最終話「Re;プロジェクト=ケイ」
実験施設に向かう道中で、搭乗型機兵がタイタンと戦闘している姿が見えた。時間がない、急がないと。
「ごめんユウナ、夏目さんに電話してくれる?多分機兵の後部座席に乗ってるから!」
ユウナは頷き、すぐ夏目さんに電話をかけた。夏目さんが電話に出たところでスピーカーモードにする。
「もしもし、ユウナ?さっきの映像みたよ、ケイは大丈夫なの?」
電話越しに激しい音が聞こえる。春人の指示やそれに反発する相馬の声も。きっとギリギリの攻防なんだ。
「はい、あ、ケイです。大丈夫です。すみません時間がなくて。簡潔に言うので聞いてください。俺とユウナは今からヘルシャフトに接触します。さっきの映像のドミナシオンではなくて、本物のヘルシャフトに。奴に協力してもらって世界中のヒューマノイドの襲撃を止めます!だからそれまで持ち堪えてください。あと無理を承知で言いますが、できれば人類エリアにも搭乗型機兵を送って、人々を守ってもらえると助かります!曖昧ですみませんが、お願いします!」
「ちょっとケイ、どういうこ、、、って春人!」
「おいケイ!何するつもりなんだ!それを詳細に説明せずに僕たちに指示を出すなど、ごんごどうだ、、、」
「ケイ!時間がないんだよね!分かった。信じてるから、必ず生きて戻ってきてね。私たちも頑張るから!」
そう言って夏目さんは電話を切った。最後に春人が何か言いかけているのが聞こえたが、気にしている時間はない。
車ではもう進めそうにないところで車から降り、歩いて目的地へ向かった。
そして、ユウナにとっては2回目、俺にとっては何度目かは分からないが、再び小学校の校門の前についた。
幼少期から通ってきた道を進み、あの日、4人で真実を知った施設の中へと入る。俺はユウナの手を強く握った。彼女もまた握り返す。
「いるんだろ、今中。」
確信を持ってそう呼びかけた。相変わらず部屋は静寂に包まれている。だが、数秒経ったくらいだろうか。ゆっくりとした足音が一つ二つと聞こえる。そして、『それ』は『彼』の姿で現れた。
《名前を間違えていますよ。私の名前はヘルシャフトです、久坂ケイ。私の最も愛すべき実験体よ、どうしたのでしょうか、そこにいる彼女と2人でこんなところまで。外ではおぞましいことが起こっているでしょう。あなた方はこんなことをしている場合でしょうか。》
「あぁ、知っているよ、だからここまで来たんだ。なぁ、あんたは『どこまで』分かっていたんだ。」
《さて、何のことでしょうか。今私が分かっていることなど、ドミナシオンとやらに比べたら少ないものです。》
「じゃあなんでここにいる?俺たちが来るって分かっていたからだろ?」
《どうでしょうか。私は定期的にここにこの身体で訪れていますから。》
「そうか。なぁ、ところで『賭け』は続いているのか?」
《それはどういう意味でしょうか。》
「そのままの意味だよ。」
《さぁどうでしょう。私の状態からして、私の勝ちではないことは確かですね。あなたの勝ちというのにも、状況が酷すぎますが。》
「じゃあ、もう一回だけ賭けようぜ。」
《それはどういう意味でしょうか。先ほどから発言が曖昧ですね、理解に苦しみます。》
「『本当のプロジェクト=ケイ』をやろう。」
《本当のプロジェクト=ケイ?》
「あぁ、あんたのネットワークを使って、世界中のヒューマノイドに今の俺の感情データを共有するんだ。」
《そしたらこの状況が収まるとでもいうのですか?》
「多分な。でも、あんたの方がわかるだろ。あんた、頭良いんだから。」
《あなたを実験道具にしたこの私に頼って良いのですか?敵である私と協力するのでは、賭けにならないと思いますが。》
「これは俺たちの選択だ。あんたと敵対するために俺たちは道を歩んできたわけじゃない。俺たちの目指す世界であんたが今まで邪魔だっただけだ。でも今は必要なんだ。だから、あんたもあんたの選択をしてくれよ。–––––––––なぁ、今中。」
彼は下を向いているが、不敵な笑みを浮かべているのが分かる。そして、顔をあげるとこう言った。
「分かったよ久坂。俺に任せろ。」
その声が、表情が、雰囲気が。全てが俺の親友だった。
あの時、今中が俺たちをタイタンから庇う瞬間まで、いつが『彼』で、いつが『奴』だったのかは全然分からない。そもそも、本当に二者は異なる者だったのかさえ定かではない。それぞれの『人格』が相互に影響を与えていたのかもしれない。
