殻付きヒヨッコ図書館司書ちゃんと見計らい本を持ってきた謎のミミズク。

夕藤さわな

第1話

 みなさん、初めまして。私、比奈 ひなのと言います。今年から大学の図書館で働き始めた図書館司書です!

 小さい頃からの夢だった図書館でのお仕事。まだまだ殻付きヒヨッコ図書館司書で先輩たちに迷惑をかけてばっかりだけど、一生懸命に仕事を覚えていつかは立派な図書館司書になってみせます!


「こんりんちー、有隣堂でーす。見計らい本持ってきましたー」


「こんにちはー!」


 あーっと! 事務所に有隣堂さんがやって来ました!


 見計らい本っていうのは〝書店さんが図書館の収集目的をみはからって注文を待たずに持ち込む図書のこと〟……って図書館用語集に書いてありました!


 うちの大学では年に六回、どの本を購入するかの選定会を開くんです。パンフレットだけで選定にかけることもあるけど、半分くらいは書店さんが選んで持ってきてくれた見計らい本を選定にかけるんですよ。

 うちの大学は看護系の学校。本のエキスパートで、うちの大学図書館に勤めて云十年の先輩でも専門書を広く、偏りなく収集するのは難しいんですって。だから、たくさんの本を扱う書店さんの……有隣堂さんの目を通して、選んで持ってきてくれた見計らい本を選定にかけられるのはすっごく助かるんだって先輩が言ってました。


 実際に本を手に取って選べるのも見計らい本のいいところ。

 購入する本を選定するのは選定委員に選ばれた、実際に学生さんたちに教えてる先生たち。医療や看護のエキスパートだけど本のエキスパートではないんです。医療系や看護系の専門書って写真や図が多く使われているんですけど、そういう本は特にページをめくって中を確認した方が選びやすいですしね!


 ちなみにどんな写真や図なのかの説明は割愛です、割愛。乱丁落丁がないか確認するためにページをペラペラペラペラーっとめくる作業があるんですけど私は薄目で確認してます。

 医療系の本なのでそういう写真がたくさんなのは仕方ないけど……うぅ~、立派な図書館司書への道は遠い……!


「ブックトラック、お借りできますかー?」


「あ、はーい! 少々、お待ちくださーい!」


 ……っとと! 遠い道のりに落ち込んでいる場合じゃないです!

 有隣堂さんが段ボール箱で運んできてくれた見計らい本をブックトラックに並べて、印刷してきてくれたリストと突き合わせ確認……ですよね。突き合わせ確認は私のお仕事。私が立ち会います。

 今回はどんな本を持ってきてくれたの……――。


「かなぁ……って、ぬいぐるみぃぃぃ!?」


「ぬいぐるみじゃなくてミミズクでーす。有隣堂の公式YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』のMCキャラクター・R.B.ブッコローでーす」


「あ、こ……これは失礼しました。……って、いつもの担当さんは!? 先輩たちも頼りにしている鳩胸のナイスミドルな担当さんは!?」


「豆鉄砲食らわして気絶させて倉庫に監き……一身上の都合により今日は休みなので僕が代わりに見計らい本ってのを持ってきましたー」


「監禁事件!?」


「立派な図書館司書になるんならそんなちっさいことは気にしてないで、ほら、リストを持って。あなた、本のタイトルを読み上げる。僕、背表紙のタイトルを確認する。おーけー?」


「ハッ!!」


 そうです、私は立派な図書館司書になりたいんです!

 鳩胸のナイスミドルな担当さんがくれた名刺のすみっこにブッコローさんのイラストがプリントされていた気がしますし……なんだろう、このやけにカラフルな頭の鳥……って思ってましたけど、何はともあれ有隣堂さんの関係者さんであることは間違いないようですし……うん、監禁事件発生疑惑なんてちっさいことは気にせずに私はきちんと私の仕事をしなくちゃ! 早く殻付きヒヨッコ図書館司書からヒヨッコ図書館司書にならなくちゃ!


 というわけで――。


「リストを持って読み上げます!」


「んじゃあ、始めましょー」


「はい! よろしくお願いします!」


 医療系、看護系の専門書のタイトルって難しい漢字だらけだったり、洋書で英語とかドイツ語とかどうやって発音するの? ってのが多くて声に出すとき緊張するんですよね。いつもは鳩胸のナイスミドルな担当さんがクルッポー♪ ととっても良い声で読み上げてくれるんだけど……うぅ~! 立派な図書館司書になるためにもがんばって、元気いっぱい読み上げるぞ!


