第3話

昼休みぐらい、ひとりになりたい。これがなかなか難しい。同僚の千春は、彼氏の愚痴を話しに来る。午前中のクレーム対応で疲れ切っているけど、長年のルーティーンを変える勇気も私にはない。

私は、コンビニ弁当。千春は、きちんとお弁当を持って来る。身だしなみもきちんとしていて、可愛く、ハキハキとカウンター業務していると、言い寄って来る人も多い、今の彼氏は、その中の1人だ。

「車のドアの閉め方が雑だって、怒るの」

「優しいって言ってたのにね」

「でしょ?そういう小さい事言うんだ、と思ったら、なんか引いちゃって」

このパターンは、そろそろあやしい。すごく怒ってる訳でもなく、淡々とアスパラを口に運びながら、食べすすめている。

「細谷さん、今までの人と違うって、、」

私も意地悪だ。

「結局、最初だけよ。合わないなって感じるのは、たぶん向こうもそうだと思うよ」

半年、経ってないか。ドアの閉め方にたどり着くまでには、2人にしかわからない日々があるのだろう。それでも、少し早くないか。

千春が急いで、バッグを開ける。

「玲子、鳴ってるよ」

普段、鳴りもしない私のスマホが振れている。

陽次からだ。え、なんで?と思った瞬間、手元の割り箸が落ちる。

「ちょ、なに焦ってんのよー」

千春が笑いながら、拾ってくれた。

「出なくていいの?」

同僚の前で、すぐにこの電話には出たくない。

切れたスマホを、片付けながら、

「あ、たぶん急ぎじゃないから、いい」

少し、紅潮しているのが、自分でもわかる。

「男?」

千春は、小声でささやく。

「その話、私、聞いてないからー」

ヤバい。わかりやすかっただろうな。そのタイミングで、仕事の着信が鳴った。ニヤリと笑う千春を置いて、私はオフィスに戻る。

部長からデータの場所を聞かれて、答えた後、誰もいない、非常階段の踊り場に駆け込む。

急いで、陽次にかけ直す。

なかなか、出ない。もう切ろうかと思った。

「生きてる?」

あの声だ。あのボーカルに似てる。

「まだ、生きてる」

少し笑いながら、咳払いをして、

「お花見、行かない?仕事、終わってから」

こんな誘いは、初めてだ。

酒抜きの誘いは、初めてだ。

なんなら、電話が来たのも。

高鳴る気持ちを押し殺して、わざとゆっくり、

「そっちは、何時に終わるの?」

電車のチャイムが聞こえる。

「迎えに行くから、19時に」

「どこに⁉︎」

「車だから、スカイタワーホールの前ね」

スカイタワーホールは、私の会社から徒歩3分ぐらいにある、この街では有名な待ち合わせの場所だ。


「花屋の前でね。待っててね」






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ははは 奥田朝葉 @clip8864

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