第55話 希望を繋いで⑥

 

 優勢でも、悠長に戦うつもりはない。



「いい加減、ここで因縁を断ち切らせてもらうわ。私に百年の時間を与えたこと、後悔させてやる」



 オフェリアは練り上げる魔力をさらに濃くしていく。

 さすがのアビゴールも焦りを見せ、舌打ちをすた。飛び上がり、ステンドグラスが割れた窓から逃亡を試みる。

 だが窓枠にガラスはないはずなのに、見えない壁に阻まれた。



「なぜだ!?」

「だから、言ったでしょう? ひとりじゃないって」



 外には、教会の建物を囲むように魔術師が構えていた。建物自体に対悪魔の保護魔法をかけ続け、外に逃げられないよう悪魔専用の牢を作り上げている。

 大陸一の魔塔グランジュール所属の精鋭の魔術師たちだ。上級悪魔でも破るのはほぼ不可能。



「アンタが私に勝っても、次は魔塔の魔術師が相手。もう助かる方法はないわ」

「黙れ!」



 激高したアビゴールは口から閃光を放つが、オフェリアは同じく閃光を放って容易く相殺してみせる。

 弱い。

 オフェリアが初めて受けた百年前のアビゴールの閃光と比べ物にならないくらい攻撃力が落ちている。



(ユーグの頑張りが効いているわね!)



 オフェリアほどの攻撃力はなくても、ユーグの魔法もレベルは低くない。油断し、防御せずに受けた傷は少なくなく、アビゴールは自覚のないまま回復のために力を削っていた。

 アビゴールはますます焦り、余裕をなくしてオフェリアに拳を振り上げて、物理で突破しようとする。だがスピードも衰え、動きは単調。

 速攻で、正確な攻撃を繰り出せるオフェリアの前には無意味なこと。詠唱もなしに氷の槍を放ち、拳が下ろされる前に祭壇があった壁にアビゴールを磔にした。

 計二十本の槍が刺さった体では、いくら暴れようとしてもアビゴールは身動きが取れない。もはや、絶叫を教会内で轟かせるだけ。

 オフェリアは両手で杖を握り、祈るように胸元に当てた。



「対悪魔魔法……希望を灯せ、青の聖火」



 祭壇の床から青白い魔法陣が浮かび、青い炎の火柱が立った。火の先を天井まで届かせながらアビゴールを焼き、焦がし、灰すら燃やして消し去っていく。

 この対悪魔魔法は、最上級の攻撃魔法。オフェリアの魔力は急速に失われていく。

 だがアビゴールの断末魔が聞こえなくなっても、オフェリアは魔法の威力を弱めない。形がまだある間は、惜しむことなくありったけの魔力を注ぎこむ。


 アビゴールの体が燃え尽きるのが先か、オフェリアの魔力が底をつくのが先か――。


 するとカランと音を立てて、アビゴールの体から黒い石が床に落ちた。黒い石は炎の中で透明になっていき、真っ二つに割れる。

 その瞬間、残っていた悪魔の体は煙のように霧散し消えていった。

 ゴクリとオフェリアは息を飲み、魔法を止めた。

 悪魔が形を取り戻す気配はない。透明な石も無反応。教会内は、しばしの静寂に包まれる。

 数十秒ほど、オフェリアは立ち尽くしたまま、祭壇に残る透明な石を見つめていた。

 そんな彼女を背中からユーグが力強く抱き締める。



「オフェリア、終わりましたね」

「……」

「勝ったんです。僕たちが勝ったんですよ! オフェリア!」

「――っ!」



 オフェリアが振り向けば、涙で目元を濡らしたユーグの顔があった。彼の金色の瞳には、いまだに状況を理解しきれていない彼女の顔が映っている。



「本当に……?」

「はい。割れたのは悪魔の心臓と呼ばれる石。透明になればもう復活はしないと、過去の事件の記録が証明しています。もうあなたを不老にした悪魔はいません」

「私は、もう化け物ではない……?」

「はい。オフェリアは、普通の人間です」



 ユーグが返事をするたびに、じわじわと目頭が熱くなっていく。



「きちんとおばあちゃんになれる?」

「はい。互いに顔に皺ができるのが楽しみですね」

「ユーグに置いていかれない?」

「はい。オフェリアより長生きしてみせますよ」

「――っ」



 オフェリアは体の向きを変え、力いっぱいユーグを抱きしめ返した。ありがとう、ありがとうと何度も繰り返す。

 ユーグが「オフェリアが僕を育ててくれたからです。僕の方こそ、ありがとうございます」というものだから、溢れた涙は止まりそうもない。

 ふたりは仲間の魔術師が教会の中に入ってくるまで、抱き締め合いながら喜びを分かち合ったのだった。

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