「看護の現場で役立つ……」


「うぃ」


「呼吸アセスメント……」


「うぃ」


「小児看護過程とびょうた……」


「うぃ」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~」


「うぃ!」


頭頸部とうけいぶがんの……」


「うぃ」


「か、看護国試問だ……」


「うぃ」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界」


「……」


「……「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで」


「うぃ!」


「在宅看護の……」


「うぃ」


「……し、老舗書店「有隣堂」が作りゅ」


「やりなおし」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界……」


「……」


「…………」


「………………」


「ちゃ、チャンネル登録すら知らなかった社員が……登録者数20万人に育てる、まで……?」


「うぃ!」


高次脳機こうじのうきの……」


「うぃ」


「……老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~」


「うぃ!」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~」


「うぃ、うぃ!」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~」


「うぃ、うぃ、うぃ!」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~」


「うぃぃぃーーー」


「……って、何回フルでタイトル読ませるんですか! 何冊持ってきてるんですか! 老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~、何冊持ってきてるんですかぁぁぁ!!!」


「うぃー」


「うぃーじゃいです!」


「うぃ?」


「うちの大学は看護系の学校です! うちの学校で育ててるのは小夜啼鳥ナイチンゲールであって企業YouTubeチャンネルではありません!」


「登録者数20万人に育った企業YouTubeチャンネル、そのMCキャラクターこそがミミズクなこの僕、R.B.ブッコロー!」


「うちの学校で育ててるのはいずれ看護師の小夜啼鳥ナイチンゲールであって企業YouTubeチャンネルでも企業YouTubeのMCキャラクターなミミズクでもありません!」


 ミミズクの特徴だけど普通のミミズクよりもずいぶんとカラフルだし、そもそもぬいぐるみ素材な羽角うかくをブンブク揺らしてドヤ顔で言ってますけどねぇ、ブッコローさん!


「見計らい本の三分の二が老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~ってどういうことですか!? そんなにいらないですよ! 一冊で十分ですよ! むしろ一冊もいらないですよ! うちの大学は看護系で、蔵書も基本的には医療系、看護系の専門書に絞られているんですよ!」


「一冊もいらない、ですと……?」


「そもそもブッコローさん、名前からしてうちの大学と相性が悪すぎるんですよ! ブッコローって音がまずいですって! 看護系のうちの大学でブッコローはまずいですって!」


「「book」+「ミミズク《owl》」でブックオウル……ブックォール……ブッコロー……ですが!? 名付け親が真剣に考えた名前をバカにすんなよ、この殻付きヒヨッコが!」


「え、あ、ご、ごめんなさい! そんなにちゃんとした意味があったなんて……そうですよね。音的にまずそうなんて偏見ですよね。失礼極まりないですよね。ブッコローさんにとっては大切な名前なのに」


「そうそう、偏見はまずい。偏った物の見方はまずいですよー」


 うぅ~、そうですよね。先輩も言ってました。人間である以上、偏りは出てしまうもの。それを自覚し、、肝に銘じ、謙虚な姿勢で選書に臨むようにって。

 その人……じゃなくて、そのぬいぐるみ? そのミミズク? ……にとっては大切な名前すら偏った目で見てしまうなんて……こんなんじゃあ、いつまで経っても殻付きヒヨッコ図書館司書のまま。立派な図書館司書になんてなれやしません。


「偏った物の見方をするのはいけないですが……でもまぁ、そんなに期待されちゃったら仕方がないですねー。フラれたら応えるのがMCキャラクターの仕事。はあぁぁぁー辛い仕事だなぁーはあぁぁぁーーー本当はこんなこと言いたくないんだけどなぁぁぁ一冊もいらないとか、ぶっころー!」


「……はい!?」


「最低でも観賞用、保存用、布教用の三冊ご購入しやがれ、ぶっころー!」


「え、えぇ~!?」


「潤沢とは言えない予算の五割使って老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~をご購入しやがれ、ぶっころー!」


「潤沢とは言えないどころかカツカツの予算ですよ! ていうか、図書館の懐事情をわかったうえでその要求!? 鬼! 悪魔!!」


「企業YouTubeのMCキャラクターなミミズクだよ! 間違えんな、ぶっころー! お詫びに全学生一人一冊分ご購入しやがれ、ぶっころー!」


「カツカツのカッツカツな予算だって言ってるのに!? ていうか、ここにいるのは殻付きヒヨッコ図書館司書と老舗書店・有隣堂さんの関係者と思われるミミズクだけなんです! お笑い芸人はいないんです! フリとかそういうのないですし、いいですから!」


「え……フリ、ないんですか?」


「ないです!」


「……フリ、応えなくていいんですか?」


「いいです!」


 殻付きヒヨッコ図書館司書の私でも断言できちゃいます! ないですし、いいです! ブッコローさんがどれだけ不満げな顔をしようともないですし、いいです!


「そっかー。うん、まぁ、フリについてはわかりましたー」


「わかっていただけて何よりです!」


「わかりました、けれども」


「けれども!?」


「今日、持ってきた見計らい本を一冊で十分、むしろ一冊もいらないって断言するのは早いんじゃないですかねー」


「そんなことないです! だって、うちの大学は看護系の学校。うちの学校で育ててるのはいずれ看護師の小夜啼鳥ナイチンゲール。企業YouTubeチャンネルでも企業YouTubeのMCキャラクターなミミズクでもないんです!」


 って、胸を張って断言する私を見て〝これだから殻付きは……〟と言わんばかりに盛大にため息つくのやめてもらえませんか、ブッコローさん!


