44 瀬田 理陽


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「あーあ。別にいいのに... 」


「いや ほら、一応 ケジメでもあるからさ」


鬼神のことが解決して、大神さまが月に戻ると、入れ代わりに 浅黄くんが帰っちゃった。

モカも 天女さまが連れて行っちゃったし。


それで、大神さまは また

“高天原に参る” って 行っちゃったんだけど、オレに

“そろそろ、ちかしき者等に 別れを告げに降りるが良い”... って 言ったんだ。


えー...  って なったんだけど、ユズハちゃんに

「いってらっしゃい、お気をつけて!」って、笑顔で手を振られて、カイリに 星の河に引っ張り込まれたところ。


「黄泉にまで行ったのに、なんで ご両親や友達に挨拶するのは 躊躇ためらうんだよ?」


「だって、言いたいこととか ないし... 」


あ、そうそう。

黄泉に引っ張られてからのことは、大神さまや カイリにも、一応 話した。

“オレを引っ張ったのは 連蒼レンソウって人で、伊邪那美さまに 人霊オレに憑く許可をもらってた。

鬼神から黄泉軍の人たちを抜くために”... みたいなことを、たどたどしく。


連蒼 って聞いた 大神さまは、頷いて

“ならば、心配 要らぬ”って納得してた。

何でも、黄泉に 伊邪那美さまが降りる前は、連蒼って人が支配者だったらしくて。

へー って 感じ。支配者って、連蒼あのヒトがねぇ...


カイリは、“伊邪那美様って... ” と、どんな神さまだったのかを気にしてたのに

“稲妻と虫が” って言ったら

“あっ、うん。いいよ” って感じだった。


「リヒル君、死んじゃった部屋にも行く?

実家は どの辺?」


「部屋は いいよ。別に見たくないし、イミないじゃん。実家も... 」


蒼白の星々の中で揺らめき上がっている カイリの髪と額の下、眉の間にシワが寄ったから

「実家は、羽加奈 中央。河川敷の近く」って答えておく。


「河川敷の近くって、アバウト過ぎるだろ」


また文句 言われたし

「近くで降りるよ... 」って返して、カイリの手を引っ張った。


仕方なく実家の近くに降りたけど、普通の住宅街で、公園以外に何もない。

でも。昔、家出した公園の前に降りると、少しだけ懐かしさが込み上げた。


見上げる程の高さだった滑り台は、今は立ったままで てっぺんの床が見える。

頑張って階段を昇っている小さな子たちの中に、坊ちゃん刈りの時代錯誤な格好した子がいて、目が合った気がした。

丸い顔がかわいかったけど、なんとなく目を逸らす。


「で、実家は?」


「その角 曲がって、まっすぐ行ったとこ」


向かいの角を指すと、カイリは “行くよ” って風に オレを見てる。


とぼとぼと歩く間、子供の時は遠く感じた公園までの道のりが、大人の足なら なんでもない距離なんだ ってことにも気づいた。

だって、もう着いちゃったから。


「じゃあ、行っておいでよ」


えっ?! カイリを見返して

「なんで?! ひとりで?!」って 聞いたら

「そりゃ、リヒル君と ご家族の... 」って。


じゃあ 行かない... って 返したら、また眉間にシワが寄ったり、あとで 大神さまにも話されちゃうのかな... ? でもなぁ...


あーあ...

憂鬱になりながら、玄関をすり抜けて 中に入る。

もう、死んじゃってから 結構 時間も経ってると思うし、したんなら お通夜も お葬式も終わって、すっかり元通りに暮らしてると思うんだけどな。

何事も無かったかのように。


とりあえず リビングへ行ってみると、奥のダイニングキッチンで、鍋の前に立つ 母親の背中が見えた。


母親は、実際の歳より若く見える。

体型や肌の調子を整えること、化粧品や衣類が 一番の関心事だった。昔から ずっと。


『... あー、やだやだ。

今日も “早く帰って来る” って言うのよ。

“四十九日までは” ってさぁ』


ひとり言?... って 思ったけど、母親は 左手に持ったスマホに向かって話していて、スマホからは

『だって、まだ... 旦那は あんたの事も心配なんじゃない?』って声がした。

相手は、友達か何かだろうな。

何かの面倒をみるのは ニガテだけど、一人で過ごすのも ニガテな人だったから。

で、会話の内容からすると、どうやら オレの四十九日までは、父親が早く帰って来るみたいだ。


『あぁ ほんと、大変だったわ。

通夜も葬式も ムダな出費もいいところよ。

墓まで建てて。

普通は、子が親に出すもんじゃない?』


うん、そうだよね。ごめん。

そんなに預金もなかったし、足りなかっただろうな...


