第11話 はじめようか、初回配信3

“本当だ。ひっかき傷みたい。大丈夫?”


 異世界一張羅の私は新しい服を買うお金も補修道具も無く、昨日と同じ服装で配信をしていた。みっともないとは思ったけれど冒険者の中では粗末な格好をした人も多かったし、ただでさえ少ないお金を使ってくれているセピアに包帯や布を買ってもらうことも出来ない。これくらいは問題にならないと判断しての事だ。

 せめてもの悪あがきに破けた部分を片結びで縛って傷を隠していたのだけど、中腰の収穫作業でいつの間にか結び目がほどけてしまっていたらしい。


“赤くなってる! 痛そう!”


「えっ、あ、いや。これは別に・・・」


“大きな獣の爪痕みたい・・・っていうか、セピアのじゃない?”


 そのコメントを皮切りに、のんびりと進行していた私達の配信は終わり5分前に急激に流れだした。


“セピアにやられたってこと!?”

“ウェアアニマルがヒューマン傷付けた時ってどうするんだっけ、自警団案件?法律案件?”

“ねぇ、これやばいんじゃないの?”

“もしかしてアズマさん脅されてる?”

“ウェアアニマルと仲良しなんておかしいと思ってた”

“奴隷がご主人様に媚び売ってまともな扱いさせてもらってる系かと思ってたけど、逆っぽいなこれ”

“通報した方がいいよね”


「いや、ちょっと待って。勘違いだから・・・」

 勢いよく動き出すコメント。私の言葉が出る前にその流れは悪い方へとまとまりだした。


“暴力でヒューマンに言う事聞かせるとか、やっぱ獣は野蛮だな”

“アズマさん大丈夫ですよ! 直ぐ通報して保護してもらえますから安心してください”

“トレサポ運営にも知らせた方がいいよな”

 騒ぎを聞きつけたのか、増えるコメントと視聴者数、そして悪い流れに賛同する正義の味方達。

“直ぐに助かりますから”

“ウェアアニマルって最低だな、やっぱ知能が低い種族無理だわ”

“セピアさんw 悪だくみがバレちゃいましたけど感想あります?”


「通報とかいらないから! これは不可抗力のやつだから気にしないで、保護も必要ない!」


“殺されるのが怖くて言わされてるんだ・・・可哀そう。辛かったよね”

“おい化物。もしここでアズマさんを襲ったりしたら直ぐバレるからな、配信ついてるからな、俺達が見てるからな”


 だ、駄目だ、セピアが私に暴力を振るっていると勘違いされてる。

「どうすれば・・・」


 凄まじい流れのコメントを目で追いかけるのに必死なセピア。ただ、今どんな話をしているのかは理解しているみたいで、青ざめた顔だ。

「ち、ちがうの・・・セピは脅してなんかないの」

 小さく抗議するも、音の無いコメント達にその言葉は無視される。

「アズマを傷つけたりしない。セピはそんなことしない・・・」


 仲良しな二人と見せかけたウェアアニマルの悪行を生配信で暴く。そんな刺激的な話題は人を呼び、いつの間にか視聴者数は200人を超えた。新人冒険者の注目にはあり得ない数字。みんなウェアアニマルを叩くための『事件』を見に来ているんだ。


“ウェアアニマルは低能犯罪者集団。人間扱いしない方がいい”

“野蛮過ぎ、怖い。マジ死んでほしい”

“少数派種族の人権守ろう派が増えてきたけど、結局そういう種族って侵害されるだけの理由があるんだよな”

“店出入り禁止じゃなくて街ごと出入り禁止した方がいいんじゃない?”

“いや、こいつが特別悪質なだけだから、種族単位で叩いてる奴おかしいから。うちのウェアアニマルは従順で賢い。セピアが外道なだけ”

“こういうヤツがいるから少数派種族全体が悪者扱いされるんだよね。本当迷惑”


「ち、ちがっ・・・あ、アズマぁ」


 執拗に辛辣なコメントの数々にセピアはついに泣き出した。

 私も、この大きな「流れ」を止める方法を必死で考えていたけど。それでも、大きな悪意の波は守られている筈の私にすら辛かった。私だって泣きそうだ。


 残り3分。このまま配信が終わってしまえばセピアは一生冒険者として配信できなくなるかもしれない。もしかしたら冤罪で捕まってしまうかもしれない。


「あずま、ちがう、ちがうよ・・・信じて」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔が私を見ている。こんなコメント信じる必要ないのに、勘違いなのに。どうして誰も私の言葉を聞いてくれないの。


「ぐすっ・・・ご、ごめんなさい。怖い。やだ。セピ。ちがうの、許して」


 担当アイドルに。推してる女の子に。私が輝かせると決めたセピアに、こんな悲しい顔させるなんて・・・プロデューサー失格じゃないか。






「だあああああああああああああっっっ!!!!!!」


 合唱部時代を思い出した全力の雄叫び。


“うるさっ”

“何ごと!?”


「よく見なさい!」

 そのまま泣きじゃくるセピアの手を無理矢理ひったくり、力いっぱいの恋人繋ぎをする。


「い、いたい。痛いよアズマ!」


 だが恋人繋ぎ、なんて可愛いものじゃない。全力の、握力全開でセピアの手を握る。潰れてしまいそうなくらい、握力測定みたいに本気で力を入れる。


「やめて、アズマ。これ以上は・・・」


 分厚い肉球を強く押すと、反り返るようにセピアの凶悪な爪がにゅっと伸び、そのままガッシリ合わせた私の手の甲にブスリと突き刺さる。


「アズマ駄目っ! ケガする!」


 さらにさらに力を込めて、セピアの三日月のように反った爪がより深く私に刺さる。鋭く突き刺さった傷口からは血がダラダラと流れはじめた。それを見てようやく私は手を放す。


「何してるのアズマ。痛いよ。大丈夫? 穴開いてるよ!」


 それはもはやひっかき傷ではなく手の甲に開いた三つの穴。それだけセピアの爪が鋭く危険か見て取れる。だが、私はそんな事気にせずに自分の手に流れる血を舐め取り、そのまま傷口をカメラに向けた。


「ねぇ。今セピアの爪で怪我したのだけど・・・これでもこの子が悪いの?」


“は?”

