「人間」が買われる社会で
中山花伝
【1,300文字完結】 「人間」が買われる社会で
H大学文学部4年。俺は学食に座り、リクスー姿でニュース番組をボーっと眺める。
「RRRブラスターズ!!10対9で勝利です!!今回は3000万円を使って勝利しました!」
日本では昨年からプロ野球の試合で得点を買うことが許されるようになった。ブラスターズの運営会社RRR社は特に積極的だ。どうやら優勝すれば、得点に使ったお金の何倍もの売上に繋がるらしい。スポーツの醍醐味より経済やビジネスが優先される世の中なのだ。
「ビジネスなんて糞食らえだ。企業は結局目先の利益しか求めていない。社会の為だと志望動機を語ったところで、結局目先の利益を求める世界じゃないか」
文学部は就職に弱いと知っていたので、面接に全て落ちてもダメージは無い。ビジネスや企業という枠からはハズレて生きていきたいと元々思っていた。
「就活の調子どうだ?」
ゼミの同級生Mが隣の席に座る。俺は何も答えずMを睨み返した。Mは社会人野球の選手として就職する予定で、既に終わった側の人間なのだ。
「売買反対!!文化に力を!!」
ニュース番組では打って変わって「反得点売買運動」について紹介されていた。スポーツの得点を買うことに反対する運動だ。スポーツの醍醐味は真剣勝負であり、利益を優先して得点を買うことは言語道断という主張だ。
「お前も勿論、得点売買については反対だよな?」
俺はMに聞いた。Mは別に真面目ではないが、野球に関してはかなり熱意を持っている。Mがお金で野球を汚されていることに賛成しているはずがない。
「いやそんなこともない。必要な制度だと思う。この制度のおかげで社会人野球の選手の待遇はかなり良くなってるんだ」
なんだこいつは。と俺はMに嫌悪感を抱く。こんな考えのやつが選手になるからどんどん日本はダメになるんだ。日本は目先の利益を優先しすぎた結果、大事なものを無くしている。人間や社会には経済よりもずっと重要なものがあるのだ。
「じゃあ俺は練習に行ってくるよ」
席を立ったMを睨みつける俺。Mは軽い足取りで学食を出て行った。頼んでいたカレーライスも届いたが、食欲は無い。
Mと代わるように、ゼミの先生が席に近づいてくる。
「おお、いたか。実は話があってな。知り合いの会社から1名の推薦枠をもらってな。新卒の学生を1名採用したいそうだ。RRR社なんだが、良かったらお前受けてみないか?」
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「売買反対!!文化に力を!!」
RRR社の最終面接へ向かう途中、俺は大きな群れに出くわす。渋谷の道を塞ぐ「反得点売買運動」の群れだ。どうやら警察が出動し交通規制までしているらしい。俺は面接に遅れないよう、その集団をかき分け、先を急ぐ。
最終面接。
RRR社の面接官はニコニコしながら、僕に右手を差し出す。面接官が何を考えているか、その笑顔から読み取ることはもうできない。僕もくたびれた頬肉を目一杯上げる。そして、面接官に負けない笑顔で、その右手を握り返した。
外では、扇動の声が鳴り響くーーー・・・
「売買反対!!文化に力を!!」
俺の耳にはもう届かない。
「人間」が買われる社会で 中山花伝 @naka_naka
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