硝子の海岸

高黄森哉

水磨礫


 私は珍しく帽子をかぶっていて、潮風に吹かれて飛びそうなそれを軽く押さえつけている。ここは久しぶりだ。


 大昔、高校時代、この土地に引っ越してきて馴染めず、青春時代を潰してしまった。その苦い、身を切り込むような苦痛の思い出。


 ぽっかりと心臓の辺りに穿たれた大穴に吹き込んでくる。そこだけ、肉が柔らかく露出していて、海風が塩を塗る、そんなイメージで。


 かつての同級生に会うことはなかった。あったとしても、向こうは私のことを覚えていないだろう。私だって覚えてはいない。


 しかしながら、ここにはもう来ないと思っていたのだが、人生分からない物である。三年前、荷物を載せた船が転覆して、その事故現場の今、という取材だった。


 堤防沿いをてくてくと歩いた。学校で遠足して自由時間、私はひとりきりだった。足音が耳朶に響く。


「君、その海岸は危ないけん。入らんほうがええで」


 釣り具を持つ老人は告げた。


「昔の事故でな、硝子積んどったちゅうに。それで鋭い硝子が散乱しちょる」

「あ、ありがとうございます」


 私のこの心、心臓辺りにある熱い痛み。硝子の破片。過去の事故は透明な棘を、私という海岸に残していった。


「しかし、取材に来たのでどうしても、向かわなければなりません」

「ほな、この長靴を持ってき」

「いいんですか」

「地元で怪我されるよりいいでな。返さなくてもいいで」


 釣り場は鋭い岩々に阻まれているから、頑丈な長靴は都合がよいのだろう。微かに乾いた泥が付いた長靴を二足受け取ると、私は礼を言った。


 海岸にやってくる。太陽光線のせいで砂浜は白んでいる。油断してはならない。こんなに美しくても不可視の針を隠し持っているのだから。


 角度の関係か、歩くたびに砂浜は真珠の輝きを見せた。まるでダイヤを覗き込んだ輝き。それも硝子の破片のせいであると思うと、恐ろしい。


 海岸の砂の攫われる海との境界。これは、なんだろう。拾い上げる。ビー玉にしては形が不ぞろいである。空にかざすと青さがそっくり移り込んだ。


 これはガラス片だ。事故で散乱した硝子片は、三年の年月をかけ、砂の上を転がり磨かれたのだ。水磨礫。


 とりわけ良いのを一粒選んでポケットに入れた。それは落として砕けた青春の欠片。この胸が痛むたび、鋭さを身で削り、苦しみは、透明な宝石。


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硝子の海岸 高黄森哉 @kamikawa2001

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