ショート作品ネタ

白銀 狼牙

ダイノゾーン(仮題)【小説版・初稿】

 人類は機械恐竜ダイノマシーンの群れによって滅びの時を迎えようとしていた。


 突如として空から海から躍り出るように進軍してきた半生体・半機械の言わばサイボーグ恐竜達は、何の脈絡も無く人間の世界を蹂躙し始めた。

 恐竜と一口ひとくちに言っても、ティラノサウルス、ラプトル、トリケラトプス、ステゴサウルス、プテラノドンなど様々あるが、共通していたのは人類を踏み潰し、噛み砕き、薙ぎ払い、撃ち殺すという明確なだった。

 かの少年の両親はその動乱の中、彼の目の前でぬいぐるみのように引きちぎられ、真っ赤な大輪の花を咲かせた。

 歯から朱色がしたたる機械のティラノサウルスのアギトがコマ送りのようにだんだんと大きくなっていくのを、少年はただ呆然と眺めていた。あわや喰らいつかれるすんでのところで、誰かが少年を抱きかかえて跳んだ。

 ぐるぐると天と地が行き交う視界の中で、さっきまで自分がへたり込んでいた床に勢いよく突っ込んで破片を撒き散らす肉食恐竜の巨大な頭部が見える。

「何してんだ! 早く逃げろ!」

 少年を助けてくれた大人が叫ぶ。

 そこから先を、少年はよく覚えていない。

 気が付けば機械恐竜ダイノマシーンの撃退に成功した地域の避難場所に運良く逃げ込んでいた。生き残った人々は恐竜の死骸から物資(武器、食料、通信手段など)を確保し、対抗手段を模索した。そして被害を免れた区域を中心に新たな首都と秩序を構築した日本は、幾重もの防衛網を用意して人間世界を保とうとしていた。


 ――その後、恐竜の支配圏となった外界は「」と呼ばれるようになった。


   ******


 あれから5年後――。

 日本の第1防衛ラインに位置付けられている埼玉県の南側。

 辺りには人が利用しなくなって久しい建物の群れが、まるでドレスのようにつたや樹木で着飾っている。かつてそこにあった人間の文明は形骸化し、野獣の縄張りとなっている。だが、そこかしこにが見られる。それは機械恐竜ダイノマシーンが放ったものであり、人間が放ったものでもある。それ故、樹木のドレスは痛々しい事になっており、その綻びは今もなお増え続けている。

 そんな防衛ラインの最前線では、傭兵達が思い思いの装備をしつらえて機械恐竜ダイノマシーンの侵攻を阻止している。

 彼らには生きる手段が他に無い。

 長野県のほうにあると噂の安全地帯の許容人数は限られているし、部屋代だけで途方も無い金額を要求されるのに、物価がインフレし続けて出費が馬鹿にならないため、そこに定住できるだけの金銭が無い。

 かと言って何もしなければただ蹂躙されるだけで金も減っていく一方なので、生きるためには機械恐竜ダイノマシーンを狩って、防衛庁から支払われるデジタルマネーで日々を凌ぐしかないのだ。

 そうして彼らは、戦地に赴く。

 戦場ではいつも人間と機械恐竜ダイノマシーンの不愉快な咆哮が大音響で入り乱れる。それは、殺した相手の血にまみれながらも神への祈りをやめない狂信者のようでもあり、母を求める赤子のようでもあった。

 不協和音の協奏曲コンチェルトのように四方八方から飛び交う銃声と悲鳴と嗚咽おえつの中を、黒いヘルメットを被った男が瓦礫がれきを掻い潜りながら、ネオンの残像を描くが如く真っしぐらに駆け抜ける。そのひるがえる黒いライダースジャケットの男は、眼前で傭兵をほふる半機械化されたラプトルの首根っこを、手にした黒い日本刀でザンバザンバと斬り捨てる。

 3頭まで斬り捨てたところで左腕に激痛が走る。別のラプトルが2階部分から飛び掛かり、上腕二頭筋に鉤爪を立てて強襲してきたのだ。ヘルメットにかぶりつこうとしたラプトルを目視したのち、1秒と待たず受け流すように180度回転して振り払い、その勢いのまま兜割りで真っ二つにする。

「ぐっ……!」

 先ほどやられた左腕の上腕二頭筋が痛む。服もヘルメットも機械恐竜のパーツで強化されたおかげで銃弾も斬撃もほとんど貫通しないが、やはり痛いものは痛い。恐らく鉤爪の痕がついて内出血を起こしているのだろう。

 だがそんな事を気にしている余裕は無い。

「左手側、距離300m。トリケラトプスが1頭接近中」

 ヘルメット内蔵スピーカーから聞こえてきたAIのアナウンスに従い、左手側の大通りを見やる。確かに、向こうから猪突猛進してくる1頭のトリケラトプスが目に入る。ぱっと見た限り、頭から腕にかけて前半身が機械で、そこから先は生体のようだ。腰のあたりに機関銃が装備されているが、別の傭兵との戦いで銃弾が切れたのか何も撃ってくる様子は無い……あれは斬れる。

 ――ここまでの判断、約1秒。

 時速50kmで突進してくる巨体を、角やえりが服にかするほどギリギリの間合いで右に避け、右脚でブレーキをかけながら機械と生体部分の境目になっているトリケラトプスの胴体目掛けて、渾身の力を振り絞って垂直に刀を振り下ろした。

「オルァッ‼︎」

 ズパッと羊羹ようかんでも切るかのように、トリケラトプスの体を綺麗に真っ二つにする。これもまた、機械恐竜のパーツで強化された日本刀の為せる技である。

「■■■■■ァーーー!」

 一刀両断された恐竜は血液とオイルを撒き散らしながら突進の余波でしばし前進するも、程なくして失速し、断末魔を上げて物言わぬ肉片ガラクタとなった。

 辺りを見渡せば機械恐竜の侵攻は収まっており、同じように戦っていた傭兵達の安堵と苦悶の声が徐々に聞こえ始めた。

 と同時に、無感情なAI音声が状況報告をしてくる。

「防衛完了です。お疲れ様でした。今回のリーゼントの狂様の討伐数は11体。内訳はラプトル6体、トリケラトプス1体、ステゴサウルス2体、アロサウルス1体、カルノタウルス1体です。報酬は小型3万円×6体、中型10万円×4体、大型50万円×1体で合計108万円です。既に振り込みは終了しております。なお総討伐数ランキングは変わらず2位となります」

