殺戮刑事と違法カジノ(後編)

 ◆


――将来の夢、松永まつなが爆弾正刻ばくだんショータイム。僕の将来の夢はお金持ちになることです。


 数十年前、とある小学校の国語の時間。

 少年――松永爆弾正刻が作文を読み上げた瞬間に、周りの生徒がクスクスと笑った。お金持ちになるという包み隠さない剥き出しの欲望は聞くだけで愉快だ。

 担任教師は眉をひそめる。自身が思う真っ当でない小学生を教育するためならば、体罰を当然の権利だと思っている教師である。

 少年が夢を語り始めた段階で、松永爆弾正刻は教師の思う真っ当な小学生像からは大きくハズレている。


――お金持ちになったら僕はお金の力で生命を蹂躙したいです。

 教室内がどよめく。

 具体性のない無邪気な夢が一瞬にして邪気を帯びた。


――フィクションの暗黒金持ちがあらゆる娯楽に飽いてとか、人間の本性が知りたいとか、金の輝きに狂ったとか、金目当てで寄ってくる人間のせいで人間を信じられなくなったとか、そういう理由でデスゲームを開催したりしますが、僕は違います。お金持ちになった結果として生命を蹂躙するのではなく、生命を蹂躙するためにお金持ちになります。


 騒然とする教室。

 教師が爆弾正刻を止めんとにじり寄る。


――どうやったらお金持ちになれるか、会社をやったり、株を買ったり、お金持ちになるための仕事が色々とあると思いますが、どんなものでも元手が必要です。けれど、僕はお金を持っていません。お父さんもお母さんもお金を持っていません。お母さんはこっそりと「お父さんがもっと稼いでくれたらなぁ……」と愚痴を言っています。これではいつ僕がお金持ちになるための仕事が出来るのかわかりません。けれど、お使いでスーパーに行った時に宝くじ売り場があるのに気づきました。僕のお小遣いでも宝くじは買えます。宝くじが当たればもっと宝くじを買えます。それを繰り返せばそのうち立派なお金持ちになれます。それを元手にすればもっとお金持ちになれます。人の生命を蹂躙出来るぐらいの。だから、僕は……ギャンブルに勝ち続ける人生を送りたいとというわけで先生、最初の賭けです。


 爆弾正刻に近づこうとした教師が、偶然にも床に落ちていた消しゴムを踏んで思いっきり転倒する。


――こんなバカみたいな夢を先生に止められずに最後まで言いきれるか、賭けませんか?


 爆弾正刻は怪しく微笑んで、言った。

 頭部をしたたかに打ち付けて意識を失った担任教師に向かって。



 今の松永爆弾正刻に少年の日の面影はない。

 髪は禿げ上がり、顔に刻まれた皺は烙印のように深く、手足は枯れ枝の如くである。ただその目の奥では未だに炎が燃えている。幸福になりたいのではない――ただ、人を苛んでやりたい。という悪辣なる欲望の炎が。

 爆弾正刻は自身の語った夢の通りに勝利を重ねた。

 公的なもの、違法なもの、あらゆる種類の賭博に勝ち続け、富豪になった。

 だが、ただ持っているだけの金では人の命を蹂躙するには足りぬ。

 彼は莫大な富で会社を興し、やがて権力に根を張るまでの規模に成長させた。

 国会、内閣、裁判所――その全てを自身の金で動かせると確信した時、邪悪なる大富豪は違法カジノを設立した。

 老人は今も少年の日に見たものと同じ夢を見ている。


「ケヒャヒャァ!!!高価な花火ですよォーッ!!!」


 その夢が、今――殺戮刑事殺死杉謙信の仕掛けた超巨大爆弾によって、跡形もなく爆破解体された。

 盲点であった。

 あの三人は殺戮刑事に違いない――同類としての勘と殺死杉の非常識な行動が爆弾正刻に確信させた。

 警察には捜査を行わないように根回しをし、違法カジノの現場を見てもすっげぇ特殊な集団自殺としてぼんやりと眺めておくように通達しておいたはずである。しかし殺戮刑事は警視庁の所属でありながら、独自になんとなく活動する集団であるために根回しが出来ていなかったのである。


