R.B.ブッコローの知らない世界

しめさば

第1話 R.B.ブッコローの知らない世界

 とある森の奥深くに住む謎の生き物R.B.ブッコロー。

 ずんぐりむっくりとしたその身体は一見すると可愛らしいミミズクなのだが、そんな見た目とは裏腹に高圧的な態度と毒舌家な性格が祟り、友達と呼べる友達はおらず、森ではいつも一人ぼっち。


「友達なんかいらないね。僕には、本と競馬新聞があれば生きていけるんだ」


 ブッコローは大の本好き。常に何かしらの本を小脇に抱え読んだ書籍は数知れず、家の周りは積み上がるほどの本だらけ。

 今日もお気に入りの枝の上で大好きな本を読み漁っていると、ブッコローの前に一羽の鳥が降りてきました。


「こんにちは。私はトリ。失礼ですが、道に迷ってしまって……」


 ブッコローにも似た丸みを帯びたフクロウは、困った様子でオロオロと落ち着かない様子。

 そんなトリを、ブッコローは不機嫌そうに一瞥します。


「ふーん。……で? 名前は?」


「トリです。鳥のトリです」


「変な名前……。僕は読書で忙しいんだ。道なら他の鳥に聞きなよ」


 眉一つ動かさず、読書に戻ってしまったブッコロー。

 そう言われても、羽根を休めなければトリもすぐには飛び立てません。

 仕方がないと道を聞くのを諦めたトリは、手持無沙汰で辺りを見渡すと、無作為に積み上がる本の束に気が付きました。


「あなたは、本が好きなんですか?」


 一瞬、ブッコローのカラフルな羽角がピクリと跳ねたような気がしましたが、返事は返ってきません。


「実は私も読書が好きで……」


 その時でした。折れてしまうのではないかと思うほどの速度で首が回転し、ブッコローはトリを凝視します。


「本当かい!?」


 ブッコローが期待してしまうのも当然です。同じ趣味を持つ者との会話なぞ、何年もしていないのですから。

 トリの返事も聞かず、ブッコローは読んでいた本に栞を挟むのも忘れて話し始めました。

 オタク特有の早口でまくし立てるブッコロー。今まで読んだ本のタイトルに、好きな作家やジャンルまで。

 それを黙って聞いていたトリでしたが、その表情は晴れているとは言い難く、俯き加減で視線を落としています。


「ごめんなさい。聞いたことのある本ばかりなのですが、読んだことはなくて……」


 それに目を丸くするブッコロー。


「え? トリも本が好きなんでしょ?」


「もちろん。でも、私は本そのものではなく、作品が好きなんです」


 ハッとしたブッコローは、揚げ足を取られたのだと思い機嫌を損ねます。


「僕をバカにしているの? それは同じでしょ?」


 それは不幸な勘違い。トリは、慌てて首を横に振りました。


「そうじゃありません。私は、本になっていない作品も好きなんです」


「本になっていない作品?」


 ブッコローはそれに興味を惹かれました。この森にある本は全て読み尽くしてしまっていたからです。

 まだ見ぬ作品があるのかと思うと、ブッコローは居ても立ってもいられません。


「それは、何処で読めるの!?」


 そこでトリは、自分の翼の中から小さな端末を取り出し、ブッコローに差し出しました。

 それは薄っぺらな直方体。平らな面は眩く輝き、『カクヨム』と書かれた青い文字が映っています。


「ここには、沢山の作品が詰まっているのです。それはもう毎日のように読んでいても飽きないほどに……」


 ブッコローは好奇心を抑えきれず、その場でいくつかの作品を読み始めました。

 しかし、一つ二つと読み進めていくにつれ、ブッコローの表情は険しくなっていくばかり。


「これは何? 完結せずに終わっている作品ばかりじゃないか。誤字や脱字も多いし読めたもんじゃない」


「確かにそうかもしれません。でも大丈夫、作品は今も尚増え続けています。それこそ星の数ほどに。きっと君にも合う作品が眠っていることでしょう」


「えぇ……面倒だなぁ。僕は完成された作品が読みたいんだ。これだったら、僕が書いた方がマシさ」


 そう言って、そっぽを向くブッコロー。

 その言い方には、流石のトリも多少の苛立ちを覚え、それならばと小さく咳払いをして目を細め、こう言いました。


「そこまで言うなら、書いてみればいい。完成された沢山の本を読んだ君なら、誰もが面白いと思える作品を書き上げられるでしょう?」


「当たり前じゃないか。僕にとっては簡単だね」


 売り言葉に買い言葉。睨み合う二人は、バチバチと激しい火花を散らします。


 こうして、ブッコローの執筆活動が幕を開けました。

 執筆なんて初めての試み。ひとまず机に向かってはみたものの、目の前の原稿用紙は真っ白です。


「まずはジャンルを決めないとね。鳥付き合いは苦手だから、恋愛は難しいかな……。競馬関係なら何か書けるかも……」


 それから数日が経過しても筆が進んだ様子はなく、頭を悩ませていたブッコロー。


「タイトルは大事だから、時間が掛かってもしっかりとしたものを考えないと……。あらすじを見なくても内容がわかるような、長いタイトルの方がいいのかな? それともシンプルに短く……」


