第57話 書籍発売記念SS「魔術師としての選択」
お世話になった人たちを訪れる旅を終え、我が家へ戻ってきたオフェリアは、不在中に溜め込んでいた手紙の確認に勤しんでいた。
弟子入り志願者の名簿は魔塔グランジュールの厚意で、分厚い名簿として一冊にまとまっているがすべて保留中だ。
なんせ旦那となるユーグが、とってもいない新たな弟子にかなり気を揉んでいるからだ。元弟子だった身として、思うところがあるらしい。
(でも魔術師として、やっぱり働きたいのよね。自分の魔法が誰かの役に立つって、やっぱり嬉しいし)
そう思ってオフェリアは、弟子をとる以外の仕事――組織へのスカウトについて書かれた手紙に目を通す。
悪魔を倒したという実績は想像以上に影響が大きくなり、スカウトの数が多い。ユーグと離れて暮らすつもりはないので最初に立地で選別し、次に条件面で絞った。そして残ったのは――
一件目。
魔塔グランジュールが建てられているこの土地の国からの、王宮魔術師への誘い。
要人の護衛任務を求められており、給料が圧倒的に高い。成果を上げれば、男爵に匹敵する権利を与えてくれる破格の条件。
二件目。
魔塔主ブリス直々の、魔塔グランジュールの正研究員への誘い。
オフェリアの圧倒的な攻撃魔法を記録に残すと同時に、さらなる高みへ目指す協力をしてくれるとのこと。魔術師として、腕を磨くには最高の環境だ。
三件目。
クラークによる、ルシアス魔法学園の教師の誘い。第二のユーグとなる、招待有望な魔術師の卵を一緒に育てませんか?と実にシンプル。
「ねぇ? どの職場ならユーグは安心できる?」
オフェリアの横で魔術書を読んでいるユーグにストレートに訊く。
ユーグは少し驚いたように目を瞬きしたあと、眉を下げて微笑んだ。
「王宮魔術師だけは避けたほうが良いかと。特権を与えつつ、うまく味方に取り込んだあと、政治にまで巻き込まれたら心配です。魔術師繋がりで聞いたのですが、あまり良い噂はありません」
「では、丁重にお断りしましょう」
「何か圧力をかけられそうになったら、僕に言ってくださいね。国の好きにはさせませんから」
「あ、ありがとう」
ユーグの顔は微笑みを浮かべているものの、目は笑っていない。彼はオフェリアのために命も人生も捧げるような男だ。相手が貴族であろうと、国であろうと何でもしてしまいそうで怖い。
(魔塔と国の間に亀裂が入らないように、お断りの手紙は慎重に考えて送らないと……!)
そう心に決めたものの、残り二件が難しい。
魔塔主ブリスもルシアス学園教師クラークも、オフェリアがとてもお世話になった人物だ。
互いに恩があるため、たとえ断っても、ブリスとクラークは快くオフェリアの選択を応援してくれそうだが……彼女はコテンとユーグの肩に頭を預けた。
「オフェリア?」
「ユーグと一緒にいる時間をきちんと確保できるのはどちらかしらね?」
悪魔を倒したあとの約半年の旅では、ほとんど行動をともにしていた。甘やかされ、甘えられ、すっかりユーグがそばにいないと寂しい体質になってしまった気がする。
こうして穏やかな時間をともに過ごすのが、本当に好きだ。できるだけ減らしたくないのは、オフェリアもユーグと同じ。
「魔塔か学園か。僕はどちらの選択をしても大丈夫です。家にいる時間、しっかりかまってくれれば」
ユーグは重ねるようにオフェリアの頭にコテンと頭を預けた。
余裕そうな言葉を紡ぎつつ、彼が痩せ我慢をするタイプなのをオフェリアは知っている。我慢して、いっぱい我慢して……爆発したら大変なのもよく知っている。
(怒る顔も、泣く顔もさせたくないわね。もう少しピンとくる条件になれば――……そうだわ!)
いい案が浮かんだオフェリアは、すぐに手紙をしたためた。
そして二か月後。
オフェリアはルシアス魔法学園の教師のローブを羽織っていた。
「クラークさん、条件の調整ありがとう。受け持つ授業を、週に一回にしてくれて助かるわ」
「正式な常任教師ではないのは残念ですが、特別講師としてお受けくださり嬉しい限りですよ。紙には書かれていませんでしたが、もしかして彼の授業同行も条件でした?」
クラークは、オフェリアの隣に立つユーグに視線を送った。
「僕は同行しませんよ。ただ僕はオフェリアの授業中、クラーク先生の研究室にお邪魔できたら嬉しいなと思いまして」
「はは! そんなことを言われてしまったら、いつまでくっつき虫なんだと注意できないじゃないか。ユーグ君ならいつでも歓迎だよ。正直、君がいるからオフェリア殿は魔塔を選ぶと思っていたのですが……これは予想外の収穫だ」
魔法陣研究でクラークと同等にわたりあえる魔術師は、現状ユーグくらいしかいない。そんな教え子と魔法陣について話し合えるのがよほど嬉しいようで、クラークはユーグの肩を軽く叩いた。
「それにしても、オフェリア殿はどうしてルシアス魔法学園をお選びに?」
「クラークさんが一番分かっているんじゃない?」
「私が?」
「自分の魔術を学び、育つ姿を見る楽しさを」
オフェリアがそう告げれば、クラークはユーグを見やり、目尻の皺を深めた。言葉に出さなくても、共感してくれているのがわかる。
すると授業を知らせる鐘がなった。
「ではオフェリア殿、早速楽しんできてください。卵たちがお待ちですよ」
「オフェリア、頑張ってください。あなたは最高の先生だと、僕が保障します」
「ふたりともありがとう。いってくるわ」
信頼している魔術師ふたりに見送られ、オフェリアは教室に入った。
希望者が多かったため、授業を受けられるのは実力で選ばれた将来有望な卵だけが集まっている。どの生徒も面構えが良い。貪欲に学ぼうとする意思がひしひしと伝わってきた。
これは期待に応えないといけないだろう。
オフェリアは教壇に立つと、強気の笑みを浮かべてこう挨拶した。
「私はオフェリア・リング。悪魔殺しの魔術師よ。今日からよろしく」
呪われオフェリアの弟子事情~天才魔術師は師匠に最愛を捧ぐ~ 長月おと @nagatsukioto
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