 爆炎は松永爆弾正刻の肌を撫ぜる。

 あらゆる音が聞こえない、全て爆音に塗り潰される。

 浮遊感、爆発でビルが崩れ落ち松永爆弾正刻は上空に放り投げられたのだ。


「うわぁぁぁぁぁ!!!!!死因ポーカーで大勝ちしたのに!!!こんな爆発で死ぬなんてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「こんだけ悲鳴が集まったら悲鳴ブラックジャックはバースト!俺の人生もバーストだああああああああ!!!!!」

「ギャハハッ!!!全員一斉に死んで寿命競馬は全員破産だ!!!ざまぁみやがれェェェェェッ!!!!」


 ギャンブラー達が断末魔の叫びを上げる中、爆弾正刻は叫ばない。

 鉄火場で叫ぶのは勝負が終わった後だ。

 まだ勝負は続いている。

 爆弾正刻はそう信じて落下に備えた。


 ◆


「やってくれたな」

「やってあげましたねェーッ!」

 吹き飛ばされた『違法カジノ お前でギャンブル』の残骸の前で、皆殺信玄は苦虫を噛み潰し、殺死杉は高らかに笑う。

 ギロチン入り口に入ろうとする阿呆であるし賭博は犯罪でもあるが、それでも殺すほどの犯罪者ではないギャンブラーの群れの意識を失わせ、入場を止めたところまでは良かった。

 だが、まさか殺死杉が違法カジノをビルごと吹き飛ばすとは、皆殺信玄も想定していなかった。


「武田さん、もしかしてカジノを真正面から攻略なさるつもりでしたか?」

「……フン!」

 皆殺信玄が不満げに鼻を鳴らす。

 拷問と殺人が大好きでお馴染みの殺戮刑事である。

 であるからこそ、たとえ罠であろうとも真正面からカジノに乗り込み一人ずつ丁寧に殺すつもりであったし、おそらく殺死杉も同じ思いであろうと思っていた。

 だが、それではキルスコアの奪い合いになり――殺せる人数が減少する、そう判断した殺死杉は一人ひとりのQクオリティOオブLライフを殺す行為の低下を覚悟して、確実に殺すために纏めて爆殺したわけである。


「ケヒャヒャァ!気分がいいですねェ!!賭け事はしませんが、賭けに勝ったらこんなにうれしいんでしょうねェーッ!!いやいや最高でしたよ、空に血の華が咲いて、からりと悲鳴が響き渡る生命の花火はねェーッ!!!」

「ふん、そんなに良いならお前の身体で試してやろうか」

「おやおやおやおや」

 みしり。

 そのような音が聞こえた気がした。

 殺戮刑事同士が殺気をぶつけ合えば、そのような音を立てて空気が歪んでもおかしくはない。


「ま、待ってください!やめてくださいよ殺戮刑事同士の殺し合いは!」

 その間にバッドリが割って入り、三者の立ち位置で中央が一番低い歪な山の字を描かれる。


「じゃあ瞬殺してやるか、一方的なら殺し合いじゃないからな」

「ケヒィ、それはこっちの台詞ですねェ……」

 殺死杉が銃を、皆殺信玄が刀を構える。

 距離の近さ故に銃の圧倒的優位はない。

 銃口は皆殺信玄の心臓に、鋒は殺死杉の心臓に向いた。


 瞬間。

 残骸となった『違法カジノ お前でギャンブル』が浮かび上がった。

「「「!?」」」

 透明な何かが『違法カジノ お前でギャンブル』の全てを持ち上げている。いや、完全に透明というわけではない。『違法カジノ お前でギャンブル』を持ち上げる何かの向こう側に歪曲した景色が見える。


