怨霊テレビ局

しおじり ゆうすけ

テレビ局の怨霊

      ほういち


岡山県 K市内にある0信用金庫の職員が一ヶ月に一度、積立預金徴収のために市内にあるギター工房を訪問している。

戦前からこの地にあるクラッシックギターの小さな専門工房は社長自ら職人で、海外、特に欧州でもすこし知られたブランドの会社である。


銀行員は、社長から渡されたお金の中に福沢諭吉の肖像画の一万円札が沢山あるのに気が付いた、

「ぉお、旧札ですか、久しぶりですね。」

行員は35歳、子供の頃にお年玉で観ていた懐かしい紙幣の色と香りと手触りであった。

「K市に住まわれてるギタリストにギターを販売したときの代金です、受け取った時はあれと思いましたが、使えないわけでもないですし、銀行で両替していただけますよね、、、え、ええ、何枚か記念にとって置こうと思いましたが、たくさんありますので」

と言う。

使えないわけではないが、その時代では福沢諭吉の一万円札は25年前に廃止された旧札である。

不思議に思った若い行員はそのギタリストの事を社長に詳しく聴いてみると欧州で有名な盲目の日本人のギタリストだと知った。

スペインで暮していた頃にも私の製作するギターを特別に注文してくれたことで懇意になり社長は二度三度スペインに赴き、盲目の演奏家用に使いがっての注文を演奏しながら詳しく聞いて製作したこともあったほどだ。

そのギタリストが一年前に日本に帰国して、半年前から故郷の岡山県K市の母が住んでいた一戸建ての家に一人で住んでいる。 

O市はK市と隣接し駅とは20キロほどの距離である。

行員は自分の家からさほど遠くない家に住んでいることがわかり、ギター工房の社長と一緒にギタリストの家を直接訪問することにした。


 銀行員がギタリストに訊ねる、

 「目のご不自由さもございますし、日本の生活や身の回りの事にまだ慣れてないこともございましょうから、もしよろしければ私が月々やってきて、金銭面のマネージメントを兼ねてお付き合いしたいのですが。」

と伝えると、ギタリスト、笑顔で

「ギター工房の社長の紹介ならば、」

とのことでよろしいですよと。

で、話のついでに旧札の事を訊いてみた。

「スペインに移り住む前にこの家にあった旧札なんでしょうね、」

と訊いてみるとそうではないと言うのだ、

ギタリスト

「十日ほど前です、地元のテレビ局から出演希望が来て、スタジオで演奏の後、封筒に入れて直接、局員から渡していただいたギャランティです。」

と言われた。

今の時代に、ギャラを直接現金で渡すのか?と思い、テレビ局の名前を聞いて驚く顔を見合わせた行員とギター工房の社長、、その名前のテレビ局は今は存在しないのである、、

ギタリスト

「あのぉ、名刺をもらっていますよ、私の背広のポケットに入っております、、」

と言うので、行員が観てみると古びた名刺にはその局の名前と社長の名前が印刷されている、、小さく点字も打ってある名刺だが、角がすこし焼け焦げたような黒い色が付いている、、これはおかしい、

銀行員

「テレビ局の名前を騙って、どこか別のところにつれて行かされ演奏させられたのではないですか?」

と訊いたが、

ギタリスト

「いや、テレビ局ですよ、雰囲気で分かります、

以前いたスペインや、若い頃、日本のテレビ局でも出演したことがありますから間違いありません。送り迎えは局から送迎車が来て、それに乗りました。

運転士から社長の奥様と言われる女性の声が助手席のほうからしてきまして、私はすこし会話しました、わざわざ車で奥様が迎えに来てくれるなんてとおもいました、テレビ会社に着くと玄関に居られた社長を奥様が紹介されました、

