46 瀬田 理陽
「そう。
その時は すでに、天より
あら... カイリと目の高さが合ってる...
開いた両手も
「魄は 人間だけが残すものではなくて、動物も植物も、全てから残されるからね。
記憶や念とも言い難い 曖昧なものだから、ただ残ってるままだったり、簡単に 良い方にも悪い方にも転ぶけど」
「おまえ... いや、リヒル君、本当に... 」
カイリは泣いてた。
いい
「タロ... 太陽なんだな?」って。
うん、そうみたいだ。
今は、二つの記憶が 上手く混ざってて
「大きくなったんだね、カイリ」って、自然に出たし。
「さて。じゃあ これで、“借りは無し” ということで。
月夜見様にも よろしく お伝えあれ」
カイリは、涙を拭きながら うんうん頷いて
「ハイ! ありがとうございました!」って 納得してるけど、オレの 前世?っていうの?
それが判っただけで、何か返されたことになるのかな?
こういう貸し借りって、“月の宮で何かあった時に 連蒼が協力する” とかじゃないの?
「まぁ、いいじゃないか」
連蒼は、見えている片眼で微笑って
「実際、伊邪那美様の
嬉しいでしょ?」って 言ってるし、うん。まぁ いいか。
大神さまにも、そのまま報告してみよう。
生きたものが 現世に残した残滓を、生命の源へ返す という、逆産みの儀式を終えられた 伊邪那美さまは、もう 長い黒髪がかかる白紫の背を向けていた。
ゆっくりと水の中を歩いて、着物や帯を持って待つ 従者の元へと戻ってる。
「では、お開きにしようかな。
あんまり
「は?! ちょっと!」
「そういうことは、早く」言ってよ... と 言い切れずに、片手を振っている笑顔の連蒼が揺らいで、水に包まれた。
********
「逆産みか... 」
月の宮へ戻って報告すると、大神さまは、感慨深そうな表情になった。
やっぱり、かっこいいなぁ...
「うむ、良い。
此度の事についても、ようやった。
暫し 休むが良い」
「ハイ!」
「ありがとう、ございます!」
言えた... ちゃんと お礼が言えた。
それに、大神さまが微笑ってくれたんだ!
嬉しくなって
「カイリ、花を見に行こう!」って 引っ張って行く。
「ちょっと! なんで走るんだよ?!
今、“休め” って言われて... 」とか 言われながら。
月の宮の花々は、今日も 草原の柔らかな草のように、優しく揺れてる。
どうして こんなに たくさんの色があるんだろう?
濃淡だけじゃない、たくさんの たくさんの色。
「好きだよなぁ、花。
太陽の時は、そんなでもなかったのに」
「ううん。好きだったよ」
... まだ チビ犬だった頃。
庭の花壇で遊んで、それでも足りずに お隣さんの庭の花壇でも遊んで、パパさんや ママさんが、たくさん謝ることになってしまったことを思い出した。
オレは 泥んこで、顔も上げられなくて。
だから あの時、“もう花の土は掘り返したりしない” って、家の床に誓ったんだ。
なのにまた、つい、カイリと庭の花壇で遊んだ。
カイリには、話さないでおこう。
そうだ オレも、花を育ててみようかな?
「あっ、今田から メッセージだ」
スマホを見てる カイリに
「あぁ、心配してるだろうね。
スミカ君の足のことも、ちゃんと報告しなくちゃ」って 言ってたら
「いや、これ」って、画面を見せてきた。
ゴールデンレトリバーの仔犬が、むちむちわらわらいる写真。
「“親戚の家で、たくさん生まれたのー。
かわいいでしょ?
でもうち、マンションだから...
パパやママになってくれる人 募集中なんだけど、誰かいないかな?”... だってよ」
カイリは棒読みで読み上げたけど、押されてたスタンプは、眼がきらきらした うさぎだった。
マイカちゃん、カイリが霊だってこと 忘れてるなぁ。
「リヒル、お前も レトリバーだったよな」
あっ。リヒルって呼んだ!
ついに、引かれてた線がなくなったぞ!
でも オレが お兄ちゃんだからね。
頷いたけど
「何、得意気な顔してんだよ?
あ、そういや、リヒルが戻ったことも 報告してなかったわ」とか言ってて、未だに報告してない カイリもカイリもだけど、マイカちゃん? とも 少し思った。
ま、カイリが軽く報告してみたら
“うん、透樹さんや凪さんに聞いたよー。
良かったぁ、本当に”... って ことだったけど。
「仔犬かぁ... 」
うーん... って悩んでる カイリに
「パパさんと、ママさんは?」って言ってみた。
だって、オレは あんなに しあわせだったから。
「それが、
でも もう、カイリも生きてはいない。
パパさんと ママさんは、ずっと 二人で生きていくの... ?
