第28話 ショタコンとノイシュ様

「お待たせ致しました。」



衣装を持ってくるどころか、しっかり着飾って戻ってきたジョンさんを見て、俺は何も言えなくなってしまった。ノイシュ様の件について少し文句を言いたかったのだが、ジョンさんの纏うオーラはそれを許してはくれなかった。



「おかしいところはございませんか?」


「……え、い、いえ……綺麗です……。」


「ふむ、中々にうまく着飾ったのう。儂の次くらいに綺麗じゃな。」


「す、凄いですね。……ハッ!お兄さんは見たらダメですっ!!目の毒っ!」


「いやいや……俺、別にジョンさんに惚れたりしないからね。」



なぜか、腕を一生懸命伸ばしているニアに魔導書で目隠しをされそうになる。大前提で俺もジョンさんも男だから、例え相手がイケメンだろうと一目惚れとかは無い、多分。イケメンだなぁ、で終わる、きっと。



「ジョン、ブローチが取れかかっています。それと、髪が跳ねていますよ。」


「失礼致しました。整えて参ります。」


「普段から身なりには気を使いなさい。そんなようではわたくしの執事には……相応しくありません、から……。」


「はい、承知致しました。」



段々と視線を落とし声が小さくなるノイシュ様を見ないふりして、ジョンさんは踵を返して部屋を出てしまった。やっぱり、友人としてでもこの対応は無いのではないか、と思ってしまう。



「……ジョンはわたくしの執事なんてやりたくはないのでしょう。お父様の執事ですから、お父様の元へ戻りたいに決まっています。」


「ノイシュ様……。」


「それを……わたくしが無理に引き止めているから、少なくとも良くは思われていないでしょう。分かっていますよ、それくらい。」



ノイシュ様の紡ぐ言葉がどんどん速くなっていく。はけ口が出来たことで、今まで溜まりに溜まっていた"何か"が、怒涛の勢いで流れ出てしまっているのだろう。

でも、これを止めることは出来ないししたくも無い。吐き出すことの出来ない"何か"は、いずれ腐り果てて身を蝕む毒になる。俺は……よく、知っている。



「好きなら好きとハッキリ言えばよかろうに。玉砕でもすれば少しはウジウジしなくて済むぞい。」


「伝えて離れ離れになるくらいなら、秘めたままで良いから傍にいたいんです!」


「奴はハイエルフだろう。あいつにとって、ノイシュといる時間は一瞬だ。せめて記憶に残る人物になろうというくらいの気概は見せるべきだ。」


「分かっています!……分かって、いるのに……。怖いんです……。……あぁ、ジョン……。わたくし、気持ち悪いですよね……ごめんなさい……。」



ノイシュ様が膝から崩れ落ちてしまった。表情から絶望が伺える。まだ何も行動を起こしていないのに、推測だけでここまで堕ちてしまうのだから人間は怖い。



「はぁ〜……。お嬢は本当に面倒くさいお人だ。」


「じょ、ジョン……。」



ふと、ジョンさんが大きな溜息をつきながら部屋へと戻ってきた。ノイシュ様の顔には何とか繕わなくては、という感情が先行して現れ、透けて見えるのは恐怖の表情だった。



「ち、違うのです。わたくしは何も……。」


「お嬢、確かに貴方は凄く面倒で、弱く、そして何よりも脆い。しかし、俺はそんな貴方のことを気持ちが悪いとは思ったことはございません。」


「え、ジョン……ひゃっ……。」



ジョンさんが跪いてノイシュ様の手を取る。ノイシュ様の頬が赤く色付いた。まるで少女漫画のワンシーンだ。誰にも侵しがたいその景色を、俺たちは黙って見守っていた。



「貴方は気高く、努力家で、とても心優しい方です。俺だって我儘を言ってここにいさせて貰っています。そろそろ自分に自信を持ってくださいよ。」


「は、初めて聞きましたけれど。」


「口止めされていましたので。俺から助言できるとすれば、ご自分で勝ち取ってみては?というところですね。」


「それはどういう……。」


「俺のこと、欲しいのでしょう?」



ジョンさんがニヤリと笑う。ノイシュ様の顔はさらに赤く色づいて、キュッと口を結んだ。

か、可愛い……じゃない!……違う違う、道を踏み外すな!ノイシュ様は女の子でもなければショタでもない!!



