45 瀬田 理陽


「良かったの?」


「なにが?」


カイリと お墓がある お寺を出て、ふらふら歩いてる。

オレが父さんの隣から消えて、お寺の前に行くと、カイリも出てきたから。


「カイリは、何してたの?」


カイリは手に、ペットボトルのジュースを持ってた。

ビールが羨ましくなって、買った?のかな?

でも もう、そういう欲も湧いてこないはずなのに。


「自分の墓参り」


え? って 見たら

「この寺、俺の墓もあるんだよ。

リヒル君の墓と結構 近かったぜ」って言うから、なんか笑った。なに この偶然。


「友達のところ、巡る?」


「いや、いいよ。話せるわけでもないし、ヘタしたら怖がらせるかもしれないじゃん。

出来れば、夢とかに出て挨拶したいよ」


「うん、俺も 連れに挨拶巡りはしなかったな。

いつか夢で、“元気でいろよ” とかは言いたい... とは思うけど、今田たちから “元気だよ” って聞いてるかもしれないしな」


いや、それは たぶん、かなり特殊なケースなんじゃないの?

悪霊化しかけて迷惑かけたから、守護霊的なやつになって、困った時は駆けつける っていうか...

うん、ヒーローみたいだ。ダーク系の。


「カイリ、ヒーローになりたかったんじゃない?」


「はぁ?!」


カイリは、奥二重の眼を向いて 大声を出した。

オレ、ちょっとビビったくらい。

もっと 二重のラインが深くて、横幅も 3ミリくらい広ければ、大神さまみたいになれただろうなぁ。惜しいよ。いや遠いかな、それでも。

っていうか、ヒーローは図星アタリだったのかな?


「やってたもんね。

まだ おなかポコンとした チビタロちゃんだったのに、ベルトなんか巻いちゃってさぁ。

“へーんしーん!” って」


「は? なんで知って... 」


あれ? カイリにつられて立ち止まる。

なんで知ってるんだろ?

でも、確かに記憶が...


スニーカーに、何かが染み込んできた。


視線を下ろすと、オレと カイリの下には、街灯や月明かりを反射する 水たまりが湧いてて...


「リヒル君、これ... 」

「カイ... 」


突き出してきた白い手に足首を掴まれると、水の中に引っ張られて沈んだ。




********




「地の下の泉へ、ようこそ」


黒髪のショートボブ、左よりに分けた髪に右眼が隠れている男が、オレとカイリの前に居る。

連蒼ってヤツだ。

で、本当に黄泉じゃん。ここ。


「何なんですか?

オレ、もう用ナシなんじゃなかったんですか?」


「そうだね。もう別に、使いようは無いかな」


オブラートに包む ってこと知らないのかな?

日本の神さま?なのに。


「お礼、してなかったからね。

ほら、伊邪那美様が言ってたでしょ?

“丁重に扱え” って。

でも思い出してみると、そんな丁重にも扱ってなかった気がしてね。

ただ憑いて使った ような... 」


うん。その通りだけど 別にいいし、放っといてくれる方が嬉しいんだけどな。


「あの、俺は 何で... ?」


ビビリ気味のカイリには

「おまけ」って 返して、黙らせてるし。


「そうだ... あの黄泉の人たちは、ちゃんと帰って来てるんですか?」


あとで 大神さまに報告したいし、聞いてみたら

「勿論。伊邪那美様に御叱りを受けてね... 」と、遠くを見てる。

怖いから 考えないでおこうかな...


「でね、“お礼お礼”... って 考えたんだけど、黄泉ここには何も無いんだよね。

でも このままにしておくと、黄泉こちら側が 月夜見様に借りを作った事になっちゃうんだよ」


「借り? いや、そんなの。オレは ただ... 」


「理陽。君の意思は関係なくて、黄泉と月の宮との問題なの。

高天原にも話は いってる訳だしね」


ふうん... オレ個人が どうこうじゃないんだ。

だって オレ、大神さまの神使だもんね... って思うと、ちょっと鼻が高い っていうか、胸を張れるような気分になった。なんか嬉しい。


「だからさ、これ、頭からかけて」


連蒼が 顔の横で何かを呼ぶように指を動かすと、木のバケツを持った人が 二人 現れた。

バケツの中は水で満たされてる。


「何ですか? これ」って聞いた カイリに、連蒼は

黄泉ここの泉の水だよ」って 答えた。


「えっ... そんなの被ったら、黄泉の人になっちゃうんじゃないの?!」


連蒼は シラけた顔になると、右眼をオレに向けて

「いや ならないから。

慈悲深い月夜見様が使ってくれても、伊邪那美様が 君等を使うと思う?」って 返されちゃって。


それでも まだ躊躇してたら

「もう、面倒臭いなぁ」って、連蒼がアゴを上げて見せてて、バケツを運んできた 二人に、頭から水をかけられてしまった。


「じゃあ、ついて来て」


空になったバケツを持った 二人が消えると、水浸しの カイリと目を合わせて、とりあえず 連蒼について行くことにする。


葉の無い木々の間、土の地面を歩いて行くと、小さな泉があった。


「おっと。この木よりは前に出ないでね」


何なんだろ?