「チクショー! ずっと2位じゃねぇか!」

 何かご質問はございますでしょうか、と続けようとしたAIの音声を遮ってヘルメットを足下にぶん投げるが、スピーカーからの返事は無い。息急いきせき切ってる間に、AIは淡々と「次回もよろしくお願いします」と常套句を述べて通信が切れた。

 AIに愚痴を言っても仕方が無い。日本刀を背中の鞘に納めて、前方に30cmほど伸びた長いリーゼントを整える。そして投げ捨てたヘルメットを肩に背負うと、そこらで談笑混じりに帰投する他の傭兵達を一瞥いちべつしながらきびすを返す。

「ったく……日に日に傭兵が増えるせいで取り分は減りやがるし、ランキング1位の明日香とかいう奴を一向に追い抜けない。防衛って意味じゃ申し分ねぇが、物価は上がって出費がかさむしよぉ〜! これじゃあ商売上がったりだぜ……か〜っ、一服一服ぅ!」

 ライダースジャケットのファスナーを開放して大股に歩いてやる。

 が、帰るまでが遠足だ。一応、野生動物には警戒しておこう。以前、油断して虎に喰われてた奴がいたしな。

 すると、いつも通り大音量のスピーカーで威嚇する、サンバイザーのような溶接面をおでこに装着した不思議な一団が見えてきた。

『傭兵の皆様ぁ〜、いつも誠にご苦労様でございます。回収屋のトラックが通りますので道を開けてください。ここからの後処理は、いつも通り回収屋が行いますので、傭兵の皆様は速やかに拠点へ帰還してください』

 耳がキンキンするが、いちいち怒鳴るのも馬鹿馬鹿しい。後処理のために何台ものトラックを引っ提げた100人規模の一群と入れ替わるように街へ帰る。

『そこっ! パーツがダメになるから勝手に解体しないで! 回収屋がやるから!』

 獲物を横取りしようとする無粋な傭兵に回収屋が叱りつけるのが聞こえる。無数のトラックの音が、今日は一段とやかましい。


 有刺鉄線にも似た、鋭利で巨大な棘だらけの防壁が俺達を出迎える。味気ない石のアートのような防壁の一部が轟音と共に前に倒れて地面と一体化し、大型トラックが往来できる広さを持った入り口が現れた。ぞろぞろと入り口を通る傭兵達の顔は、連日の防衛任務でやつれ切っている。同じく疲れた顔をした警備兵の連中と「お疲れー」と拙い笑顔で挨拶を交わし、防壁から最も近いコンビニに立ち寄る。


 店内の見た目は、恐竜達が侵攻してくる前とほとんど変わらない。

 が、変わらないのは見た目だけで、握り飯1つ1万円とアホみたいに値段が高く、スイーツや煙草タバコといった嗜好品は5万だの10万だのともっと高い。インフレって凄えな……。幾つかの比較的安い食料――それでもウン千円とかするもの――を手に取り、顔馴染みの店員に話しかける。

「兄ちゃん、いつもの」

 俺よりも二回りほど年上と思われる店員はやや無愛想に棚から煙草を渡してくる。

「はいよ、35番ね。支払いは口座から直接引き落としでいいかい?」

「今はもうその方法でしか払ってねぇだろ。顔認証を使ってるらしいけどさぁ・・・・・・今どき現金は役に立たないぜ?」

「いやぁ済まんね。システムが変わったとはいえ、現金を使ってた頃の感覚がまだ抜けなくてね」

 商品を受け取り、軽く手を振って店を出る。この時点で既に決済が完了してるそうだが、細かいところはよく知らん。顔認証がどうの、マイクロチップがどうのと教えられた事はあるが、もうあんまり細かいところはよく覚えていない。

 店員から無感情に「まいど〜」と発せられる定型文が背中に当たる。

 コンビニの前の長いベンチに腰を落ち着けて、足を組む。握り飯を手早く食べ終えて、昨日までチビチビと節約のために短く切った煙草をむ。買ったばかりの高い煙草は、胸の内側のポケットに大事に仕舞う。

「ぷはぁー……仕事終わりのメシと煙草は格別だぜ」

 リーゼントが跳ねるように縦に揺れる。先の戦闘でいたんだ体が、火に炙られたマシュマロのようにフシュゥゥゥと溶けるような感覚に襲われて微睡まどろんできた、まさにその時。ヴーヴーとドでかい警報がそこら中で鳴り響いた。

「チッ、またか」

 カッと目が醒めた。ベンチから立ち上がって、ブーツの靴底でぐりぐりとねるように短い煙草の火を消した。

 まだ左腕の怪我を治してないというのに、なんてせっかちなんだ、侵略者って奴はよぉ。


 防壁を通り抜けて、森に隣接している高いビルを目指す。まずは状況を俯瞰して戦略を整えるのがいくさの鉄則だ。そのまま飛び降りる事ができるように、腰に装着した小型のワイヤー巻き取り機に不備が無いかを確認する。

 ふむ……問題は無いようだ。ヘルメットを脇に抱えてカンッカンッと鉄の音を鳴らしながら、元々は証券会社か何かだったらしいビルの非常階段を登って屋上へ向かう。

 屋上のドアを開けると、そこにはスナイパーライフルを右脇に抱えた先客が居た。

 ふわぁっと、彼女の美しく長い黒髪が風に流れる。距離がまだ数mあるのに良い匂いがした――気がする。その光景はまるで、水平線に沈んでいく夕焼けのようであり、天から神々しく降り立つ聖母マリアのようでもあった。

 全身を茶色いレザー製の服――もちろん俺と同じように機械恐竜のパーツを利用して強化してあるだろうが――で固めた天女のような女性は、ドアの開く音に気付いてジャケットを翻らせる。

