20号車『アイヌモシリ』
現在地・札幌市
時はまだ三月。さすがにこの時期は雪深く、ダム方面へは道が通じていなかった。どうも先日の大雪で道がふさがってしまったらしく、除雪が間に合わず通行止めとなっているようだ。仕方なく今度上司に頼み込んででも秋の紅葉の頃にもう一度来ようと考えた私は、諦めて温泉街の一帯を歩いて回っている。
ふと、温泉街の土産物屋で変な物を発見する。
『Oh!ワシ』
私は必死に笑いをこらえる。執事の姿をした鷲のゆるキャラらしいのだが、そのネーミングセンスが私の笑いのツボにドンピシャだったようだ。元ネタは天然記念物の大鷲のようで、いたく気に入ってしまったので河童のキャラと一緒にキーホルダーを購入する。しかし、突然笑い出した私の姿は周囲には奇妙に映っていた事だろう。
購入を終えて落ち着きを取り戻した私は昼食をとり、市街地に向けて電車に乗り込むのだった。
電車に揺られて、札幌の中心街に戻ってきた。道中の車内は行きとは違いまばらになっていて、存分に景色を満喫する事ができた。途中下車をした私は、駅から歩いて目的の場所を探す。10分少々経っただろうか、交差点の一角に目的の建物を発見する。周囲をビルに囲まれた小さな白い建物がそこにあった。
『札幌時計台』
時を刻む時計台でありながら、あたかもそこだけ時が止まっている感じだ。私は早速外観の写真を撮る。この時計台はがっかり観光名所と言われる事があるが、北海道を語る上では外せない存在には違いない。中に入って歴史や展示物を眺めていると、時計台を指して『がっかり』という人の気持ちが全く理解できない。むしろがっかりなのは、周りにビルを建てた人たちではないかとすら思えるほどだった。
カーン……、カーン……。
時計台の高い鐘の音が時を告げる。この時計台はいまだに現役で稼働しており、静かに時を刻み続けているのだ。その響きは、周りの都会の喧騒を忘れさせてくれるくらい心地が良いものだった。
しかし、実は悠長もしていられない。今の鐘の音は『午後の二時』の時報。私の持つ切符に記された出発時刻は『16:58』。まだ他の場所を巡る予定があるだけに、時間を確認した私は時計台の振り子に深く一礼すると時計台を後にした。
私が次に向かった先は『旧道庁』、いわゆる『赤れんが庁舎』だ。その名前の通り、赤レンガの外観が特徴の建物で、驚くべきは現役で使用されているという歴史的建造物なのだ。中へ入ると、立派なエントランスから圧倒される。とても明治時代に建てられたとは思えないほどの造りだ。私は写真を撮りながら順番に見学していく。
私は元々旅行が好きで、旅行先の歴史などにも興味がある。なのでこうした歴史的な場所の展示物はついつい見入ってしまう。
開拓の歴史を眺めていたら、つい涙腺が緩んでしまい涙があふれてくる。その涙を拭いながら、資料を読み進めているとついつい夢中になっていたのだろうか、ふと覗き込んだ時計は午後三時過ぎを指していた。こうしてはいられないと、満足いくだけの写真を撮ると私は足早に札幌駅へと向かった。
移動の車中で写真を確認する。定山渓に札幌時計台、それに赤れんが庁舎とかなりの枚数を撮影していた。近場の移動だったので、サムネイルだけ確認すると地下鉄を降りる。時間的にお土産とごはんで残り時間は使ってしまいそうだった。
用事を済ませた私は食事をするために、駅構内のラーメン屋に向かう。ここまで来て食さないわけにはいかない味噌ラーメン。私は迷う事なく注文する。
ラーメンが出来上がるまでの間、私は彼女の動画を確認する事にした。もちろん迷惑にならないようにイヤホンを付けてからだ。歌自体は新千歳空港で聴いてはいたものの、今回は画像のついた動画だ。仕上がりがとても楽しみだ。
準備万端、私はメールにあった動画のアドレスをタップする。
さあああぁぁぁぁ……。
動画が始まると、なんだか心地良い風が吹き抜けた気がした。空港で聴いた時とは明らかに違う。曲の世界観にぐっと引き込まれ、二週間旅してきた北海道をさらに旅しているかのような感覚に陥る。感動のあまり、曲を聴き終わった私の目からは、ぼろぼろと涙がこぼれていた。
「へいっ!味噌ラーメン、おまちっ!」
そこへ店員の威勢のいい声とともにラーメンが出来上がってきた。ところが、感動のあまり涙を流して放心している私に、店員が心配そうに声をかけてくる。その声に我に返った私は「大丈夫」と返事をしてラーメンを受け取った。
……なんでだろう。食べるラーメンの味が少ししょっぱい気がした。
16:50、私は札幌駅の新幹線ホームに立っていた。
長いようで短かった二週間。その間にたくさんの人と出会い、風景と出会い、とても充実していた気がする。しかし、これでお別れかと思うとさみしく思えて泣きそうになってくる。私はぐっとこらえて新幹線を待った。
そして、16:56。東京行の新幹線が入線してきた。静かに停車すると、扉が開いて乗客が降りてきた。それが途切れると、私は新幹線に乗り込む。そして、一旦立ち止まり、ドアの外を見て心の中でこう言った。
「いってきます」
終着
妄想鉄道旅行(北海道編) 未羊 @miyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます