第2話 竜の仕事

 町長の演説と観衆の声でバルバロスが目を覚ました。黒く、少し寝癖が付いている髪をいじる。そして自分の腹の上で丸くなって眠る桃色の竜を起こした。

「マスター、おはようございます。起きてください、朝ですよ」

 竜が背鰭を細かく震わせて身体を伸ばす。竜の脇に手を入れて持ち上げる。宿屋のベットの上に降ろされるまで身体が猫のように伸びていた。ベッドから降りると寝巻きである白いシャツと黒い短パンを脱ぎ、シャツと長ズボンに履き替える。木製の窓から今年で40を超えるにしては若く見える金髪の町長が見えた。シャツの上からポーチ付きのベルトを付ける。少し良い宿をとっていたのでサービスで顔を洗うための水が用意されていた。が、その中には竜がいて自分の身体を浮かべていた。毛が水に濡れて広がる。

「マスター、どいてください。俺が使うんですよそれ」

「いっやでーす。私が水浴び終わってからにしてくださーい。ついでに身体洗ってー?」

「図々しいなぁ本当に」

 そう言いつつも大きな首輪で洗いづらい首元と頭のツノを特にしっかりと洗った。そして竜が上がったあと顔を洗い、布で自分の顔と竜が勢いよく身体を振って飛ばした水を拭いた。荷物を担ぎ、竜が自分の頭の角にしがみつくのを確認。そして壁に掛けた自分の大剣を取ろうとして

「...」

 止めた。そして2人は宿を出た。街は1日たったあとでもお祭りムードが漂っていた。

「マスター、何か食べますか?」

「いらなーい。バルバロスが好きなの買いなよ」

 2人がいくつかの店を周り、バルバロスが腹がはち切れるのではないかというほどたらふく食べた。

「満足した?」

「はい、ひとまずは。マスター、このあとの予定は?」

「とりあえずここの町長の家かな。あとはギルドの倉庫とかかな」

「・・・・・・仕事ですか?」

 気まずそうにバルバロスが尋ねる。

「そうだね。バルバロスはどうする?」

「俺は・・・・・・消耗品の補充をしておきますよ」

「りょーかーい。あ、地図も買っといて。そんじゃ行ってきまーす」

「・・・・・・はい」

 竜が空に飛び立った。

 そのあとバルバロスは日が城壁に被り出す頃まで店を周り生活用品を買い足した。そして最後に地図を買おうと店を探している途中、雨が降り出した。だいぶ激しく降っていたので地図探しを中断。1度宿に戻った。

「...はぁ」

 そして諦めたようにため息を1つついて大剣を取り、チェックアウトした。そして鍛冶屋に向かった。

「いらっしゃい!この雨の中よく来たね。タオルを出そう。使ってくれ」

 気前のいい鍛冶屋の旦那が出迎えた。

「ありがとうございます。剣の手入れをお願いしたいのですが」

「あいよ。その背中の大剣かい?」

「はい。もうすぐ街を出るので軽くお願いします」

 旦那が鞘から剣を抜いた。そして少し驚き、研磨を始めた。

「どうしましたか?」

「あんちゃん、これどこで買った?」

「...チカラトルで」

「なるほど。これ、グランツの親父から買ったんだろ?」

「お知り合いですか?」

「ああ、俺の師匠さ」

 バルバロスの顔が曇った。

「こいつ、いつ買ったんだ?俺がいた時にこんな剣は無かった」

「1年前です。...グランツさんの最後の作品です」

「そうか...あんたみたいないい剣士に使ってもらえて親父も嬉しいだろうさ」

 研磨が終わった。

「...だといいのですが。そうだ、この近くに本屋はありますか?新しい地図が欲しいのですが」

「ああ、それならちょっと待ってくれ」

 店主が一度店の奥に戻った。

「今年の新版だ。中を確かめてくれ」

「いいんですか?」

「ああ、ちょっと確かめたいことがあったんだ。俺にはもう必要ない」

 2人の視線が一点で交わった。“チカラトル跡地”

「本当に、もう無いんですね」

「ああ」

 数秒間が空いた。

「ありがとうございました。おいくらですか?」

「要らんよ。これも何かの縁だ。そいつを大事に使ってやってくれ」

「...はい」

 店を出ると夕飯の時間が近づいていた。大勢の人が路上の出店で食事をしていた。バルバロスも店に入る。

「いらっしゃい!1日の終わりにうちの串焼きはいかが?」

 明るい女性が出迎えた。

「7つください」

「はいよ。少し待ってくれ」

「...ここはいい街ですか?」

「ん?あんた旅人さんかい?もちろんさ。確かにモンスターどもは多いけど傭兵さん達がなんとかしてくれるし、住みやすい街だよ。それこそ昨日みたいなことはレアさ。まあおかげさまでこのどんちゃん騒ぎ。店の売上もがっぽがっぽさ!お兄さんも楽しみなよ。ほいお待たせ!」

「...そうですね。楽しんできます」

 バルバロスは受け取った串焼きを食べながら色々な出店を回った。財布がだいぶ軽くなった。残りの食べ物を街の中央にある噴水に腰掛けながら頬張った。

「お待たせー」

 竜が翼を広げ、バルバロスの荷物の上に着地した。

「濡れますよ、マスター」

「いいのいいの。それよりもうご飯は済ませたの?」

「・・・・・・そんなことより、どうだったんですか?」

「ん?黒だよ」

 バルバロスが紙袋を握り潰した。

「そうですか・・・・・・夕食は済ませました。いつでもどうぞ」

 大剣荷物を担ぎ、立ち上がる。そして背中で黒い翼を開いた。浮かび上がると周りの人々の視線が彼に集まった。

 バルバロスが飛んだのを見届けたあと、竜がレンガ造りの道に前足をついた。雨の直後で水浸しだった。前足と床の接点に紫色の、半透明の氷のようなものが現れる。

「《ビット・コントロール:結晶化》」

 街から音が奪われた。地面が抉れ、紫色の結晶が街を飲み込み、中心から外側に向かって広がる。城壁が内側から押し出され、崩れる。街1つが霧と結晶で包まれてしまった。結晶の広がりが止まった数秒後、竜が周りの結晶を砕き、前足を抜く。大きく息を吐き出した。口から白い湯気が出る。バルバロスが翼をしまい、ゆっくりと降りる。結晶の1つに近づき、霜を拭き取った。中には先程串焼きを買った店が時間が止められたようにある。噴水の結晶の上にフワッと乗って竜が笑った。

「どう、バルバロス?綺麗でしょ?」

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竜の魔力使い 日進月歩 @SunShinMoonP0

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