「あら、まさか私と同じ考えの人がいるとはね。傭兵って皆、下品で脳筋な暴力集団なのかと思っていたわ」

 なんと美しい顔立ちか――純日本人的で適度な丸みと柔らかさを備えていながら、どこか欧米的な彫りの深さによる陰影と優美ささえも感じられる。長く胸の辺りまでスッと伸びた艶やかな黒髪がその美しさを引き立てる。前髪が眉に被さる程度で整えられているのも実に良い。キリッとして真っ直ぐな眼差しは俺の奥底に眠る何かを暴き出そうとするが、かと言って暴力的ではなく、母性にも似た優しさを兼ね備えている。身体のラインも誠に見事だ。(何が、とは言わないが)控えめでありながら女性らしくS字を描き、ストンと大地に降り立つスラッとした細長い脚はヴィーナスの再来を思わせる。

「って貴方、その出で立ち……もしかして噂に聞く、リーゼントの狂? 討伐数ランキング2位の?」

 キョトンとしてこちらを見遣る金星の女神。彼女の美貌に吸い寄せられるように自然と足が一歩一歩近付いていく。

 なるほど、これを『運命の人』と称するのか。

「な、何……?」

 顔と顔が引っ付きそうな距離で真剣に目を合わせる。体を仰け反らせて倒れそうになる彼女の手を、支えるように両手で包む。

「結婚してくれ!」




「……はぁっ⁉︎」

 あまりに素っ頓狂な声を出す眼前の女神。

 あれ、なんで俺は初めて出会った相手にいきなりプロポーズしてるんだ?

 顔が熱いっ。

「あああいいいや済まねえ! あまりにも好みだったんでつい!」

 緊張のあまり、誰が見ても分かるほど手が上下にガタガタ震えている。おかしな言い訳に聞こえていなければいいが……。


 ウゥー! ウゥー! ウゥー!


「‼︎」

 再びけたたましく警報が鳴り響く。

 2人して予測進路上の大通りを見下ろす。土煙と共に機械恐竜ダイノマシーンの群れが迫ってきているのが確認できる。今回もアルゼンチノサウルス並みの超大型個体(全長30m・体高8mを超える超弩級制圧兵器)は居ないようだが、大型の肉食恐竜が目立つ。視認できるだけでもギガノトサウルス、アクロカントサウルス、クリオロフォサウルス、カルノタウルス、タルボサウルス、カルカロドントサウルス……多いな。土煙に紛れて影になっている奴もあるが、あれはティラノでいいんだろうか。追随して翼竜が上空を舞っている。毎度の事だが、あの物量ではゲートが耐えられないだろう。

「ゆっくり話してる暇は無さそうだな」

「そうね……」

 降下用のワイヤーを頑丈そうな太い手すりに括りつける。背負った日本刀の鞘を装着し直し、片足を扶壁パラペットに乗せる。そこでふと気付いた。

「そういえば、あんたの名前を訊いてなかったな」

 ライフルのスライドを引き、弾を装填する女性に問いかける。

「……明日香よ」

「ええっ、明日香⁉︎ もしかして討伐数ランキング1位の明日香⁉︎ マジで⁉︎」

「本当よ。身分証、見る?」

 彼女が懐から取り出した携帯端末にデジタル身分証が表示される。

「マジか……本物だ」

 しげしげと身分証を見ていると「んっんー!」と咳払いが頭上から聞こえた。顔を上げると明日香が「早く返してくれない?」とでも言いたげに手を出している。

 確認は終わったので、心置きなく返す。

「一応、訊いておくわ。あなたの戦う目的は?」

「両親の敵討ちだ。5年前の侵略で、俺は両親を目の前でティラノに喰われた。あいつだけは絶対に殺す。死んでも殺す……!」

 顔の形が歪んでいくのが自分でも分かる。脇に抱えたヘルメットがミシッと音を立てたように聴こえた。

「そうだったの……」

 それなら討伐数が多いのも納得できるかな、と聞こえた気がした。

「あんたのほうはどうなんだ明日香。なぜ戦う?」

「私も似たようなものよ。外の異変に気付いて逃げてる最中に、家族や友人を失った。恐竜だけじゃなく、人間同士の抗争でも失った。だから人間の事はあまり信用しない事にしてるの」

 ライフルを握る明日香の手に、力が籠もっていくのが見て取れる。

 こんな物騒な世界で生きてきたんだ。女性という事もあって、男の俺には理解しがたい嫌な事が絶えなかったのだろう。心中察するに余りある。

 しかし一瞬だけうつむいた彼女は、顔を上げてこちらに向き直る。

「でも貴方は、誰にも頼らず1人で戦ってきたみたいね。ブロックチェーン技術によって改竄かいざんできないクラウドデータが、それを裏打ちしてる。会ってみるまで分からなかったけど、私達、案外似た者同士だったのね」

「そうか、人間不信もあるのか……道理で噂は立つのに全然見かけないわけだ。あんたも大変だったんだな」

 明日香は、フッと口元を緩めた。

「大変じゃなかった被害者なんているのかしら? 私達は前を向いて進むしかないのよ。……まぁ貴方の悪い噂は聞かないし、少しは信用できそうだけど」

「そうかい? なら背中は任せたぜ」

 ヘルメットをかぶり、再び片足を扶壁パラペットに乗せる。背中の日本刀の柄に右手をかける。

「……ところで、さっきの話だけど」

 呼びかけに応えて振り向くと、明日香は口元を拳で抑えながら、若干こちらから目を逸らしている。

「さっきの話? どの話だ?」

「け、結婚の事よ! 今回の防衛戦でお互いに生き残ってたら、考えてあげても良いわ」

 ……それってつまり、OKってこと⁉︎

 初彼女にして初の結婚相手ゲット、って事かぁ⁉︎

「ぃよっしゃぁぁああああああっ!」

 思わず舞い上がって、数十mはあるビルの屋上から飛び降りてしまった。

「あ――」

 ワイヤーがグルグル回転しながらあげる悲鳴と、共に女神の驚きに満ちた声が遠のく。

「あ、ちょっと! ………………!」

 済まんな、跳び降りちまったもんは戻れねぇんだ。

 刀を鞘から引き抜き、先行して襲ってきた翼竜プテロダクティルスを2体とも3枚に卸してやった。


 リーゼントの狂が跳び降りていくのを見ているしかなかった明日香は、子どもを見守る母親のような優しい表情を浮かべると「全く……」と嬉しそうに呟いた。

「それじゃあ――」

 ニーリングと呼ばれる射撃姿勢(ライフルに対して右方向、ほぼ垂直な向きで右膝を地面につけ、左膝を立ててその上に肘を置いて銃を構える姿勢)を取り、スコープを覗いて、狙撃対象を確認する。