その方が心配だ。笑っていてほしい。
「... けど、そうだな。
今田に、
俺と リヒルで、父さんと母さんを説得してみよう。
見えなくても 聞こえなくても、何かは通じるだろ」
「うん、行こう!」
大神さまに許可を得ると、カイリと星々の河へ飛び込む。
きっと オレは、人間に生まれてからも、ずっと カイリを探してたんだ。
しあわせだと 信じて。
結果は違ったけど、もし...
もし さ、生きて出会っていたら、オレは 生きたまま 生き返っていたかもしれない。
その時 お互いに、じいちゃんになっていたとしても。
“もう死んだヤツ、ラクになったヤツの
どう取ってくれても構わない。
だけど、生きてるヤツには、生きてほしい。
かっこ悪くても、何でも。
きっといつか、熱くなる時がくる。
ああ この時のためだったんだ って、わかる時がくるよ。
かならず かならず。
だって オレ、母のことも きらいじゃないんだ。
愛するのが下手なひとだったけど、きらいじゃなかった。
「家だ」
「うん... 」
懐かしいね とまで、言えなかった。
温かさに 胸が詰まって。
あの時の空気と、何も変わってない。
パパさんと ママさんが居る空気だ。
「上がろうぜ」
カイリに続いて、玄関に入る。
いつもは、足の裏を拭いてもらってたな。
今はスニーカーを脱ぐ。
『... まぁ、わんちゃんを?』
ママさんの声だ!
カイリを追い越して リビングに走ると、ママさんは スマホを耳に宛ててた。
「今田、母さんと 連絡先の交換したみたいだな。
“
うん。ママさん、嬉しいけど寂しくもなるかもしれないもんね。
でも マイカちゃんは、そういうコト話したりしないと思う。
『あらまぁ、たくさん生まれたのね...
まぁ、どうしましょう... お父さんにも聞いてみないと... 』
ママさんは 話しながら、ソファーを立ったり 座ったりしてる。
「母さん、迎えてやれよ」
「そうだよ、ママさん!」
『あら、写真だけでも?
あぁやだわ... きっと かわいいんでしょうね...
送ってみてくれる?』
通話を終えた ママさんは、マイカちゃんから送られてきた写真を見ると、赤くなった眼を細めて、スマホを胸に抱いた。
撫でてくれた手の優しさが甦る。
『お父さん、お父さん、ちょっと』
あれ? パパさんは 二階に居たみたいだ。
日曜日なんだ、今日って。
カイリの物らしき マンガ本を手に降りて来た パパさんは、ママさんの
『今田さんの親戚の お宅でねぇ... 』と いう説明を聞きながら、スマホの写真を見て、懐かしそうに微笑ってる。
『でもなぁ... 』
食い入るようにスマホ画面を見ながらも、パパさんが渋っていると
「よし」って、カイリが消えた。
二階から... いや、階段から 音がする。
何かが 落ちてくるような。
『あら、何かしら... ?』
パパさんや ママさんと 一緒に 階段の下へ行ってみると、ボロボロになった 犬のロープのおもちゃが落ちてた。
これ、大好きだったやつだ!
カイリと引っ張りあっこしたり、投げてもらってキャッチしたりしてた。
こんなの まだ、取ってたんだ...
「よし、これも な」
リビングから カイリの声がする。
戻ってみると、テーブルの上には、オレの赤い首輪が置いてあった。
『... 浬 か?』
パパさんが言って、カイリが
「そうだよ」と 答えてる。
『
「うん。また 育ててあげて。
オレ、しあわせだったよ」って 答えた。
『母さん... 』
『うん、そうね... 』
二人の心は 決まったみたいだ。
マイカちゃんに 連絡を取りながら
『新しいブランケットを買わなくちゃ。
シャンプーやブラシも... 』って、明るい顔になってる。
よかった... 本当に嬉しいし、二人共 わくわくしてて かわいい。
「父さんも母さんも、忙しくなりそうだな。
また見に来ようぜ」
「うん、そうだね」
カイリと玄関へ向かっていると、パパさんが気も早く
『母さん、名前は... 』なんて言ってる。
でも
『“タロー” は どうだろう?』って 続けてたから
「まさか、“
「シンプルになってる!」って、かなり笑った。
今も 愛してくれてる って、くすぐったくて。
玄関を出て
「戻るか」って、月の宮の草原や大木を思い描くと、もう 蒼白の星々の中に居る。
眼下には まだ現世が広がってて、その内、また 父さんとビールを飲んで、母の止まらないグチを聞きに行ってあげようかな... とも思った。
******** 「魄」了
魄(縁・2) 桐崎浪漫 @roman2678
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