19号車『最後の観光地』

 現在地・苫小牧市


 私は苫小牧駅で千歳線を経由する特急『洞爺』に乗り、一路札幌へと向かう。

 思い立ったが吉日と、溜まりに溜まった有給休暇を使って始めた旅行だったが、巡っているうちに愛着がわき始めたのだろう。明日で最後なんだと、帰りの新幹線の切符を眺めながら、とても残念に思うのだった。


 これで何度目の札幌駅だろうか。乗り換えばかりだったこの駅が、この旅の最後の目的地だ。私は早速、早めに取っておいた駅のホテルへと向かう。

 ホテルのロビーに向かう途中、駅のコンコースで気になるポスターを見かけた。


『3月〇×日(土)、日本観光鉄道定山渓線(真駒内~観鉄定山渓)開業!』


 旅行雑誌の記者として、すべての路線情報はチェックしていたはずなのに、驚きのあまりについ大声を出してしまう。日付を見るとつい先日の事らしく、私のテンションは一気に跳ね上がる。荷物を預けた私は、高揚した状態で夜の札幌へと足を踏み出すのだった。


 まずやって来たのは大通公園。目的地は大通公園に建つ『さっぽろテレビ塔』である。このテレビ塔は老朽化に伴い、一度解体ののちに同じ物が建てられた比較的新しい物である。

 辺りは暗くなっており、ライトアップされたテレビ塔に登る。東西にまっすぐ開けた大通り。車のライトがそれに沿って連なり、格子を描いている。この光景には他の展望台とはまた違った趣きがあった。満足いくまで眺めた私は、お腹の減りが気になったので食事をするために移動する事にした。

 札幌で食事となると、味噌ラーメン、ビール、ジンギスカンといったところだろうか。今いるのが大通公園なので至近にすすきのという場所があるのだが、この時ばかりはビールとジンギスカンに軍配が上がったので電車で移動する事にした。


 私は食べ放題メニューのあるビール園へとやって来た。ここでの提供メニューは90分間の食べ放題&飲み放題。女性一人で挑むにはなかなか酷なものだが、ここまで来て引き下がれるかとビール園に足を踏み入れた。

 有給休暇の旅行中とは言えども、明日の観光へ支障を出すまいと羽目を外しすぎないように気を付けながら食事を楽しむ。アルコールはほどほどに、野菜もしっかり食べながら、気が付けば90分はあっという間に過ぎていった。満足のいく食事をした私は、駅のホテルへと戻って翌日に備えて眠りについた。


 旅行最終日の朝を迎える。この日は定山渓へと向かうために、札幌市営地下鉄南北線に乗車する。車内はカメラを手にする鉄っちゃんと思われる人物がかなり見受けられる。まあそれもそうだろう。定山渓まではその昔鉄道が走っていた。様々な事情により廃止されたその鉄道路線が、長き眠りから覚めて復活したのだ。平日にもかかわらず、真新しい鉄道路線には多くの人が詰めかけていたのだった。


 まるですし詰めとなった地下鉄の車両は、途中から地上へと出て高架の上を走る。ところが、この地下鉄には景色を遮る電柱や架線が見当たらない。それもそのはず、この地下鉄はゴムタイヤで走り、このタイヤの間に軌道と架線があるのだ。晴れ渡った景色を見ながら、地下鉄の終点真駒内に着いた。

 驚くことに終点に着いた列車からは下車する乗客がほとんどいない。それもそのはず、この列車は『観鉄定山渓まで直通運転』だからだ。真駒内で運転士と車掌が交代すると、列車は定山渓へ向けて動き始めた。ここからも地上を走り、しかもどんどん山に入っていく。そのために、この区間を運行する列車や設備にはしっかりとした雪や寒さ対策を施されているのだ。


 定山渓方面に進むにつれて、視界からは建物の数が明らかに少なくなっていった。札幌市内とは思えないほどののどかな景色が広がっているのだが、すし詰めの車内ゆえに窓は曇り身動きも取れない。私はなんとか席に座れていたものの、動き回れないので窓を拭きながら外の景色を眺めていた。

 すると、突然マナーモードの携帯電話が震える。何事かと思って画面を確認すると、どうやら先日新千歳空港で別れた彼女からのメールのようだ。

『お久しぶりです、無事に家に戻りました。そちらはまだ旅行中ですか?作っていた新曲の動画が完成したので見て下さい』

 どうやら旅行中に作っていた曲に動画が付いたらしい。その動画のために連絡が遅くなったとの事らしく、私は『まったくもう……』と笑いながら、車窓の写真をセットにして返信した。


 さっぽろ駅を出発してからおおよそ1時間。終点となる観鉄定山渓駅に到着。かつての定山渓駅とは異なり、駅は温泉街の近くに設けられている。駅を出ると早速可愛らしい河童の像に出迎えられる。定山渓のシンボルである河童は、街道の至る所に設置されているのだ。

 せっかくやって来た景勝地、私は辺りの散策を楽しむ事にした。

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