「始めるわよ」

 開戦の狼煙のろしとして、長距離狙撃によりプテラノドンを3体葬った。

 イヤホンからAIナビゲーションで状況報告が入る。

「9時方向、300m先から翼竜が4体接近中」

 顔を僅かにズラして左を盗み見ると、なるほど、プテラノドンの一個小隊が仲間のかたきと言わんばかりの勢いで迫ってきている。

 左の太腿に装着したサブマシンガンを取り出し、大して姿勢変更も行わず、左腕を真っ直ぐ伸ばして撃ちまくる。

 20~30発ほど放ったところでプテラノドン達が失速して落下を始めた。それを確認すると、何事も無かったかのように0時方向に向き直り、援護射撃を再開した。


 窓枠や屋根を利用し、段階をつけながら勢いを殺して着地に成功する。使い終わったワイヤーを外すと、頭上にいる女神は早くも5体狩り終えている。意識を群れのほうに向けると、残り100m前後の距離で迫るラプトル数体に対し、女神が正確なヘッドショットを次々と決めていく。

「あの距離で当てるのか! やるな明日香!」

 自然と、刀を握る手に力がこもる。

「こいつぁ俺も、負けてらんねぇぜ!」

 刀を肩に乗せて、かぶくように群れの中へ突っ込んでいった。


   ******


 機械恐竜ダイノマシーンの軍団と傭兵達が潮の境目のように波打ち合い、組んずほぐれつ入り乱れる。

「オラァ恐竜ども、かかって来いやぁ!」

「ぶっ殺してやる!」

「■■■■■ーーッ!」

 傭兵達は前衛が強化された釘バットや斧、バールのような物を振り回し、後衛は強化貫通弾を使って矢鱈滅多やたらめったらに銃火器を踊らせる。

「前に出すぎるな! 蜂の巣にされるぞ!」

「撃て撃て撃ちまくれ! 少しでも奴らを足止めするんだ!」

「■■■ーー⁉ ■■ーーッ!」

 恐竜達は機械の体を有してるだけあって、やたら正確に銃火器をぶっ放してくる。これだから強化ヘルメットと強化ジャケットは手放せない。おかげで遠距離攻撃による即死は免れるものの、それなりの衝撃は受けるので、結局武器をブンブン振り回して銃弾をある程度叩き落とすか、盾で防ぎながら接近しないと体中が痛すぎて近付けない。当たりどころが悪ければ、強い衝撃に耐えられずショック死する。

「ちっくしょう、何体いるんだ化物め! 撃っても撃ってもキリがねぇぞ!」

「こんなにしんどいなんて聞いてねえよぉ! 帰りたい! 帰りたい!」

「ぐだぐだ抜かすな! 死にたくなかったら撃て!」

 運良く死なずに近付けたら、尖兵のラプトル達が出迎えてくれる。全然嬉しくない。小型で防御力は薄いが、傭兵1人に対して3体がかりで襲いかかってくるので、ソロで突っ込むのはオススメできない。ラプトルを乗り越えたとしても、中型に区分されるトリケラトプスやステゴサウルス、アロサウルスが待ち構えている。よって、戦争の序盤は射撃で恐竜の装備を破壊したり、盾を使った囮で恐竜の残弾数を0に持ち込んだり、空から襲いくる翼竜を殲滅したりするのが理想と言える。

 しかし恐竜達はその強靭な体躯と物量に物を言わせて雪崩れ込んできてしまう。人類が編み出した強化貫通弾と言えども有限であり、万能ではない。これを防ぐためにどうしても近接戦闘による足止めが必要になる。つまり何人かは序盤で死ぬ事になる。フレンドリーファイアも覚悟しておかないと切り込み隊長は務まらない。大抵の場合、4〜5人でチームを組んだ傭兵達が巨大な盾を先頭に持たせて真っ直ぐ1列に突撃して銃弾の雨を凌ぎ、敵の懐に入ったら寄ってたかって袋叩きにする。狙撃手スナイパー達は近接戦闘員が上手く接敵できるように、物陰に身を潜めながら恐竜達の行軍を牽制する。そうやって初めて恐竜の陣形が崩れる。


 建物の陰で状況を見ていた狂は、腰のポケットから縦横10cm・厚さ3cmほどの四角く黒いナックルを手の甲に装着した。それには持ち手と蓋があり、手首の付近に矢印↑と「開」という文字が刻印されている。ナックルの先端には蝶番ちょうつがいがあり、蓋が180度展開するように出来ている。ご丁寧に「危険! 開ける時は中を覗かない!」という注意文の記載もある。それに従い、開の文字が自分の顔を向かないように蓋を開ける。すると蓋の動きに連動して内部からマジックハンドのような多節リンクが現れ、亀の甲羅のように細長く丸みを帯びた即席の薄い盾が腕全体を覆うように形成された。蓋を開けきるとカチッとロックがかかり、戦闘の際に誤って収納されないように工夫されている。盾の内側にあるマジックテープで盾本体を腕に固定し、地面に突き刺していた刀を引き抜いた。そして斜め45度程度に盾を構えながら、銃弾の雨に突っ込んでいった。

 カキンカキンと受け流される銃弾。

 味方の傭兵達は、こちら側の弾薬が尽きる前に侵略者の銃火器を無力化しようと、敵の武器あるいは急所を狙って立て続けに撃ちまくる。敵の銃口に上手く当たれば暴発させられるが、大概は別の場所に当たる。向こうもこちらも同じパーツを使っているため強度は同じはずなのだが、


 内地にはアハトアハト(ドイツ製88mm対航空機砲)や列車砲グスタフ、レールガンらを模した殲滅兵器が存在するという噂だが……、内地の支配者層は何を出し渋る必要があるのか一向にそれらを戦場へ輸送しようとしない。

