俺がブッコロー?
佐藤愛子
第1話
暗い。
目が開かない。
体も動かない。
ただ、声が聞こえるだけ。
「どうして、どうして、さとし、なんでなの。
さとし、答えて。」
次に気が付いても暗かった。
しかし、今回は見える。
が、何か違う。
(なんだ、この違和感は。)
少し考えてわかった。
(電気がついて明るいわけではないのに見えるんだ。
そして、体も違和感だらけだ。
手と足はあるのはわかる。
右手以外は動くけど、自由に動かせない。
左手は動かすというというよりはうちわを扇いでいるようだし
歩くのもぺたぺたとペンギンのような感じだ。
それから、声は出ない。
これでは助けを呼べない。
仕方がないので、動きで見つけてもらうしかない。
誰かを見つけて肩をたたくなり手を振るなりしてみよう。)
(ここは、どこだろう?)
段ボールが積んであるし
本や書類が大量においてある倉庫だろうか?
そして、鏡があったので、
ふとその前に立ってみた。
(な、なんじゃこりゃーーー!!
え?鳥?いや、その前にぬいぐるみ?
いやいや、落ち着け俺。
そんなわけないだろう。
俺がオレンジ色の鳥って。
ん、これ、どこかで見たことがあるぞ。
思い出した、YouTubeだ。
すごくよく喋る鳥だ。
名前は、何だったか。
・・・・・思い出した、ブッコローだ。
は?
待て待て、自分の姿がブッコローとは
どういうことだ?
ブッコローの中に入ってると言う事か?
なんで?考えろ、考えろ俺。
えっと、まず、俺の名前はなんだ?
男ということは覚えている。
そうだ、名前を呼ばれた記憶がある。
・・・・・
思い出した、俺の名前はさとしだ。
それしかわからなかった。
思い出さなかったというべきか。
あと、さとしと呼んでいたのは
女性の声だったことぐらいだ。
そうだ、少し別の事を考えよう。
何かのきっかけで思い出すかもしれん。
まず、俺が入っているのはぬいぐるみだ。
世間一般ではぬいぐるみは動かない。
たしか、YouTubeでは黒子が動かしていたはずだ。
このままでいいわけではないが
様子を見ようと思いじっとしていることにした。
何か思い出せないかと考えてみた。
うーん、うーん、
名前、、、さとし、
何さとしだっただろう?
そして、なんで俺はここにいるんだ?
意識だけがあるという感じなのか?
体はブッコローだし
ブッコローとしては動くが
本物の体はどうしたんだろう?
まさか俺、死んだんだろうか?
それで魂だけ残っているだろうか?
うーーん、探しに行く?
いやいや、ブッコローが歩いてたら
すぐに捕まるというか
ばれるというか
ぬいぐるみが動いていたら
ナ〇に連れていかれて人体実験とかされそうだ。
どうしたもんか、、)
いくら考えても答えは出なかった。
外が明るくなってきた。
朝が来たようだ。
あれ、なんだか意識が、、、。
そして、次に気が付くとまた部屋は暗かった。
(俺、寝てたのか?)
明るくなったなあと思ったら
急に意識がなくなったようだ。
外は暗い。夜だ。
昨日と同じ部屋で
同じようにブッコローの中にいる。
(もしかして、夜しか活動できないんだろうか?
活動と言っても考えるぐらいしかできないけどな。
外、出れないよな。)
と、部屋のドアまで行ってみた。
が、届かない、、、、。
(がーん。そうだよな、今ブッコローだわ。
背、低いわ。)
そして、数日がたった。
わかったのは、夜にしか意識が覚醒しないこと。
ブッコローが鳥だからだろうか?
それから、思い出したことがある。
俺は事故にあったんだ。
「危ない」と声がして、後ろを振り向いたんだ。
そしたら、トラックに当たって景色がゆっくり流れた。
これが走馬灯というやつなのか、とのんきに考えた。
俺は死ぬのかな、でも、死にたくないと思った。
気が付いたらブッコローの中にいたんだ。
室内では動き回れるので部屋の探索をしてみた。
(まず、脱出は不可能だ。
ドアすら開けれないのに出れるわけがない。
誰かに見つけてもらって助けてもらいたいが
助けてくれるだろうか。
勝手に動くぬいぐるみとして人体実験は嫌だ。)
その時、音がした
カギを開けている。
誰か部屋に入ってきた。
(しまった。
いつもの場所から離れている。
戻りたいが、間に合わない。
ええい、このままじっとしておこう。)
ドアが開いて人が入ってきた
「あれ、ブッコローがこんなところに。」
と、抱えられ定位置に戻された。
抱えたのは。若い女性だ。
見たことはない。
ブッコローを戻した後、
何かを探している。
書類を見ながら部屋のなかをうろうろしている。
(新人だろうか?)
