第54話 希望を繋いで⑤

 

 アビゴールは慌てて落とされた手を拾い、苦悶の表情を浮かべて切断面にくっつけて回復を図っている。

 隙だらけだが、まだ手は出さない。オフェリアは悪魔から目を逸らすことなく、背に庇う青年に声をかけた。



「待たせたわね。よく耐えたわ」

「時間ぴったりですよ。では、あとはオフェリアにお任せしても?」



 ユーグがよろっと起き上がる。

 彼が重傷を負っていないことに、オフェリアは安堵する。



「えぇ、ユーグは魔道具の結界の中で休んでいなさい」



 足を引きずりながら結界の中にユーグが入ったのを確認してからオフェリアは、すべての意識をアビゴールへと向けた。

 百十五年ぶりに対峙する悪魔は、自身と同じく変化のない姿をしていた。



「お久しぶり。これまでのお礼をさせてもらうわ」



 ようやく腕を元に戻したアビゴールは、忌々しくオフェリアを見下ろす。



「今の攻撃も不意打ちで魔法陣で強化したのかもしれんが、我とオフェリアの力量に差があるのは、百年前の戦いで分かっているはずだ。なのに、またひとりで無謀にも立ち向かってくるとは滑稽だな」

「アンタが言う通り、私ひとりでは勝てないでしょうね。でも、今はひとりじゃないの――降りなさい、雨流星」



 オフェリアの前に、無数の短刀のような水の刃が浮かぶ。逃げ道を塞ぐように床から天井、壁から壁を埋め尽くすほどの数だ。

 アビゴールは目を見張った。



「なっ――ぎゃああああああああああ!」



 気付いたときには、アビゴールの体に大量の水の刃が突き刺さっていた。氷のように固くないのに、旋回しながら肉を抉って深く入り込む。力を使って押し出そうと試みるが――



「爆ぜなさい、電火」



 紫の雷撃が放たれ、被弾する。雷撃はアビゴール体表を流れ、水の刃に触れた瞬間に体内で爆発を起こした。守るすべのない全身内部を傷つけられ、アビゴールは両手をつく。



「ぐっ! なぜそれほどまでの魔法が!?」

「眠っていたアンタと違って私は切磋琢磨を続けて、精度を上げただけよ。当時ひよっこだった私と同じと思わないことね」

「では、我も手加減は――グギャッ!」



 言い切る前に、容赦なくアビゴールが脳天に氷の槍が落とされる。



「くそぉ!」



 アビゴールは自身を守るために半透明のドーム状の障壁を張った。氷の槍を引き抜き、回復を試みるつもりだろう。

 オフェリアでも、アビゴールが防御の力を使うのは見るのは初めてのことだ。



(つまり、アビゴールは私の魔法を危険と判断したってことね。通じる……今なら、私の魔法は通じる!)



 百年前には手応えがなかったのが嘘のように、今のアビゴールを脅威に感じない。どんな魔法を、どんな力加減で使えば良いのか、手に取るようにわかる。

 解呪方法のヒントが見つからない期間、腐らず攻撃魔法を磨いていて良かった。そうオフェリアは過去の自分を褒め、前に踏み込んだ。

 体内の魔力を出力限界まで練り上げ、先ほどよりも研ぎ澄まされた氷の槍を十本放つ。金属音のような高い音を響かせ、悪魔の障壁が砕け散った。

 再びアビゴールが障壁を張ろうとするが、オフェリアの放った第二陣の氷の槍の方が速い。吸い込まれるようにアビゴールの胸を貫通する。ぐらりと巨体が揺れた。

 だが、アビゴールは踏みとどまりニタァと笑った。



「大技を連発して使ったな? そろそろ魔力が底を――ギャアアアア!」



 大量の水の刃が再びアビゴールに襲い掛かる。もちろん、雷の魔法もセットで。

 それでもオフェリアは疲れた様子もなく、強がっているわけでもなく、涼しい顔で杖を向けていた。



「なぜだ……なぜだ……貴様の魔力は我が憑りついて消費していて、先ほどまで半分以下のままだったはずなのに! こんなに早く回復するはずが……!」

「ユーグは天才魔術師、とだけ言っておくわ」



 不老の原因が、アビゴールがオフェリアの心臓に憑りついていると分かったとき、解呪とともに悪魔を倒す必要があると判明した。

 では誰が倒すか――それを研究チームで話し合ったとき、満場一致でオフェリアが選ばれた。もちろん、オフェリア自身も望んでいたこと。

 上級悪魔と対峙した経験があり、百年以上生きた熟練の魔術師であり、何より……攻撃魔法に関しては、魔塔グランジュールの誰もがオフェリアに実力が及ばなかった。

 だからユーグはオフェリアが本来の力を発揮できるよう、解呪とともに自身の魔力を譲渡する方法を編み出した。最も無駄なく魔力をオフェリアのものに変換できる手段が口付けだったというわけだ。

 魔力量が潤沢なユーグだからこそなせる業。


 ひとりじゃない。

 オフェリアの魔法は今、最も信頼している魔術師によって支えられていた。

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