第56話 エピローグ

 

 上級悪魔アビゴールが倒されたという報せは、魔塔グランジュールを通じて瞬く間に大陸中の魔術師に知れ渡った。

 魔塔の助力があったとはいえ、上級悪魔を単独で倒した魔術師は、クレス歴千年の間で至上三人目。

 なおかつ、その魔術師の初めて弟子は魔塔グランジュールの優秀な正研究員。優秀な弟子を育てた魔術師ということもあり、オフェリアは今をときめく『師匠にしたい魔術師』として人気になってしまった。

 彼女を紹介してほしいと、弟子入りを志願する若い魔術師や、自身の弟子を預けたいという魔術師が魔塔グランジュールに殺到。

 迷惑をかけないようオフェリアは、沈静化するまで逃げるように旅に出ることになった。


 一方で彼女の弟子ユーグはというと。

 実はアビゴールとの戦いを後世の悪魔対策に役立てるため、教会には映像と音声をそれぞれ記録する最新の魔道具が設置されていたのだが……後日行った記録解析の際、ユーグの情熱的な激重プロポーズまで魔塔の同僚に知れ渡ってしまった。

 一見穏やかな好青年ではあるが、仕事場では寡黙でミステリアスな人物と認識されていた天才魔術師の大恋愛。同僚の質問攻撃に居た堪れなくなったユーグは魔塔を飛び出した。

 長期休暇を申請し、旅に出るオフェリアを追いかけたのだった。


 ふたりは解呪に協力してくれていた魔術師にお礼をして回り、そのあとはお世話になった故人たちの墓地に足を運ぶことにした。

 家族、知人の魔術師、そして今日――オフェリアの師匠ウォーレスの墓地に挨拶をしたら、半年間の旅は終わりを迎える予定だ。



「ユーグ、ここまで全部私の都合に合わせてくれてありがとう」



 墓地に向かいながら、オフェリアは言った。



「大陸各地を旅するなんて初めてだったので、どの場所も新鮮で、オフェリアの軌跡も追えて楽しかったですよ。あなたのこともっと知れて良かった」



 ユーグは微笑みながら、オフェリアと繋いでいる手に少しだけ力を入れる。

 そのわずかな力加減の変化に愛情を感じ、オフェリアも顔を緩ませた。

 半年間の旅はオフェリアにとっても楽しい時間だった。魔術師たちに嬉しい報告ができて良かったのはもちろん、我慢を止めたユーグの愛情はそれはもう甘くて、重くて、可愛くて。

 すっかり落ち着きのある大人になってしまったと思っていた男性の、知らなかった初心な一面を見つけられたのは予想外の収穫だ。

 ユーグに翻弄されてばかりだったが、最近は反撃するのも面白くなってきている。

 そんなことを想って歩いていると、目的の場所に着いた。オフェリアは、恩師ウォーリス・アルノーの墓標の前にしゃがむ。



「ようやく戦いが終わりました。ウォーリス師匠、悲願が叶いましたよ」



 白百合の花束を供え、語り掛ける。

 呪いを解くために弟子を拾ったこと。その弟子が優秀で、解呪の支えになったこと。知らない間に多くの魔術師が味方になって、協力してくれたこと。不老の仕組みや、解呪に用いた魔法のこと。百年前には勝てなかった悪魔を倒したこと。

 不幸な時間だと思っていた百年が、かけがえのない時間に変わったと墓標に向かって伝える。そう思えたのはきっと――



「ウォーリス師匠が、私の師匠で良かったです。どれだけ師匠に助けられたことか」



 魔法の知識や技術をはじめ、諦めない心を教えてくれた。それにウォーリス師匠が素晴らしい見本になったからこそ、オフェリアもユーグを立派な魔術師に育てることができたと思っている。理想の魔術師を育てようとしたら、理想を超える伴侶にまで成長してしまったのは想定外だったが……。

 とにかく幸せを手に入れられたのは、ウォーリス師匠の存在が大きい。亡きあとも、オフェリアの支えになったのは間違いない。



『どうか諦めないで。笑顔で逢える日を、先に天に行って待っているよ』



 ウォーリス師匠の最後の言葉が蘇る。

 前は師匠が待ち飽きてないか心配になり、早く再会したいと願っていた。でも、今は……



「師匠に直接お礼を言いたいところですが、ごめんなさい。もう少し待っていただけますか? できるだけ長く生きたい理由ができました」



 オフェリアが隣を見上げれば、ユーグが嬉しそうに微笑んでいた。

 この一瞬すら愛しく、ユーグの幸せを守っていきたいと強く思う。そのためには、自分はまだまだ死ねない。墓標に手のひらを当て、詫びの気持ちを送る。

 すると、ユーグもしゃがんで墓標に手のひらを当てた。



「ウォーリス様が素晴らしい師だったと、オフェリアを通じて知りました。あなた様のお陰で僕はオフェリアと出会い、一人前の魔術師になれたと言っても過言ではないでしょう。心より感謝しています」

「ユーグ……」

「そんな尊敬するウォーリス様に、オフェリアを幸せにすることを誓います。だからどうか、安心して待っていてください。僕が、笑顔の彼女を連れていくその日まで」



 そう言ってユーグは、墓標に触れていない方の手をオフェリアと繋げた。

 彼の力強く、大きな手についていけば、きちんと迷わず師匠のもとへといけそうだ。ウォーリス師匠も、穏やかな気持ちで見守り続けてくれるだろう。

 オフェリアは指を絡めるようにユーグの手を握り返す。

 そのとき、強い風が吹き込んだ。墓地を囲む木々が揺れ、木に咲いていた小さな白い花弁が舞う。まるでふたりの未来を祝福しているかのような光景。

 素晴らしい未来が待っていることを予感させられる。



「ユーグ、幸せにしてくれるのは嬉しいけど、あなたも幸せじゃないと駄目なんだからね」

「僕の幸せはオフェリアが幸せであることですから、何も問題はありませんよ」

「ふふ、なら一緒に幸せになろうね。絶対よ」

「もちろんです。一緒に幸せになりましょう」



 オフェリアとユーグは互いに手に力を込めて、誓い合った。

 解呪の悲願が叶ったように、明るい未来を乞う願いも叶うと強く信じて。




 END


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これにて完結です。最後までお付き合いくださり、そして♡で応援してくださり誠にありがとうございます!

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