とても若く見える。
「あれ?」とか「ここじゃない」とか
つぶやいている。
そして、「きゃー」と悲鳴が聞こえた。
(行くか、いや、しかし)と思ったが
体が動いてしまった。
悲鳴のあったほうへ移動した。
どうやら箱をひっくり返したようだ。
箱とその中見が散乱している。
「あーーー、やっちゃった」とつぶやいている。
「痛っ」と手首を押さえているから、
手首も怪我したようだ。
「はあ」と、ため息をつきながら
ひっくり返した箱を戻そうとしたが
バランスを崩して残っている中身をぶちまけてしまった。
「はあ」と再び箱を戻し、
散らばった中身を戻そうとしているので
つい、手という羽を出してしまった。
「え?ブッコロー?
さっきあっちに戻したよね?
動いて、、、る。。。
えーーーー!!!!」
女性の動きが止まっている。
「あ、どっきりか。
きっと部屋に誰かいて、、」
と、きょろきょろしているが誰も出てこない。
ごくっと唾を飲み込む音がして
ゆっくりとブッコローを見る。
「ブッコロー、動けるの?」と聞いた。
ブッコローは体を前後に揺らして、うなづいて見せた。
「え?どうゆうこと?」
体を左右に揺らして(わからん)と表現してみた。
「喋れないの?」前後に揺らす。
「そっか、そうだよね。」
「とりあえず、YESが前後でNOが左右でいい?」
前後でYES
「じゃあ聞くね」
YES
「ブッコローっていつもしゃべってる中の人?
NO
「え、違うの」
YES
「え、じゃあ誰?」
ぶんぶんと前後左右に激しく体を揺らしてみた。
「それは、何?新しい返事の仕方だね。
何か言いたいの?」
YES
「そうか。
でもどうやったらいいんだろう。
あ、そもそも
会話してるってことは日本語はわかるんだよね?」
YES
「ひらがなの50音表を持ってくればいいのか。
指さしとかできる?」
YES
「その手で?」
YES
「まあ、やってみようか。
今日はもう遅いからまた明日来るね。
それでいい?」
YES
部屋を片付けて女性は帰っていった。
次の日
お昼休憩の時にブッコローに話しかけている
女性がいた。
「あれ?おかしいなあ?
夢見たのかなあ?」
そして、夜。
「ブッコロー」と呼ぶ声が聞こえる。
ぶんぶんと体を揺らす。
「良かった、夢じゃなかったんだ
昼にも来たんだけど、返事なかったんだよね。」
前後左右に激しく揺らす。
「わかったわかった。
今日は50音表持ってきた。
やってみようか。」
YES
そのまま指差しを試してみた。
が、羽が大きく
一文字を指定して指すことができないことが判明。
「そんな気はしたからこれ持ってきた。」と、
棒と輪ゴムを出す。
輪ゴムを使って羽に棒を固定してみた。
すると、指定した文字がわかるようになった。
早速指した文字を読み取る。
ーさ、と、し
「ん、何?」
ーな、ま、え
「名前?って中の人の名前ね。」
YES
「ブッコローじゃなくて、さとし、ね。わかった。」
ーき、み、は
「私?そういや名前言ってなかったね。
私の名前は、鈴木栞です。」
ーこ、こ、ど、こ
「ここは有隣堂です。」
ーほ、ん、や
「そうそう、本屋さん。ほかにも色々売ってるよ。」
ーて、ん、い、ん
「てんいん、って私が店員かってこと?
YES
「うーん、店員というよりか社員かな?