「ここにいるのが殻付きヒヨッコ図書館司書ちゃんと老舗書店の企業YouTubeのMCキャラクターなミミズクであってお笑い芸人じゃないってのはその通り。フリとかそういうのはないし、いらないでしょう。でも、図書館司書と老舗書店の企業YouTubeのMCキャラクターなら! 偏った見方で本を選別するようなことをするのはやっぱりまずいと思うんですよー」


「で、でも……うちの大学で育てているのはいずれ看護師の小夜啼鳥ナイチンゲール……」


「その、いずれ看護師の小夜啼鳥ナイチンゲールに老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~が必要ないなんてどうして言い切れるんでしょーか? この一冊が必要ないなんてどうして言い切れるんでしょーか?」


「え、え……?」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~を読むことがいずれ看護師の小夜啼鳥ナイチンゲールにどんな影響を与えるかなんて殻付きヒヨッコ図書館司書にも老舗書店の企業YouTubeのMCキャラクターなミミズクにも誰にもわからないんでしょーか。もしかしたらこの本を読んだことがきっかけで立派な小夜啼鳥ナイチンゲールになるかもしれない。看護師のミミズクになるかもしれないじゃないですかー」


「看護師のミミズクってちょっと何を言っているのか……」


「選書で偏った見方は禁物! 老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~は一冊で十分、むしろ一冊もいらないなんて偏見! 看護師のミミズクを否定するのも偏見!」


「偏見……偏り!!」


 それはとっても良くないです! うぅ~、先輩にあんなにも言われたのに! 人間である以上、偏りは出てしまうもの。それを自覚し、肝に銘じ、謙虚な姿勢で選書に臨むようにって先輩の言葉はちゃーんと覚えているのに全然、実践できてない……。

 こんなんじゃあ、いつまで経っても殻付きヒヨッコ図書館司書のまま。殻も取れなければ立派なニワトリにもなれない……あれ? 私が目指してたのってニワトリでしたっけ?


「偏見もなければ色眼鏡も曇りもない目でもう一度、見てみましょうかー。老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~は本当に一冊もいらないのか」


 あーっと! 首をかしげてる場合じゃありません!

 そうです、偏見もなければ色眼鏡も曇りもない目でもう一度、ブッコローさんが持ってきた見計らい本を見ないとですよね!


「一冊どころかか最低でも観賞用、保存用、布教用の三冊、予算が許すなら全学生一人一冊のいきおいで買うべきではないのか」


「一冊どころか三冊どころか全学生一人一冊……!」


「有隣堂の見計らい担当的には一冊も必要ないみたいだったから豆鉄砲食らわして気絶させて倉庫に監き……一身上の都合により今日は休んでるから代わりに見計らい本を持ってきたこの僕、ブッコロー的には必要本! 必須本! 必修本! ……だと思うんですよー」


「で、でででででも! うちの大学で育てているのはいずれ看護師の小夜啼鳥ナイチンゲールで……」


「……もしや、まだ偏見が捨てきれてない?」


「偏見!」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~を読むことによって立派な小夜啼鳥ナイチンゲールになるかもしれないじゃないですかー」


「立派な小夜啼鳥ナイチンゲールに!」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~を読むことによって立派な看護師のミミズクになるかもしれないじゃないですかー」


「立派な看護師のミミズ……え?」


「立派な看護師のミミズクになってほしくないんですかー!」


「立派な看護師の……!」


「老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~を読むことによって殻付きヒヨッコ図書館司書も殻を外して立派なミミズクになるかもしれないじゃないですかー!」


「殻を外して……私、立派なミミズクになりたいです!!!」


「よぉーし! 見計らい本とリストの突き合わせ確認はバッチリ終わったかー!」


「はい! 終わりました!」


「偏見もなければ色眼鏡も曇りもない目で見計らい本とリストを受け入れたかー!」


「はい! 受け入れました!」


「よぉーし! それじゃあ、三分の二が老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~で占めている見計らい本を元気いっぱい、事務所に持ってけー。いずれミミズクの殻付きヒヨッコ図書館司書ー」


「はい! ありがとうございましたぁ! せんぱぁぁぁい! 有隣堂さんが見計らい本持ってきてくれましたぁぁぁーーー!!!」


 コロコロコロコロ、ブックトラックを押して事務所に戻った私は見計らい本を確認した選書担当の先輩に静かに、静かーーーにお説教され――。


「こんなんじゃあ、立派なミミズクになれない……一生、殻付きヒヨッコ図書館司書のまま、ミミズクになれない……」


「……立派なミミズク? え、立派なミミズクを目指してたの、ひなちゃん!?」


 落ち込みすぎてそのあとものすっごーーーく心配されてしまったのです。


 うぅ~、まだまだ殻付きヒヨッコ図書館司書な私。

 先輩たちに迷惑をかけてばかりだけど、一生懸命に仕事を覚えていつかは立派なミミズクになってみせます!

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殻付きヒヨッコ図書館司書ちゃんと見計らい本を持ってきた謎のミミズク。 夕藤さわな @sawana

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