相手は黙っているけど、母親は 右手に持った お玉で鍋の中身をかきまぜながら

『苦労だけかけてきて、やっと ひとり立ちしたと思ったら、これ よ。

“病死” で通せて、恥までは かかずに済んだけど、専門まで行かせたのに、学費の回収どころでもなく... 』って、グチり続けてる。

相手にも 本当に申し訳ない。


『でも まぁ、ほっとしたわ。

私、昔から ニガテだったのよね。あの子の媚びるような態度が』


『え? どういう意味? 自分の子でしょ?』


『そうなのよ... どうしてかしらね?

例えばさ、小さい時に 他の子がママに抱きついたりしてるとするじゃない? 公園とかで。

あの子は、自分から そう出来ないクセに、抱きしめて欲しそうなのよ... 』


そっか。そうだったんだ。なるべく出さないようには してたんだけど、望んで ごめん。

母さんには、オレが いつも遊んでいた公園が遠かったんだろうな。そりゃあ、探しに行く気にも...


パン! と 音を立てて、棚の中のコーヒーカップが砕けた。


『きゃっ!』『何? 今の音... 』という、母親や 通話相手の声に

「リヒル君、行こう」という カイリの声が重なって、腕を引かれて 外に出た。


「... 居たの?」


カイリに聞くと

「リヒル君の仏前に、手を合わせてたんだよ」って ぶっきらぼうに返して

「遺影は、男前に撮れてたぜ。もうちょい若かったけど」って添えてる。


「気、使わなくていいよ」


「使ってねぇよ。

お父さんは どこ?」


さぁ。帰宅中じゃないのかな?

答えずにいたら

「お父さんを思い浮かべてみろよ。

もう、どうせだろ?」って 言われて、その通りにしてみた。

うん、どうせ だし。今日中に済ませたいしね。


目を閉じて、父さんを思い浮かべてたら、カイリに

「着いてるよ」って 言われて... ここ、お墓だ。


「あの人だろ?

ピシッとしてるけど、リヒル君と似てる」


父さんは、ひとつの お墓の前で、手を合わせて 瞼を閉じていた。長く 長く。


しばらくして 瞼を開くと、どこかで買ってきたのか、紙袋から 缶ビールを 二本 出して

「一緒に飲んだこと、なかったな」と、一本を 墓の前に置いて、一本を開けてる。


「一昨日はな、ヨウちゃんが来てくれたぞ。

小学校の時、同級生だっただろ?」


うん...

オレの腕を離した カイリが、お墓の間をふらふらと歩き出した。


「通夜の時は、高崎君も前田君も泣き通しだったし、葬式にも たくさん来てくれて...

嬉しくて、悲しくてなぁ。

理陽。父さんな、お前と 二人で、旅がしてみたかったんだよ。いつか」


父さんは、時々 ビールを飲みながら、ぽつり ぽつりと話し続けた。

日が長くなったのに、薄闇が降りて、空気が青くなるまで。


「理陽。父さんな、母さんとは、もう... 」


父さんの隣に、しゃがんでみた。

墓の前に供えられた 缶ビールに手を伸ばすと、実物のアルミ缶は そのままに、オレの手にもアルミ缶が握られてる。


プルトップに指先をかけて引くと、カシュ という独特の音がした。

普段は あんまり飲まなかったけど、苦くて爽やかで美味いなぁ。父さんと飲むと。


この先を 母さんと生きるかは、父さんが選ぶことで、オレが選ぶことじゃない。

でもさぁ、母さん、独りじゃ生きられないと思うんだ。あんなひとだから。


父さん。父さんのことは、オレが見守るよ。

ずっと、ずっとね。

本当なら、生きていながら そうしたかった。

言葉にすると、軽く聞こえるかもしれないけど、こんなに後悔したことはない。

生きてる間も 生きてこなかったことを。

あの時じゃなくても、動き出せる いつか を、待たなかったことを。


『理陽... 』


父さんと、目が合った。

照れくさくて 微笑って、そのまま消えて 逃げてしまった。

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