第2話 捌いていく?

家に帰って、ちゃぶ台の上に木製のまな板を置き、その上にみみずくを横たえて置く。


まだ早朝で、お隣さんは起きていないはずなので、取り急ぎスマホで捌き方を動画で探してみることにした。


とはいえ、いきなり鳥の捌き方なんて見る度胸はなかったので、フォルムが近いトラフグの捌き方を見てイメージトレーニングをする。


見終わるころには、弘子は動画あるあるの、見ただけですっかり出来るようになった気分になっていた。


「よし、では捌いていくぅ!えーっと、まずはクチバシと、ヒレからね!」


トラフグの捌き方動画の言う通り、軍手を手にはめて、包丁を構えた。


「あら?こんなところに、本…?」


ヒレならぬ、翼に隠れて気づかなかったが、よく見ると翼に挟まって緑色の本が見えた。


弘子はその本を引き抜こうと引っ張ってみたが、なかなか抜けない。

力を入れて引っ張ってみるけど、びくともしない。


「ぐぬぬ、まるで縫い付けられている様だわ…!」


力を込めても抜けなかったので、弘子は本を引き抜くのを諦め、今度はそのまま本をそっと開いてみることにした。


少しだけ本を開くことが出来た。

弘子はページを覗き込んで中を盗み見る。


「えっと、ユウ…リ……」


読み始めると急に本のページがビビビッと音を立てて震え出し、本が激しく光を放った。


白いページは光を増し、あっという間にあたり一面をホワイトアウト状態にした。


「ああっ、目が!目が!メ、メガネがぁぁぁぁぁっ!」


しばらく激しい光は続き、ようやく収まったかと思うと、まな板の上にみみずくがちょこんとこちらを向いて座っていた。


「きゃああああっ!」


弘子は尻もちをついて悲鳴を上げた。



「いやいやいや、待て待て待て!!あのさー、悲鳴上げてるとこ申し訳ないんだけど、逆なんだよなー、立場が」


「へ?」


眩しい光が消えた途端、急にむくりと起き上がっていた死んでいるはずのみみずく。

それだけでもびっくりなのに、そいつはボイスチェンジャーで変えたような機械的な声で弘子に話しかけてきた。



「ぎ、逆って、な、何よ!」


弘子はそのみみずくのどこかふてぶてしく流暢な芸人っぽい言い回しに何故かムッとなって、みみずくの言っている事に思わず反応してしまう。


「いや、だからさ、あんた、こっちに包丁向けて、俺をまな板に乗せておいて、なーにが『きゃああ!』だよ!そりゃ、こっちのセリフだっつの!」


そう言われて手元を見ると、思い切り両手で刃物を掴んでみみずくの方に向けていた。


「あら!いけない」


弘子はスッと包丁を後ろに隠した。


「『あら、いけない』じゃねーよ!食べようとしてたでしょ!絶対!!」


「滅相もない。ちょっとトラフグと間違えて…」


「いや、普通に失礼だな」


「そんなことより、あなた生きてたの?だって、さっきまで息してなかったのに」


「ほら、出たよ。絶対食べる気満々だったじゃん!」


「そんな事ないですよ。食べ物だったら持ってるし…」


弘子はビニール袋から猫のおやつを取り出して見せた。


「いや、それ猫のエサでしょ。絶対お腹減らしてるじゃん」


「だって2日も何も食べてないんだもん…」


「ええ、2日!?マジで!?だったら食べりゃいいでしょ!」


「いや、私、生きてるみみずくはちょっと…」


弘子は両手の指でバツ印を作って言った。


「なーに、みみずくはNGなんでぇ~感出してんだよ!ほら、そこにいっぱい積んであるでしょ。カップラーメンが!」


「は?カップラーメン?」


みみずくが翼の先で示す先には、お隣さんから引っ越し祝いにと頂いた段ボールが積まれてある。


「え、あれって食べものだったの?」


「お、おい、マジかよ…」


…弘子はお嬢様すぎてカップラーメンを知らなかったのだった。



☆☆



「やだ~、あの箱がこんなに美味しいものだったなんて!」


弘子は頬に手を当て、ニッコニコでそう言った。


ちゃぶ台の上に、どんぶり型のカップラーメンが二つ並び、みみずくと弘子で食べるという、あからさまにおかしな絵面だったが、この不思議なみみずくは、電気ポットで湯を沸かし、二人分のカップラーメンを作ってくれたのだ。