 ビルの3階部分に身を隠しながら射撃を続ける狙撃手スナイパーがそんな事をチラリと考えている内に、早くも中盤戦が終わろうとしていた。カチカチと気の抜けたトリガーの音だけが手元から聞こえる。弾切れだ。前方100m付近の地上には食いかけの人間と恐竜の死骸が散乱しているが、その後方から進撃してくる軍勢はお構いなしにそれらを踏みつけて行進マーチを続ける。銃撃の音はどこからも聞こえない。後は肉体をもって勝負をつけるしか無い。1階部分に降り立ち、転がっている斧を拾い上げると、アギトを剥いて襲いくるカルノタウルスの眼球に思いっきり喰らわせてやった。ざまぁみろ。

 カルノタウルスと共に大通りへ放り出された狙撃手は、それきり赤く濡れて動かなくなった。


   ******


 そうやって何体の恐竜を斬り殺しただろうか。ヘルメットに付いた血は、ぬぐっても拭ってもまともに取れない。刀のつかが血とオイルを吸って重くなり、今にも滑りそうだ。ヘルメットのシールドをカタンッと上げる。

 すると、屋上からではもやがかかって見えにくかった大型肉食恐竜・ティラノサウルス(通称、T-REX)が目の前に居た。子どもの頃に絵本や映画で見ていた格好良さとはかけ離れた醜悪で巨大な顔付き。昼の日差しの中でもハッキリと影を落とす、黒曜石のような煌めいた機械の頭部。その不敵な笑みは、まるで玉座で踏ん反り返る為政者のようだ。そして、その顔には見覚えがあった。

 ――両親を殺した、あの肉食恐竜だ。

「思わぬ再会だな、デケェの。忘れねぇぜ、その不敵な面構えはよォ!」

 大地に根付く太い脚にも頑丈な装甲が付いており、腹にも装甲が見られる。下からの攻撃は通用しなさそうだ。ならば生体部分を切断して身動きが取れないようにしてからトドメを刺すしかない。

 そして、どうも周りで他の傭兵達と戦っている恐竜達がこのティラノを中心に動いているようだ。にっくかたきは悠然と歩いており、こちらを観察しているようにも見える。てのひらを上に向けて指をクイッと曲げ、疲労困憊ひろうこんぱいの中、刀を肩に担いで吠えた。

手前てめえが親玉か。いいぜ、相手にとって不足はねぇ。5年前の借りを返してやるぜ! さぁ、かかって来いよ!」

 小さき者の挑発に気付いたらしく、ティラノサウルスが地響きのような威厳に満ちた太い咆哮を上げ、大地を揺らして走り始める。虫けらでも踏み潰すかのように、生きる戦車が敵も味方も蹂躙していく。それは恐竜王者ダイナソーキングと呼ぶに相応しい、現代に蘇った暴君の姿だった。

「■■■■■ーーーッ‼︎」

 刀をグッと握り直して両手で支えて脇に構える。大型トラック並の巨大なアギトを右に避け、奴の左脚に向かって走っていく。試しに装甲が薄そうな接合部を斬ってみるが、嫌な音を立てるだけで大した傷が付いていない。

「畜生、やっぱ硬えな!」

 恐竜王者が振り向く気配を感じ、奴の右脚に向かって腹の下をすり抜け、瓦礫や恐竜の死骸を蹴り飛ばしながら廃墟の2階部分に降り立つ。ティラノを見下ろすと、背中や首など体の上半分は頭以外ほぼ生身のままのようだ。

 すると奴がこちらの居場所に気付いたらしく、体当たりの動作を見せる。

「やっべ!」

 廃墟の奥へ避難し、左折して通路を真っ直ぐ走る。後ろからはとんでもない爆音が聞こえた。チラッと振り向けば、ティラノが顔から部屋に突っ込んで、通路まで眼を覗かせている。奴がジタバタと頭を引き抜こうとしている隙に、2階から3階へ移動だ。ビル内の至る所から金属が軋む嫌な音が聞こえてくる。もう一度何か衝撃があったら建物が崩壊するかもしれない。

 そんな事を考えながら、さっき居た部屋のほぼ真上の空間に辿り着くと、奴はまだ脱出に手間取っている最中だった。この機を逃すまいと刀を逆手に持ち替え、奴の背中目掛けて切先を真下に向けながら跳躍した。

「だぁぁありゃああっ!」

 ズブリ、と鈍い音を立てた刺突と共に、何とか背中への着地に成功した。正確には腰の辺りだが。

 しかし奴は、この痛みによる反射で海老反りになり、廃墟の拘束から意図せずして脱した。

「■■■■■ーーーッ⁉︎」

「うおっ⁉︎」

 暴れる怪獣の背中で直立するのは至難のわざだ。ましてや軽業師かるわざしでもない一般人なら尚更だ。背中を刺し続ける蜂を振り落とそうとタップダンスするティラノにされるがまま、ズルリと引き抜かれた刀を固く握り締めながら地面に背中から叩き落とされた。グルグルと数mは転がり、ステゴの死体の腹で無理矢理受け身を取らされた。

「がっ、がはっ……!」

 首を折らなかったのは不幸中の幸いか。刀を杖にして何とか立ち上がる。猛り狂った恐竜王者が敵味方関係無く周辺を破壊しながら、こちらへ驀地まっしぐらに疾走してくる。

 こいつぁ、まずいな。体が重い。どっか骨を折ったか……。あの攻撃を避け切れる自信が無い。せめて正眼の構えを取ろうとするが、重心が覚束おぼつかず、態勢が崩れそうになる。どうする……⁉︎