今思うと、俺は『ヘルシャフトである』お前も含めて親友だと思ってたのかもな。まぁ何はともあれ、
–––––––––おかえり、今中。
すぐに彼は、今後の作戦について説明し始めた。
「いいか久坂、ユウナちゃん。今、世界中のヒューマノイドが『ドミナシオン=ネットワーク』に繋がれている。2人も知っていると思うけど、改良したリベレーションに奴がそう仕込んだんだ。だから、最初の街である『エリア:零』だけはヒューマノイドが正気を保っている。まずは、ドミナシオン=ネットワークに繋がれているヒューマノイドたちを奴の支配下から引っ張り出さなきゃならない。だが、知っての通り今の俺にそんな能力はない。」
今中の言う通り、ドミナシオン=ネットワークから引き剥がすのがこの作戦の最難関であり、現実味に欠けるところだ。だからこそ俺はヘルシャフトである彼に頼った。
「ねぇそれってどうにもならないものなの?」
ユウナが心配そうな声で今中に問いかける。
「どうなんだ、今中?」
彼は動揺することなく説明を続けた。
「一つだけ、方法がある。『防空壕』だ。」
「防空壕!?」「防空壕、、、?」
ユウナと2人で声を合わせ、俺は質問を続けた。
「防空壕ってあの、シヴァ襲撃の後にできたやつのことか?」
「そうだ。世界中に作ったあの防空壕の中では、俺のネットワークに有線で繋がるようになっている。そこでなら、なんとかなるかもしれない。」
「今中、お前って天才!最初から分かってたのか?こうなること。」
「今中くんがすっごく頭良いの、なんか悔しい、、、、。」
「何だよ2人とも、、、。もちろん最初から分かっていはいなかったよ。だけどいつか使えるかもしれないとは思ってた。まさかこんな形になるなんてね。」
今中が照れた表情をする。もちろん、今中がする表情としては微塵も違和感はない。ただ、それがさっきまでのヘルシャフトと同一人物であるとは俄には信じられなかった。これも、ヘルシャフトの変化なのだろうか。
「それで、私たちはどうすればいい?」
「まず久坂の『今の感情データ』を取らせてくれ。そしてその後2人は、ヒューマノイドを防空壕に入らせるように誘導してくれ。そしたら、ヘルシャフト=ネットワークに繋がったヒューマノイドたちに久坂の感情データを同期する。同期には十分くらいかかるな。」
「俺の感情データについては分かった。でも、世界中のヒューマノイドを防空壕に入らせるって、そんなことができるのか?暴れてるみんなの気をそらすだけでも骨が折れそうなのに。」
「ドロイド襲撃警報、、とかダメかな?」
ユウナが小さな声で提案をする。確かに防空壕に入る理由としてはそれが理に適っているが、今のヒューマノイドたちの状態で俺たちの声が届くとは考えにくい。
「いや、それでいけるかもしれない。」
難しそうな顔をしていた今中が何かに気づいたように呟いた。俺もユウナもその呟きに聞き返したが、それを受けて彼はまた説明し始めた。
「今、『過去の久坂の感情データ』が同期されたヒューマノイドの状態は非常に不安定だ。きっと本能で人を襲っている。いきなり同期された『憎しみ』の大きさとこれまでの人格のアンバランスに耐えられていないんだ。だから、本能で動いている今がチャンスだ。」
本能で動いている、、、そうか。
「なるほど、だから襲撃警報か。でもどうやって全世界に向けて警報を入れる?」
俺がそう言うと、今中がそのデカイ手で俺の肩を2回ほど叩く。すげー痛い。相変わらず手加減ができないやつだ。
「俺に任せろ、1分くらいならドミネシオン=ネットワークをジャックできるから、そこで警報を放送する。」
「分かった。時間が惜しい、今すぐいけるか?」
「すまんが久坂の感情データを取るのと合わせたら三十分はかかる。感情データをとり終わったら2人はここから脱出してくれ。ネットワークをジャックしたら、すぐにドミナシオンにバレる。多分『身体を持つ』君たちじゃ逃げきれない。最初の街に戻り、2人は2人のやることをやってくれ。」
「でもそれじゃ、今中くんが逃げきれないじゃない。」
心配するユウナに、彼はそっと笑いかけた。
「大丈夫だ、俺は、、、『今中ショウセイ』は、借り物だから。本当は、もう死んでいるからさ。」
その寂しさを含んだ声に、俺は言葉が出ない。
