第29話 ショタコンと決闘前夜
ルイレン様達が外へ出て行ってしまってから、俺は部屋で暇を持て余していた。そういえば昨日の夜は酔っ払いのせいであまり休めなかった気がする。ルイレン様の言った通り、ここらでゆっくり休んでおくのもいいかもしれない。
「とりあえずご飯食べるか……。」
ソニアさんの宿の1階へ足を運ぶと、丁度出入口のドアが開いた。顔を向けると、俺を見て目を輝かせている女性がいる。騎士団長のリーゼロッテさんだ。
「カツキ君!」
「リーゼロッテさん、こんばんは。」
「私、今日はちゃんとここで泊まる予約してるんだ。折角だし、ご飯一緒にどうかな?」
「あ、はい、ぜひ……。」
席について、各々食べたいものを注文する。どうやらお酒は注文していなかったようだし、今日は安心していいかな。
……でも、何だろう。この人すっごいこっち見てくる、怖い。そんな真っ直ぐな視線で凝視されると。
「カツキ君ってさぁ……。」
「……何でしょうか?」
「髪伸ばしてるの?」
「伸ばしてないです。でも、切る気もないです。」
「凄く髪綺麗だね。ヘアアレンジとか楽しそう!」
ヘアアレンジって……面倒の極みのことを言ってらっしゃる?
ここに来た時からなんか髪長かったけど、伸びる様子も特にないし切らなくても良いかなーって思ってそのままだっただけなのに。
「折角だからさ、ちょっと触らせてよ!」
「構いませんけど、元に戻してくださいね?」
「分かった分かった!」
リーゼロッテさんは上機嫌で俺の髪をいじりだした。まぁ、注文したものが運ばれてくるまでの辛抱だし、元に戻してくれるのであれば、好きにさせて問題ないだろう。
そう思っていたが、意外にも早く髪のセットが終わったらしい。結局どんなのにされたのだろうか。
「はい、完成!鏡貸したげる、見てみて!」
「あ、ありがとうございます……。」
恐る恐る鏡を覗いてみると、そこには両側の側頭部に編み込み、そして低い位置でふたつに結ばれた髪の俺がいた。
正太郎に言われたことを念頭に置いて久しぶりに見た俺の顔は、記憶よりも女顔だ。可愛いヘアアレンジがよく似合う。
「あはは、似合うね!私より似合うよ〜!!」
「……ソンナコト、ナイデスケド……。」
「すっごく可愛い!……あ、料理来た。冷めちゃう前に食べよっか!」
テーブルに置かれたご飯を食べながらリーゼロッテさんと談笑する。ふとローラン様に関する話題が出てきたので、この街についてイマイチよく分かっていない俺は騎士団長様に聞いてみることにした。
「ローラン様って、めちゃくちゃ美人の白い人ですよね。」
「そうそう、今年で50歳って聞いたけど、そうは見えないよね……。」
「ローラン様」の名前は受け継がれる。流石にノイシュ様は50歳では無いと思うので、恐らく彼女が話しているのは、今日昼あたりに見た、ちょっと老けたノイシュ様みたいな人のことだろう。
「今のローラン様ってどんな人なんですか?」
「合理的な人だと思うわ。流されなさそうな……言葉を選ばずに言えば、冷たい人って印象ね。」
「そうですか。」
「でも、そろそろ名前を受け継ぐ時期だなーって。外に公開決闘をしますって張り紙があったから……いよいよかしらね。」
「えっ、名前って自動的に受け継がれるものじゃないんですか?」
「いや?聞いた話だけど、いつも決闘で決めてるんだって。勝ったら受け継ぐことが出来て、新たなユシオの最高権力者の誕生ってわけ。」
なるほど、それなら注目を集めるにはもってこいだ。
でも、あんなに細っこいノイシュ様が現ローラン様に勝つ手立てはあるのだろうか。
……いや、悩んでも仕方がない。決闘はノイシュ様に任せよう。こっちはこっちでやるべき事があるのだから。
「最高権力者を決闘で決めるなんて、一般人でも頑張ればなれそうですね。」
「いや、それは無理よ。だって、そもそもユシオリュートの血を引いてない人には決闘の権限が与えられないもの。」
「ユシオの最高権力者になると、何か……加護を受けられるとかあるんですかね?」
「いいえ?英雄ローラン様の名前を受け継いで最高権力者になるってだけ。」
加護が得られるとかでも無しに、自分個人の名前を捨てて、過去の英雄の名前を受け継がなければならないなんて間違っている……と、俺は思う。