 その時、発砲音と共にティラノの首が右に2回曲がり、勢いを殺せぬまま転倒した。

「■■■■■ーーッ⁉」

『狂、大丈夫⁉︎ まだ生きてるわよね⁉︎』

 ヘルメットの内臓スピーカーから、焦っているような女性の声が聞こえる。

「この声、明日香か⁉︎」

『他の恐竜は全部片付いたわ。後はそのティラノだけ! 残ってる傭兵全員でバックアップするわ。まだ戦える⁉』

 自然と唇が吊り上がる。そんなの、答えるまでもない。

「……へっ、当然だ。好いた女にゃ格好いいとこ見せたいからな!」

『んなっ……⁉』

 スピーカーの向こうで羞恥と驚きに満ちた声が聞こえてくる。

『おいおいリーゼントの狂、惚気のろけか~?』

『モテる男はつれえな! 全く羨ましいぜ!』

 次々と聞こえてくる、男達の冷やかし。

「この回線、もしかしてオープンチャンネルか⁉」

『……仕方ないでしょ。貴方個人に繋げるの、この状況ですぐにはできないもの』

『おい狂。さっき言った通り、俺達も手伝うぜ』

『お前にばかり良いとこ持ってかれたくねーからな!』

『牽制は俺達、狙撃手スナイパーが担当する。ビルを倒壊させて奴にぶつけるから、狂を始めとした近接戦闘員はそれまで休んでてくれ』

『だが正直、俺達の近接武器は摩耗が激しくてトドメが刺せない。最後は狂、あんたがやってくれ』

「頼んだぜ、狂」

 肩にポンッと置かれた手がある。振り向くと、近接武器を持った他の傭兵達が周りに集まって笑っていた。

「へっ、全く……頼もしい奴らだな! よし、頼まれた!」

『やるわよ、行動開始!』

「「「オッシャアアアァアアッ!」」」

 明日香の鶴の一声で、傭兵達が一塊ひとかたまりの波のようにうごめいた。高揚感が背筋を一直線に駆け上がった。


「■■■■■ーーッ‼」

 再起した恐竜王者が、彼らの雄叫びに呼応して咆哮する。ズシン、ズシン、と徐々に徐々にスピードを上げて迫ってくる。

 近くに居た傭兵の1人がひび割れそうな声で叫んだ。

「散開っ! 散開しろっ! 奴の意識を逸らすんだ!」

 狂を追い越していった地上部隊が、蜘蛛の子を散らすようにティラノの左右に向かって走っていった。それぞれ足下に転がっている石ころや瓦礫をティラノに投げて、奴の意識を狂から剥がそうと試みている。カンカンカンカン、カンカンカンカンと製鉄しているかのような甲高い音がティラノにはわずらわしかったらしく、そのアギトで傭兵を噛み潰したり、尻尾で薙ぎ払ったりしている。

『おいっ、地上部隊が食われてるぞ! 牽制射撃を怠るな!』

『背中だ! 背中の生体部分を狙えっ!』

 ここまで統率された傭兵達を見るのは珍しい。みな疲弊しているだろうに、テキパキと任務を遂行するために動いている。

『ワイヤーを奴の身体に括り付けろ!』

 上空からの射撃に気を取られているティラノの右足に、数人の傭兵達がそそくさとワイヤーを巻き付ける。

『ワイヤー組はビルの裏に回れ! 向かいのビルにいる奴は退避しろ!』

 ガラガラと巻き取り機の音を鳴らしながら廃ビルの1階を駆け抜ける。柱に遠隔式の爆破装置を仕掛ける者もいる。向かいのビルにいる傭兵達は牽制攻撃を続けながら退避していく。

『退避完了!』

『爆薬の設置も完了!』

『よし、ワイヤーを巻き取れ!』

 何本ものワイヤーが唸りをあげて、魔の手のようにティラノを廃墟へ引きずり込もうとする。急な出来事に対応しようと左足に重心を乗せているが、狙撃部隊がそれをさせまいと集中砲火を浴びせる。

「■■■■■――ッ⁉」

 たまらずティラノは足を取られて横転する。

『今だっ、爆破しろ!』

 轟音と共に、強烈な衝撃波と爆風が廃ビルを瓦解させ、恐竜の上に倒れこむ。ティラノが横から衝突したため、廃ビルはティラノに向かって斜めに崩れ、向かいのビルまで破砕した。

「■■■――ッ!」

 



『やった……か?』

 誰かがボソッと呟いた。

 土煙に覆われてティラノの様子がよくわからない。




 その時、ガダンッと瓦礫の落ちる音が響いた。

「■■■■■――!」

 土煙の中でモゾモゾと蠢く影が見える。

『奴はまだ生きてるぞ!』

たま残ってる奴はいるか⁉』

 しん、と静まり返る通信。

「丁度いい。十分に休憩できたところだ。後は俺が……俺達が決着ケリを付ける!」

『お、おい! 狂!』

 未だ疲れも痛みも残る身体を無理矢理に動かして、日本刀で地面を擦りながら一歩一歩と手繰たぐるように前へ進む。

『まだ全然回復してないじゃない! 無茶よ!』

「ここであいつを殺さなきゃ、何の為に今まで生きてきたって言うんだ!」

 引き留めようとする傭兵の手を振り払う。

「今やらねぇと……あいつは、また立ち上がる。こんな絶好の機会を、逃して――逃してたまるかっ!」

『で、でもっ!』

かたきが目の前にいるんだ。少しくらい、カッコつけさせてくれよ」

『………………』

 ズルズルと足を引きずるようにして奴の下へ近づいていく。

 すると突然、右半身が持ち上がった。

「そんな体で見栄みえ切りやがって……シャキッと歩け、シャキッと!」

 肩を貸す傭兵が1人、2人。

「お前が行くなら、俺達も行く」

「死にに行くのは嫌だが、誰かが死にに行くのを黙ってみてるのも真っぴら御免だ」

 ぞろぞろと近接武器を所持した傭兵達が狂の後に続く。

「へっ、暑苦しい野郎どもだ」

 思わず口角が吊り上がる。

「明日香。お前達、狙撃組そげきぐみは防壁まで補給しに戻れ。もしもの時は頼んだぜ」

 ぎりっ、と何かを擦り合わせたような音がスピーカーの向こうから聞こえた。

『……そうね。このままここに居ても、何もできないものね。――分かったわ。私達は補給の為に一時撤退する』

 カッコつけすぎたか? いや、これでいい。死ぬ時まで明日香に付き合ってもらう必要は無い。あいつは、生きるべきだ。俺なんか踏み越えてな。

『すぐに戻ってくるから――死なないでよ、狂』

「はっ、そう簡単に死ねるかい。あんたと、約束しちまったからな」

「■■■■■――ッ‼」

 いや増してガラガラッと瓦礫の崩れる音が聞こえる。まずい、これは奴も体力を取り戻してきているな。

「一気に畳みかけるぞ。手前てめえりき入れろ……吶喊とっかんだ!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」」」

