過ぎゆく駅の話

雪村悠佳

 大陸縦貫鉄道に乗ったことはあるだろうか。


 ちょうど私のお父さんとお母さんが子供だった頃に、長年分かれていた二つの国が一つになった、というのは教科書にも載っているような有名な話だ。そして、その際に東西に遠く離れた国のどちらかに資源が集中しないように、北の首都と南の首都――どちらも“セントラル・シティ”としか呼ばれていなかったので、「サウス」「ノース」とひどく簡単な名前がついた――の間に、鉄道を引いて簡単に行き来が出来るようにした、と。

 だから二つの都市の間には、今もひっきりなしに特急列車が走っている。サウスシティの港を出た列車は、最初は川沿いをゆるやかなカーブを描きながら走り、次に大平原をまっすぐに走り、やがて小さな峠を越えて、今度は針葉樹林の中を抜けて、再び開けたと思うとやがてノースシティに滑り込む。特急列車と同様に、長い貨物列車もひっきりなしに駆け抜ける。南から北へは農作物や工業地帯の製品が、北から南へは豊かな林業や鉱業の資源が。


 だけどもちろん、その途中にも町はある。その町自体は特に鉄道が必要なほどの町でもなく、ただ南北に向かう途中にあるから途中で止まっていくような程度の町。


 特急列車も止まることはないし、長い貨物列車もこの町に寄ることはなく、ただ重々しい音をレールに乗せて通過していく。止まるのは日に一本の各駅停車の列車のみで、僅かな客が乗り降りして、機関車の後ろの荷物車で少しの荷物を取り扱って、また発車していく。


 私が育ったニックラの村は、そういう村だった。


 線路からそんなに遠くないところに住んでいた私の家は、貨物列車が走ると少し揺れて、朝一番の特急列車が走り抜ける音が目覚まし代わりだった。


 線路沿いにのんびり散歩すると十分ぐらいで、学校や宿屋や食堂が固まっている村の中心があって、そこに駅があった。一日一本しか電車が来ないけど、しっかりとした木造の駅舎があって、隣の雑貨屋さんの売り物が駅にまで並んでいた。もっとも、通り過ぎる列車のために駅員さんはいて、列車が近付く度に忙しそうにしていて、列車が通り過ぎると暇になったのか、学校帰りの私や妹を追いかけてからかって遊んでいた。


 そんな駅に、珍しく村の住人ではない人が降りた日のことはよく覚えている。


 峠が近いニックラは冬になるとかなり冷え込む。その日は太陽も出ていなくて、風が冷たくて、手袋が手放せなかったのを覚えている。


 白い息を吐きながら学校から出てくると、ちょうど駅にも白い煙を吐きながら、南に向かう各駅停車の列車が入ってくるところだった。


 いつも通り駅員さんに声を掛けようと駅を覗き込むと、ホームの方から背の高い人が、やっぱり白い息を吐きながら出てきた。見覚えのない若い男の人だったけど、顔とかより、金色に輝くネックレスやブレスレットをいくつも付けていたことが印象に残っている。この村ではアクセサリなんて、手彫りの素朴なものぐらいしか身につけているのを見ることはなかったから。旅人さんだ、と思った。


 駅員さんがその人から切符を受け取って、少し物珍しそうな顔をして首を傾げた。

 旅人さんが何かを駅員さんに言った。

 駅員さんは待ってくださいと手で合図をすると、すれ違って(駅には止まらずに!)北に向かう特急列車と、南に向かう各駅停車が発車していくのを見送って、それから旅人さんを連れて駅から出てきた。

 「こんにちは」と言うと、旅人さんは「こんにちは」と言って軽く会釈をして、そのまま駅員さんに連れられて宿屋の方に向かっていった。


 アクセサリの印象よりはその声は優しかったけど、でもやっぱり、何となくそれ以上は声を掛けにくい印象があった。


 だから結局、その人が誰だったのかは分からなかった。

 町を歩いていることすら見かけることはなく、次に見かけた時には、やっぱり息の白い日に、白い煙を吐く機関車に引かれた客車の窓と一緒に過ぎていった。


 それだけの話だった。


 それから少しして、大陸縦断鉄道の列車は突然来なくなった。


 国は再び南北に分かれて、こんな田舎の村にも軍隊が来て(怖かったと同時に正直少し物珍しくて興味津々だったことを覚えている)、一緒に遊んでいた駅員さんも駅を引き払ってどこか遠くの町へと帰ってしまった。


 戦争が起きそうだったところに、南の国の王子が交渉して、平和裏に――とは言わないまでも比較的何事もなく元のさやに戻った、とは聞いているが。

 それすらも私には。

 自分の知らない所で過ぎゆくだけの歴史だった。.   

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過ぎゆく駅の話 雪村悠佳 @yukimura_haruka

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