 さらに数日が経過し、ようやく原稿用紙にはタイトルが記載されましたが、それもまだ仮のもの。


「書き出し……。インパクトがある方がいいとは思うけど……」


 それから数週間が過ぎましたが、未だブッコローの作品は完成にはほど遠い状況。

 頭を掻きむしり目を血走らせても、ブッコローの筆は進みません。

 とはいえ、大見得を切った手前、今更無理だとも言えず……。

 こうなったらと、ブッコローは意を決して外へと飛び出し、森の仲間たちに協力を仰ぐことにしました。


「誰か、僕の執筆を手伝って……」


 目に付くミミズクたちに声を掛けるも、あからさまに避けられてしまうブッコロー。


「そこの君! 競馬必勝法を教えてほしくはないかい? 代わりに小説のアイデアを……」


 なんとか気を引こうと奮闘するも、誰も耳を貸そうとはせず、ブッコローは見向きもされません。


「今までの事は謝るから、誰か助けてくれよぉ~!」


 丸一日かけても手伝ってくれそうな者は見つからず、とうとう森の中で泣き叫んでしまったブッコロー。

 それを見かねた仲間たちは、仕方なく集まってきます。


「手伝ってあげてもいいけど、その代わり……」


「ホントかい!? 何でもするよ!」


 どれだけ困難な条件が叩きつけられるのか……。ブッコローはビクビクしながらも身構えます。


「ブッコローが、人間界に行っていた時の話を聞かせておくれよ」


「……へ?」


 想像とは違った答えに、唖然とするブッコロー。

 ブッコローは、この森の中で唯一人間界へと行ったことのあるミミズク。

 森の仲間たちにはそれが珍しく、ブッコローと懇意にしたいとは思いつつも、その性格の悪さ故に距離を置かれていたのです。


「そんなことでいいなら、いくらでも話すよ!」


 ブッコローはすぐに皆を自宅へと招き、人間界での出来事を赤裸々に語りました。

 その大部分が、有隣堂が運営するYouTubeチャンネルに出演していた時の話でしたが、皆は真剣に耳を傾けていました。


「そういえば……」


 ブッコローは何かを思い出し、部屋の隅で山積みになっていた本を崩し始めます。

 するとそこから出てきたのは、ギラギラと鈍い光を反射するアルミ製の箱。取っ手のハンドルは木製で、何処からどう見てもおかもちです。


「ブッコローは、人間界で出前をしてたのかい?」


「違う違う。これはオカモッティと言って、鞄の一種なんだよ」


「えぇ……」


 ドン引きする仲間たちを前に、頬を緩めるブッコロー。

 その蓋をスライドさせると、その中にはブッコローが思い出として持ち帰った数々の品が収納されていたのです。


「これはなんだい?」


「これは三代目直記ペンって言ってね。定規がなくても真っ直ぐ線が引けるスグレモノなんだ」


「じゃぁ、これは?」


「ガラスペンは、ペン先の溝にインクが吸い上げられていくんだ。不思議だろ? 毛細管現象って言うんだぜ?」


 他にも色々と出てきます。高級そうな色付きの特殊紙に、よくわからないギミックの付いた鉛筆削り。

 未開封のドライフルーツに、ピンク色のレトルトカレーなどなど多種多様。

 それらを得意気に説明していたブッコローでしたが、その中からある物を見つけると、急に喋るのをやめてしまいます。

 恐る恐るを伸ばし、小袋の封を切ってしまうと、その中身を一つだけ自分の口に運びます。


「……うぅ……おぇっ……ぐすっ……」


「ブッコロー? ……そのたくあんの干物……泣く程マズイのかい?」


「……そ……そうなんだよ……。冷蔵庫の下から出て来た、たくあんみたいな味がするんだ……。いやぁ、参ったなぁ……」


 全力で涙をこらえるブッコロー。気丈に振舞ってはいるものの、大きな瞳はしょぼしょぼです。

 当然、仲間たちもそれが強がりなのだろう事は気付いていました。

 机に広げられたそれらは、ブッコローにとっては何より感慨深いもの。

 噛めば噛むほど口の中に広がっていく干物のように過去の記憶が溢れ出し、ブッコローは沸き上がる感情を抑えきれなくなったのです。


「岡崎さん……元気かなぁ……」


 遠くを見ながら、ボソリと呟くブッコロー。

 そんな悲壮感漂う雰囲気の中、一羽のミミズクが声を上げます。