他、職員さんが私の手を取り中に入って案内してくれました、社長は私に、あなたの出番が遅くて済まないと詫びていました、

ええ、その日は、夜遅かったです、K市からテレビ局のある0市まで30分ほど乗りましたか、で、スタジオには見学者がいました、拍手が生でしたからわかります。

拍手はスタジオに音声だけ流すのと、そこにいる人が手を叩く時は空気の振動が違いますから。

でも、その拍手の振動は、どうも今まで感じたのと、すこし違った感じもしました、、」

銀行員とギター工房の社長はこれはおかしいと判断した時、部屋の電話が鳴った、

ギタリストが受話器を取って話を聴いている、二人はその会話の内容から、同じテレビ局からまたスタジオ演奏のお願いの電話だとわかった。

受話器を置いたギタリスト、

盲目の人はメモを書いても読めないので、電話の会話は機器に録音している。


銀行員

「何時の予定ですか?」


ギタリスト

「12時から番組だそうで、迎えの車は2時間前に行きます、と。」

その時間帯に地方のテレビ局にそんな生中継の番組があるはずはない、

やはりこれは騙されてるぞ、と思い、その後、警察に相談してみた。

銀行の支店長に断って、その迎えが来る深夜の時間帯に市の福祉課の課長、町内会会長、警察官たち数人で家の近くに車を二台停め、張り込みをすることにした。


町内会会長


「騙されてお金を盗られたなら話は分かるが、お金を払われているんじゃろ?

じゃあ警察沙汰にせんでもよかろうか?」


福祉課


「いえ、目の不自由な人の演奏などの仕事は市の登録制になっておりますし、

本人が移動するときに事故が起こらないように、演奏する日時、移動の仕方、場所は市の福祉課に前もって報告してもらうことになっております、それがどこのテレビ局からも届いておりません。」


銀行員が言う


「出演料が旧札で支払われたことが、うさんくさいです。まともではないと判断します」


警察官


「これはその迎えの車を張り込んで追跡尾行したほうがよろしいかと」


町内会会長


「うん、、そうかぁ、これは騒動ですなあ。」


その日の夜がやって来た。覆面パトカーと銀行の車が少し離れた場所で待機していると、黒塗りの大型車がゆっくりと近づいてきた、撮影専門の警官が暗視カメラで車の写真と望遠レンズで運転士の写真を撮る、その後、ギタリストを乗せた車が出発した、後を付けながら車内では皆が皆同じ意見を叫んだ、

「おかしいなあ、今、車の運転士、、降りたか?」

「いや、それより、玄関のドアが自然に開いたぞ?カメラには映ったか?」

「いえ、映っていません、車は映っておりますが、人の移動はギタリストだけです。」

「どういうことだ?」

尾行車二台は見失わないように無線で連絡を取り合いながら走行する、しばらくするとO市の郊外に停まった、

金網が張られた広大な敷地である、

「おい、ここは」「ああ、ここは、、」「備々美テレビ局のあった場所だ!」

地元の人はここで20年前、何があったか知っている、

この備々美テレビ局は備前、備中、美作、を中心に放送していたテレビ局ではあるが、今は存在していないなずなのに。

車は金網の切れている場所から敷地内に入って行った、尾行車も、そのあとに続いて侵入しようとしたが二台の車がとたんに電源が切れ、故障したので、くるまをおりて歩いて付いて行った、

曇りの夜、近くに街灯は無いが焼け焦げた大きなビルがある、壁には黒い煙の痕跡、その手前には供養塔が見える。

その二階から、すこしの灯りが見え、ガラスの無い窓から、爪弾くギターの音が聴こえている、行員、町内会会長、警察3人、が燃え朽ちて砕けたテレビ局の大きな看板を横目で見ながらビルの玄関に入って階段を上がろうとする、と奥のほうから廊下の壁に跳ね返った音が物悲しく聴こえてくる、

演奏の音が切れると拍手の音、司会者の声、スタッフの声が聴こえる、

「どうします?二階の奥まで入りますか?」

「ああ、灯が見えてる、しかし、こんなところで演奏するのはおかしい、」

金網の外で警官の一人が携帯無線で応援を呼んでいる、他からパトカーがきそうだ、

「パトカーのサイレンを鳴らさずに来てくれ、怪しい者が居たら逃げる可能性がある」

と言っているうちに、二階の階段を誰か降りてくる足音が聴こえてギタリストが降りてきたとたん、外で観ている者たちは金縛りにあってしまう、

「どうした、体が、動かん、」

「口も、動、き、ません。」

「なんだ、これは。」

皆、気を失いかけ倒れる寸前、廊下を誰かに手をつられてるような格好をしたギタリストが玄関から出ていく時、ギタリストの一人置いた距離の横に、ギターケースが宙を浮いて動いて移動しているのを観た。


