第2話 好きという言葉がわからない
「で、にいにはその人と付き合うわけ?」
「……保留中、ってことにしてもらってる」
「不誠実だねぇ、にいには」
夕食前、妹の宿題の面倒を見ていたら、突然顔色が悪いと言われ、学校であったことを話していた。
「んー、オレがっていうより、向こうも相当不誠実だと思うよ」
ばたり、と倒れて数分。目を覚ましたのは保健室だった。何があったのか、と思い出そうとした時に、ひょい、とオレの視界に胡桃が現れた。
「だいじょーぶ? 急に倒れたけど」
「え、あ……」
ああ、そうだ。告白されて逃げてきた先でまた告白されて、オレはぶっ倒れたのだ。なんて今日は厄日なんだろう……しかし、そんなことあったわりには、意外と体が軽い。いつもだったら、一日に二度も告白なんてされたら、一週間は高熱でうなされるというのに。
「……ほんと、ぼけっとしてるけど」
彼女からこちらに向けられる視線にも、恐怖を感じない。これがオレに好意を向ける眼差しだったら、今頃恐怖で震えているところだ。それを、感じない。
つまり、考えられるのは、2パターンだ。
一つは、彼女は特段オレに好意を抱いているわけではなく、ただいたずらで告白してきたパターン。
もう一つは、彼女の好意は、オレにはそこまでダメージが少ないパターン。
後者だった場合は、運命の人だと舞い上がるところであるが、そんなに都合よく奇跡が起こるなら、16年間悩んできたこの特異体質はなんだったのだ、と言うことになる。だから、8割方前者だろう。きっと彼女は茶化しているのだ。それか罰ゲームでオレに告白してきたのだ。そんなところだろう。
「で、さぁ。付き合ってくれる?」
「その前に、一つ確認させて欲しいんだけど」
ちょうどよく次の時間が昼休みだったので、人が少ないところに移動して、彼女の真意を確かめようとする。流石にこんなモヤモヤしたまま授業に戻るのは、あまりにも精神に悪い。こっちは小心者なのだ。
「きみ、別にオレのこと好きじゃないよね」
「……なんでわかったの?」
「そりゃ、まあ。嘘ついてるのはなんとなくわかる。それだけ」
実際は嘘が見抜けるわけではなく、自分に向けられている好意だけが見抜けるのだが。まるで自意識過剰みたいで恥ずかしい。というよりも、この体質自体が自意識過剰さの塊のようでオレは困っている。
「すご〜エスパーみたい! 面白〜」
彼女はオレの気なんて露知らず、こちらを面白がってくる。当の本人は全く持って面白くないのだが。なんだか調子が狂う。
「付き合ってほしいって言ったのはね、アタシの活動の相方になってほしいなって意味なんだよね」
「活動?」
「そう。アタシ、CitCokとかU-Tubeで動画上げてて。俗に言うインフルエンサーみたいなことやってるんだよね」
そう言って彼女は流行りの短尺動画投稿サイトCitCokの画面を見せてくる。フォロワー1.5万人。事務所に所属していないと言うのなら、そこそこなのではないだろうか。読者モデルをやっている自分の妹のフォロワーが7500人とかその辺だった。
「オレは動画の編集とかできないけど」
「そうじゃなくて、アタシのカレシ役をやってほしいの」
「……は?」
「カップルインフルエンサーっているでしょ。付き合ってる様子を動画に撮ってあげたり、惚気てるところを撮りたいんだよね。それに、別れたらそこそこスクープにもなるじゃん? アタシと並んだ時に、顔が負けてなくてそれでいて映えそうなメンツ、って考えた時に樋村くんぴったりだな! って思ったんだよ」
「つまりきみは、見栄を張るためにオレと付き合いたい、ってこと?」
「見栄なんて人聞き悪いなぁ。画面を通した好き、なんて全部魅せるための偽物だよ?」
まあ、そこについては否定しないでおこう。アイドルがささやく愛なんて全部嘘っぱちであるし、画面の向こうの好きは大抵作り物だ。ビジネス恋愛が芸能界で横行していることも、母親がそっち系の仕事をしているためある程度は知っている。
「それにね、アタシ、本気で人を好きになったことないんだ」
「……」
「だけど、その代わり画面の向こうの人間に大好きって言われるのがすっごく嬉しくて、もっといっぱい好きだ、素敵だって言われたいんだよね」
まるで、自分と真逆だ。人に好きだなんて言われたくない自分と、多くの人に好きだと言われたい彼女。自分から人のことを好くことはできるオレと、人のことを好きになったことがない彼女。
────利害が、一致している。
オレは、彼女と付き合うとこで、他の女性から好きだと言われることを回避することができるようになるし、彼女はオレを使って承認欲求を満たしながらも、変な蛆虫が寄ってくることも避けることができる。それに、ごっこだとしても、恋愛をすることができる。
確かに利害は一致している。けれど、オレはそもそも目立つことが好きではない。それに、見なきゃいいだけだが、たかだかコメントにかかれるだけでも、好きと言われるのはオレにとては結構な苦痛なのだ。それらを天秤にかけた場合、まだオレの心はどちらにも傾いてくれなかった。
「……ちょっと、考えさせてもらっていいかな」
「いい返事、まってるよ?」
そう言って、今日は一旦保留にしてもらって帰ってきた。これがことの顛末だ。
クールだけど優しい樋村くんは、好きだと言われたくない 籾ヶ谷榴萩 @ruhagi_momi
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