第2話

ドボルザークの家路をアレンジしたチャイムが校内に響き渡り、

校舎の1階の端の方にあるこじんまりとした図書室に、一筋の夕焼けが差しこむ。

既に読んだ本、読んだことがない本、興味は無いが持ってきた本、をテーブルの上に山積みにし

鈴菜はしがない放課後の時間を過ごしていた。

部屋には図書委員と本を読んでいる者も入れば、

恐らく部活をサボっているもの等様々だった。


━━━━━━━━━突然、読んでいた本のページが勝手にめくれた。

確かに窓際の席には座っていたが、窓は空いていなかった。パラパラ、パラパラとページはめくれていきやがて、風にでも吹かれたかのようにページが次々に捲られていく。

突然の事に怯える鈴菜の目の前に、見た事のあるギラギラとした緑色の瞳が怪しく光る。

「やぁっ」

あまりに突然現れたそれに鈴菜は驚き、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。

その空間ではありえない物音に周りは騒然とし、

そこに居る全員が鈴菜を見つめていた。

鈴菜はそそくさとその場から立ち上がりスカートの埃を払い、360°そこにいた全ての人に頭を下げ、何も無かったかのようにまた椅子に座った。鈴菜は立ち上がった時に確認したが、周りの人物はこの黒猫には全く気づいてない所かもしくは見えていないようだった。

鈴菜は心の中でボソッと一言呟く

(なんでこんな所に…)