「そうだ! 人間界でのことを、小説として書けばいいんじゃないかな?」


「それだぁ!」


 まさに今のブッコローには、うってつけの題材。

 天啓を得たとばかりに、机に向かうブッコロー。皆の協力と応援もあり、思った以上に筆は進んでいきます。


 そして月日が経ち、ようやくそれは完成しました。


「やった……。僕はやったんだ!」


 徹夜を繰り返し、必死に描き上げた自分の処女作。その達成感は何物にも代えがたく、早くそれを読んでほしいと思うのは当然のこと。

 眠い目を擦りながらも、ブッコローはすぐにトリを呼びつけます。


「どうだッ! これが僕の……いや、僕らの答えだッ!」


 目元に大きなクマを作りながらも、自信に満ち溢れた表情のブッコロー。

 さぞ面白い物が出来たのだろうと、淡い期待を胸に読み進めていくトリ。

 その表情は真剣そのもの。時間を掛けて全てを読み終え、トリは盛大に溜息をつきました。


「おもんな……」


「えぇぇ!? そんなはずは……」


 トリの辛辣な一言に驚愕するブッコロー。原稿を取り上げ自分でも読み始めます。


「ちゃんと校正はしたの? 文章が堅苦しいのは仕方ないとしても、誤字や脱字だらけじゃないか。これじゃぁ人の事は言えないよ」


 確かにトリの言う通りでした。読みづらい文章は繋がりがなく、視点もあやふやです。


「これは、時間がなかったから……」


 言い訳をしながらも、ブッコローは薄々気づいてはいました。

 Youtubeチャンネルでどれだけ人気なMCであったとしても、それは口が達者なだけで、文字として書き起こす作業は全くの別物。

 読書家だからといって、必ず面白い本を書けるとは限らないのです。


 ブッコローは原稿を床に叩きつけ、それを踏みつけようとしました。


「こんなものッ!」


 その瞬間、トリが床にを伸ばし、原稿を拾い上げようとしたではありませんか。


「――ッ!?」


 間一髪。ギリギリのところでブッコローは足を止め、トリのを踏まずに済みました。


「危ないじゃないか!」


「それはこっちの台詞です。コレはあなたの大切な作品でしょう!?」


「こんな駄作……。トリだって面白くないって言ったじゃないかッ!」


「確かに面白くはない。しかし、一つの物語を完成させることがどれだけ大変な事か、今の君ならわかるでしょう?」


「――ッ!?」


 ブッコローは反論出来ませんでした。

 その作品に費やした時間と労力は相当なもの。決して容易ではありません。


「正直、私はあなたが途中で執筆を諦めてしまうだろうと思っていました。けれど、こうして一つの作品を書き上げた。その情熱は評価に値しますし、あなたにとっては素晴らしい経験だったのではないですか?」


 ブッコローは、ハッとして振り返りました。

 そこには執筆を手伝ってくれた、仲間たちがいたのです。

 トリがいなければ、ブッコローが小説を執筆することはありませんでした。当然、仲間たちとも疎遠のままだったでしょう。

 それは、ブッコローを変えてしまうほどの影響力があったのです。


「たとえ本になっていない作品でも、そこには著者の想いが詰まっているのです。もちろんあなたの作品からも、それは痛いほどに伝わってきました。結局のところ、面白さなぞ個人の価値観。ですが、作品に罪はありません。それが駄作だと思うなら、書き直せばいいだけのこと。もちろん私もお手伝いしましょう。いずれは多くの読者を魅了し、夢や感動を与えられるような作品に仕上げていこうではありませんか」


 ブッコローはトリの言葉に、いたく感銘を受けました。

 そして、涙ながらに頭を下げたのです。


「謝るよトリ。僕が間違っていたと……」


「いいえ。私も少し大人げなかったと反省しています……」


 二人は照れくさそうに笑うと、お互いを認め、を取り合いました。

 本を通じての交流が、人々をつなげる大切なものであると、心からそう感じた瞬間でした。

 こうして、ブッコローとトリは、本の力によって結ばれた真の友情を築くことができたのです。



 これは、『有隣堂しか知らない世界』と『カクヨム』がコラボしなかった世界線の、ほんの少し未来のおはなし――。

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