「温泉が湧いた」

 皆殺信玄が呟く。

 爆弾の衝撃が地面をいい感じに刺激したことで地底の温泉が掘り起こされ、鯨の潮吹きのように温泉が勢いよく湧き出て、『違法カジノ お前でギャンブル』の残骸を持ち上げた、そういうことになる。


「そ、そんなバカなことが……」

「ある」

 温泉の先がある男を捉えると、木が逆に成長するかのように噴出の勢いは徐々に弱まり、男という種を地面に戻した。

 上空に放り出され、地面に衝突すると思われた男だった。

 松永爆弾正刻。

 何も出来ずに死ぬはずだった犯罪者。


「儂はこういう賭けに勝ち続けてきた男だ」

 爆弾正刻は枯れ木のような痩せた肉体に、超高層ビルのような巨大な威圧感を有している。

「しかし、運が良かった。爆炎も儂の肌を撫ぜるだけで……火傷の一つもしていない」

 爆弾正刻は自身の痩せた肌を撫でて、そう言った。

 言葉通り、その身体には傷の一つもない。


「君たち、賭け事は好きかね?」

「公務員ですので……私はギャンブルをしないことにしているんですよォーッ!!!」

 皆殺信玄に向かっていた銃口が爆弾正刻に向けられる。

 刹那、引き金が引かれ――拳銃が爆発した。


「ケッヒャァァァァァァァッ!!!!」

 殺死杉は叫び声を上げ、爆弾正刻は呵々と笑う。

 皆殺信玄は爆弾正刻に向かって駆け出し、バッドリは驚き戸惑う。


「儂は賭け事が好きでね」

 バナナが大好きなギャンブラーが偶然にも道端に投げ捨てていたバナナの皮を踏んで皆殺信玄が思いっきり転ける。


「どうだろう、君たちが何秒生き残れるか賭けないか?」

 突如、黒雲が発生し――雷がバッドリを打った。


「んにゃああああああああああああああ!!!!」

 倒れ伏すバッドリ。

 先程までの笑いが嘘のように消え果てて、爆弾正刻があらゆる感情を窺わせない無表情で告げる。


「生命を賭けて当ててみてくれ、葬式代は少しでも多いほうがいいだろう?」


 ◆


 殺死杉の投げたナイフが、突如として吹いた強風で角度をずらされ、あらぬ方向に飛んでいく。

 皆殺信玄が爆弾正刻に距離を詰めようとすれば、何かに足を取られて躓く。

 バッドリが雷に打たれる。

 逆に殺死杉が接近しようとすれば、やはりギャンブラーの血で滑って転げ、皆殺信玄が投石すれば、はるか昔にその石の中に埋め込まれた小型爆弾が爆発する。

 バッドリが雷に打たれる。


 爆弾正刻のしたことと言えば、殺戮刑事達と距離を保ったこと。それだけだ。

 何もする必要がない。

 ただ、運が良いのだ。それだけで――敵は死ぬ。


「キリがありませんねェ……」

「フン、もっとも秒で死なない程度には俺たちの悪運も強いようだがな」

「ぼく、なにもしてないじゃん……」

 何も出来ずにただ傷を増やす一方の殺死杉と皆殺信玄、そして雷に打たれ続けるバッドリ。


「……だが、殺死杉。俺は良いことに気づいたぞ」

「ほう?」

「あの爺さんの運はめちゃくちゃ良いみたいだが、その幸運が俺たちに攻撃自体をさせないってことは、少なくともあの爺さんに当たったら死ぬ」

「……つまり当たるまで殺し続ければいつかは死ぬってことですねェーッ!!!!」

 近づこうとすれば、転げる。

 雷がバッドリに落ちる。

 はるか昔に埋められた地雷は炸裂し、爆弾を積んだドローンが落下する。

 そして雷がバッドリに落ちる。


 それでも殺戮刑事達は爆弾正刻を襲い続け――数時間が経過した。


「……ま、まだやれるな、殺死杉」

「あっ……当たり前……でしょ……うが……」

 息も絶え絶えの二人である。

 その頃になるとバッドリは雷を避け始めた。


「いい加減に諦めたらどうかね」

 どこまでも感情を窺わせない声で、爆弾正刻が言った。

「君たちの情熱は素晴らしい、私も人の生命を弄ぶことを趣味とする人間として君たちの情熱はよーくわかるよ。だがね、いくら君たちが頑張ろうとも世の中にはどうしようもないことなど幾らでもある……諦めて早く死に給え」