 50人前後の傭兵達が咆哮し、ビリビリと空気を鳴らす。土煙が少しずつ晴れていく。体力の残っている奴らが次々と狂を追い越してティラノに斬り込んでいく。

 当のティラノは、黒い装甲で固められた機械の頭を徐々に削り取っていく甲高い音と衝撃を受けて、苛立つように頭を大きく振った。約1.5mの高さを持つ機械の頭部に薙ぎ払われて、幾人もの傭兵達が瓦礫や廃墟、他の傭兵に激突する。時々噛みつかれて2~3人が犠牲になる。ティラノが暴れたおかげで、奴を押さえつけるビルの瓦礫も連動して揺れ動き落下してくるため、傭兵達はティラノだけでなく頭上からの崩落にも注意を払わなければならない。これでは迂闊に近づけない。

『爆薬か手榴弾を持っている奴はいるか!』

『こっちにあるぞ! 皆下がれ!』

 運良く手榴弾を残していた男達が前へ進み出て、いくつかの手榴弾をティラノの上のほうに向かって投げる。

「■■■――ッッ‼」

 激しい爆発と共にティラノが悲鳴を上げる。

『これで近づけるか――?』

 そう言い終える前に、黒煙を巻き上げながら恐竜王者ダイナソーキングが猛進してくる。体中から血やオイルを撒き散らしてボロボロの状態だ。手榴弾を使った爆発で大人しくさせようとしたが、逆に痛覚を刺激された事による反射で瓦礫を押しのけてしまったようだ。痛みと怒りに駆り立てられた暴君は出した事の無いスピードで獲物への報復を試みる。

「■■■■■――ッ! ■■■――ッッ‼」

『まずい! 散れっ、散れーっ!』

 バサァッと脱兎の如く左右に散開する傭兵達。

 しかし唯一人ただひとり、リーゼントの狂は逃げようとしない。

 肩を貸している傭兵が、狂を引きずってでも逃げようとする。

「おい狂、逃げるぞ! あれを直撃するのはまずい!」

「今のこのザマじゃ、逃げ回れねぇよ。それに、奴に道を開けたら、俺らの街まで一直線じゃねぇか」

「それはそうだが……」

「――射出式のワイヤー、持ってるか?」

 狂の言わんとしている事を理解したのか、彼は腰に装備していた射出可能な巻き取り式ワイヤーをそそくさと狂の腰に装着した。

「これでいいか?」

「ああ。あんたは逃げてくれ」

 そう言うと狂はよろめきながら背中の鞘に刀を納めると、ワイヤーを建物の3階に向かって射出し、操り人形のように飛び跳ねた。

 ワイヤーを貸し出した傭兵は、弧線を描く狂を少し見送った後、眼前に迫るティラノに食われないように別の建物の中を通り抜けていった。


 ワイヤーの強い勢いで壁に衝突しないように、緩衝材代わりに膝を曲げてなんとか着地に成功した。数秒でワイヤーを巻き取り終えてティラノのほうを確認する。傭兵達は無事逃げおおせたようだが、おかげでティラノは驀地まっしぐらに、俺達が拠点としている街へ爆走していた。ワイヤーがまだギリギリ届く距離だ。

「行かせねえぜ大将」

 首元を狙ってワイヤーを発射する。しかし対象が常に動いているせいで、ワイヤーは奴の尻尾の付け根近くを捉えた。

「うおっ――!」

 腰が引っ張られて海老反りになったまま奴の尻尾にお腹から衝突する。

「~~~~~~~~~っっ⁉」

 衝撃をどこにも受け流せず、尻尾にしがみ付いたまま悶絶する。

 尻尾に違和感を覚えたティラノが振り向いて狂を確認すると、噛みついて引き剥がそうとあごをカプカプ鳴らしながら同じ場所でグルグル回り始めた。はたから見れば犬や猫のようだが、その牙は全くかすりもしない。

 巨体ゆえの凄まじい風圧に耐え切れないと判断した狂は、太腿ふとももに仕込んでいたナイフを取り出し、ピッケルのようにティラノの皮膚に突き刺した。もう片方の手も同じようにしてナイフを使い、尻尾から滑り落ちないように体を固定した。そのままナイフを交互に抜き差しして匍匐ほふく前進しながら、奴の首元を目指していわおのような背中をよじ登っていった。

