ブッコローは見た!ゆうせかファンのドラマ@パンフェス

@koro-chan

3つのstory 

パンのフェス@赤レンガ倉庫 

 アカリはスマホにメモした。赤レンガ倉庫のイベントに、有隣堂公式YouTubeチャンネルが出店する。

ブッコローに会える。

目の前にあるブッコローのミニキーホルダーがゆらゆら揺れる。

アカリはキッチンの奥に隠れているユウタに向かって声を張り上げた。

「来週日曜日、ブッコローのイベント!ユウタ一緒に行くよー」

「そうなの?」

「ザキさんにも会えるって」

「へえ。いいね」

「ここでゆうせか本買おうよ。ブッコローサイン入り、抽選だってさ」

「俺、クジ運悪いからな」

「アタシが並ぶよ」

アカリとユウタ。二人の縁をつないだのは有隣堂だった。


 3月5日、日曜日。この日、神奈川県横浜市内、みなとみらい地区の一画、赤レンガ倉庫でパン好きが集まってごった返す中、小さな有隣堂ブースの周りで、いくつものドラマが起きた。

 出展ブースに佇むブッコロー初号機が、ゆうせかファンが織りなす人間模様を観察していた。


 有隣堂ブースは正面入り口からずっと奥にあって、人だかりをかき分けて進むと、静かに抽選開始を待つ列がある。よくよく見ると、カバンにブッコローのキーホルダーつけている人あり、読んでいる本のブックカバーが黄色いブッコローの人あり。さりげないがよく見るとゆうせかファンだということが一目でわかる。


 ひとりで列に並んだタクロウの今日のお目当ては、もちろん抽選のサイン本だった。抽選券をもらったあとは、ひとりで有隣堂ブースを眺めて、かみしめて、帰るつもりでいた。抽選券配布よりもだいぶ早く着いてしまったおかげで、だいぶ長いこと目の前の人の往来とブースの準備風景を見ていた。

 となりにはタクロウより若く見える小柄な女性が並んでいる。この人もだいぶ前から並んでいる。

「あの、この列って有隣堂の列で合ってますか」

 となりの女性が聞こえるか聞こえないかくらいの声で話しかけてきた。

えっ、こんなに長いこと待っていて、いまそれ聞く!?

不安げなまなざしを見ると、本気で言っているらしい。タクロウは答えた。

「ええ。そうですよ」

 ゆうせかファンには会ったことがないし、できれば親切にこたえようとした内心とはうらはらに、なんとも抑揚のない、クールな答え方をしてしまった。

「はぁそうですか。よかった。ずっと不安だったんですけど、やっぱりあっててよかった」「ありがとうございます。」

ミサトはほっとしたようにお礼を言った。

「ブッコローのファンの方、まだお会いしたことがなくて。友達には勧めてるんですけどね」クールな返答に臆せず、自然に会話を続けるミサトに、タクロウも返した。

「え、ボクもです。毎週毎週、YouTube見てるんですけど、いや、最初から全部見ましたけど。今日イベント初めてくるんで楽しみにしてて」

早く来た者同士、もっと早く話せばよかった。

二人は一緒に、抽選券の列に並んだ。


 ユカのミッションはゆうせか本、できればブッコローのサイン本をゲットすること、ブッコローの新しいグッズを購入すること、そして14時までには東京駅に向かうことだった。

 ブッコローというキャラクターは妹のアヤから教えてもらっただけで、自分は有隣堂のYouTubeをまだ見たことがない。アヤによれば「最高に面白い」らしいが、日々の仕事や家事に見舞われてチェックできていない。有隣堂といえば横浜駅で入ったことがあったっけ。

