第3話 カメラの向こう側の異世界


「うぇ~いどけどけーい!」


弘子はお隣さんに借りた自転車の前カゴにブッコローを乗せて自転車をこいでいる。


前カゴに乗っているブッコローは、片手に本、片手にビール、目にはサングラスをかけている。


警察署の落とし物扱いで1匹目が見つかった後、2匹目の捕獲にはブッコローが大活躍した。

弘子がチュールを見せてもなかなか来てくれないのに、ブッコローがチュールを持っていると、猫が吸い込まれるようにやってくるのだ。


チュールに夢中になっている猫を簡単に捕獲して受け渡し、次へ向かった。

何とも言えない嬉しい高揚感が弘子を包む。


何故だか、弘子はこんな高揚感を幾度も味わっていた気がする。

それは、ずっと昔のようにも昨日のようにも思えた。


向かう場所は横浜、桜木町の動く歩道付近で撮られたSNSの写真に迷子の猫に似た子がいたので、桜木町駅前広場に自転車で向かう。


「ドゥルルルルン、ドゥルルルルン、どけどけーい!」


「…ブッコローさん、うるさいです」


「えー?なんだってー?聞こえなーい」


「だいたい、飲酒運転やめてくださいよ」


「いや、運転してんの俺じゃねぇし!ザキだしぃ~!」


「聞こえてるじゃないですか。じゃあ、飲酒乗車やめてください」


「あはは、残念、もう飲んじゃっ…って、あ…れ?」


「もうすぐ着きますよ」


「ちょっと待って、なんだ…ここ?」


「あの、聞いてます?」


「…ごめん!頼む!岡﨑さん、止まって!」


「え、ブッコローさん?…どうしたんです、急に!?」


ブッコローは自転車から飛び降りると、しばらく真剣な表情であたりの景色を見回した。


「やっぱり!!絶対おかしいって!ここ!」


「は?おかしいって何が…?」


「桜木町のさ、なんでこんな町中にあるんだよ!って誰もが思うあのロープウェイが!なんで西に向かって走ってんの?なんで海が西側で、駅が、電車が東側にあるんだよ!」


「えっ…」


「何もかも逆じゃねーかよ!くっそー!思い出したぞ!岡﨑さん!」


「は、はい!」


「あんたYouTubeで銀の盾もらったの、忘れちゃったのかよ!」


「盾?それって…」


「ああもう!いいから!スマホ出して!」


「は、はい!」


「地図アプリどこ!?」


「これです!」


ブッコローに言われて弘子は地図アプリを開いた。


「拡大して!もっと!」


言われるままに拡大すると、そこにあったのは違和感のある地図だった。


「え、これって…」


「やっぱり…」


ブッコローはその画面を両の翼で器用にピンチアウトして更に拡大していった。

そこには、鏡に映ったみたいに、東西が逆になった日本列島があった。


「ブッコローさん、大変!地図が逆です!」


「四国にある県の名前を全部言えない女、岡﨑弘子でも、流石に気付いたか…」


「何故こんな事になってるんです?」


「だから!違う世界に来ちまってるんだよ!俺たちが!

