お願い

想雪

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

疲れ切った足で階段を駆け上がる。お願い。どうか間に合ってくれ。


「生きているのがつらいんだ。」

久しぶりにかかってきた親友からの電話はこの一言から始まった。

「え、何?なんで。嫌なことでもあったの?」

驚きで埋め尽くされた頭で必死に返すべき言葉を探す。

「うん。つらいことしかないよ。」

だが、そのかいもなくあっさり肯定されてしまう。

「ごめん」

咄嗟にでたのはごめんだった。理由は分からないが謝らなければいけないと感じた。

「うん、、、」

気まずい沈黙が流れる。何か言わなければならない気がして必死になって言葉を探す。だが何も思い浮かばず、結局黙ってしまう。切ろうと思い別れの言葉を告げようとすると受話器の向こうから声が聞こえた。

「毛皮の老人は諏訪湖を眺め歌を歌った」

「え?」

「明日になったら旅立つつもりだから。」

「待って!」

電話は一方的に切れてしまった。話し相手がいなくなった受話器を呆然と見つめる。

亜紀は私に何を伝えたかったのだろうか。わけが分からないことを好き勝手言われて正直何をするべきか分からない。メールをしようとスマホをとりだすと亜紀からメールが届いていた。時間からして電話が来る前に届いていたのだろう。でもメールの内容もまた意味が分からなかった。

すなけ。

届いていたのはこのたった一言だった。意味が分からない。私に何をして欲しいのだろう。それに亜紀の死にたいほどつらいことってなんだ?休み時間でも分厚い本を読んでいて、誰かと仲良くしているところを見たことはないけど、いじめられているところを見たこともない。

「、、、。わこめビル」

そうだ。あの子はそういえばそうだった。でも、だとしたらなんでこんなに簡単なんだろう。

「なんで爆弾犯や殺人犯って正解の暗号を送り付けるんだろう。偽の正解を教えればいいのに。時間だってそうだよ。タイマーより早く爆発させればいいのに。」

「私はここが一番好きだから。落ち着いて息ができるというか。」

ふと、あの子の声が頭の中をよぎった。違う。ここじゃない。急がないと



「来たんだ」

「はぁ、はぁ、」

急いで駆け上がってきたのに、亜紀は驚きもしない。

「来るのわかってたんだ。」

「うん。絶対来ると思ってた。」

亜紀がいたのはわこめビルではなく、学校の屋上だった。あの子はここが一番好きだと言っていた。そして「自分が好きなな場所で死ねるなら幸福だ」とも言っていた。

「一緒に帰ろう?」

かけるべき言葉を探しに探して一番最初に出てきたのがこれだった。あの子の生死は私が決めていいものではない。だからせめて生きて一緒に帰りたい。

「無理だよ。」

「え?」

「一緒に帰るなんてしたくても出来ないんだよ。」

亜紀はあの時と同じつらそうな顔をしている。

そうだ。思い出した。一緒に帰ることは出来ないんだ。

「1人になってからやっと気付いた。固執していたのは私の方だった。」

そんな悲しいこと言わないで欲しい。でも否定の言葉が思い付かない。

「結衣はなんで教えてくれなかったの?もし言ってくれてたらっ。」

「その方がいいと思ったから。」

私は自分の考えていたことをそのまま口に出す。

「う、嘘だ。本当は私のことが面倒くさくなっただけ、、!」

「うそじゃない。」

もう私は嘘をつかない。

「私が一緒にいたら亜紀が前に進めなくなっちゃう。」

「そんなことない!私は結衣がいなきゃ!」

「新しい方向に進める」

「っ!」

そう。このためだけに私は

「でもやっぱり嫌だよ。」

「死ぬ方がダメ。簡単にこっちに来ようとしないで。まだ頑張れるよ」

「、、、」

亜紀の表情は暗くなっていく。でもなんとなく何を考えているかはわかる。

「それに、1人なんかじゃない。」

「っ!」

「この世界に存在はいないけど見守っててあげるよ。だからもし失敗したらいい子いい子してあげる。」

「馬鹿にしてるでしょ!」

亜紀はやっと笑ってくれた。涙でぐしょぐしょの顔は綺麗ではないけど、私はこの笑顔が大好きだった。

「帰ろっか。」

「うん。そうだね。」

そして私たちは夕焼けの中手を繋いで歩き出した。もうこの世界に私は存在してないけど私たちがこう思うからこれでいいんだ。



「ふぅ。」

集中していた分疲れが溜まって、思わずため息をついた。久しぶりに紙で書いたけどやっぱり疲れる。でもこれ以上待たせるわけにはいけない。夕焼けが差し込む夕焼けの中、1人でスマホをいじっている彼女にできた原稿を渡した。

「できたよ」

「はやっ」

私が声をかけると彼女はスマホから顔を上げ、大袈裟に驚いてきた。そんな彼女を笑いながら返事をする。

「プロを舐めないでもらって」

「あはは、ごめんって。ねぇ、それ読んでも良い?」

「ん。いいよ。」

想像通りに食らいついてくれて少し安堵しながら原稿を渡す。

しばらく紙がこすれる音しか聞こえなかったから真剣に読んでくれたんだろう。しばらくすると隣から泣き声が聞こえてきた。そして私は彼女の方を振り返りながら言った。

「明稀はどう思った?」

「これはずるいよ」

彼女は笑っているが内心はそんなに穏やかじゃないのかもしれない。

「そっか。それはよかった。」

私はあえて話を無視して返事をする。

「ねぇ、やっぱ私さ」

「お墓参り行こう。」

明稀の言葉に重ねるようにして言葉を伝える。明稀は一瞬驚いた顔をしたが笑って頷いてくれた。

「うん。行こう。」

「挨拶しに行かなきゃ。蒼さんに負けないように私が明稀を守れるナイトになりますって」

「あはは。彼氏になってくれるの?」

これで明稀が自分を責めること事が少なくなったらいいなと願う。

あの原稿は濡れて読めなくなってしまったけど構わない。

私たちは歩き出した。



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