すると突然、鈴菜の頭の中に聞いたことのあるあの声が響き渡った。

「なんでこんな所に?ふふふっさぁなんでだろう、にゃ?」

思わず目の前の黒猫を確認するが、

黒猫の口元は動いておらずゴロンゴロンと普通の猫のよう転がっていた。


「まぁこんなことも出来るさ、なんせお前さんは魔法使いだからな。」

「まぁ…いいや。他の人に見えてないんだったら、邪魔しないでね…。」

鈴菜は何事も無かったかのように読書に戻った。

「なんだ、他のアニメや漫画なら普通はもっと驚くものだろ、つまらんヤツめ。」

「つまらなくて結構。」

気にもとめず、鈴菜はペラペラと本を読み進めていく。

「こういう時は、ねぇ教えて?!貴方っていったい本当になんなの?!私もうあんな怖い思いしたくない!!魔法使いやめる!とか言うもんじゃないのか?」


素知らぬ顔で 鈴菜はまたしばらく本を読み続けふぅと一息つ居たところでようやく、

あっ、と口を開く。

「そうだ、あの時は少し興奮してて、具体的に聞けなかったんだけど、願いってどうやったら叶うの?」

黒猫は鈴菜の頭の上に居座っていた。

「ぐっ…重い。」

「それはひどくシンプルなたった一つの事だ。」

鈴菜は限界が来たのか、本を読む手を止め頭の上の猫をテーブルに下ろした。

黒猫はお座りのポーズで鈴菜の顔をじっと見つめ、そしてこう言った。

「勝ち続けて死ななければいい。そうすれば願い事は自ずと自分の方へと向かってくる。」

数秒、間があった後鈴菜はと凝り固まった身体を伸ばし一言

「そっか、もっとめんどくさいのかと思った。」

「狼狽えたりしないのか。」

「別に。」

外は日が完全に落ち、月明かり1つが夜を照らしていた。━━━━━


「ふぅ…」


ベッドに寝そべり鈴菜は満腹になっているお腹をさすった。

今日の夕飯は母親が仕事を早く上がり、鈴菜の好物だと思っている物を沢山作っていた。作りすぎだとは思ったが残すのも勿体ないので、見事に平らげて見せた。

それを見た母親はとても嬉しそうな顔をしていた。

満腹になると人は幸福になると言うが、

別にそんな気分にはなってはいなかった。

「はぁ…」

天井を見つめていると、

すぅ…すぅとかわいい寝息を立てて鈴菜はそのまま静かに眠りについた。


「おはよう」

目の前にエメラルドが光り輝いていた。

「私寝てたんだけど、」

鈴菜は寝るには少し硬すぎるコクピットに寝そべっていた。

「ヒーローに安息はないんだぜ。」

「はぁ…」


箒機を1歩、また1歩と歩ませる事に、

僅かにその振動が鈴奈の身体に伝わって来た。

「ジェミニ、いないね。」

「まぁそのうち出てくるさ、」

「そうだ、時に鈴奈聞きたいんだが、お前の母親はあれはなんなんだ。」

「なんなんだって…はぁ、どっから見てんだか…

なんかさ狼男みたいだよね、お姉ちゃんが死んだことお母さんは普段忘れちゃってて、いざお姉ちゃんっていう事実を伝えると、静かなお母さんから、

がお〜って豹変しちゃってさ。」

「お前はずっと一緒にいて呆れたり、嫌気が指したりしないのか?」

「呆れるか…なんかそれももう通り越しちゃったかも、

どうでも良くなったっていうか」

母の発作は

鈴奈が成長していくにつれ、症状が悪化している事に鈴奈は遠の昔に気づいていた。

鈴奈にはそのことに関して、悲しいという気持ちは一切無く、むしろ嬉しさえ感じていた。


「そういえばさ、さっきから足元をなんかが通って行ってるんだけど…」

一度、立ち止まり改めて下を見ると、カサカサ、カサカサと無数の野球ボール程の蜘蛛のような何かが、大量に箒機の足元を通り抜けて行っていた。

「ジェミニのお出ましだな。」

黒猫がそう言うと、その蜘蛛の群れの向こうから更に巨大な女郎蜘蛛とでも言うべき何かがこちらに向かって来ていた。

近づくにつれ、それのシルエットはハッキリとしていき、それはまるで花魁と女郎蜘蛛が合体した

ような見た目のジェミニだった。

鈴奈はグッとコントローラーを握り直す。

だがそいつらは鈴奈の箒機の横を脇目も触れず、通り過ぎていこうとした。

「え、なんで」

「さぁな、ジェミニもただ幸せになりたいだけなんだろ、きっと必要のない殺し合いなんて望んじゃいないんだろうな、」

「そんなのずるいよ、だって私はしなきゃいけないのに、」

「あぁそうだずるいよなぁ?じゃあなんだ??」

「こうするでしょ、」

鈴奈は宣戦布告と言わんばかりに、足元の子蜘蛛の群れを思い切り蹴り飛ばした。

━━━━━━━━━そして、それまで進行していた群れの動きが一斉に止まった。

花魁女郎蜘蛛が静かにこちらを向き、すぅと何かに指示するように、人差しを指を箒機に向ける。

その瞬間だった、

子蜘蛛の群れが一斉に箒機に飛びかかってきた。

箒機のモニターは一瞬で真っ暗になった。

「うわ何こいつ気持ち悪…」

子蜘蛛をよく見るとそれは、中年の男性の顔と蜘蛛が合体したような、蜘蛛と呼ぶには明らかにおぞましい姿をしていた。


大量の子蜘蛛は箒機に一斉に齧りつき、じわじわとダメージを与えていく。

鈴奈はそれを懸命に振り払おうとするが、

飛びかかってくる子蜘蛛の群れは留まることは無かった。

次第に箒機の動きも鈍くなっていき

飛び立とうにも飛び立てずになっていく。

黒猫が鈴奈の両腕をぴょんぴょんと跳ねながら

朝笑うかのように言った。

「どうした鈴奈、もうここでリタイアか?」

鈴奈は、俯き何かブツブツと呟く

「…でしょ…」

「ん?なんだ?」

消え入りそうだった鈴奈の声が次第にどんどん大きくなっていく。

「…そんな訳…ないでしょって…言ってんのっ!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああ!!!!!!!!!!」

鈴奈は箒機にまとわりつく未だ止まらなぬ子蜘蛛の群れを、一心不乱に振り払っていく。

「なんか!!!!武器!!!!!!!!!

無いの?!!!」

「さぁ〜?もしかしてこれじゃないか??」

黒猫が何かのボタンを押すと、

ダンっっっと!!!何かが地面に突き刺さった。それは箒機の背中から射出された両刃の槍だった。

「飛んだご都合主義展開だな。」

「うるっさい!!!!!」

鈴奈は鈍い動きの箒機を懸命に動かし、

刃を真っ直ぐ正面の相手に向けて、構える。

そして、血が出るほどコントローラーを

握り、思い切りバーニアを吹かせた箒機は

轟音を立てながら、迫り来る子蜘蛛の波を突き抜け正面の花魁女郎蜘蛛へと真っ直ぐ向かって行き、

━━━━━━━━━そして一対の巨大な槍とでもべき物になった箒機は花魁女郎蜘蛛を、真っ直ぐぶち抜いた。


穴だらけになった鈴奈の箒機が天を仰ぐ様に佇んでいる。

鈴奈はぜぇぜえと体全体で息をする。

「お疲れさん」

黒猫は鈴奈の頭の上に座っていた

「…降りてよ…」

鈴奈は疲労困憊で今にもその場に倒れ込んでしまいそうになる所を何とか踏ん張り、黒猫を頭から下ろす。

抱き抱えられた黒猫が鈴奈に話しかけた。

「まさかそんなになるまでの、底力がお前にあるなんてな」

鈴奈の手のひらから出た血を黒猫はペロリと一舐めした。

鈴奈は改めて血だらけの自分の手のひらを見つめる。

「自分でも分かんない、けど目の前があの気持ち悪い蜘蛛で真っ暗になって全然動けなくなった時、これでもうお姉ちゃんが帰ってくることは無いと思ったら、頭より先に手が出たんだよね。」

「それはそれは大層なことだな」

鈴奈は、おもむろに自分の手を摩った。

「痛い…って思うならやっぱり、

現実なんだよね。」

「まだ信じてなかったのか」

「まぁ、心のどこかではね」

「ふっ、まぁまた次もよろしく頼むよ。」

黒猫は前足で鈴奈の瞼をゆっくりと閉じた。━━━━━━━━━


階段を降りていると、

リビングの方から朝ごはんの匂いがしてきた。

きっとそこには私の好きな食べ物は無いのだろう。と鈴奈は1歩1歩階段を降りていく。

自分が成長していくほどに母親の中で鈴奈という存在が少しづつ、少しづつ、姉の芹に塗り替えられて行く事に鈴奈は気持ちが高揚していた。

そんなこと絵空事だ、子供の幻想だ、などと言われるかもしれない。だが確かにあの夜あの場所で勝ち取った痛みが僅かだが、鈴菜は確かに自分の手のひらの中に残っているの感じていた━━━━━━━━━。

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Alice×Alice 犬養 @inukai1998

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