広報の仕事してるの。YouTubeって知ってる?」
YES
「じゃあ配信とかもわかるよね?」
YES
「主にその仕事をしてるの。
いやいや、私の話はいいの。
それよりもさとし、さん
なんでブッコローの中にいるの?」
ーわ、か、ら、ん
「え、じゃあ、いつから?」
さとしさんの話を要約すると
一週間ぐらいブッコローの中にいるようだ。
事故にあって意識がなくなり、
その後、誰かにさとしと呼ばれたと。
次に気付いたらブッコローの中にいたということだ。
「わかった、ちょっと事故のこと調べてみるね。
あ、そうだ、昼に来た時なんでしゃべってくれなかったの?」
ーよ、る、だ、け
「夜しか動けないの?」
YES
「そっか、喋ってくれなかったから
昨日のは夢かとおもったよ。」
ーつ、う、ほ、う、や、め、て
「つうほう?って
ああ、誰にも言ってないよ。
自分でもまだ信じられなのに。」
ーあ、り、が、と、う
「わあ、もうこんな時間。
じゃあ、また明日来るね。」
文字さしをしながらの会話は時間がかかる。
その日、鈴木は表を抱えて帰っていった。
次の日の夜、さとしは目覚めた。
が、部屋は暗いままだ。
(あれ?まだ早かったか?
待つか。
そして、外が明るくなってきた。
来ない、、、。
なんでだ。
ああ、こんな俺に付き合ってくれたのは
気まぐれだったのか。
そうだよな。
俺は一生このままかかもしれないな。)
と思いながら意識は途絶えた。
そして、次の日の夜。
「こんばんは、さとしさん」と呼ばれた。
そこにはにっこり笑った鈴木がいた。
「昨日は来れなくてすみません。
仕事が終わらなくて、遅い時間になってしまったんです。
そのあと来ようと思ったんですけど、
みんな一斉に帰ろうとなって
一人だけ残るわけにはいかなくて。」
YES YES YES YES
何度も前後に体を揺らした。
「どうしたんですか?
あ、ひらがな表と手のセッティングしますね。」
手に輪ゴムと棒がつけられ、文字を指せるようになった。
ーも、う、こ、な、い、と、お、も、つ、た
「なるほど、それで。
今日は、来てくれて嬉しいってことですか?」
YES
「ちゃんと約束は守ります。
ただ、これからも次の日って言っても
その日には来れないかもしれません
でも、遅くなってもちゃんと来ますからね。」
YES
「そうだ、お知らせというか報告があるんです。
事故の事、調べました。
そしたら、出てきました。
4月11日の新聞に載ってました。
会社員 新井 聡(28)さんが
車と接触事故って。
そして、重体って書いてありました。」
(あらい さとし あらい さとし
そうだ。俺の名前は新井聡だ。)
「さとしさん?どうしました?
だいじょうぶですか?」
ーお、も、い、だ、し、た
「思い出したんですね、良かった。
ーつ、ま
「つま?って、え、結婚してるんですか?」
YES
「もしかして、お子さんもいたりします?」
NO
ーし、ん、こ、ん
「ええ、いつ結婚したんですか。」
ーし、よ、う、が、つ
「うわ、まだ半年もたってないのに
奥様心配してるでしょうね。」
YES
ーあ、い、た、い
「ええ、ブッコローですよ?
ーぶ、じ、を、つ、た、え、た、い
「無事と言えるかはわかりませんが
会いたい気持ちはわかります。
奥さんに、連絡してみましょうか?」
YES
「どうやって連絡しましょうかね?
いやでも、私がするんですよね。」
YES
「・・・・
なんて言えばいいんでしょうか?
聡さんはブッコローの中にいますって?
まあ、信じないですよね。」
YES
「うーーーん、どうしようかなあ。
いきなりぬいぐるみを出して
これ聡さんですって言っても
話せるわけではないし。
あ、そうだ、これからは新井さんの方がいいですか?
名前もわかりましたし、
年上の男性を下の名前で呼ぶのはどうかと思いまして。」
ーこ、の、ま、ま
「いいんですか?
ーな、れ、た、そ、れ、よ、り、つ、ま
「わかりました。
では、名前はこのまま聡さんと呼ばせていただきます。
それより今は奥さんと話をする方法ですね。
まあ、どんな方法を取るにしても
私が最初に奥さんと話をするしかないですよね。」
YES
「一度、奥様と話してきます。
その時に信じられる話をしたんです。
色々と教えてください。
二人のなれそめとか。こんな話してるとか」
思いつく限りの話を聞いて
会いに行くことにした。
土日は休みの仕事をしているとのことで
日曜日に聞いた住所のドアホンを押した。
「はーい、どちら様ですか?」
女性の声がスピーカー越しに聞こえる。
「あ、あの、私、聡さんの知り合いでして。」
「聡の?えっと、今、聡いないんですけど。」
女性の声は戸惑っている様子だ。
「はい、知ってます。
今日は奥様にお話があってきたんです。」
「失礼ですけど、聡とのご関係は?」
「何と言えばいいのか、、、
たまたましゃべるようになって
知り合いというのか友達というのか。」
「友達、ですか。
それで、私に話って、何の話でしょうか?」
「ややこしいというか込み入った話になるので
出来れば直接お会いしてお話させて下さい。」
「このままで聞きます。何ですか?