朝。

パトカーが数台、テレビ局の跡地の前にやってきて現場検証をしている。

夜倒れた5人は救急車で病院に運ばれていたが気を失っただけで大事には至っていない。


次の日。

刑事がギタリストの自宅を訪問し、事情聴取をしたが、以前、行員とギター工房の人が聞いた話と同じである、テレビ局員に頼まれ、演奏をし、ギャラをもらっただけと。


刑事は他の事を訊いてみた。

「司会者とはどんな話をしましたか? どんな曲を演奏しましたか?」

「私から曲の紹介を聞きます、あとから感謝の言葉を戴きます、、」

「感謝のお言葉も司会者からですか?」

「いえ、テレビ会社の社長と言う人からです、司会者の隣にご夫婦で座っていたようです、あとはその社長のご家族や幹部局員さんだと言ってました。その説明は司会者の方からで、拍手は、その方々らしいです。ここにいる人は皆あなたのファンだと。」

「ほお、ギャラはどうされましたか?」

「まだ私の背広の内ポケットの封筒に入っております。」

「中を拝見させてもらってもよろしいです?」

「はいどうぞ」

銀行員が観る、と、はやり旧札である。

「匂いが、、」

皆で嗅いでみると、ほんのすこし焦げ臭い。


  ーーーーー


二日後、ギタリストは家に居てもらい、

警察の署内で関係者と協議した。他、そのテレビ局の元職員と、寺の住職と、

神社の神主から紹介してもらった県内の祈祷師と来てもらった。


祈祷師


「あそこは神主と一緒に祈祷に行きました、供養塔は神主が自費で建てまして、

その時に私も一緒に行きまして。私は霊能力者ではありませんが、事故や病死で

この世に未練がある者たちが成仏できてなく幽霊になって他の生きてる人間に色々な事を頼むことは昔から話はないわけではないと聞いております。」


ギタリストの取り調べメモを読んで語る警察官


「ギタリストの話では、あのテレビ局に行った後、ギターの音色はそうでもないが、服の布とギターをもった時の手触りが、ざらざらした感じでして、何年も経たような変な感じです、と。」

もしかすると過去の時代のテレビ局に連れて行かされたことで、時(とき)を超越しているのかもしれない、ギタリストに霊が取り付き、精神も肉体も早くに歳をとってしまうかもしれない、それは停めなければならないのではないかと皆思った。


テレビ局の元職員から昔の話を聴く。


「平成時代の中盤から全世界はネット全盛の世になり、日本の地方民放テレビ局はスポンサーの激減で経営が難しくなり、このO市の民放テレビ局は、人員削減をしたり本社から小さい規模のビルに移って、どうにかしのいできたが、ついに電気料金を払えなくなり、電気を停められ、自家発電でどうにか放送をしていたのです、その当時に私も人員削減でやめましたが、」と。


そのあとの事件は、岡山県内に住んでいる人以外でも全国ニュースで知っていることである、

深夜、発電所の燃料タンクに火が付き、延焼、テレビ局ビルに寝泊まりしていた経営者一族と親戚スタッフが44人、閉じ込められて焼け死んだ事、を。

「まだ18年前のことですが、あの事件は衝撃受けましたねえ。」

元職員

「社長はまだテレビの放送を捨てきれず、自分の一族だけで放送を続けてましたが、

ケーブルテレビや衛星放送のような顧客があるわけでもなく、そして市の中心地にあった本社を売却して、こちらのビルに移り、」

「あそこは昔、モデル住宅が沢山立ってた場所ですよね」

「ええ、地方のテレビ局が昔、国の許可で出来た時、二か所にテレビ局を作れという法律でテレビ塔や中継局など作りましたが、その後法律が変って、ここは要らなくなったので、モデル住宅の見学地として家が建っていたところです。」