しかも、作り方にこだわりがあるのか、弘子が物珍しさから触ろうとすると、


「これは粉後入れのやつだから!あっちでじっとしてて!」とすごい剣幕で言われ、


更に、出されてすぐ食べようとすると、


「まだ駄目!3分待つって書いてあるでしょうが!」


と言って翼で容赦なく手をピシャリとはたかれた。

しぶしぶ言われる通り3分待って食べてみると、カップラーメンとやらはとてもおいしかった。


これは確かに3分待って良かったかもしれない。と弘子は思った。


隣では、ズルズルと音を立ててカップラーメンを食べるみみずく。


「…それにしても、みみずくってこんなものまで食べられるのね…」


どこで掴んでいるのかものすごく疑問だが、実に器用に箸を持って、ズルズルと麺をすするみみずくに弘子は感心したように言った。


「いやー、俺は特別な個体なだけでぇ、普通のみみずくだったら多分死んじゃうんじゃない?」


呑気にそう言うみみずくの言葉に、弘子は驚いた。


「特別個体だったのね…」


カップラーメンを汁まで飲み干す勢いで完食するみみずくに、弘子は更に感心してしまう。

いや、これではみみずくというより、ほとんどおじさんだ。


「いや~、サンマー麺とかとろみスープ系のもやしそばってさ、ついついスープ多目に飲んじゃうよね~」


すっかり上機嫌でリラックスし、腹を撫でるオレンジ色のデカいみみずく。


歯に衣着せぬ言い回しではあれど、こんなに意思の疎通ができて喋ることが出来るみみずくなんて聞いたことがない。


弘子は居住まいを正してみみずくに向き直り、聞いた。


「あの、私、岡﨑弘子というんですが、あなた、お名前とかあるんですか?」


みみずくは、弘子の改まった丁寧な質問に一瞬ひるんだが、ぼそりと返事をした。


「ああ~、…ブッコロー…っす」


「え?ブっコロす?」


「ブッコロー!いろいろコンプラとか引っかかるから黒い発言するのやめてくれよ!つか、まーだ包丁持ってたんすか!もう!」


「あら、ごめんなさい。たまたま片付けようと思って」


「いや、このタイミングでたまたま片付けようと思うの絶対おかしいだろう!」


何に引っかかるのか分からないが、どうやら名前はブッコローというらしい。


「ブッコローさんはどうしてあそこに倒れていたんですか?」



「いや~、それが思い出せないんだよね。桜木町の動く歩道に乗ってた…ところまでは覚えてるんだけど…頭を打ったのか、記憶が混乱しててさぁ」


「飛んでたんじゃないんだ…」


「それよりも、ザキはなんで飢えるほどお腹減らしてたわけ?」


「ああ、それなら…」


弘子は洗い物をしながら、お嬢様育ちだった自分が探偵事務所を始めた事、猫探しの話などをブッコローにした。


「へー、探偵とかかっこいいじゃん!ところで、ザキさんさぁ、猫ってもしかしてこいつ?」


「なんですか?」


洗い物を終えて振り返ると、玄関先でブッコローがチュールを差し出すその先をペロペロと一心不乱になめとる三毛猫がいた。


「…それです!」



☆☆



チュールに夢中な猫はいとも容易く捕獲でき、弘子はその日のうちに猫を飼い主の元に返すことができた。


飼い主は涙ながらに感謝の言葉を述べ、お礼にと予定の3倍の謝礼金と、あれもこれもとお菓子やらお酒やらを両手一杯に持たされて帰った。


帰って戦利品をブッコローに見せると、


「わーい!ビールじゃん!しかもプレモルじゃん!おおっ、おつまみまである!分かってるねぇ~!」


何故か一番お酒に喜んで小躍りしていた。


「いやいや、さすがにダメでしょ。みみずくがお酒なんか飲んじゃ」


「えー、大丈夫だって。死なない程度に飲むからさぁ~」


くねくねと可愛い子ぶって言うブッコロー。

中身を知らなければ可愛いのだが、中身はおじさんだと弘子は確信しだしていた。


ブッコローに関して言えば、お酒を飲んでもピンピンしてそうだが、何故か阻止したくなる弘子だった。


「死なない程度ってどんな程度ですか」


ブッコローとわいわい言い合っていると、お隣の喫茶店の奥さんがやって来た。


「弘子ちゃん!猫見つけたんだって?今朝の健康体操教室で飼い主のおばちゃんがそりゃーもう大喜びでさ、その話で持ちきりよ~!」


「あ、ありがとうございます!チラシを見せてくださったおかげです!」


「いいのいいの、そんなことより、ここに来たら猫を見つけてくれるっていう評判になってさ、何人か今日ここに来るらしいから、よろしくね~」


そう言うなり、お隣の奥さんはバタバタと喫茶店に帰っていった。


「もう帰った?」


奥の部屋からブッコローがこちらを覗いている。

どうやら隠れていたらしい。


「帰りましたけど、隠れてたんですか?」


「だってさ、なんかすごい勢いで入ってきたからさー、取って喰われそうだったじゃん?」


「いやー、流石にあの人でも取って喰いはしないですよ」


「まあ、そう言うザキは俺のこと、喰おうとしてたけどな!」


「あら、そうでしたっけ?」


弘子はすっとぼけてみせた。


「あー、とぼけてる!くそー。絶対忘れないからな」


弘子はとりあえず、話題を変えることにした。


「ところで、ザキって私のことですか?」


「え?ああ、そうそう、だって岡﨑でしょ?名前」


「そうですけど、なんだか少し雑な呼ばれ方な気がするような…」


「はぁー?そんなのよくある略し方じゃん。…さて、ビールでも飲むかな~」


今度はブッコローが話題を変えてきた。


それなりに図星な面があったのかもしれない。


当たり前のごとく、ちゃぶ台でビールを開けておつまみを物色する様子に何故だか懐かしいものを感じて弘子は首を傾げた。


不思議と、前にもこんなことがあった気がした。


しばらくすると、猫を探してほしいと数人の女性が迷い猫のチラシを手にやって来た。

とりあえず、着手金と成功報酬の話を済ませ、了解を得て部屋に戻る。


ちょっと目を離した隙に缶ビールを3本空けてテレビで競馬の番組を見ているブッコローに、弘子は声をかける。


「ブッコローさん、行きますよ!」


「は?どこに?」


「どこって、捜索に決まってるじゃないですか!」






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