わざわざ聡のいない時に来て、
まさか、、彼女とか言うんじゃ?」
「いえいえ、全くそんなことないです
顔を見たこともないですし。」
「ふざけてます?
顔も見たことないのにどうやって喋るんですか?
あ、聡がいないことを知って来てるんだから
私を騙そうとしてるんですね。
勧誘とかそういうのは要りませんから。」
「そんな、騙そうなんて
ただ話を聞いてほしくて来たんです。
聡さんからの伝言を伝えたくて。」
「はあ?何を言っているんですか?
聡は今喋れる状態じゃないんです。
それをわかって来てるんでしょ。
帰って下さい。」
「お願いです。
少しでいいんで話を聞いて下さい。」
「帰って下さい。」
(まずい、怒らせてしまった。
いきなり一人で来たのはまずかったか。
事前に電話連絡をして方が良かったのか、
いや、電話でも同じことになっただろう。
こうなったら、あれで行くしかない。)
「オムライスでプロポーズ。」
「え?」
「オムライスの店でプロポーズしたって聞きました。
店の名前は、サンライズ。
クリスマスとかそういう日じゃなくて普通の日だったと。」
「それは合ってるけど、、、、。」
(よし、なんとかつながった。)
「でも、結婚式で少し話したから知ってる人はいるわ。」
「はい、聡さんもそう言ってました。
では、これならどうでしょう?
次の大きな休みに、沖縄へ行こうと話した。
聡さんの沖縄旅行の写真を見て
奥様がすごく羨ましがったから
今度は二人で行こうと。
沖縄の美ら海水族館に。」
「その話は、、、二人しか知らないはず。
え、でも、聡はなんであなたに話したの?」
「そのことを含め
お話したいことが沢山あります。
どうか会って話をさせて下さい。」
「どうぞ」扉が開いた
「おじゃまします。」
鈴木は部屋に入り、奥さんはお茶を出してくれた。
「遅くなりましたが、
私、鈴木栞といいます。」と、名刺を出す。
「鈴木さんですか。」
「有隣堂をいう本屋で広報を担当しております。」
「はい。
それで、さっきの水族館の話をなぜご存じなんですか?
水族館の話は誰にも話してないです。」
「信じられないと思いますが
今からお話すること信じて下さい。」
「あの、その前に確認したいんですけど
聡と、、その、、、恋人とか不倫とか、、
そういうのでは?」
「全くそんな関係ではありません。
先ほども話しましたが、
顔を見たことがないです。」
「でも、プロポーズの話とか
水族館の話とかご存じですよね?」
「それを知っていることを含めてお話しますね。」
「わかりました。」
「まず、有隣堂のYouTubeご覧になったことありますか?」
「え?YouTubeの話ですか?」
「はい、順に話していきますので教えて下さい。」
「ええ、見たことはあります。
ぬいぐるみが喋ってるやつですよね?
聡さん、好きでよく見ていたので。」
「そのぬいぐるみ、ブッコローというんですけど
その中に聡さんがいます。」
「は?
あの、、、何をおっしゃているんですか?」
「信じられないのはわかってます。
私も最初は夢かと思いました。
でも、本当に聡さんがいるんです。
聡さんの意識というか。
意思の疎通ができるんです。」
「ぬいぐるみでしょ?」
「だから、体を揺らしたり
50音表を指さしてもらったりして会話をしています。」
「その会話でプロポーズの話とか色々聞いたんです。」
「え、いや、でも。」
「信じてもらえないだろうから
二人にしかわからないことも教えてもらいました。」
「じゃあ、他には何か聞きましたか?