 しばらくグルグルと回っていたティラノは、このやり方では背中の小動物を落とせないと理解したのか、近くの建物に向かって体当たりを始めた。

「■■■■■――!」

「だあぁぁっ⁉」

 片手をナイフから放して、ティラノの背中と建物にプレスされるのを避ける。別の場所に隠していたナイフを取り出し、再び突き刺して態勢を整える。

 ティラノは何度も建物に体当たりをしたり、建物に体を密着させたままやすり掛けのように摩擦させたりして、狂を背中から落とそうとする。

「こいつ、このまま街のほうへ行く気かっ!」

 ズンズンズンズンと近づいてくる防壁。残り1km程度だろうか。あの棘に貫かれるのは勘弁だ。

 その時、パシュッという音と共に、ティラノの脚部に衝撃が走った。

「■■■――ッ⁉」

『今だ! 撃てっ!』

「この声、明日――おああああっ⁉」

 スピーカーから明日香の声が聞こえてきたと思ったら、ヒュンヒュンと銃弾の雨が前方の防壁から降り注いだ。

「うおおおっ、待て待て待て待て待て! 明日香、待ってくれ! 俺は今、ティラノの背中に張り付いてんだっ!」

『え、狂⁉ そんなところにいるの⁉』

 別の狙撃手がスコープを覗いて確認する。

『見つけました! 確かに目標の腰のあたりに人影が見えます!』

『全員、撃ち方やめっ! 狂に当たるわ!』

「■■■■■――!」

 10発近く被弾したティラノは興奮冷めやらぬまま突撃を続ける。

『こうなったら脚を狙うしか――あれは?』

 狂の身体が突然、急ブレーキした時のような衝撃と共にふわっと宙に浮かんだ。

 ティラノの足下に何本ものワイヤーが引かれ、複数の傭兵達が両足めがけて横から武器を叩きつけたのだ。

「ふんぬぁっ!」

 たまらずティラノは、アスファルトで舗装されていた凸凹でこぼこの剣山のような道路に頭から突っ込んだ。

 危ねぇ……もう少し首に近い位置まで進んでいたら、ティラノの頭部よりも前方に放り出されて死んでいたかもしれない。

 ティラノの足に一撃を食らわせた傭兵が叫ぶ。

「今だ狂、やれっ!」

「応よ!」

 背中から日本刀を引き抜き、倒れたティラノの首の辺りに陣取ると、刀を逆手に持って思いっきり墓標のように突き立てた。

「■■■■■――⁉」

 ぐぐぐっと深く突き刺しながら刀の峰に足を乗せ、古びた機械のレバーを下げるように力いっぱい倒れ込んだ。内部にも金属パーツがあるせいで時々ガキッと音がするが、押し進める度に頸動脈からの血飛沫ちしぶきが体にかかる。派手に戦えるだけの体力が残っていないがゆえに、こうやって重力を利用して首を切断するしかない。

 周りに集まった傭兵達はそれを手伝おうと、狂が斬り込んでいる方向とは反対側の首元に剣や斧を突き刺したり、ティラノの身体を這い上がって狂の背中に乗るような形で刀に体重を乗せたりしている。ハンマーを所持している者は、ティラノが立ち上がらないようにの目や脳の付近を何度も叩いて体力を奪っている。

「おら、もう一押しだ! せーのっ!」

 ズバアッ!

 上から押し込んでいた刀が勢いよく地面に口付けし、狂をはじめとした5~6人の傭兵達はでんぐり返しのように大地に放り投げられた。切り裂かれた首からは、これでもかと言うほど血液とオイルの混じった体液が噴き出た。

 もう動けねぇ。

 アイツももう、動いてねぇ。

 かたきは取ったぜ親父、お袋。

 あー、疲れすぎて何だかねみい。

「おーい狂、大丈夫か?」

「全く、無茶しやがって」

 周りにぞろぞろと生き残った傭兵達が集まり、狂の身体を支えて立ち上がらせる。

「帰るまでが遠足だ、って母ちゃんに教わんなかったのか?」

 ケラケラと笑いながら、傭兵達は拠点へと帰還していく。

「それよりお前ら、逃げたんじゃなかったのかよ」

「バッキャロー、逃げたかったよ! 自分の命が最優先だからな」

「でも、お前がたった1人であいつにしがみ付いているのを見て、気が変わった」

「こんな向こう見ずを死なせるのは惜しい、ってな!」

「あのまま拠点に突っ込まれても困るしな」

 酷い戦いをした後だというのに、ガハハと笑い合う傭兵達。

 ああ、一丸となって戦うってのも、悪くないな。

「狂!」

 前を向けば、明日香を筆頭に狙撃手スナイパー達が駆けつけていた。

「おう、明日香か……」

 血塗ちまみれになったヘルメットを外した。

「全く……標的の背中に陣取って大立ち回りなんて、危なっかしい人ね」

 腕組みして、優しくこちらを叱る。

「前衛が散開して、防壁まで障害物が無かった。拠点まで戻った狙撃手は、いつ準備が整うか分からない。だったら、俺がやるしかねぇだろ?」

「俺ら、の間違いだろ狂?」

「おめーはほとんど何もしてなかったろうが」

 も一度ガハハと笑う周りの傭兵達。

 そこでポリポリと頬を掻く明日香。

「と、ところで狂。ちょっといいかしら?」

「へ? お、おう……」

 何だろう、と皆して首をかしげるも、狂はよろめきながら明日香に付いていき、廃ビルの一室で2人きりになる。

「で、何だよ」

 ヘロヘロの状態で椅子のようなものに腰を落ち着けて改めて尋ねると、明日香は何をそわそわしているのか視線を合わせようとしない。

「そ、その……けけけ結婚の話よ!」

 あー……、そーいえば戦いの前に勢い余ってプロポーズしちまったんだっけ。恥っず。

「い、いきなり結婚は気が早いというか、心の準備がまだというか、だから――!」

「じゃあまずは友人ダチから、だな」

 すっ、と明日香に手を差し出す。

 ようやく視線を合わせた明日香は、しばし目を見開いた後、優しく微笑んで手を握り返した。

「そうね。それじゃあとりあえず食事にしない? お近づきの印に」

「そいつぁ……、最高じゃねぇか」


「「「い~なぁ~!」」」

 2人の会話を、さっきの傭兵達が物陰に隠れて盗み聞きしていた。

「貴方達っ⁉」

「お前ら聞いてたのか!」

 まるでさっきの戦闘での疲れが嘘かのように、ザパッと2人の周りを取り囲むムサイ傭兵達。

「おい狂、お前いつの間に結婚しようとしてんだよぉ~!」

「上玉と食事とか、羨ましすぎるぜぇ~!」

「こいつはお前には勿体ねぇ。俺が一緒に食事に行く」

「あっ、お前ずりぃぞ!」

「抜け駆けするない!」

 周りでドッと歓声が沸く。皆、無邪気に笑っている。

 そう、世界なんて、こういう単純なものでいいんだ。

 そこへピピピッとヘルメットにAI音声で通信が入った。

『リーゼントの狂様。今回の戦闘データの集計を行った結果、狂様が討伐数ランキング1位となりました。おめでとうございます』

 もうヘロヘロなので、素直に喜びを表現できない。

「おー、マジかよ」

「食事会は、お祝いも込みね。さぁ、帰りましょう」

 明日香に体を支えられながら、沈みゆく夕日を目指して帰路に着いた。

 



 ――この2人が世界最強クラスの夫婦ハンターとして名を馳せるのは、また別の話。


<終>

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ショート作品ネタ 白銀 狼牙 @TRAVELERtsubasa

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