


 そうそう!誰にでもできたことをできたからって、感謝や賞賛を受けても僕は嬉しくはない!


 僕は……


 ぼくは母さんのようにいつだって自分だけができることをしたかった。秋山美里として褒められたかった。

 虚しいかな。今じゃ、秋山美里という人物が何が得意なのか……何をして褒められたいのかわからない。

 困った。言い訳を考えるあまり、自分の地雷も踏んでしまったらしい……人と会話をしているというのに、僕はブルーになった。


『ずいぶんと暗い顔をされるんですね』


「えっ?そうかな!?

それより、本当に大丈夫だって!そんなチャリオットさんが駆けつけることなんて、言っても……物騒なことなんて起きやしな『それは、果たしてそうでしょうか?』はい?」


 チャリオットさんは言う。さっきまでの感情を削ぎ落とした様な冷たいトーンで。それは、彼女なりの真剣さを秘めている様な気がした。


『実は心当たりがあるんじゃないですか?私のような技術の進んだバイクがここにいる意味……それはあなたが思うより事態が深刻だからここにいるのです。


それなりに市民の皆さんは情報を得ていると思いますよ』


「そんなこと言われても……最近の物騒なことォ……?」


 昨夜、猛スピードで走っていたバイクが捕まっていないことかな。なんて言ったら、チャリオットさんはどう思うだろうか……。そんな冗談はさておき、スマホで物騒なニュースを探る。


「あ!!」


『なにか見つかりましたか?』


「やばい!!」


 ロック画面はいつだってシンプルに数字を写し出してくれる。表示されたのは、『8:30』


 8時30分!?


「遅刻だ!!急いで学校に向かわなきゃ、弁明の余地すらない!!」


『学校?なんですかそれは。人類の危機よりも大事なモノですか?』


「ああ!!もう大事大事!!じゃあねチャリオットさん!!」


『____そんなものが存在しているとは』


 まさか学校を知らないとは。説明をしている余裕はないけど、本来なら『大事とは言ったけども……そんなに優先順位が高いわけじゃないよ』って言ったかもしれない。

 いつしかミカヅキさんにも言った言葉だ。

 しかし、喋るバイクかぁ……


(ここ最近、常識知らずな人がよく訪れるもんだ)


 びしょびしょのローファーで足跡をつけながら思う。僕も大概、常識外れかも。

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