第十二話 忘却

「カノン、これはどう言うことよ!!」


 姉のアリアがわたしを思い切り睨みつけた。父親と違い姉のアリアは純粋にわたしの力に嫉妬をしているのだ。


「ねえ、カノン!! どうやって使えるようになったのか教えなさいよ。あなたができて、わたくしに出来ないわけがないわ」


 可哀想なお姉様。わたしの今の状況がいかに異常なのか分かってはいない。


「アリア、やめろ。今、カノンの使ったのは禁忌な魔法なのだ。使っては駄目だ。その魔法は国王から使うことを許されていない」


 そんなこと分かってる。転生前の記憶を思い出したのは、最近のことだけれども、禁忌魔法を使ってはならないとは、教わってきた。


 そうだ、ちょうどいいや……。


「何故、これほどまでの強い能力を使ってはならないのです?」


「それは……!?」


 父親の顔が苦痛に歪む。そうなのだ。この世界の人々は古代魔法を使ってはならないと教えられていても、何故使ってはいけないのかは、教わってはいなかった。


 そもそも地下深くに封印されているのだ。手に入れられるわけがない。


「古代魔法を使ってはいけない理由、わたしは知ってます」


 わたしはじっと父親の目を見た。父親はこれからどうすべきか悩んでいるようだった。古代魔法さえ唱えるとなると、王国への報告が必須になるはず。


 わたしは捕えられるか、それとも国に利用されるか。どちらにせよ、ルクセンブル公国には居られなくなる。


「この世界には魔王がいます。古代魔法の詠唱は、魔王を呼び起こす可能性がある諸刃の剣です。魔王がどこに封印されてるのか誰も知らない。それに……」


 わたしはそこで言葉を区切る。


「場所を知った誰かが、善人とは限りません。魔王と協力して世界を自分の手に収めたいと思うかもしれませんし、それでなくても古代魔法自体が巨大すぎる……」


 目の前の父親は、わたしを厳しい目で睨んでいる。苦しい決断をしようとしてるのが分かった。


「俺はお前を捕えなければならない。もちろん助命はするつもりだ。カノンが邪な気持ちでないことは分かってくれる、……と思う」


「ありがとう。それだけ聞けたら充分……そして、ごめんなさい。今、捕まるわけにはいかない!!」


 わたしは良心が少し痛んだ。気づかれてなかったが、わたしはゆっくりとこの部屋全体に魔法を展開させていた。急激に増加すると気づきやすいが、ゆっくりとだと意外に気がつきにくいものだ。


 山に登る感覚に似ている。一気に高い山に登ると高山病になる、ゆっくりだと変化を気づかない。魔法もゆっくりと満たしていくと気がつかないものだ。でも、普段の父親なら気づかれただろうな。


「これは……やめろ!! お前、何をするつもりだ」


「わたしには成さないと行かないことがあります。そのために今のことを忘れてもらいます」


「馬鹿な、……忘却の魔法だと……」


 アリアが部屋から出ようとした。


「扉が開かないわよ。これは一体……」


「今、この部屋はわたしの結界の中です。逃げることどころか、生死さえ……」


「お前は俺たちを殺すつもり……か!?」


「そんなことしません。少し眠ってもらいます」


「やめろ、やめるんだ!!」


「オブリエイト……記憶を操作します!!」


 記憶というのは連続しているために、ある一点の記憶を消してしまうと違和感が残る。この違和感が、やがて記憶を呼び起こすのだ。幸いにも今回のことは、映像の中でエンシェントドラゴンが出たところから、ここまでを繋げれば、記憶としてはおかしいところは無くなる。


「ごめんなさい。お父さん……」


「何を考えて……、いる」


「魔王がどこにいるのか、知ってしまった。わたしは行かなくてはいけないのです」


「やめろ……、勝てるわけが……ない」


 そのまま父親、母親、姉のアリアが操り人形の紐が切れたように倒れた。これでいいんだ。少しすれば目を覚ますはず。


 今のわたしが勝てないのならば、勝てる人間は、もうこの世界にはいない。魔王の鼓動はまだ弱く目覚めるまでに数年は要するだろう。その前に叩いておかないとならない。


「……あれ、わたし何をしてたのだろう」


 姉のアリアがゆっくりと起き上がった。倒れた椅子を戻して座り、魔道鏡を見て驚きの声を上げた。


「うわ、凄いよ。カノン!! 白い龍がザイン公国にいるよ」


「本当だね。凄いね……」


「あっ、痛っ、何があったんだ。地震か……」


 父親も魔道鏡を見て一瞬言葉を失ったみたいだ。


「……龍に守られる公国なんて聞いたことがないぞ!!」


「地震でも起きたのかしら」


 母親のエマは、落ちた皿を拾いながら不思議そうにしていた。


 これでいい。後は、わたしがザイン公国へ行く理由を作ればいいのだ。あの国のどこかに魔王が眠っている。エンシェントドラゴンが、ブレスを吐く瞬間に気がついてしまった。


 ドラゴンブレスを吸収しようと大きな力が働いたのだ。邪悪な力だった。恐らく最近のこの辺りの魔物が強くなっていることとも関係があるのだろう。


 カムイ、あなたを巻き込むことになって、ごめんなさい。


 きっと魔王でさえ今のわたしなら倒せる、と自分に言い聞かせた。

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最大公国からの婚約相手はバツ2、吊り目で地雷女。お淑やかな美人妹の好意を感じて、本気で乗り換えたいが、王子の婚約者で奪おうものなら、人生即終了。 楽園 @rakuen3

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