第6話 王族専属風水師




  〈 6 〉



 央州に帰ってから数日経っていた。


 あの夜、西州撤退後にやらなくてはいけないことも沢山あったが、政務に関わらない私は役目を終え、馬車で宿に戻った。翌朝、予定通り帰ることができた。

 報酬は令状と共に後日送られてきた。そして永成は洛王に専属風水師の話を辞退する旨の書簡を送り、すべてが終わった。


 永成は学士院に入りたいと父親に願い出た。


「私は何もできず、すべて姉さま任せだった。風水師として働くには未熟すぎる。世に役立てる他の道を選ぶことを、お許しください」


 深々と頭を下げる姿に父も根負けした。

 学士院とは儒学や医学、芸術などに秀でた能力を持つ者を支援する官庁だ。狭き門だが、永成なら真面目に勉学に励み国に尽くすだろう。


 皆が道を選んでいく。

 私はどうなるのだろう。


 自室の寝台に座りながら北州の地図を眺め、ため息をついた。

 星苑の言葉がいつまでも耳に残っている。


 ――決まりにとらわれるような人には見えませんでした。

 ――風水師として生きたければそうするのでは。


 探してみようか。

 島を周り、最新の地図を作りながら、風水師として雇ってくれる人を探す。そういう生き方もあるのではないか。


「鈴華、書簡がきている」


 扉の向こうから父の声がした。


「誰からですか」


 父が部屋に入ってくる。


「洛王からだ」


 差し出された書簡を受け取る。


 洛王が?


「永成が断って終わったのではないのですか」

「それについては了解の返事が先に届いている」


 宛名は白鈴華となっている。

 文章を読んで目を見開く。

 白鈴華を専属風水師として迎えたい、とある。


「……お父さま」

「どうするかは自分で決めればいい。お前が専属風水師として生きる道があればと、私もずっと思ってはいた。だが女性を雇うには反対も多く前例はない。無理だと思っていたが」


 洛王はなぜ、暗黙の慣習を無視してまで迎えることにしたのだろう。

 永成に断られたから、よく似ているという姉を代わりに考えたのか。

 それとも、軍議に参加していた風水師は姉の方だと星苑が話してしまったのだろうか。

 血の気がひいていく。


 いや、でも、風水師として迎えたいということは、お咎めはなしということでは。


「王に会いに行きます」


 引き受けたら北州の住人となる。央州に頻繁に戻っては来られないだろう。それでも、あの風景も食も人も、どことなく気に入っていた。

 話してみて、条件が折り合わず向こうから断られる可能性もある。


 それでも、こんな機会、試さずにいられるわけがない。

 


 すぐ翌日に再び馬車で北州へと向かった。



     ※



 夜遅くに着いたので前と同じように宿に泊まり、翌日、乾和殿に通された。

 正面に椅子がある。

 漂う香の匂いも変わらない。

 違うのは、服装が女性のものということくらいだ。永成のふりをする必要はない。

 王と従者が歩いてくる気配がして、膝を付き頭を深く下げた。


「白鈴華、遠路はるばるご苦労だった」


 星苑の声。


 王には内密にするという約束を破ったこと、あとで問い詰めて詫びさせよう。


「先日の件は深く感謝する。西州軍は州境からも引き、近々話し合いの場が設けられる。戦はしばらくは避けられるだろう」


 二つの州が衝突した件は央州にも広まっていた。その後は落ち着いていることも。洛王は意外と政に向いているのかもしれないと話す人々もいた。

 星苑の話は続いた。


「井戸水についても、誉王が取り寄せて飲んでいた水が同じ水脈と判明し、やめてから体調が上向いている。元々の体質と病があるので急速に完治とまではいかないだろうが、水が悪化させていたのなら、状態は良くなっていくだろう」

「それは本当に良かったです」


 顔を上げずに答える。


「さて、書簡を送った件だ。返事を聞かせてもらおうか」


 何かおかしい。


 ずっと星苑が話していないか?

 無言で眺めている洛王の横に立ち、話し続けているのか。


 そっと顔を上げた。

 ちらりと見るだけだ。

 そう思ったが、喉の奥から声が出た。


「あ」


 正面の椅子に座っている、黒い衣装の男。

 星苑が微笑みながらこちらを見ていた。


「え、どういう……」


 王の座にいる星苑を思わず指差してしまう。隣に洛王のはずの男が立っている。


「こういうことだ。噂には聞いてただろうが、どうせ北州を統べるのは兄上だろうしと、私はまつりごとには関わっていなかった。しかし父が亡くなり兄が伏せていては、さすがに知らぬふりもできん。自由にやらせてもらう条件で政務に関わることにした。民に顔を知られると、都を一人で歩くこともできないのでね」


 それで、表向きは従者を洛王に仕立て上げ、星苑と名乗って動き回っていたということか。


 隣に立つ従者が苦笑しながらつぶやいた。


「洛王を狙う者がいれば、盾になって刺されるのは私の方ということです」


 ちょっと待った。

 軍議のときはどうだった?

 皆はどう接していただろう。


 思い返してみると、従者に向かって洛王と呼びかけていた人はいない。あそこにいた人たちは星苑が洛王と知っているに違いない。

 軍議の場で知らなかったのは自分だけか。


「……騙しましたね」


 膝をついたまま軽く睨む。


「お互い様だ。むしろ王を騙すとは、そちらの方がよほど大胆で怖い者知らずだ」

「……それは、返す言葉もございません、洛王」

「私の名は楚紫宸。好きに呼べばいいが、星苑のままが何かと都合がいい」


 立ち上がり近づいてきた。目の前で片膝を落として目線を近づける。


「私の専属風水師にならないか。男がやるものという慣例などどうでもいい。幸い私には妻がいないので不満も出ないだろう」


 ほかに選ぶ道などない。

 きっと、ここに来るべくして来た。


 深々と頭を下げる。


「謹んでお受けいたします」

「顔を上げよ」


 威厳とは遠い朗らかな笑みが近くにある。


「恩は忘れないとは、こういうことでしょうか」


 望んでいた専属風水師の座をくれた。


「いや、西州軍の件で恩を作りすぎてしまったからな。これから鈴華が楽しむことで返していけるだろう」

「では、存分に楽しませていただきます」


 もう一度頭を下げようとしたが、手で止められる。


「今後は私を騙すのはほどほどに」

「そちらこそ、信頼に関わりますので」


 軽く睨んでから笑い合う。

 この先ずっと、傍から離れず周り続ける。


 目の前で瞬く北極星。


 私の天帝の星だ。




 完

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天帝の星を導く〜王族専属風水師 水無月せん @kakumina6

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