ミミズクと馬と絵本とファンファーレと

あおいろ

伊勢佐木町ファンファーレ

 物語は有隣堂が動画共有サイトで展開する『有隣堂しか知らない世界』というチャンネルの投稿動画として、有隣堂伊勢佐木町本店6階フロアを夜中に徘徊するといった前衛的な動画の収録が終わった矢先に起こった。

 収録が終わり、チャンネルMCのミミズクのR.B.ブッコローと番組スタッフ一行は1階フロアで帰り支度をしていると上階から妙に心地の良いラップ音が聞こえた。

 投稿動画の糧になると思料した一行は音のする6階フロアの奥地へと向かった。

 鬱蒼と面陳された実用書の棚列を抜け児童書の棚に差し掛かると、そこで目の当たりしたのは衝撃の光景だった。

 なんと青白い馬がいる。まるで白藍の衣を羽織る古馬のような美しい姿で闊歩しているではないか。

馬の引き締まったを見てブッコローは堪らず、うひょーと鳴いて飛びついた。

 番組スタッフは慌てて、馬からブッコローを引き剝がそうと馬に駆け寄ろうとした時、1冊の本が落ちていることに気づいた。

 惹きつけられるように本を拾おうとした瞬間、馬が唇で器用に本を咥え首を上下に振った。

 ブッコローは我に返り、いそいそとから離れ、馬が咥えた本を器用に右羽を使い、本を小脇に抱えた。

 本は絵本だった。

 表紙には帆布に油絵で描かれた青白い馬と、それに跨る少年がいた。タイトルはない。

 馬は左前脚で絵本をつつき、ブッコローに絵本を読むよう促した。

 ブッコローは絵本をめくった。

『とても遠い世界に、神様が住む大きな宮殿がありました。宮殿には掃除するをする少年が一人いました。

 ある日、宮殿の広場の隅に一頭の青白い馬がいました。少年は馬が独りぼっちだったのを心配し、近づきました。馬はお腹を空かせた様子でした。可哀想に思った少年は大きな、大きな図書館に連れて行きました。

 少年はご飯を持ってくるから静かに待っててと、馬に囁きました。馬は分かったと首を縦に振りました。

 しかし少年がご飯を持って来た時には馬は我慢できず棚の本を食べていました。少年はとっさに馬を止めるように大声を出してしまいました。

 そこに、ぬうぅっと大きな神様が現れました。

 神様は自分の大切な本を馬に食べさせたのかと少年に尋ねました。少年は縦にも横にも首を振れませんでした。

 呆れた顔の神様は少年と馬に罰を与えることにしました。罰はこの世界から遠い世界でおもしろい本をたくさん持って帰ること、それがこの世界に帰れる条件だと。

 神様の言うことに呆然とする少年。むしゃむしゃする馬。

 神様の右手人差し指が光を放ち、馬と少年を包み込みました。

 少年と馬は気が付くと見知らぬ芝の上にいました。

 その時、少年の中に全てが流れ込みました。

 この世界は自分がいた世界から、とても遠い場所にいることを。

 この世界で頂点になれば、おもしろい本が沢山が我が手中に収められることを。

 我々が真の頂点に君臨した暁には、我が故郷に還れることを。

 こうして少年と馬の楽しい冒険が始まりましたとさ。めでたしめでたし。』

 ブッコローが絵本を音読し終えると、馬はブッコローの頭を唇で甘噛みしてきました。

 その瞬間、聡明叡智なブッコローの脳みそは絵本の森羅万象を理解してしまいました。

 この本は本当にあった説話だということを。

 この馬はまた罰として、この世界に堕とされたことを。

 この馬は助けを求めていて自分の力が必要なことを。

 自分は、この馬が遠い世界に還れるために必要な本を集めなければならないことを。

 この絵本は昼間1階フロアに落ちていて、有隣堂文房具バイヤー間仁田さんがたまたま有隣堂伊勢佐木町本店に来店し見つけ、拾ってしまい。親切心でわざわざ6階までに上り児童書コーナーに棚差ししたことを。

 そのことを誰にも報告していないことを。

 問仁田さんはそのことを今も忘れていることを。

 社会人には、ほうれんそう(報告・連絡・相談)がやはり大事だということを。

 馬が還るためには、おもしろい本を集めなければならないことを。

 そのためには自分がこの馬の馬主となり、騎手となり、有馬記念の勝ち馬となって富と名声を手に入れなければならないことを。

 こうして「伊勢佐木町の怪物」と呼ばれるミミズクと不思議な馬の物語が走り出した。

 




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