「ええ、昔、子供の頃に来たことあります、あそこにあった家は?」

「中古住宅で販売されました、で、その中心にあった電波塔の下のビルに本社機能を移していたのですが、」

「電波塔は?」

「燃えた後、スクラップ業者に売られました」

「で、このビルだけ残ってると」

「ええ、そうです」

ここは地方局ながら、社長一族はその昔の0市で有名な興行会社を経営していた事で、芸能が好きで、テレビ局を作り、東京大阪から有名アーティストを呼び、スタジオに知人を入れて聴かすことを趣味としていた。昭和から平成の時代まで隆盛を極めていたテレビ業界に出演する芸能人の中では特に、この局に呼ばれるとギャラが凄いとアーティストの中では有名であったのだ。

他、海外のジャス演奏家や有名歌手を自費で呼んだこともある。

ギター工房の社長

「しかし、その潰れたテレビ局にギタリストさんが、呼ばれると言う事は、、」

銀行員

「そうです、つまり、”小泉八雲の怪談の中の耳なし芳一”と同じような事ではないか?と思うのです」

祈祷師

「祇園精舎の鐘の音、のあれですか」

銀行員

「そうです、隆盛を誇った平家が滅亡したのと同じく、

テレビ局が現代の平家と思えば、、」

寺の住職

「そのテレビ局で死んだ一族の怨霊たちが、昔の隆盛を思い出して、近くに住んでいた有名ギタリストを呼びに来たと、」

「ほぉー、」

「考えられますなあ」

さすがに警察署長や銀行員はそういう不可思議の世界の事が今になって、と

信じなかったが、寺の住職と祈祷師はそうではないかと思っている。

そしてギター工房の社長は、住職に頼んで、今度、またあのテレビ局から誘われた場合、その日に住職に、耳なし芳一と同じく、体全体にお経を書いてもらった。

もちろん、耳なし芳一の惨劇が起こらないように、耳にもきちんとお経を書いた。

そしてその日が来た、張り込みをする関係者、家を見張っている者、はギタリストの姿を観たという、しかし送迎車が来るとすぐに乗ってしまい、テレビ局に行って帰って来たのだ、先に廃墟になったテレビ局の前で見張っていた者も車がやってきて、降りてビルの中から演奏する音が聴こえた、と。

そして家に帰ってきて、次の日、ギタリストに質問すると同じであったという、

耳なし芳一の時のような、お経は無意味だとわかった。

また警察署に集まって会議を開いた関係者たち


銀行員

「時代が違うんでしょうかね」

ギター工房社長

「そうかもしれんなあ、テレビ局員が嫌がるモノを書かないとダメだ、」

元職員

「そうだ、私に良い考えがあります。」

元職員が自分の家に残していたTV局史の古い資料を調べ上げ、あるデータを書くことにした。

さて次に呼ばれた日がやって来た。

その夜に集まった人たちを元職員が説得した。

「これは私の元居た仕事場です、そこで無くなられた一族の人たちへの供養の意味もあります、私が一人でいたします」

と職員一人だけ残り、ギタリストの家の部屋の中で黙々と書いてもらった。

その後、皆は一旦家から離れ、車の中から様子を見ていると、時間通り夜遅く、迎えの車が来て玄関が開いた、が、ギタリストは出てこない、家の中からテレビ局の怨霊の、社長であろうか運転士であろうか、ギタリストを探している吠えるような声がしたが、あきらめたようで、そのうち車は帰って行った。

ギタリストは家の中にいたままで無事であった。

ということは、テレビ局から来た社長たちの幽霊にはギタリストの姿は見えなかったと言う事だ、銀行員たち関係者たちはホッとした。これで大丈夫だ、


寺の住職が元職員に訊いてみた。

「お経の代わりに何を体に書いたのです?」

元職員

「これですよ」

古い資料をみせた、そこには過去に放送したテレビ番組名と

その横には、番組の地元スポンサーに怒られた時の視聴率調査の、とても低い数字の列がずらずら、っと。


    終

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  怨霊テレビ局 しおじり ゆうすけ @Nebokedou380118

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