“狂気”

“え、なにこれ怖いんだけど。どういうこと?”


 さっきまで自分の正義ばかり見て画面の中の私達を一切見ようとしていなかった約200人の視聴者たちが、ようやく私の言葉に耳を傾けた。


「聞いてなかった? この傷はたった今、セピアが私につけた傷なの。これはセピアが悪い? この子のせい?」


“いや、お前の頭がおかしいだけだろ”

“意味わかんない怖い”

“何この冒険者やばい”


 私はそのまま右肩の破けた服を大きく広げて、傷口を見せた。

「これも同じ・・・他にもあるかもしれないね? でも、全部一緒だから」


 どよめきで誤字だらけになるコメント欄に、力強く言い放つ。


「いい、よく聞け。セピアが私を脅してる? はぁ? そんなわけ無いから。セピアが私に媚びてる? おしいけど違う。その逆・・・私がただただセピアのことを好きなだけだから! この子の可愛さ見たでしょ。あ、今来たばっかりの人は見れてないね、残念。あとで録画アーカイブ見といて。絶対惚れるから。ていうかこんなに健気で可愛くて俊敏でもふもふな子他にいる? いないよね? 唯一無二の可愛さよね。そんな可愛い子に触れる為なら傷つけられてもいい、寧ろ傷つけられたいって思うのおかしい? ねぇ。私何か間違った事言ってる!?」


 極めつけに再び垂れてきた手の甲の血をゆっっっくり舐めとる。生まれてすらいないけれど、さよならクールビューティ。これが私の奥の手、狂人作戦だ!


「例え視聴者様だろうとなんだろうと。私の愛する可愛いセピアを傷つけたら・・・特定してぶん殴りに行くから。私、アイドルを人だと思わない悪質ファンと枕強要して来る塵屑業界人だけは容赦なく殴るって昔から決めてるので。殴られる覚悟がある奴は通報でもなんでもすれば?」


 眼光鋭くカメラを睨みつける。私の冒険者人生終わったかもしれないけど、それでもここまで言えばセピアの冤罪は避けられるかな。

 というかセピアにヤバい女だと思われて嫌われたかもしれない。悲しいけど、この状況からセピアを守るには私を切り捨てる事に躊躇しちゃいけない。


 しかし視聴者達は、思わぬ方向に興味を示していた。


“セピアちゃん顔真っ赤w”


「・・・は?」


“今の狂人告白で照れたの!?どういうセンス!?”

“汗だくで草”

“めちゃ嬉しそう過ぎて可愛い”

“赤くなってるじゃん”


 そんなコメント達を見て、ゆっくりとセピアの方に振り返る。


「っ!!!」


 ゆでだこ、ゆでがに、ししまい、とまと、ほおずき、私が一年生の時のランドセル。どれが異世界に通じるかわからないけれど、それくらいに真っ赤なセピアがプルプル震えながら突っ立っていた。

 私の手の甲に穴をあけた左手をぎゅっと握って、心なしか綻んだ顔をしている。


“どんだけ嬉しいんだよ”

“こんなに赤くなることある!?”

“なんか可愛いな。ぐっときた”

“わかる”

“もしかしてこいつアズマの事好きなんじゃね?”

“セピア可愛い”

“ウェアアニマルに演技できる賢さはない・・・つまりこれはマジ照れ”

“ピュアって怖い”

“なんでさっきのアレでこんなにときめけるの?もう恋だろ”


 なんかコメント欄に小学生男子みたいなのがいる。


 っていうか、この流れはもしや?

「と、とにかく! そういうことだから勘違いしないで」


 よし、百合営業続行! 狂人作戦終了!


「私とセピアは主従関係でも無いし暴力云々もぜんっぜん無いから」


“主従関係じゃなくってどういう関係なんですか?”

“ウェアアニマルに引っ掛かれるプレイ好む美人ヒューマン業が深すぎるんだが”

“この二人見てると何かに目覚めそうで怖いです。ファン登録しました”


「や、え、ちょっと待って。プレイとかそういうのも違うんだけど・・・」


 百合営業っていうかアブノーマル性癖ばら撒き配信になってない!?

 大丈夫これ、BANされない?


「セピアもなんか言っ・・・」

 ピコン。


 ―――配信終了しました




「・・・あっ」

 制限時間が来てしまい、そのまま配信は強制終了。

 経験値換算に大きく影響する終了時の視聴者数はなんと228人。最後の狂人RPで20人くらい増えてたのね。


「そういえば終了寸前に何か音が聞こえた気が・・・」

 コメントログを下から見ていくと、配信終了寸前にギルチャが来ていた。


“《300ギル》僕にもウェアアニマルの友達がいました。お二人を見ていたら友達を思い出しました。これからも配信頑張ってください”


 私達のどの部分を見て思い出したのかはわからないけれど・・・ギルチャありがとうございます。


 こうして、私達の初クエストは無事(?)終了したのだった。

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視聴者数で人権が買える異世界でヤンデレ狼獣人に懐かれたので、はじめようか百合営業 寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中 @usotukidaimajin

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