しかし、ノイシュ様は決闘をして受け継ぐことを選んだ。盗まれた物は、それだけ大事な物だったらしい。何としてでも取り返さなくては。
「俺、決闘とか見たことないんですけど、どういうルールなんですか?」
「地域によって違うけど、基本的には両者が剣で戦うの。剣が手を離れたり、審判が明らかに勝敗を確認できたら終了。」
「へぇ……他の武器は使わないんですか?」
「使う時もあるけど、両者同じ武器が多いかな。フェアじゃないからね。」
リーゼロッテさんがニコリと笑って食事を再開したので、俺も手と口を動かす。美味しいけど、俺にとってはルイレン様の作ったご飯に適うものは無い。
隣の食事ならざる動きにふと我に返ると、彼女が手にしているのはメニュー表、そして開いているのはお酒の一覧であった。俺の頭が警鐘を鳴らす。
「あの、リーゼロッテさん。」
「何かな?」
「……えっと、リーゼロッテさんが盗まれたら一番困るものって何ですか?」
「え、何その質問……あぁ、窃盗事件が最近多いから?そうね……お金とか大剣かな。キミは?」
ルイレン様や仲間は『もの』じゃないからカウントできないとして、盗まれたら困るものか……。
剣……は、また作ってもらったらいいし、お金……もまた稼げばいい。無くなったら困るものはやっぱり……前世の記憶、とか?
「強いて言うなら、記憶ですかね?」
「思い出ってこと?確かに無くなったら困るよね。私も弟を忘れたくないもん……。」
「まぁ、『もの』……では無い気もしますけど。」
「でも、思い出の『もの』とかはあるじゃない?」
なるほど、思い出自体を盗られる訳では無いけど、それは盗まれたら困るものだ。もしかしたらノイシュ様も、思い出を盗まれたのかもしれない。
……だとしてもノイシュ様はお金持ちだから、『思い出』も凄く高価だったりするんじゃないか?万が一傷つけたり壊したりしたら……。
「話ちょっと戻すわね。明日、公開決闘で人が集まると思うから、私は警備に参加するつもり。キミはどうするの?」
「依頼があるので、リーゼロッテさんのお手伝いも、公開決闘の観戦も出来ないんですよ……。」
「そっかぁ……タイミングの悪い依頼だね。」
「はは、そうですよね。」
この人、多分あんまり考えない質だと思うんだけど、妙に含みのありそうな言い回しするんだよなぁ……。
正直、毎度毎度話す時は心臓がバクバクだ。ルイレン様のことがバレはしないかとか、俺が口を滑らせないかとか。
「おーにーいーさーんー!!」
俺の両肩に小さい手の感触があった。可愛い声だからと言っても、耳元で叫ぶのはやめて欲しい。見ると、俺とリーゼロッテさんの間に隔たるように、ニアがふくれっ面で立っていた。
「ニア、おかえり。」
「またこの女と一緒にいたんですか!?ぼくという旦那がありながら……!!」
「あははっ!カツキ君、言われてるよ~?」
「煽らないでくださいよ……。ニアも公共の場では、冗談も節度を弁えて……ニア?」
「……お兄さん……可愛い……!!」
おっと、すっかり忘れてしまっていた。リーゼロッテさんに髪を遊ばれていたんだった。ニアが暴走すると面倒なので、髪を解こうと髪に手をかける。
「えぇ〜っ!?もう解くの?ねぇ、もうちょっとだけそのままにしよ?」
「……なんでですか?」
「ニアくん喜んでるし、いいじゃない!」
「そうですよ!貴女、思ったよりいい人ですね!」
「……じゃあ、折角セットしてもらったし、部屋に戻るまではこのままにしておきます。」
「やったぁ!!」
その後、夕食を終えた俺たちは、それぞれの部屋に戻った。昨日は散々だったが、今日はゆっくり出来そうだ。髪を解いてベッドに腰掛ける。
ふと、部屋の隅に置かれている姿見に気がついた。
そういえば興味が無さすぎて、自分の姿を一度もまじまじとは眺めたことが無かったな……。
「……これが、俺……。」
生前は身長170cm(サバ読み)、やや細めの無個性陰キャくんだったのに、ジョブチェンジし過ぎなんだよな……。
身長は180cmあるかないかくらい、細身で、ちょ〜っと女顔で、長めの銀髪。顔立ちは整っていると思う。
「この顔とこの髪、どこかで見覚えが……あっ!」
そうだ!この既視感は……確か正太郎の部屋のベッドの下にあった、ちょっとエッチな漫画の『隣の美人奥様が俺の家に入り浸って困る』の表紙にいた奥さんだ……。