「そうですね、
新居に引っ越してからカーテンで喧嘩したとか
奥様は人参が嫌いで料理に入れないとか。」
あとはひたすら聞いたことを奥様に話した。
最初は半信半疑だったが
やっと信じてもらえたようだ。
「なんかちょっと恥ずかしいわ。
色々と聡が喋ってしまって。」
「ああ、なんかすみません。
本来なら二人だけの内容といいますか
プライバシー的にどうかとも思ったんですが
ちょっと特殊な環境になってしまったので。
私はすぐに忘れますから安心してください。」
「お気遣いありがとうございます。
あの、私も聡と話がしたいです。
有隣堂に行けばいいんですか?」
「それが、すみません。出来ないんです。
会わせてあげたいですけど
このブッコローは表に出てるわけではないんです。
広報用の部屋にありまして、
お客様に見せるわけにはいかないんです。」
「ああ、そうですか」と、落ち込んでいる。
「会いたいですよね。
聡さんも会いたいって言ってました。」
「それなら、ここに連れてきてもらうのは?」
「そうしたいのは山々なんですけど
ブッコローのぬいぐるみと話せるのは
夜のみなんです。
それと、ぬいぐるみは会社の備品になりますので
長時間持ち出せないんです。
その日の夜にこっそり持ち出して
その日中に返せたらいいんですけど、
こちらのご自宅だと距離を考えると厳しいです。
私が役職でも持っていれば、
なんとか理由をつけて持ち出せたかもしれませんが
入社2年目のただの社員でして。」
「いえ、そんな、考えてくださったんですね。」
「有隣堂から近いところなら可能だと思います。
帰ったら、どこか場所を探してみます。
今日は、聡さんの存在をお伝えしようと
思って来ましたので。
あ、そうだ。
生意気に名前呼びしてしまいすみません。
最初は、さとし、としか覚えてなくて、
調べて新井聡さんだってわかったんです。
最初に、さとしさんと呼んでたもので
本人にも了解を得てそのまま呼んでいます。
そのせいで余計に誤解を与えてしまったようで。」
「いえ、もういいですよ。」
「名前だけ呼ばれた記憶があったそうです。
呼んだのはきっと奥様ですよね?
名前すら覚えてなかったら
ここには来れなかったかもしれません。」
「さとし、、、」
最後に、奥さんを泣かしてしまった。
そして、連絡先を交換して帰った。
有隣堂近くのネットカフェやホテルなど
個室で人の目が気にならなくて
話ができる場所を探した。
奥さんと連絡を取りあっていると
入院している病院が有隣堂の近くにあるとわかり、
また、聡さんは個室に入院しているので
病院で会う段取りになった。
ブッコローを大きい袋に入れ
誰にも見られないように速足で会社を出る。
すぐにタクシーを捕まえて病院に行く。
あらかじめ聞いていた部屋番号の部屋へ向かう。
ノックをした。
「どうぞ。」と返事がしたので
扉を開けて中に入った。
「こんばんは、お待たせしました。」
ごそごそとブッコローを取り出す。
どーんと大きなぬいぐるみが出てきた。
「さとし?」と話しかける。
ぶんぶんと体が揺れる。
「本当に聡なの?」
ぶんぶん
「前後の揺れがYESで、左右がNOです。」
「ちょっと待ってくださいね。」
と、羽に棒をつけ50音の表を出す。」
棒が指す文字
ーあ、す、か
「さとし!!」
ーあ、い、た、か、つ、た
奥さんは涙をこらえて
ブッコローを抱きしめた。
頭をなでてブッコローと見つめあっている。
「ありがとうございました。
連れてきてもらって。」
「いえ、私にできることはこれぐらいしかないので。」
なんとなくブッコローは嬉しそうだ。
体も揺らして全身で喜んでいるようだ。
「聡さん、こんなお顔してたんですね。」
と、ベットで横になっている聡本人を見た。
「そういえば顔を見たことないって言ってましたね。
最初聞いたとき、なにわけのわからないことを
いっているんだと思いましたが
そりゃ、ブッコローさんの中にいれば
顔はわからないですよね。
あとは、どうやったら
戻るかですよね。」
「わかるなら協力するんですけど
何をどうやって調べればいいのか。」
「そうですよね、、、。
今日は少しでも話せて楽しかったです。」
「また連れてきてもらえますか?」
「もちろんです。」
そして、その日はブッコローを連れて帰った。
一週間後、
もう一度病院へ行くことになり
今日も速足で会社を駆け抜ける。
(二度目だけど、見つからないかとドキドキする。