... でも、向かい側の森を歩いてきたのは、伊邪那美さまだ。

カイリが 眼だけで聞いてきたから、“そう” と 頷く。


伊邪那美さまの背後に控えていた 従者のような人たち 二人が、伊邪那美さまの帯を解くと、白紫の肩から 幾重にも重なった重たい着物が落ちた。

伊邪那美さまは、陰部から下腹にかけて 赤い火傷を負ってた。

まるで、今 負ってしまったものかのように、生々しい傷に見える。


はだしの足で泉に入って、水の中を歩いてる。

泉の中心に着くと、腰までが水に浸かっている 伊邪那美さまの身体から 稲妻が放たれ始めた。


水の中に、ぽたり ぽたり と、足のない白い虫が落ちていき、水中で雷光を浴びると、きらきらとしたものになって、天上へ上がっていく。


黄泉には、天がない。だけど、果てもない。

稲妻の強い光と、昇っていく きらきらしたものの柔らかな光。


「魄を 雷光で焼き祓って、生命の源へ返しているんだよ」


後ろから 連蒼の声がするけど、目は 伊邪那美さまから離せなかった。


「時々、榊が焼いた魄も落ちてくるけど、だいたいは 雨で染み入ってくるんだ。

伊邪那岐様の雨でね」


そうなんだ... 胸が なにかで いっぱいになっているけど、言葉で表せない。

なんて 美しいんだろう...


「だから、こんな事が出来るのは、伊邪那美様だけなんだ。

今は、死の国の 生命の神だからね」


連蒼は

「分かった? チビタロちゃん」と 続けた。


は?... ってなって、神秘の光景から 連蒼に振り返ると、カイリが

「リヒル君... 」って 呟いてる。

なに? って、見上げて気づいた。

オレは、カイリを見上げてたんだ。


いつの間にか座ってたのかな?... と、視線を下ろしてギョッとした。

手が、犬の手になってる!


いや 手だけじゃない! 身体も足も、たぶん顔もだ...

だって、ふさふさとした尾まである...


「おまえ...  太陽か?」


たいよう...  “たよう”...


小さな男の子の声を思い出した。


その子が生まれた時、オレは もう老犬だった。

だけど、嬉しかったんだ。

大好きなママさんが 赤ちゃんを産んで、オレとパパさんの宝物になったから。


ママさんは、“太陽。あなたの弟よ” って、オレが 赤ちゃんの傍に居ることを許してくれた。

お昼寝の時は隣で寝て、夜は ベビーベッドの下で寝て。

ハイハイの練習にも付き添って、耳や尻尾を引っ張られても 全然 平気だった。


カイリは、オレの名前を上手く呼べなくて

“たいよ” とか、“たよう” って呼んでた。

それからオレは、ママさんや パパさんに、“タロちゃん” って呼ばれるようになって、だから小さいカイリは、“チビタロちゃん” って呼ばれてたんだ。


カイリが 三歳くらいの頃

“大型犬にしては 長生きした”っていう オレの寿命が尽きる時がきた。


深夜、“カイリには こんな姿を見せられない” って、カイリのベッドの下から離れて部屋を出た。

だって、オレは兄なんだから。

でも 降りようとした階段を踏み外してしまって、落ちる音で、パパさんや ママさんを起こしてしまった。


“タロちゃん、タロちゃん”...


大好きなママさんが撫でる手と、その匂いは、いつも オレに安心をくれた。


“太陽”...


パパさんだ。頬に手をあててくれてる。

この世で いちばん、尊敬するひと。


“お前が太陽だから、浬なんだよ。

浬ってのは、海の距離の単位なんだ。

どこまでも広がっている海は いつも、太陽おまえが照らしてる。

お前は ずっと、うちの長男だ”


あぁ なんて しあわせなんだろう

どうか あなたたちが、弟の、宝物のチビタロが、しあわせですように


かみさま かみさま...


朝は まだ遠いのに、光を感じて、満たされた。



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