「……執事にそんなことを言われようとは……。わたくしは、いつから足を止めてしまっていたのでしょうね。」


「差し出がましい真似を。しかし、そろそろ喚いてないで前に進む時かと存じますよ、ノイシュ様。」


「ふふ、貴方は……いつだってわたくしの心をそうやって射止めるのですね。」


「他の誰にも射止めさせは致しませんとも。」



頬を染めはにかむノイシュ様に、ジョンさんはさらりと返した。

ノイシュ様は立ち上がり、キリッとした素敵な顔に戻った。この顔は以前にも見た事がある。

……そうだ、あの時アルシーナで見たニアの表情に似ているんだ。



「お見苦しいところをお見せいたしました。作戦を実行段階へ移しましょうか。」


「はい!」



気づいたら元気よく返事をしてしまっていた。この人の言葉は、人を頷かせる力があるのかもしれないな。カリスマのような……。



「どういうことだ。」


「昨日はあんなに人がいたのに……今日はあんまりです……。」


「ジョンさん、分かります?」


「モンスター騒動があったから、と考えるのが妥当でしょうね。」



俺たちが目にした街は、夕方のショッピングモールくらいには人はいるのだが、昨日の身動きが取れなくなるほどの人混みでは無くなっていた。



「これでは、折角ルイレン様が考えてくださった作戦が実行出来ませんね。」


「ど、どうするんですか?」


「わたくしに考えがあります。ルイレン様の考えてくださった案を元に、場所を変えて更に策を練り直しましょう。」



ノイシュ様の提案に従い、更に場所を移す。てっきりお屋敷に戻るのかと思っていたが、土地勘のない俺でもわかるほどに別の方角へと向かっていることだけは分かった。



「これ、どこに向かっとるんじゃ?」


「歩きながら説明を致しましょうか。」


「あ、はい、お願いします。」



寸分違わず、初めて聞いた時と同じ透き通った声なのに、ノイシュ様の声からは何やら気迫のようなものが感じ取れた。ジョンさんに背中を押されてやる気満々になったのかな。



「今から向かうところは……言うなればユシオの魔王城です。心してくださいね。」


「魔王城!?」


「わたくしのお父様の住まう城です。久しぶりの再会がこんなものになるとは……。」


「ノイシュ様にとっては、お父様が魔王様なんですね……。」



魔王様……となると、やはり恐ろしい人間なのだろうか。確かに閉塞的な環境に我が子を閉じ込め、支配しようとしているのは、「愛」ともとれるが本人にとっては恐怖が強いだろう。故に、ノイシュ様にとってはお父様が魔王様ということだ。



「で、魔王城とやらに乗り込んでどうする気だ。」


「お父様に……公開決闘を申し込みます。」


「決闘!?」


「おぉ、攻めたのぅ……。」



脳裏に浮かんだのは、手袋をお父様の顔に叩きつけるノイシュ様の姿。昔に読んだことがある昔の少女漫画のワンシーン(のようなもの)が再生されてしまった。



「イベントがあれば、自然と人混みはできるものです。きっと盗人の格好の餌食になるでしょう。」


「その間に俺が囮になって奴らを誘い出す、と。」


「ノイシュ様、ぼくたちは何をすれば……?」


「ジョンと協力して、盗人の頭領を捕まえてください。皆様、頼みましたよ。」



ノイシュ様の指示で、ジョンさんとノイシュ様と分かれ、街の至る所に公開決闘のチラシを貼り付ける。決行は明日だそうだ。決闘の申し込みは上手くいったのだろうか。ほとんど見られるものじゃないし、着いていって見たかった気もする。



「……こんなもんかな。」


「ノイシュ様、上手くいったでしょうか。」


「なんじゃニア、あの……ノイ……白いのが気になるのか?」


「はい。皆さんは気にならないんですか?」


「ノイシュの顔は分かる。魔法で特定でもしてみてはどうだ?……まぁ、本番のための練習だ。」



ルイレン様ったら、練習とか言って……ノイシュ様のことを心配してる優しさが顔からにじみでてるぞっ!全く、可愛いんだから……!