内容は確認していないけど、見れば見るほど似ている気がしてきた。気のせいだといいけど。
「正太郎……あの漫画の最初と最後に登場する、主人公の妹が好きなんだって言ってたな……。」
流石、空前絶後のロリコンだ。何故ロリコンである彼の部屋に人妻ものがあるのかは謎だったが、あまり興味がなかったのでスルーした記憶がある。
そんなことを考えつつ備え付けの風呂に入って、あとは寝るだけだ。しかし、ベッドに腰かけたタイミングでドアをノックする音が聞こえたため、重い腰を上げて対応する。
「はーい……あ、ニア……。」
「少しお部屋に入ってもいいですか?」
「怖い夢でも見たの?ルイレン様は?」
「もう寝ちゃいました。さっきも大活躍だったので。」
ニアを部屋の中に引き入れる。この部屋には椅子がひとつしかないのでニアを座らせて、俺は再度ベッドに腰掛けた。
「結局、さっきは何しに行ってたの?」
「ベアトリシアさんとソニアさんに魔法陣の作成を手伝ってもらいながら、街全体に大規模な結界を張ってきました。」
「……またルイレン様が無理したんじゃ?」
「いえ、「僕一人でも何とかなるが、ショタコンがうるさいからな。」って。だから魔力要員としてぼくが呼ばれたんでしょうし。」
ルイレン様は俺の言ったことを覚えていてくれたんだな。つまり、それほど俺のことが好き、と。「お兄ちゃん」だと思ってくれている、と。勝己お兄ちゃんがだーい好き、と!!!
「それにしても街全体に何の結界を張ったんだ?」
「防護結界を障壁代わりに張ったんです。泥棒さん達が逃げられないように、ですね。」
「用意周到だ……。でも、本拠地がユシオの外だったら根本的解決にならなくないか?」
「それなら大丈夫です。ショウタロウさんが、すでに場所を突き止めて向かいました。ぼくはそれを伝えに来たんですよ。」
街の外の盗人は勇者ショウタロウが何とかしてくれるということらしい。つまり俺たちがするべきは、街の中に残った残党を一網打尽にすること、なんだな。
「なるほどね。教えてくれてありがとう、ニア。」
「いえ、伝えに来たっていうのはただの口実ですから、お気になさらず~♡」
「えっ……?」
ニアが椅子から立ち上がって、俺の腹に手を這わせる。すると流れ込んでくるのはひんやりした感覚。それに合わせて力が入らなくなっていく。これを経験するのは2度目だ。ニアが獣のようにギラついた目をしている。
……俺、もしかして仕留められる……?
「ルイレンくんも寝ちゃいましたし、ベアトリシアさんも別室ですし。2人っきりですよ。」
「……やめ……に、にあ……。」
「ろくに声も出ないでしょ?今日がぼくとお兄さんの初夜ですね~♡」
体が動かない、声も……。これは助からないのでは……いや、現状を危機と捉えているから助からなければならないと解釈してしまうのではないか?つまり受け入れてしまえば助かる必要が……?
「お兄さ~……わぁっ!?」
「何してるんですか、人の宿屋で。」
諦めかけたその時、目の前からニアがいなくなった。途端に体の自由が効くようになる。ドアの方を見るとソニアさんがいた。ニアは宙に浮かされて、手足をバタバタさせている。
「な、なんでここに!?」
「魔法を使ったら感知できるんです。無理やりそういうことをしようとする輩もいますから。」
「うぐぅ~……。」
冷静なソニアさんに対し、ニアが涙目になっていくのを見て、何だか可哀想に思えてきた。明らかに俺が被害者でニアが加害者ではあるが、保護者として庇いたい気持ちがないでも無いのだ。
「俺は大丈夫なんで、ニアを下ろしてやってください。」
「でも、確実にカツキさんを狙っていましたけど……。」
「大丈夫です。……ニア、一緒に寝るくらいならしてあげるから、それで我慢してくれる?」
「……っ!」
ニアの表情が明るくなっていく。泣き顔より笑顔の方が似合うな。少なくとも俺にとっては。ソニアさんは呆れ顔でニアを下ろして去っていった。
結局、昨日のベアトリシアさんポジションにニアが収まることによって、平和的解決となったのであった。
異世界転生したショタコン俺、美少年と旅に出る J.J. @jjnomousou
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