今日は聡さんと考えた体に戻る方法をやってみるつもりだ。)
「失礼します。」
「どうぞ。」
ブッコローを出し、手に棒をセットする。
50音表を出せば完了。
慣れたもんだ。
ーげ、ん、き、か
「うん、元気だったよ。」
ーご、は、ん
「食べてるかって?」
YES
「大丈夫、食べてるよ。」
少し会話した後、色々と試してみた。
体の横や頭の上に
ブッコローを置いてみたり
布団の中に入れてみたり
のせてみたり
「駄目ですね。
そんな簡単にはいかないですよね。」
「じゃあ、刺激を与えてみますか?」
ブッコローが激しく横に揺れる。
「冗談だよ。」
明日香さんも笑っている。
「どうなることかと思いましたが
こうやって話せるようになって
嬉しいです。」
「ええ。」
その後も色々と試したみたが何も変わらなかった。
そして、面会時間終了の連絡が来た。
「それではそろそろ。」
「はい。」
片付けようとブッコローを袋に入れる。
しかし、うまく入らなかった。
「あれ、なんか引っかかってる」
ブッコローがころげ落ちた。
「ああっ!」
「さとしーーー」
慌ててブッコローを拾い上げた。
「さとしさん?」
「さとし?さとし?」
おかしい、動かない。
さっきまでは確実に動いていた。
「いや、いや、さとし、さとし。」
明日香はブッコローを抱えて泣いている。
鈴木は茫然と立ち尽くした。
(聡さんがいなくなってしまった。
私が落としたからだ。
どうしよう。)
その時、景色の中で何かが動いた気がした。
その方向を見ると聡が寝ている。
聡の体をゆっくり観察すると
指がぴくぴくと動いている。
「あ、明日香さん!」と声をかける。
明日香は顔を上げた。
鈴木が「指」と言って聡のほうを指さす。
明日香が聡の指を見ると動いている。
「さとし!!」
ブッコローは放り投げられ、再び転げ落ちる。
明日香は聡に駆け寄り声をかける。
「さとし、さとし」
そして、瞼がゆっくりと開いた。
明日香は抱き着いて、
声にならない声を出している。
「あすか」と、声が聞こえる。
(聡さんの声はこんなんだったんだ)と
鈴木は思う。
ナースコールを押したので看護師が来た。
鈴木は転がっているブッコローを素早く袋に詰めて
そっと部屋を出た。
しばらくすると電話がかかってきた。
「鈴木さん、明日香です。
気が付いたらいなくて。今どこですか?」
「帰り道です。
私のことより、聡さんはどうですか?
「今、検査中なんだけど
さっき普通に話したし、多分大丈夫だろうって。」
「それは良かったです。」
「いろいろとありがとう。」
その後、順調に回復して退院したと連絡を受けた。
お礼がしたいと言われ、
人間の新井聡さんに会い、一緒に食事をした。
ブッコローの中にいたことは覚えてないらしい。
中に入っていた時の苦労話も信じてもらえなかった。
結局、鈴木は奥さんの友達ということして
これまであったことは二人だけの秘密と言う事にした。
そして、奥さんは有隣堂のファンになり、
「本を買うなら有隣堂」と言って足を運んでくれている。
後日、鈴木はYouTubeの撮影としていた。
今回の出演は、文房具王になりそこねた女 岡崎だ。
撮影は順調に進み、面白い話が撮れた。
終了後、岡崎に話しかけられた。
「鈴木さん」
「あ、岡崎さん、お疲れ様です。」
「ふふ、ブッコローちゃん、戻ったわね。」
「戻るって、何がですか?」
「ブッコローちゃん中に何かいたわよね。
感じたのよ、うまく言えないけど。
ブッコローちゃんが違うってね。
そしたら、鈴木さんが大きい袋を持って
急いでいたのを見たから
何かあったのかなあと思って。」
「え、いや、あの、すみません、勝手に持ち出して。」
「いいのよ。
いや良くないのかもしれないけど。
もちろん、秘密にしておくわ。
それで、誰かを幸せに出来たのかしら?」
「はい。」
「さすがブッコローちゃんね。
ブッコローちゃんは有隣堂のアイドルだからね。」
「そうですね。」
「それじゃあ、仕事頑張ってね。」
「はい、ありがとうございます。」
にっこり笑った岡崎さんの笑顔が菩薩に見えた。
鈴木は有隣堂の社員で幸せだと思った。
そして、誓った。
(有隣堂を日本一の、いや、世界一の本屋にしたい。)と。
今までもこれからも、有隣堂が大好きだから。
ーー終わりーー
俺がブッコロー? 佐藤愛子 @kobouzu99
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