 あんたはお嬢様探偵じゃなくて文房具王になり損ねた女岡﨑弘子なの!」


叫ぶなり、ブッコローは動く歩道に通じるエスカレーターに向かって走り出した。

弘子も大急ぎで後を追い、一緒にエスカレーターを駆け上がる。


「あっ、猫が!」


3匹目の迷子猫の写真と同じ猫がその動く歩道の前にちょこんと座っていた。


「もういいんだよ、こっちでの猫探しなんて!」


「でも、飼い主さんが心配しませんかね…」


「もう!いいから、行くよ!」


弘子がブッコローに引っ張られて動く歩道に向かおうとしたとたん、左足が何かに引っかかった。


「うわっ!」


ブッコローの上に弘子が覆いかぶさった。


「ブッコローさん、足が!」


弘子が足を見ると、そこには白い手が弘子の足を掴んでいるのが見えた。


「きゃあああああああっ!」


「大丈夫!よく見ろ!ザキさん!」


ブッコローに言われてよく見ると、それは白い軍手だった。


正確には、青いエプロンを着た白い軍手で出来た人形だ。


「ニャァァァァァ!!」


大きな鳴き声が聞こえて、先ほどの猫が白い軍手に飛びかかった。


フーーーーッ!!っと威嚇する猫が動く歩道の上に着地する。


その少し先には軍手で出来た人形に青いエプロンを着せたものが立っていた。

その胸にはYURINDOと黄緑の文字が貼られている。


「出たな!初代!」


「えっ!?初代!?」


一瞬、何のことが分からず怯んだ弘子は人形の手前で威嚇している猫に目が留まって目を見開いた。


先ほどまでとは違う毛並みのその猫には見覚えがあった。


「キキちゃん!?」


弘子は全てを思い出した。

仕事の事も、YouTubeの事も、家族のことも、そして、愛猫のキキのことも。


ブッコローの声で人形が言葉を発した。


「ナゼ、ソンナニイルンダ…サイセイスウガ…トウロクシャガ…」


ゆらゆらと暗い色の何かを帯びた人形は言った。


「ホント、ドウカンケイガアル…ユウリンドウハナニヲモトメル…」


何が人形にそう言わせているのか分からないが、

全てを思い出した今、弘子は夢中で叫んでいた。


「私たちは、手のひらに乗る幸せをたくさんの人に届けるために毎日頑張っているんです!

どんなに嫌なことがあっても、お気に入りの文房具や本があれば、ワクワクしたり、幸せな気分になったり、頑張ろうって思えたり、人生を変える程の本が読めたり、手のひらからそれぞれの人の人生に笑顔を届ける事ができるって知っているから、だから、恥ずかしくても、緊張しても、たくさんの人に見てほしくて頑張るんです!」


「岡﨑さん…!」


「ブッコロー…!」


「ごめん、お、重い…」


ブッコローは白目をむいた。


「きゃぁ!ごめんなさい!ブッコロー!起きて!」


弘子はブッコローを掴み上げるとブンブンと振った。


「わわ、分かった!!分かったから、振らないでェ!!」



「リカイ…シタ…キタトキトオナジ、ゲートヲ…ヒライテ…」


人形は白い光に包まれて浮かび上がった。


「ニャア!」


今度はエサをねだる時のように、嬉しそうな声でキキが鳴いて、人形の発した光に飛び込んだ。


「心配して来てくれたんだね、ありがとう!キキちゃん!ママもすぐに帰るからね!!」


「ちょっと、ブッコローさん、私たちも早く帰らないと!」


「あー、でもあれ、届く?」


見上げる光は天井を突き抜け空へと昇っていた。


「えー!届かないと困るじゃないですか!」


「いや、初代はゲートを開けって言ってたから、何か…何か、スイッチになるものがあるはずなんだ…」


弘子はハッとした。


「あ、多分、本だと思います!」


「本って…」


「それです!」


弘子はブッコローの持っている本を指さした。



弘子はブッコローを抱えて動く歩道に乗った。

ブッコローが本を開いて読みはじめる。


「有隣堂しか知らない世界、文房具王になり損ねた女、有隣堂文房具バイヤー!岡﨑弘子さんです!」


本はビビビビ!と震えると、一気に眩しいを通り越した光を放って全てを白い光で覆いつくした。




☆☆




「……さん、……さん、起きてください、ブッコローさん!もうすぐ収録ですよ!」


有隣堂のとある一室で目を覚ますと、広報の渡邉 郁が立っていた。


「あ、そう言えば、あの軍手捨てるんですか?」


「え、軍手って…」


「ほら、初代の…」


「いやいやいや、ダメっすよ!何言ってるんすか!郁さん!」


「え、でもブッコローさんが捨てるって言ってたって…」


「俺のせいだったか~い!いや、とにかく、ダメです!ほら、100万人行ったら有隣堂しか知らない世界展やらないといけないじゃないですか!」


「あー、いいですね!じゃあ、この箱に重要って書いておきますね」


「いや、…俺達が収録してるところが見える場所に、飾っておきましょう」


「え、飾るんですか?」


首を傾げる郁、そこに、岡﨑弘子が入ってきた。


「お疲れ様でーす。あ、懐かしい~、初代の」


「うわっ!岡﨑さん!だだ、大丈夫ですか?」


「え?体調ですか?大丈夫ですけど…」


「猫は?」


「猫?もちろん元気ですよ?」


「良かった~!」


「いや、どうしたんですか?急に?」


「あ、今度キキちゃんにチュール買ってきますね」


「えー?なんで~?」


笑う弘子の前にブッコローのぬいぐるみが運ばれてきた。


「じゃあ、ブッコローさん岡﨑さ~ん、そろそろ始まります~定位置についてください~」


「じゃ、見ててくださいよ」


ブッコローの中の人は軍手人形をカメラのあたりに置いた。


「では、5秒前4.3・2・・・」




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有隣堂の知らないカメラの向こう側の異世界 未来野未朝希 @miranomisaki

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