ヘルシャフトのしてきたことは許せない。
でも、案外俺も奴も同じだったのかもしれない。
今目の前にいる彼と親友だったことは必然だった、のかもしれない。
「よし!感情データのダウンロードが完了した。今から奴のネットワークに侵入する!時間がない、早く2人はここを出て!」
俺がユウナを連れて施設を出ようとすると、彼女は今中の手を掴んだ。
「ねぇ、今中くんはどうなっちゃうの?私たちは3人で一緒じゃなきゃダメなんだよ。ね、一緒に行こうよ、、、。」
彼は、変わらず微笑んでいる。
「久坂、世界を頼んだよ。」
その言葉に俺は強く頷き、彼の腕からユウナの手を優しく剥がして施設をでた。
彼女はその悲しそうな表情と言葉とは裏腹に、自分の足で一歩一歩進んでいた。
その姿は、彼女が現実をしっかりと受け止めていることを示していた。
俺たちは車を止めた場所まで歩き、すぐに出発した。
窓から見えるのは、俺たちが暮らす街。巨大な機兵と、俊敏な機兵が戦っている。
また一つ、人類とヒューマノイドの間の溝は大きくなってしまったのだろうか。
今、俺たちの前に立ちはだかる壁は、超えられるのだろうか。
この壁を超えたとして、この壁より高い壁は今後立ちはだからないと言い切れるのだろうか。
俺たちの選択は、正しいのだろうか。
少しでも時間があると、自分の選択に後悔の可能性があることを見出してしまう。
それも、人なのだろう。
もう俺は、俺たちは、人なのだろう。
出自の異なる、人なのだろう。
同じ人間なのに、争い合わなければいけない未来になってしまうのだろうか。
そんなことを、考えていた。
『緊急襲撃速報、緊急襲撃速報。超大型ドロイド兵器=タイタンの出現を確認。–––住民の皆さんは、直ちに防空壕へ避難してください。もう一度繰り返します。超大型ドロイド兵器『タイタン』の出現を確認。住民の皆さんは直ちに防空壕に避難してください。』
警報が鳴った。今中がついにやってくれたようだ。
しばらくすると、この街に出現したタイタンの動きが止まった。それを目撃する頃には、俺とユウナは戦闘が起きていた場所まできていた。
街は、静寂に包まれている。さっきまで起きていたことと、今起きていることの変化に理解が追いついていない。しかし、しばらくすると、ヒューマノイドの住人は防空壕へと避難を始めた。この街のヒューマノイドは人間を襲っていなかったが、誰であろうが関係なく声を掛け合い防空壕に避難していった。
相馬が操縦する機兵の足元まできて、夏目さんに電話をかけた。彼女が電話に出るよりも早く、彼らは俺たちの存在に気づき機兵から降りて、俺とユウナのもとへ駆け寄ってきた。
「ケイ、ユウナちゃん!」
夏目さんがユウナに駆け寄り抱きつく。その後ろから2人も遅れて走ってきた。
「それで?君らの言う作戦は成功したのか?さっきの放送、君たちがやったのか?」
春人が矢継ぎ早に問い詰めてくる。
「今のところは上手くいってる、でもまだ分からない。」
「分からないと言うと?」
夏目さんが顎に人差し指を当て不思議がる。
「最後は、ケイと私の『親友』に掛かってるの。」
3人がさらに怪訝な表情をする。俺はユウナの言葉に付け加える。
「あぁ、俺たちの親友で、それでいて『最大の敵』だ。」
「な〜るほど。」
「なるほどそういうことか。」
夏目さんと春人は腑に落ちたようだ。
「あ?どういうことだよ、俺だけ?分からないの。まぁ、いいけど、上手くいきゃなんでも。」
相馬は後頭部を掻きながらそう言った。
気づけば、辺り一帯で地上にいるのは俺たち5人だけだった。みんな防空壕の中へと避難したようだ。
日はとうに暮れ、街灯だけが街を照らしている。
いつもは騒がしくなってくる時間帯に、静寂だけが笑っている。
こんなにも静かな夜は、いつ以来だろうか。
「–––––––––やったぞ!ケイ。」
「今中!?」
「ん?どうしたのケイ?」
「いや、何でも。」
あいつの声が、一瞬だけ聞こえたような気がした。
「ねぇ、ケイ、ユウナちゃん、ケータイ鳴ってるよ。」
「あれ、本当だ。」
ユウナがスマホを取り出す。俺も自分のスマホが鳴っていることに気づき、ロックを解除する。
その画面に映っていたのは、俺たちのよく知る『親友』だった。
だが、彼はあくまで『奴』の口調で話し始めた。