「おごっ!」

「どわっ!」

 突如として湧いた温泉がアッパーのように二人の顎を打った。


「それでも……」

「やってやるよ……」

 だが、倒れるわけにはいかぬ。

 隣には同じ殺戮刑事――自分が倒れれば、目の前の犯罪者を隣のライバルに奪われる。それだけは我慢し難いことであった。


「なればせいぜい頑張ってみたまえ」


 丸一日が経過した。


 動物園から毒ライオンが脱走し、古代遺跡から古代の人型兵器が蘇り、殺戮刑事達の周辺だけ酸性雨が降り注いだ。

 それでも二人は諦めなかった。

 バッドリは家に帰った。


「……ァ」

「……ェ」

 もはや、声も出ない。

 武器のストックもない。

 それでも、二人は爆弾正刻に向かった。


「も……」

 もういい加減に諦めたまえ、爆弾正刻からはその言葉が出てこない。

 丸一日食事をしていない。周囲の環境が最悪で睡眠も出来ていない。

 その上、いくら当たらないといっても襲われ続けてストレスも溜まっている。


「……な」

 目眩がした。

 何故、自分がこのような目にあっているのか。

 だが、逃げるわけにはいかなかった。

 プライドのためではない――逃げれば、自身の幸運を失う。そのような直感が爆弾正刻にはあった。

 敵に背を向けるものにどの幸運の女神が微笑みを向けるだろう。

 なれば、逃げる訳にはいかない――逃げれば、全てを失う。


 更に一日が経過した。


「……」

「……」

 殺意だけが二人を支えている。

 どれほど不運な目に遭おうとも、どこまでも犯罪者に向かっていった。

 それに対し、爆弾正刻は憔悴していた。

 老人の体力である。

 二日持ったのが奇跡と言えるだろう。


(なんなんだ……不運もなにもない……どれほどの目に遭っても生き延びる……なんなんだこやつらは……何故、それほどまでに儂を殺したがる……儂がこやつらの家族でも根絶やしにしたか……?違う……なんの縁もゆかりもない……ただ……殺したいからというだけで、こやつらはここまで……)


「どれほどの運に守られても……あるいはどれほど運に見放されても……」

 戻ってきたバッドリが円盤焼きを食べながら、この戦いを見守っている。

 殺戮刑事二人のもの言いたげな視線を無視して。


「結局、最後は自分の体力次第……さあ、お爺さん。貴方の運が尽きる時だよ」

(尽きる……儂の運が……?)

「二人は何があろうとも、お爺さんを殺し続ける……お爺さんの寿命が尽きるまで……お爺さんの運がどれほど良かったとしても、それはお爺さん自身が下ろす幕なんだよ、それは」

 爆弾正刻がとうとう倒れ伏し、白目を剥いた。

 殺死杉と皆殺信玄が爆弾正刻に近づく。


「わ、儂が……」

 枯れた喉から出るはずのない声が出た、

「儂がこんなところでええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」

 勝負の終わりを告げる叫び声を上げさせるために。

 爆弾正刻が死亡すると同時に、殺戮刑事の二人も倒れ伏した。

 大富豪の悪運尽きた瞬間であった。

 バッドリはスマホをいじり、ブックメーカーのサイトを開く。


「人の命を弄ぶために、大富豪になった男……彼もまたもうひとりの僕たちだったのかもしれませんね……」

 悲しげに呟きながら開いたのは【松永爆弾正刻VS殺戮刑事】のブックだった。殺戮刑事勝利の倍率は百を超える。


 バッドリの一人勝ちであった。

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違法カジノに行く殺戮刑事 春海水亭 @teasugar3g

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