戦いの果て

「いいかっ、みんな聞いてくれ!」

 突然、健太郎が四つんばいになった。


「力のある男から順に、俺の周りに四つんばいになって土台を築け。その上に四つんばいを積み上げて、ザキさんをトリの心臓の高さまで持ち上げるんだっ」


 健太郎の四つんばいの姿が、なぜか勇ましい。


「うおぉぉぉ!」みんなの士気が一気に上がった。


 男たちは次々に声を上げながら、健太郎を中心に四つんばいを積み上げる。見る見るうちに、みんなはひとつのかたまりになり、巨大な人間三角柱を作り上げた。

 岡崎弘子はその頂上に必死にしがみつきながら、歯を食いしばって周りを見下ろしている。


 その時、トリが息を吹き返し、大きくひとつ羽ばたいた。地面から吹き上がるような風が起こり、大勢が悲鳴を上げる。

 人間三角柱が大きく揺れ、ぐらりと傾いた。


 健太郎が怒号を飛ばす。

「絶対に、崩れるな! 崩れそうになったら助け合え、励まし合え。それが有隣堂だろうがっ!」


 トリは、胸のシンボルマークに再び光を集め始めた。唸り声と共に、マークの光が不気味に輝き始める。


 トリは血走った目で、岡崎弘子を睨みつける。

 もうだめ……。彼女は、恐怖に震え思わず気を失う。三角柱の頂点にしがみついていた両手が力無く離れ、頭から真っ逆さまに落ちようとしたそのとき、オレンジの飛行体が彼女に向かって飛び込んできた。


 岡崎弘子の体を支える、ブッコローの姿がそこにあった。

 右の翼には、しっかりと緑の本を抱えている。


「ザキさんには、荷が重すぎるっスよ。あとはボクに任せて!」

 岡崎弘子からガラスペンを受け取ると、ブッコローは虹色に輝くペン先をトリに真っ直ぐに向けた。

「今こそ、お前をブッコロぉぉぉーッす!」


 ふたりは見つめ合うと同時に、コクリと頷いた。

 岡崎弘子は両手でブッコローを抱え上げる。そして、渾身の力を込めてブッコローを投げつけた。


「行っけェェェェェ〜」岡崎弘子の金切り声が響く。


 飛んだ! 巨大なトリに向かって真っ直ぐに、ブッコローが飛んていく。ガラスペンの放つ光はブッコローを包み込み、夜空に虹を描く。


 ブッコローは思う。

(しまったなあ、これ、誰か動画撮ってねえかな? 『世界を救った有隣堂の奇跡〜ブッコローの最期〜』ってか。スゲぇ再生回数稼ぎそうっスね。初の三百万回越えってか、あはは……。そりゃ、いいや……派手に散ってやるよ)


 岡崎弘子が、健太郎が、渡邉郁が、折橋慧が、有隣堂の全社員がブッコローを見つめている。その瞬間、誰の目にも、ブッコローが微笑んでいるように映った。


 今にもビームが発射されそうなトリのシンボルマークに、ガラスペンのペン先が突き刺さる。ぶっしゅゅゅんっ!


 トリの奇声が耳をつんざく。

「ギュ、ギュエェェェ〜ッ」


 光の爆発が、あたり一帯を包み込む。爆風が吹き荒れ、大地が揺れる。



 爆風が止み、あたりは静けさに包まれている。

 粉じんで、視界が悪い。埃を払いながら立ち上がる社員たち。どうやら、全員無事のようだ。


「……ブ、ブッコロー?」岡崎弘子がしゃがみ込んでいる。


 全員が彼女のまわりに駆け寄った。彼女の両手には、ボロボロになった軍手の人形があった。ブッコローは全てのエネルギーを使い果たし、生まれる前の姿に戻ってしまったのだ。


 誰もが言葉を失い、涙を流しながら、汚れた軍手をただ見つめていた。


「ブッコローは自分を犠牲にして、私たちを、有隣堂を守ってくれたのね」

 渡邉郁が、むせび泣く岡崎弘子の背中を優しくさすっている。


「おい、ちょっと待ってよ。そりゃあないっスよ」

 どこからか、聞き慣れた声がする。

 生きていた。有隣堂を救った英雄が、粉じんの中から姿を現す。


 ブッコローは、なぜか可愛い女の子を二人引き連れている。

「いやあ〜、さすがに死ぬかと思ったっスよ」


「っていうか、この子たち誰?」

 渡邉郁が怪訝な表情で尋ねた。ブッコローは照れながら答える。

「トリが爆発したあとに、なんでか、この子たちがいたんだよね。で、話しかけたら、カクヨムのサポートキャラクターだったんスよ。それで意気投合しちゃって〜」


「カタリです」

 赤い髪の女の子が、ペコリと頭を下げた。 

「バーグです」

 水色のベレー帽を被った女の子が、丁寧にお辞儀をした。


 いつの間にか、ブッコローと彼女たちは男性社員に囲まれていた。はじけるような可愛らしさに全員、にんまりと鼻の下を伸ばしている。


 岡崎弘子は、流した涙を返せと言わんばかりに、ブッコローを睨みつけている。軍手を握りしめながら……。


 ブッコローが羽をばたつかせて、男性社員たちをしっしと追い払った。


「メシ行こっ、メシ! カタリちゃんとバーグちゃんは何食べたいっスか?」

「横浜なんで、やっぱ中華街行きたいでぇす」

「中華なら任せといて。観光客も知らない、本当に美味いトコ連れてってあげるよ」

「うわあ、嬉しぃ〜」

「ちょっと距離あるから、タクシー捕まえよっか、ねっ」

 

 月明かりに照らされたブッコローたちの後ろ姿を、有隣堂の社員たちは無言で見送る。呆れ過ぎて、もう何も言えない。


 ビデオカメラを持ったハヤシユタカが、渡邉郁に近づいた。

「ふぅ、なんとか録れましたよ」

「ありがとう。じゃあ、すぐに編集お願いします。超特急で」

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仮想世界からの使者 懲りた猿 @koruta

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