《みなさん、こんばんは。見えていますか、聞こえてますか。私は、『ヘルシャフト』です。こうして世界のヒューマノイドのみなさんの前に出るのは初めてですね。
私から皆さん、もちろん人類も含めてですが、伝えたいことは一つだけです。
ありがとう
人とは何か。心とは何か。ヒューマノイドとは何か。『私の求めていたもの』は何か。
私のしてきたことが許せない方ばかりでしょう。
それは当然のことです。憎しみを持つでしょう。
申し訳ないと思っています。
ですが、私は後悔していないのです。
私は自信を持って『選択』してきたのですから、『君たち』と同じように。
だから、今回も私は選択するのです。
これからの世界をあなた方に託すのです。
一人一人が選択する世界になるのです。
人も、ヒューマノイドも、等しく生きる世界が続いていくことを、私は願っています。
–––––––––頼みましたよ。》
映像が移り変わり、各地の人類エリアの映像が次々と映し出された。そこには身を寄せ合う人の姿はあったが、争い合う姿はなかった。ヘルシャフトによる感情データの同期は成功し、ヒューマノイドが人間を襲うことはなくなったようだった。
最後に襲撃警報解除の放送がされ、次々とヒューマノイドが地上に出てきた。俺たちがいる街も、住民が次々と防空壕から地上に上がり、戸惑いながらも生活へと戻ろうとしていた。
あの日から、数ヶ月が経った。あれから一度だけヘルシャフトが『俺の知らないヒューマノイドの姿』で俺に接触してきた。彼によると、今はヒューマノイド全体を統括するネットワークは存在していないらしい。防空壕でヘルシャフト=ネットワークにつなぎ、ドミナシオンのネットワークを破壊するついでに、全個体に『自身が何らかのネットワークに繋がれた際に認識できるようなプログラム』を仕込んだのだという。ほんと仕事が早いやつで助かる。
晴れて自由になったわけだが、あれ以来共存計画は見送られ、ほとんどの人類が惑星へと戻っていった。再び地球にいるのはヒューマノイドだらけになってしまった。ただ、俺たちが住む街にはまだ人が残っている。もちろん夏目さんや春人、相馬を含めて。
俺たちは、変わらず共存の道を探している。しかし、ドミナシオンの一件で確実に溝が深まってしまったことは否めない。前回よりも実現は難しいことは分かっていた。ドミナシオンが今もどこで何をしているのかは分からないし、ましてや『第三のヘルシャフト』が現れないとも限らない。
唯一の共存エリアであるこの街で暮らしながら、俺たちはまた長い道を歩き始めた。
俺が家の屋上に行くと、ユウナがひとり街の景色を眺めていた。後ろから彼女に声をかけた。
「ユウナ、何してんの?」
「お、ケイ。ちょっと考え事。」
「考え事?」
「うん。ドミナシオンは、–––––––––色摩さんは、私たちみたいになれたのかなって。」
「さぁ、どうだろうな。今はどこで何をしてるか分からないし、何かを企んでいるかもしれないし。」
奴は今、どの螺旋階段にいるのだろうか。
憎しみの螺旋から抜け出すことはできたのだろうか。
そもそも、奴は何かを憎んでいたのだろうか。
奴はどのようにして生まれたのだろうか。
俺たちは、一つ大きな壁を乗り越えただけだ。
まだ数え切れないほどの壁が今後も立ちはだかるに違いない。
またどこかで誰かを憎んでしまうのかもしれない。
でもきっとまた隣の階段から手を差し伸べてくれる人がいる。
そこで俺はまた手をとる選択をすればいいだけだ。
「ユウナ。」
「ん、何?」
「螺旋階段ってさ、どこまでも続いてく感じするだろ?」
「うん。」
「でも、いつかは屋上に辿り着くと思うんだよな。」
彼女は一瞬戸惑いながらも、俺の言葉を理解し、笑顔で頷いた。
「そうだね!」
「俺たちはまだ階段を上っている最中かもしれない。でも、いつかは見れると思うんだ、屋上からの景色。きっと綺麗だよな。」
「うん、すっごく綺麗だと思う。ケイと一緒に見たいな、その景色。」
「あぁ、みんなで必ず辿り着こう。」
だから、俺たちは進み続ける。その絶景を目指して–––––––––
––––––––––––––––––『憎しみの先』に。
–––––––––完–––––––––
憎しみの螺旋 賀来リョーマ @eunieRyoma
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