クールだけど優しい樋村くんは、好きだと言われたくない

籾ヶ谷榴萩

第1話 好きという言葉の呪い

「樋村くん、あの、好きです、付き合ってください!」

「え」

「その、樋村くんのこと、無口で大人っぽいなって思ってて、私ほとんどしゃべったことないけど、かっこいいなって思ってて」


 またこれだ、オレの目の前に突き出される可愛らしい便箋。カーストそこそこ上位の美人な女の子。小鳥の囀りのような声で、「好き」だと言われる。多くの人間が、一度は夢を見るようなシチュエーション。

 本来なら、それは喜ぶもので、胸が高鳴るものだと言うのに、心臓が痛み出す。視界がぐにゃんと歪む。口から漏れ出す空気が震え出す。

 ────結局、結局これだ。オレはいつもこうなのだ。


「…………ごめんなさい、オレ、そういうの、無理なんで」


 今にも震えて崩れ落ちそうな足で、急いでトイレに駆け込んだ。



「き、気持ち悪い……」


 男子トイレの個室に駆け込んで、胃から競り上がってきたものを一通り便器の中に吐き出したのだが、それでも胸がムカムカする。


「ああ〜〜またやっちゃったぁ〜〜も〜〜やだ〜〜〜〜」


 始業開始のベルが鳴って、もう誰もトイレにいないことを確認して、安心感から口から情けない声が漏れてくる。



 オレ、樋村瑞基ひむら みずきは人に好意を向けられると体調を崩してしまう。



 自覚したのは小学校三年生の時。当時片思いをしていた女の子に告白された。された瞬間は、両想いだと一瞬舞い上がった。好きな女の子に好きだと言われる。男だったら人生で一度は味わってみたい最高のシチュエーションだ。もちろん、そんなことが起きたら心臓は高鳴るものではあるが、その時のオレが感じたドキドキは、そんな甘酸っぱいものではなく、どくりどくりと体の動きを奪っていくようなもので、オレは過呼吸を起こして……その場に倒れ込んだ。


 以降、女性男性問わず、「好きだ」と言われたり、「素敵だ」と言われたり、もしくはそのような意図でこちらをみられると、体調を崩すようになってしまった。

 原因を探したりもしたが、俗に言う蛙化現象は、自分が相手のことを嫌いになっているわけではないので違うと感じた。症状の一部はパニック障害に該当するが、その場で突然高熱を出して、数日間インフルエンザのような症状になったことも過去にあるので、そこまでいくとその病名は適切なのか? という疑問が残る。医者に相談したこともあったけれど、急激にストレスを感じて体調を崩すんだね、ということになり、しっくりとくる病名がないまま高校二年生になってしまった。


 だから、普段は人に好かれないような振る舞いをしている。人と目を合わせないようにして、必要最低限しか話さないようにして、怖くて暗くて陰険な人だと思われるように暮らしている。それなのに、またこんな目に遭ってしまった。本当のオレは、ものすごく心配症で、小心者で、煩くて、情けない人間で……。一生懸命、本当に必死に作った仮面が、また意味を成してくれなかった。その徒労感も合わさって、どんどん気持ち悪くなってくる。肩こりがひどいったらありゃしない。じゃあどうしたら、みんなオレのことを好きにならないでいてくれるんだよ。


「うう〜〜」


 先ほどは随分と中途半端な状態で逃げ出してしまった。不誠実だと罪悪感が体を蝕む。

 告白をしっかりと断るにしても、あの瞳でこちらを見つめられなきゃいけない。いやだ、いやだ、できればもう彼女とはかかわりたくない。けれど、断らなければずっと期待の眼差しで見つめられる。ああ、憂鬱だ。憂鬱すぎる。

 オレだって、まともな恋愛をしたいっていうのに、こんな体質じゃ恋愛どころか友達すらあまりできない。悔しい、劣等感でまた感情が押し潰されそうになる。くうぅ〜と情けない声が漏れた。


 トイレに籠もってある程度体調が回復したので、そろりそろりと廊下に出る。今更授業に戻っても悪目立ちするだけなので、人が少ないクラブ棟に隠れてこの時限はサボることにする。それにしてもとても疲れた。早く帰って寝たい。

 しかし奇妙だ。とん、とん、と廊下に軽やかな音が響いている。まさか幽霊!? と、バレないように忍足で音の方に歩みを進める。こっちはたしか、運動部の部室が並ぶ方だ。この角を曲がった先から音が聞こえる。


 そこには、キラキラとした美少女が、スマートフォンを出窓に立てかけて踊っていた。緩く巻いた明るい茶髪に、ピンク色のメッシュ。巻いて短くしたスカートの裾が動きに合わせて、まるで生きているかのように上下する。

 ────────きれいだ。


「何みてんの? 樋村くんもサボり?」

「え、あ」

「なぁに? じろじろみて、エッチ」


 いつの間に踊り終わったのか、彼女はこちらに気がついて、あっというまに目の前に寄ってきた。

 派手なメッシュとスカートの短さに気を取られて気がつかなかったが、彼女はクラスメイトの胡桃亜莉澄くるみ ありすだ。普段からキャピキャピとしていて、クラスの女子の中心にいる、まさにカースト上位のお姫様。もちろん今まで喋ったことはあまりない。


「……よくみたら樋村くん、顔綺麗だね」

「な、なんだよ。じろじろみてるのはお前の方だろ」


 頑張っていつもの愛想の悪いキャラクターを被ろうとする、が、動揺してうまくできている自信がない。それに、じろじろとみられるとドキドキしてしまう。こんな美少女がこんな至近距離にいたら、そりゃドキドキの一つもするだろう。……これは、多分体調が悪いやつじゃ、ない。けれど、あまりこの状況が続くのは恥ずかしくて、別の意味で倒れてしまいそうだ。


「そうだ、いいこと思いついた。樋村くん。付き合おうよ」

「へ……?」


 つき、あう? まるで襲いかかるかのように、脳に情報が駆け巡る。その言葉の意味を理解した時には、オレの意識はとうに暗闇の中で、ごつん、と勢いよく頭をぶつけた感覚を最後に、気を失った。

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