第2話

ぐでんとした陽次の後ろ姿を、笑いながら見て、店を出る。外との気温差に、我に帰る。いつも、さよなら、またね、なんて言ったことはない。飲んだ後の雑踏が、心地良いのはなぜだろう。

ひとりじゃないからか。優しく感じる。


「玲ちゃん。」

声をかけられた。マサルだ。幼馴染の弟で、近くに住んでいる。私が知ってた頃は、サッカー少年で、いつも自転車で練習に行く小さな少年だったのに。いつの間にか、私を追い抜いて、声も低くなって。すっかり、男の人だ。

長いコートとリュックを整えながら、走ってくる。年度末だから、残業で毎日大変なんだよ、と片手にビールを持っていた。

「この間、姉ちゃんが、玲ちゃん元気かって聞いて来たよ」

マサルの姉の美知は、1年前に結婚した。

それまでは、よく電話もしていたけれど、旦那さんの手前もあり、生活スタイルも変わると、なかなかタイミングが合わない。

「そうだね、、。」

曖昧な返事をして、自分の靴の先を見ている。少し汚れてる事に気がつく。

「あの人さ、玲ちゃん、付き合ってるの?」

全身が、ビクっとした。一呼吸置いて、バレないように、ん?とだけ、聞き返す。

マサルは真正面を向いたまま。缶ビールを一口飲んで、

「やめた方がいいと思うよ」

「そんなんじゃないよ」

どちらが先がわからない言葉が、交差する。

何にも知らないくせに、年下のくせに、小さな反抗がムクムクと膨れ上がると同時に、いつか誰かにそう言われるんじゃないかという怖さを、私は最初から感じていた。

「飲み友達だよ」

笑ってごまかす。ちょっと急ぎ足になった私に、マサルは、その件には触れずに、

「家まで送るよ」

とだけ言った。夜も更けていた。

客観的に見て、やっぱりそうなんだと思うと、動揺せずにはいられなかった。さっきまで、これでいいと思っていたのに。

私自身に確信がないから、他人の軽い言葉を全部鵜呑みにして、それかすべてだと思ってしまう。子供の頃からの、悪い癖だ。

反論する材料さえ、持ち合わせていない。

楽しいから、いいじゃないという、単純で軽薄そうな言葉しか、出てこない。

後味の悪い帰り道には、さっきまで響いていた歓楽街の音は、聞こえて来なかった。


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