「魔法陣、起動!」



ニアの魔導書から魔法陣を起動すると、水面のように揺らいでノイシュ様が映し出された。どうやら立派にお父様と渡り合っているようだ。ジョンさんの姿は見えないが、恐らく少し離れて見守っているのだろう。



「良かったです、ノイシュ様は大丈夫そうですね。」


「僕は心配などしていなかったがな。」


「ルイレン様はツンデレだなぁ〜!可愛いねぇ!」


「やめろ、触るな……!ツンデレとは何の事だ!」



そんなほのぼのした一部始終もあり、宿へと戻る。

宿に着くや否や、ルイレン様がソニアさんに駆け寄って腕を掴んだ。

そっ、そんな……!ルイレン様……っ!?



「ソニア、今すぐ協力して欲しいことがある。」


「何ですか……というかさっき、ローラン様がお見えになりましたが、何か企んでます?」


「あぁ。そして貴様も加担させようとしている。」


「何でですか……?」


「魔法の腕が良いからだ。頼む、この通りだ。」



そう言うルイレン様は仁王立ちで腕を組んだ。何がどの通りなのか全く分からない。でも、そんなところがただ可愛い。

しかし、それは俺にとってだけのようで、ソニアさんは終始怪訝な表情をしていた。



「……ショウタロウの友人からのお願いを無下にはしません。まずは話を聞かせてください。」


「でもソニアさん、店番はどうするんですか?」



一応今、ソニアさんは仕事中なのだ。それも現在の時間帯は夕方前。恐らく、これからチェックインするお客さんが増える時間帯だろう。席を外す訳にはいかなそうだが。



「ご心配には及びません。私がいない時は魔法猫のマーちゃんに店番をお願いしていますので。」


『ンマァ〜。』



ソニアさんが座っていた椅子に更に台座を置くと、彼女の足元から飛び出た、魔法使いの三角帽子を被った黒い猫が登壇した。



「ま、マーちゃん!?ま、まさか、お会い出来るとは……!!思っていたより大きいですね……!」


「ニア、知ってるの?」


「もちろんです!魔法猫マーちゃんについては『勇者ショウタロウの冒険記』に記載が……!」


「ちょっ、ちょっとニアくん!ダメですから!!」



著者であるソニアさんが顔を真っ赤にして話を遮ったため、例の本の話は聞けなかった。

本人にとっては黒歴史でも、他の人にとっては生きる糧になったりもするから創作物は面白い。



『ンマァ〜、そこのダークエルフ。主人に危害を加えるつもりか?ならば、このマーシャ・ノワール・マジカルヌッコニャンニャン・スピカチャンが相手になろう……。』


「マーちゃん、そいつは敵じゃありません。というか、最早ダークエルフじゃないです。」


「名前が長すぎて覚えられん……が、しかしエルフよ、儂はダークエルフじゃぞ。魔法猫に嘘を教えるでないわ。」


「貴方は異質すぎるんですよ。名前に関しては、当時のパーティで、名前決めるときに揉めまして。結局全部入れたから長いので、基本は上と下取ってマーちゃんです。」



『マー』シャ・ノワール・マジカルヌッコニャンニャン・スピカ『チャン』を略してマーちゃん、か。

俺の幼馴染が着けただろう名前だけ浮きまくっている。その名前を露出しない3番目にしたのは英断だ。



「ではこのマーちゃんに店番を任せて、ソニアは僕と来てもらう。ニアとベアトリシアもいてくれれば心強いが……。」


「もちろん、ルイレンくん!」


「儂も構わんが、カナは連れていかないのかの?」


「着いてきてもいいが、役に立つことは無い。どうせすぐに戻る。だから先に休んでいろ。」



魔法の使い方が分からないから、確かに俺はやることも無く突っ立ってる人になるのは容易に想像出来る……。

でも面と向かってルイレン様に言われると、なんて言うかちょっとしょんぼろふ……。



「ルイレンくんがお兄さん泣かしたぁ〜。」


「酷いの〜、役に立たんなどと言うとはの〜。」


「ち、違っ……おいショタコン、そんな顔するんじゃない!え、えと……役に立たないから休んでいろ、ではなく、だな……。」



いや、泣いてないけど……。なんだこの、男の娘と合法女装男子による、ショタを対象とした小学生ムーブは……。



「その……歩き回って戦って疲れただろう……?」


「うん……。」


「僕達より動いていたから、は、早く休んで欲しい……と思った、だけだ。他意は無い、本当だ。」



ルイレン様可愛いぃ〜!!好き!この激カワショタが俺の好きぴです!

思わず抱きつくと、照れ隠しなのか周りに流されたのに気がついたのか、鳩尾に鉄拳を食らった。ちょっと痛かった。

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