父親視点②

 俺の意識は消え、次に目を覚ました時は一面真っ白の世界だった。


「ここが死後の世界ってやつか?」


「まぁ、そんなところだよ。ずっとあなたを待っていた」


「!?」


 背後から懐かしい声がした。


「久しぶり、あなた」

 

 振り向くと妻の美和子が立っていた。


「…………また、会えるとは思わなかったよ。でも、会えて良かった」


 俺が言うと美和子はとても悲しい表情になった。


「私は会いたくなかった……」


「…………」


 美和子は俺を抱き締める。


「まだ、会いたくなかった。来るのが早すぎるよ、正彦」


 美和子の声が震える。

 泣いているのが、すぐに分かった。


「これでも延長しただけどな」


「死んでから一年もご苦労様」


「!? なんでそれを?」


「ずっと見てたから」


 俺を抱き締めていた美和子が離れる。


 そして、美和子は微笑んだ。


「ここからずっと見ていた。あなたが自分のやりたいことを犠牲にしてまで、涼香を育てたのをずっと見ていたの」


「別に自分のやりたいことを犠牲にした覚えはない。やりたいことが変わっただけさ。涼香の為、それが俺の人生になっただけだ」


「だからって、自分の命まで……あなた、昔から喧嘩の一つもしたことが無かったでしょ?」


「そうだな。初めて闘った気がする」


「馬鹿……」


 美和子の表情が泣き顔と笑い顔の中間のようになる。


「それよりも美和子、ここは天国かい? それにしては殺風景だね」


「どうかしら? 天国ってものがあるとしたら、あの先じゃないのかしら?」


 美和子の指差す先には階段があった。

 天に向かっている。


「待っていた、って言ったでしょ?」


「じゃあ、こんな殺風景なところにずっといたのか?」


「退屈はしなかった。だって、頑張るあなたと涼香の成長を見ていたから」


 美和子は微笑んだ。


「あっ、それから涼香はあなたのこと、多分、見えていたよ」


「…………え?」


 美和子は唐突にそんなことを言った。


「いやいや、見えていたら、無視をしないだろう」


「ううん、私の予想は当たっていると思う。こういうことは母親の方が分かるものなの。涼香はあなたに見えていることが知られたら、ずっと現世にいると思ったんじゃないのかな? あなたが死んで、あの子は親離れする決意をしたんじゃないのかな?」


「美和子の言うことが本当なら俺たちの娘は凄いな」


「私たちの子供なんだから当たり前でしょ」


「そうだな。……さてと涼香のことを話していたら、キリがない。話しながら、行こうか」


「そうだね、マサ君」


「!?」


 美和子が懐かしい呼び方をするので、俺は階段の一段目を踏み外しそうになった。


「また懐かしい呼び方だな」


 美和子の呼び方は学生時代のものだった。


「ここは現世じゃないんだし、青春時代の呼び方でもいいでしょ?」


 美和子はからかうように笑う。


「そうかもな、みーちゃん」


「!?」

 

 今度は美和子が階段を踏み外しそうになった。


「おっと」


 俺はバランスを崩した美和子と手を繋いで支えた。


「いきなり、そんな呼び方しないでよ」


 美和子の顔は真っ赤だった。


「みーちゃんが先に言ったんだろ」


「もう……マサ君の意地悪」


 俺と美和子はお互いに恥ずかしそうに笑う。


 俺と美和子は手を繋いで階段を上り始めた。

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【短編】あの事件から娘は俺を無視している。 羊光 @hituzihikari

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