 書店の公式YouTubeねぇ、とつぶやきながら、腕時計をちらちら確認しつつ、抽選券の列に並んだ。

 SNSで発表された抽選結果、20、25、38、52、、あーー。40番台はないか。

大きく肩を落として、45と書かれた抽選券を片手でくしゃっとまとめて、急ぎ足でブースに向かった。

 当たったら、アヤを喜ばせられたのに。

 口をへの字に曲げたまま、ユカはブース前に陽気な顔で鎮座しているブッコローの写真を撮った。あとでアヤに送ってあげよう。

 サイン入りではないが、ブース内に数冊、お目当ての本が陳列してある。ユカは1冊手に取って、無言でレジに並んだ。

「お買い上げ、ありがとうございます。抽選の列には並ばれたんですか?」

 レジの男性が朗らかに声をかけてきたので「はい、妹にサイン本、届けたかったですけど、抽選だめでした~」とユカが答えると

「オカザキいるので、よければサインしましょうか、いまお客さんも少ないので」

え?本当に!オカザキさんって、アヤも何度も口にしていたな。

後ろを向いていたオカザキさんがこちらを振り返った。

「特製消しゴムハンコと一緒に、サインしますね」

「ありがとうございます!私の妹、入院していまして。治療を一生懸命頑張ってるんです。ブッコローのチャンネル、唯一いつも楽しみにしていて、本人絶対喜びます」

「ええ、そうなんですか。ありがとうございます」

オカザキさんは、まっすぐ、ユカを見て、

「妹さん、良くなりますように」と言った。

 受け取った本の裏表紙には、「どうぞお大事に。早く良くなってくださいね」というコメントが添えられていた。

 消しゴムハンコと優しいかたちの文字を見て、これまでの不安が癒され、ユカの目には涙がこみあげた。

 アヤ、サインもらったよ。病院、すぐ行くからね。


 アカリとユウタは車で赤レンガ倉庫に向かっていた。

 だめだー、めちゃくちゃ混んでるよ。

 パンフェスの人気は侮れず、みなとみらいエリアまではなんとか食い込めたが、駐車場までの渋滞はびくともしない。

 もう抽選の時間は終わってしまった。残念だけどきっと並んでもダメだった、とか言い訳がましいことを二人で話していた。

「アカリ、これ駐車できないわ。ぐるっと回って別のとこ停めるか移動するから、降りて行ってきていいよ、オカザキさんとブッコローに会いたいんでしょ?」

 ユウタだって同じくらい楽しみにしているはずなのに。優しいやつめ。アカリは言った。

「えー、私だけ、いいの?じゃあ、降りるね、ごめん!なんかグッズ買ってくる、あとオカザキさんにも会えたら報告するね、ブッコローの写真もとってくる!」

 ユウタは手をひらひらとさせていってらっしゃい、と言い、そのままハンドルに両手をゆだねた。

 アカリはそのまままっすぐ赤レンガ倉庫まで歩く。

 オレンジ色の胴体が見えて、すぐにそこが有隣堂ブースだとわかった。

 ブッコローに会うのは2回目。数か月前に開催された伊勢佐木町本店のイベントにも行ったことがあった。そのときはユウタも一緒に。

 今日は有隣堂YouTubeを手掛けているチームのスタッフに、話したいことがあった。

「あ、オカザキさん!こんにちは」

 YouTube内では有名人だが、やさしい雰囲気に甘えて、知り合いかのような勢いで話しかける。

「私、あ、今日、夫が来れていないんですけど。私たち、有隣堂のチャンネルがきっかけで結婚したんです!お礼が言いたくて。

 あと、生まれて初めて、ストヨコでガラスペン買いました。そしたら最近お手紙を書くような嬉しい機会がどんどん増えて、ガラスペン大活躍です。オカザキさんのおかげです」

 オカザキさんだけでなく周りの社員も聞いてくれていたようだった。アカリはやっと伝えられましたと満面の笑みを浮かべた。

 ブッコロー初号機も、こちらを見て喜んでくれているように見えた。


 アカリは車に戻り、有隣堂ブースでの一部始終をユウタに報告した。

 同じ頃、タクロウとミサトは、お互いの好きなグッズや本を手に取って、ふたりでブースをあとにした。

 ユカは東京に向かう電車で、妹を想った。サイン入りの本を大事に抱えて。

 赤レンガ倉庫の小さな有隣堂ブース。これからも、有隣堂しか知らない世界が、どこかのだれかの想いと出会いを、つなげていく。


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